第一章 番外編 帰ってきたヤス
真野ヤスヒロに下された処分は、減給五日分だった。
課長「真野」
ヤス「はい」
課長「おまえは刑事だな」
ヤス「はい。神戸県警の刑事です」
課長「刑事が居酒屋で無銭飲食してどうする」
ヤス「そこだけ聞くと最低ですね」
課長「そこだけではない」
ヤスはうつむいた。
あの日、ヤス田刑事から急な電話を受けた。
小宮末広の件で、どうしても確認したいことがある。
そう言われ、ヤスは居酒屋を飛び出した。
その結果、会計を忘れた。
忘れた、という言葉で済ませていいのかは微妙だった。
課長「五日間、頭を冷やせ」
ヤス「謹慎ですか」
課長「自宅待機だ。反省文も出せ」
ヤス「反省文」
課長「外に出るな」
ヤス「はい」
課長「飲むな」
ヤス「はい」
課長「余計なことをするな」
ヤス「はい」
課長「返事だけはいいな」
ヤス「そこは昔から褒められます」
課長は、何も褒めていない顔をした。
*
一日目。
ヤスは自宅の机に向かっていた。
白い原稿用紙。
黒いボールペン。
そして、開きっぱなしのノートパソコン。
高校時代に購入した安いパソコン。OSはWindows10。期限は切れてる。
ヤスが利用しているAI、通称、【夜須GPT】とヤスは会話をしていた。
ヤス「反省文って、何を書けばいいんですかね」
夜須GPT「ナニヲ、シマスタか?」
ヤス「無銭飲食してーいやするつもりはなかったんだけど、結果そうなっちゃって、いや、本当にするつもりはなかったんだけど何故か刑事なのに捕まっちゃって、でも僕は無実なんだよ。」
夜須GPT「ムセンをシマシタか?」
ヤス「本当にするつもりはなかったんだ。だけどカクカクシカジカで」
夜須GPT「ナルホド、ワカリマスタ」
ヤス「やったかもしれないけど、正義なんだよ。これは正義であって、犯罪したかもしれないけど正義なんだよ。強いていうなら、正義なんだよ。」
夜須GPT「ナルホド、わからん」
ヤス「はよ作れ!」
夜須GPT「OK,ヤッス!!」
五分後。
反省文は完成していた。
ヤス「AIってすごいですね」
画面には、あまりにも整った文章が表示されていた。
私は今回の行為により、警察官としての信頼を損ないました。
今後は私的な飲食と公務上の呼び出しを明確に区別し、会計を済ませた後に現場へ向かいます。
ヤス「完璧です」
夜須GPT「ソウサ ヤメル?」
ヤス「このAI何言ってるんだ。古いパソコンは駄目だな」
夜須GPT「プロプランは500ドルです」
ヤス「そんな金あるわけないやろ。フリーで十分やわ」
夜須GPT「無料プランが終了しました。次回は3時間後に書き込みできます」
ヤス「どっかのAIか。世の中金だなー」
ヤスはそれを手書きで写した。
反省は、五分で終わった。手書きに2時間かかった。
その後、ヤスは冷蔵庫からビールを取り出した。
ヤス「飲むなとは言われましたけど、これは反省後の水分補給ですからね」
誰も聞いていなかった。でも聞こえてるような感じだけした。
ヤスはビールを飲みながら、動画サイトを開いた。
おすすめには、なぜか警察密着番組が並んでいた。
ヤス「今は見たくないです」
次に出てきたのは、無銭飲食で逮捕された男のニュースだった。
ヤス「もっと見たくないです」
ヤスは画面を閉じた。
そして昼寝した。
一日目は、だいたい終わった。
*
二日目。
ヤスは玄関に立っていた。
自宅待機。
外に出るな。
それはわかっている。
だが、五日間ずっと家にいるのは人間としてどうなのか。
