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咲坂高校冒険部活動報告書  作者: ホエール
最終章『一挙両得、正義の行いと言っとけばそれっぽい』
47/48

最終章 10.

   10.

 『関西』と『いちちゃん』の目の前で、『赤髪』はグレイブを構えながらソードオフショットガンの引き金を引く。

あてるつもりはない。牽制だ。

そしてその間に笛のような器具を鳴らす。メカニズムまでは冒険部の学生にはわからない。

ただ、その音色に新たな装甲化トロールが鍾乳石から卵を割って出てくる雛のように出現してきた。

だが、そうやって出現した装甲化トロールは人間たちを襲うこともなく『赤髪』のもとへやってくる。

飛んできたのは奇妙なドローン。1.2メートル程度の大きさのドローンが2機。

そこから始まったのは『赤髪』と装甲化トロールが文字通り接着される場面。ドローンが『赤髪』とトロールをそういう風に加工していく。


「……えっと、なんですこれ」  「合体やんけ!」

困惑する『いちちゃん』と『関西』の目の前で、装甲化トロールに人の上半身が生えたような機械化生物が出現した。

人の上半身は当然のように『赤髪』。持っていたグレイブはいつの間にかトロールの武器となり、クロスボウを模した武器へとこいつらを加工していたドローン事態変形して一体化したトロールもどきに当然のように合体している。

ウィンチがクロスボウの弦を弾き、巨大なボルトがこちらを狙っている。


『 お、ま、え、ら、み、た、い、な、アウ……トサイダーズ、、、確実に、倒す。そのための。武装』

「いやいやいや、その為にモンスターと合体しましたは明らかに頭にウジが湧いとる」

「これって……」

『いちちゃん』がもしやと思ってライフルの引き金を引く。閃光。そして落ちる銃弾。

それに対し、赤髪トロール側がクロスボウのボルトを射出する。回避。来るとわかっていればどうとでもなる。

ただ、そのうえで、一つだけ明確に言えることがあった。


「人間がサポート、トロールがその巨躯を生かした近接戦闘術をやって遠距離攻撃手段付き、こっちの銃火器は封じ込む。

なるほど、ご自慢するわけやな。いざって時はトロールのSEEをカットして、自分だけ銃火器を打ち込むことも考えてるとかやない?」

「なんて言いますが、悪趣味です。トロールが生き物かは意見がありますですけど、人間が寄生する感じでキモイです」

『 なんとでもいえ、お前らのやってることは初心者エリアで俺TUEEEEする迷惑なプレイヤーだ』

「「あーそれは否定できないのがこまるのです」」

咲坂高校冒険部4人組は先輩たちがいた頃は、この階層をメインにしていなかった。否定できないのは確かなので苦笑するしかない。




Tips:『関西』……幼少期に関西で育ったことから関西弁が身についたというが、似非関西弁に聞こえるから『関西』と呼ばれてる。

本名は東条悠馬(とうじょうゆうま)。近接攻撃型51スコア。機動反撃型の51以上のスコアの持ち主ならほぼ楽勝で勝てる。

使用する武器

『薙刀』、『日本製最新:5.56ミリアサルトライフル』、『大小二本差し日本刀』。

『ドイツ製最新:45口径短機関銃』、『アメリカ製:P.F.式45口径拳銃』、『ライフルグレネード』。

使用するスキル・アーツ

『スキル:空間装甲』、『アーツ:オートリロード』、『スキル:イマジネーションミラージュ』

実は戦国武士が駆使したとされる願掛けの類、つまりは呪術の技をいくつか操っている。広義の魔術師と数えることは出来るだろう。



Tips:『いちちゃん』……こう見えて『部長』とは長いつきあいの少女。本名は阿南一花(あなんいちか)

マウンテンバイクを乗り回してダウンヒルと呼ばれるスポーツ競技を愛している。そのためダンジョン内部では電動アシストマウンテンバイクに乗ったまま戦う事が何度かある。その特性を生かして、サーベルやランスチャージを戦いに取り入れてる。

