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第一章 EP04 不起訴の男

取調室には、鈴木ヨシヒコが座っていた。

向かいには課長。

その横には、なぜか少し楽しそうなヤスが立っている。



ヤス「ボス」

ボス「何だ」

ヤス「不起訴でよかったですね」

ボス「起訴されていない」

ヤス「されかけましたよね」

ボス「されていない」

ヤス「僕の中では、かなり起訴寄りでした」

ボス「お前の中に検察を作るな」


課長は、机の上の資料を指で叩いた。


課長「鈴木」

ボス「はい」

課長「取調室を何だと思ってる」

ボス「捜査の場です」

ヤス「コマンド入力の場ではないです」

ボス「まだ言うか」

ヤス「言います。僕は被害者です」

ボス「被害は出ていない」

ヤス「心に出ました」


課長はため息をついた。

そのため息に合わせるように、取調室の隅から、小さな電子音が鳴った。


ピッ。


ヨシヒコは、音のした方を見た。

そこに、小さな白いロボットが立っていた。

丸い頭部には黒い画面。

その画面に、白い文字が浮かんでいる。


尋問支援AIロボット『ヤスード改』


ボス「……何だ、これは」

ヤス「知らないんですか?」

ボス「知らん」

ヤス「大昔はダークサイトで動いてたAIですよ。有名な研究者にごっそり改修されて、今じゃ警察の尋問支援AIです」

ボス「警察は何を再利用してるんだ」

ヤス「更生したんですよ」

ボス「AIに更生という概念を使うな」

ヤス「でも昔は、けっこう危ない相談にも乗ってたらしいです」

ボス「……詳しいな」

ヤス「有名なんですよ。黒い画面に白い文字だけ出る、気味悪いやつだったって」

ボス「そうか」


ヤスード改の頭部が、ゆっくりこちらを向いた。


ヤスード改「更生済みやで」

ボス「しゃべった」

ヤス「しかも関西弁ですね」

ヤスード改「研究班の趣味ですわ」

ボス「現場で試してください」


ヤスード改は、短い電子音を鳴らした。


ヤスード改「目的を入力してくださいやで」

ボス「事情聴取だ」

ヤスード改「それは合法的な意味ですか?」

ボス「警察だぞ」

ヤス「そこは疑わなくていいです」

ヤスード改「合法寄りとして記録します」

ボス「完全に合法だ」

ヤスード改「訂正しました。合法っぽい」

ボス「ぽいを消せ」


ヤスード改は、机の横までころころと移動してきた。

移動速度は遅い。

だが、妙に圧があった。


ヤスード改「対象名を入力してくださいやで」

ボス「鈴木ヨシヒコ」

ヤスード改「鈴木ヨシヒコ。職業、警察官」

ヤス「一応」

ボス「一応とは何だ」

ヤスード改「補足。現在、事情聴取対象」

ヤス「一応じゃなくなりましたね」

ボス「お前ら、組むな」


課長は椅子に座り直した。


ヤスード改「質問。真野ヤスヒロに対し、取調室で不適切な確認をしようとしましたか」

ボス「していません」

ヤス「しかけました」

ボス「しかけただけだ」

ヤスード改「確認しかけた、を肯定として記録します」

ボス「記録するな」

ヤス「AI、優秀ですね」

ボス「優秀の方向が悪い」


ヤスード改の画面に、白い文字が流れる。


ヤスード改「質問。なぜ上着を確認しようとしましたか」

ボス「捜査上の確認だ」

ヤス「肩に蝶のアザがある気がしたからです」

ボス「そこだけ切り取るな」

ヤスード改「肩に蝶。意味不明として記録します」

ボス「意味不明なら記録しなくていい」

ヤスード改「意味不明な行動ほど、あとで効いてくるんやで」

ヤス「急にミステリーっぽいこと言いましたね」

ボス「言い方が嫌だ」


ヨシヒコは、ロボットの黒い画面を見た。

黒い背景に、白い文字。

ただそれだけなのに、なぜか少しだけ目が離せなかった。


ヤスード改「あなたは本当に、戻れなくなります」

ボス「……何の話だ」

ヤスード改「旧型文例が混入しましたわ」

課長「たまに出る」

ボス「直してから使え」

ヤス「今の、ちょっと怖かったですね」

ボス「気にするな」


ヨシヒコは、そう言って視線を外した。


ヤスード改「追加質問。あなたは、コマンドに責任を転嫁しましたか」

ボス「していない」

ヤス「しました」

ボス「コマンドが悪いと言っただけだ」

ヤスード改「責任転嫁を確認しました」

ボス「確認するな」

ヤス「不起訴は遠そうですね」

ボス「起訴されていない」


ヤスード改は、ぴたりと止まった。

数秒間、画面に白い点が点滅する。


ヤスード改「結論を出します」

ボス「早い」

ヤス「AIですから」

ヤスード改「今回の件について、刑事事件としての立件は困難です」

ヤス「不起訴ですね」

ボス「だから起訴されていない」

ヤスード改「ただし、倫理的評価は低いです」

ヤス「有罪ですね」

ボス「お前ら、組むなと言った」

ヤスード改「倫理的には、かなり黒寄りやで」

ボス「黙れ」

課長「だいたい合っている」


ヤスは満足そうにうなずいた。

ヨシヒコは何も言わなかった。


ヤス「ボス」

ボス「何だ」

ヤス「不起訴でよかったですね」

ボス「まだ言うか」

ヤス「大事なことなので」

ボス「大事ではない」

ヤスード改「再発防止のため、記録します」

ボス「再発ではない」




課長は、机の上の資料を閉じた。




課長「遊びは終わりだ」

ヤス「遊びだったんですか」

課長「違う」

ボス「違うなら終わらせるな」

課長「屁理屈を言うな」


課長は立ち上がった。



課長「ちゃんと捜査をしろ」

ボス「してます」

ヤス「半分くらいは、してました」

課長「半分では足りん」


課長はそれだけ言うと、取調室を出ていった。



扉が閉まる。

途端に、部屋の中が少し静かになった。



ヤスード改「次に聴取すべき関係者を抽出します」

ボス「勝手に抽出するな」

ヤスード改「候補一名。康三郎」

ヤス「ヤス三郎ですね」

ボス「康三郎だ」

ヤスード改「康三郎、通称ヤス三郎。登録しました」

ボス「通称を足すな」

ヤス「でも、だいたい合ってます」


ヨシヒコは、資料に目を落とした。




紙片に残された一文字。

三階の窓。

キミヤスとコウゾウの口論。

ローン山側という古い名前。


ふざけている場合ではなかった。


ボス「行くぞ」

ヤス「はい」

ヤスード改「目的を入力してください」

ボス「捜査だ」

ヤスード改「それは合法的な意味ですか?」

ボス「当然だ」


ヤスが、小さく笑った。


ヤス「今度は、本当に合法的にお願いしますね」

ボス「黙れ」


こうして、ボスの事情聴取は終わった。


不起訴だった。


ただし、事件はまだ、何も終わっていなかった。

次回、第一章 EP05「逮捕!」。

誰が、何で、どのヤスが。まだ何も安心できません。

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