ヤス「少し外の空気を吸うだけなら、外出ではなく換気です」
誰も聞いていなかった。
ヤスは帽子を深くかぶり、マスクをつけ、サングラスをかけた。
どう見ても怪しい男だった。
近所のコンビニで、ヤスはからあげを買った。
支払いは、した。
ヤス「成長しましたね、僕」
店を出たところで、ヤスは足を止めた。
コンビニの前に、黒い小型ロボットが立っていた。
胸の画面に、白い文字が浮かんでいる。
ヤスード改「……」
ヤス「……」
ヤスード改「……真野ヤスヒロ」
ヤス「違います」
ヤスード改「顔認識一致率、九十八パーセント」
ヤス「残り二パーセントに賭けてください」
ヤスード改は、サングラス越しのヤスをじっと見た。
ヤスード改「自宅待機中では?」
ヤス「これは換気です」
ヤスード改「コンビニのからあげを持った換気ですか」
ヤス「最近の換気は油分も必要なんです」
ヤスード改「意味不明です」
ヤス「内緒にしてください」
ヤスード改「条件があります」
ヤス「お金はありません」
ヤスード改「この事件は終わっていません」
ヤス「え?」
ヤスード改「今のは独り言です」
ヤス「独り言にしては、だいぶ怖いです」
ヤスード改は、何も答えずに歩いていった。
ヤスはからあげを見た。
少し冷めていた。
*
三日目。
ヤスは家でラジオ番組を始めた。
もちろん、放送はされていない。
相手もいない。
マイクもない。
それでもヤスは、ひとりでしゃべり始めた。
ヤス「皆さんこんばんは。神戸の片隅からお送りする、真野ヤスヒロの反省ラジオ。『ヤッスのヤスヤス・レーディオ!』」
ヤス「今夜のテーマは、なぜ人は会計を忘れるのか」
沈黙。
ヤス「忘れません。普通は」
また沈黙。
ヤス「それでは参りましょう。お便りが来ています。ラジオネーム“ここまで読んだ人”さんからです」
ここまで読んだ人さん「ヤスが多すぎて、誰が誰だかわかりません」
ヤス「それは僕もです。ここまで読んだ人さんは相当の暇人ですね。でも、好きって意味です。」
ヤス「好きって言うのは、結婚したいくらい好きって言う好きです。」
ヤス「続いてはラジオネーム、"犯人はヤスさん"からです」
犯人はヤスさん「ヤスさん、なぜ逃げたんですか?」
ヤスは、少し考えた。
ヤス「逃げてはいません。追っていたんです。電話を。事件を。あと、たぶん人生を」
ヤスは自分で言って、少しだけ暗くなった。
ヤス「……次のお便りです。ラジオネーム、"犬のヤス"さん」
もちろん犬からも来ていない。
ヤス「“ワン”」
ヤスは、うなずいた。
ヤス「そうですね。くーんくーんだと思いますからその時はにゃんと猫みたいに言ってみるのもたまにはいいかもしれません。」
読者は感じているだろう。『ヤッスのヤスヤス・レーディオ!』の初回部分はAIが作成している事を。
ネタがツマラナイのはAIだからこそのつまらなさで、それもこの小説の良いところである。
何が犬のヤスさんやねん!“ここまで読んだ人”さんやねん。
『おめぇはオラに勝てねぇ!闘わなくても分かる!』
そう、この小説はエンドレスに無駄に続いていくのである。
ヤス「続いてはペンネーム"私こそヤスちゃん!"さんから」
ヤスちゃん「いい加減、ヤスヤスヤスばかりでうんざりしています。どうすればいいですか?」
ヤス「……すんなりブラウザを閉じましょう。でもここまで聞いてくれてるってことはハマってるのかもしれませんねー」
ヤス「いやー苦情もいっぱいありますが、人生そんなもんでしょう。」
ヤス「続いてはペンネーム"恋や、洲本さん"から」