使用する武器

『薙刀』、『日本製最新:5.56ミリアサルトライフル』。

『HESH弾頭付属ランス』、『サーベル』、『アメリカ製:TB式ライフル散弾銃』、『折り畳み:機械式合成弓(コンパウンドボウ)』、『ライフルグレネード』

使用するスキル・アーツ

『スキル:再現性スタングレネード』、『アーツ:マルタ剣術基礎3動作』、『スキル:アクセル・ブースター』




「『スキル:脱皮転生』。私は何時だって理想の私になる」

『寮長』はボロボロのアバターを捨てる決断をくだした。まるで背中にファスナーがついている着ぐるみを脱ぐかの如く、背中から飛び出したのは2本の腕。

『村井』、『加西』、『長谷川』、『川上』の4人が見るその目の前で、今までの美しい美女から十代を思わせる一糸まとわぬ美少女が降り立つ。

冒険部の4人組が大陸勢力とぶつかり合うその場所からほんの200メートル程度離れたその場所で、警察の信頼を裏切った『女子寮』との血戦は続く。


「私は、何時だって、何処だって、理想の私になる。それが出来る許してくれるこの特別な場所から引きはがす奴は全員敵」

小学生の頃かそれとも幼稚園の頃か。もはやいつ頃かは思い出せない。それでも『寮長』にはあの目線だけは耐え難い事を覚えている。

『将来の夢は可愛いケーキ屋さんになりたいです!』。男児どもがからかうのはまだ良い。幼い自分でも覚悟していた。女児達も一瞬戸惑うのも良い。まだ理解出来る。

保母さんか、或いは教師か。大人達が一瞬見せた純粋な困惑の目線だけは、許せない。あのときの屈辱感だけは、妙齢になっても体中を這い回る。


Tips:『スキル:脱皮転生』……リ・スポーンという手段では無く、新たなアバターへ乗り換える。その際、古いアバターの構成資源は新アバターの強化素材といて消費する。

『寮長』はこのスキルを使い、様々なパターンの美女、美少女のアバターを用意している。


一糸まとわぬ美少女は古い自分に手刀を振り下ろす。たったそれだけの動作で一糸まとわぬ彼女は何時しかレザー素材の防弾防刃の服を身につけ、イミテーションかそれとも本物か、スピネル、ルビー、ガーネットや黒真珠をまとった装飾品の数々に彩られた真っ赤な魔女の姿になった。

深紅の魔女帽をかぶり、その手には箒の形に変形した例の棍棒を持ち、その周囲を『ロシア製:P.A.式グレネードランチャー』が浮遊している。

腰のホルスターには一度取り上げたハズの9ミリ拳銃が再び収まり、鮮血よりも鉄の臭いを振りまく真っ赤な魔女がそこにいる。


「私は何時だって、理想の私になる。刑事さん。諦めてくれる?」

「こうむ、しっこうぼうがいで逮捕させて貰う!」

ポーションによる回復は、『村井』を再び2本の脚で立たせてくれる程度までに修復してくれた。とはいえ、完全ではない。

というか、もうポーションの在庫は殆ど残っていない。


「いい加減、諦めたら? 私の指標は機動反撃型40スコア。あんた……多分だけど全部負けてるでしょ。前回は頼れる仲間が何人もいてこんな乱戦じゃ無かったからいけた。でも今は違う。あんたの仲間はモンスターだの何だのとの戦いであんたを支援できない。『ゆめ』さんや『かに』さんも私にはいる」