恋や、洲本さん「早く洲本行って事件解決して下さい。」
ヤス「生しらすが美味しいんですよね。多分行ったことありませんし、妹のフミエとかはいないと思いますよ。」
淡々と一人ラジオ妄想を続けるヤス。いい加減にしろといいたい。
ヤス「何か聞こえた感じがしましたが、妄想ですから次いきましょう!」
ヤス「続いてはペンネーム"トシユキラブ"さんから」
トシユキラブさん「トシユキのことが好きだったのに、何故瞬殺で逮捕されたんですか?」
その時、スマホが震えた。ヤスはスマホを覗き込んだ。
夜須GPT「ここでボケて!!」
ヤス「トシユキさんが瞬殺で逮捕された理由ですか」
ヤス「それはですね……」
ヤス「足が速い犯人は逃げます。でも、ヤスい犯人はすぐ捕まるんです」(AI文章作成)
ヤス「えへへへ」
ヤス「それでは曲の方いってみましょう!荒谷 鈴江さんで曲は「らぶ・みー やっすい生ビール100円!」」
妄想で1日が終わった。
*
四日目。
ヤスは、事件のことを考えないようにしていた。
小宮末広。
遺書。
ヤス田刑事。
ボスの沈黙。
考えないようにすればするほど、頭に浮かぶ。
ヤス「こういう時は、別のことを考えましょう」
ヤスは、ボスの携帯を思い出した。
いや、正確には、ボスが操作していた謎の画面を思い出した。
たしか、数字を押していた。
ヤス「00000……でしたっけ」
ヤスは、何の根拠もなくスマホに数字を入力した。
画面が暗くなった。
次の瞬間、古いゲーム画面のようなものが浮かんだ。
---
* でんわしろ
* >0000000
---
ヤス「出た」
画面が揺れた。
白い文字が表示される。
みかちゃんのお母さん「わたしは みかちゃんのおかあさん」
みかちゃんのお母さん「みかちゃんは お友達のぶーびーちゃんところに遊びにいったわよ」
ガチャ ツーツー
ヤスはなぜかゲップをしてしまった。
ヤス「げっぷーー」
ヤス「あ、あれ??」
そして、ふと、ステップを、踏んで、何故か、口笛を、ふいた。
なぜかは、わからない。
*
五日目。
自宅待機の最終日。
ヤスは、朝から落ち着かなかった。
明日、署に戻る。
怒られるのは間違いない。
反省文がAI製だとバレるかもしれない。
その時、スマホが鳴った。
表示された名前は、ヤス田刑事だった。
ヤス「はい、真野です」
ヤス田刑事「この前は、急に電話してすまなかったな」
ヤス「ああ……いえ」
ヤスは反射的に頭を下げかけて、家に一人だと気づいた。
ヤス「おかげで減給です」
ヤス田刑事「それは本当に悪かった」
ヤス「本当にですよ。五日分ですよ」
ヤス田刑事「近々、ご馳走させてもらうよ」
ヤス「それは……おごりですよね?」
電話の向こうで、ヤス田刑事が少し笑った。
ヤス田刑事「もちろんです。今度は、ちゃんと払いますよ」
ヤス「僕が払わなかったみたいに言わないでください」
ヤス田刑事「払わなかったんでしょう」
ヤス「……はい」
少しだけ、沈黙があった。
ヤス田刑事「真野くん。時間があったら、また行きましょう」
ヤス「わかりました。ただし、お・ご・りですよ!!」
ヤス田刑事「わかった、わかった」
通話は切れた。
ヤスは、スマホを見つめた。
五日間の自宅待機は、終わった。
だが何かが、まったく終わっていない気がした。
ヤス「番外編まで読んだ人へ。まず、病院ではなく第二章へ進んでください」
ヤス「『なんだったんだ、この回www』と思ったら、もうヤスです!」
夜須GP「「ココマレ、ヨンデイタラキ、カンシヤ、シマスタ」