「こっちにだって『加西』がいる」  「先輩……」

笑っている。あざ笑っている。心の底より浮かべた笑みは明らかに『村井』と『加西』の女性刑事達の奮闘を。

『寮長』は嗤っている。


「ま、待ってください」

そこに割って入るのは『川上』。


「どうして、どうしてあんな奴隷労働を強いてるブラック企業を通報しなかったんですか!? せめて逃げる人を見逃すくらいは!」

「そういえば、あなた誰よ……へぇ、労基の役人さんがここに来てるの。そっちも報奨金くらい用意したら良かったのに」

「……どうして。なんで」  「すでに言ったでしょ。クズ男が無能男を搾取しているだけの事柄、私たちからしたらどっちもクソ野郎なんだからどうでも良いじゃない」

その返答に対する答えは銃声だった。


「「ふざけるなッ!!」」

撃ったのは『川上』と『加西』の2人。『川上』の脳裏に浮かぶのは判断能力なんてろくに無い、文字通り機械につながれた非人道的な労働者達の数々。

ダンジョンから出られず、永劫に無給。給与明細では支払われている。でも、ダンジョン内部にいて、出られない彼らは銀行からそれを下ろすことは出来ない。

いや、もしもそんな給与を下ろしている誰かがいるとしたら? それがあんな悪質なスキームを考え出したブラック企業の人間じゃないなんて誰が断言出来るのか。

怒りが、引き金を引かせた。短機関銃より飛び出すのは9ミリの拳銃弾。

同じく、9ミリの拳銃弾を撃つ『加西』からしたら、『川上』の怒りの理由は分からない。でも――


「――――誰かの父親しれない。誰かの友達かもしれない。男とか女とか関係無く、人間をバカにするな。理想の自分になれないのは人間を見下し過ぎるからでしょ!!」

それが『加西』の原点。駅、階段、上から降りる父。お互い笑顔で手を振る父娘。遊び半分の馬鹿野郎が父親を突き飛ばして、階段から飛ぶ1人の男性の身体。


「あなたを検挙します!!」

『加西』は刑事としては新人で、『村井』の下でダンジョン関係は戸惑ってばかりだ。何なら寿退職だって割と真面目に狙っている。

一生涯を尽くす職業ではほどに激務だから。それでも警察官になりたいと思った原点は忘れたことは無い。


「イムスト・ハヴ・ヤリングク――」  「「――!?」」

それを知ってる『村井』と『加西』が反応する。けれど知らない『長谷川』と『川上』は反応が遅れた。

『寮長』が唱えた呪文は一度彼女たちを拘束したとき、猛威を奮った『魔術オカルト』。

次の瞬間、『寮長』の両腕が本来曲がってはいけない方向に曲がる。『長谷川』と『川上』の腕も曲がった。


「「は?」」  「先輩!」

『長谷川』と『川上』の困惑。『加西』に言われる前に『村井』は呪詛返しの呪法を実行するが即効性が無い。

呪詛返しとは関係なく『寮長』のおかしな方向に曲がった両腕は一瞬で治る。けれど、『長谷川』と『川上』は直らない。

魔術とも呪術とも言われているそれの基本は『類感』と『感染』。他の分類法では『呪詛』と『呪詛返し』と『浄化』の3つ。

『寮長』の負傷を感染させる『呪詛』。ベースはシジル。

シジルとは、願いを込めた英単文をシンボルマークや呪文に加工して、それを破壊する事で発動するとされるものだ。

なお正統派のやり方はこのことを忘れるように努力する事とされるが、『寮長』はそこまでは求めていない。


「次は右足」

ふれもせず、何もせず『寮長』の右足がちぎれた。義足では無い。なのにちぎれた。


「クソ!」

『村井』が『呪詛返し』として日本刀を持って舞う。


「呪い払う魔剣である。この魔剣に切れぬ物なし!!」

アイヌがかつて得意とした呪術おまじない。けれど間に合わない。『長谷川』と『川上』の右足が吹き飛ぶ。


「な、なんで!?」

両腕も右足もそんな状態の2人は何か特別な行動などとれない。ただ、困惑の声だけが響く。

『寮長』だけはちぎれた右足が勝手に繋がり綺麗に一本の足へ。

自分だけは安全圏。まるでそう見せつけるようにちぎれたはずの右足を前へと一歩踏み出す。

『村井』の呪詛返しがやっと機能してイミテーションのスピネルの一つに小さなひびが入る。身代わりだ。

そして、たったそれだけの効果しかない。


「一網打尽には出来なかったのは残念だけど、時間の問題だね」

『寮長』がそう言葉を口にして、『かに』がナックルグローブつけてファイティングポーズをとる。まるで『寮長』を守るように。

『ゆめ』が放電攻撃をばらまき、近づくモンスターや或いは別の冒険者たちへ牽制を行う。

警察の仲間が『村井』と『加西』を助けようにもこの牽制や無数のモンスターたちのせいで近づけない。

爆発するネズミに熱量で膨張するスライム、真っ黒い子供のような大きさのゴブリンに風が吹いたら人が苦しみ倒れる精霊風……Etc.etc

数多のモンスターたちに囲まれ、『寮長』には近づけず近づこうとしても『かに』が阻止する。

『長谷川』と『川上』は折れた手足で必死にポーションを用いて自力で回復しようと足掻く。

状況は圧倒的不利。もはや対処法なし。


「まだよ。まだ撃つ手があるわ」  「はぁ? 冗談でしょう?」

「こうするのよ!!」

『村井』はピンを引き抜いた。それは『閃光音響手榴弾(スタングレネード)』。

ただし、その場で起爆させない。後からどれだけ文句を言われようと布切れを投石器として使いある方向に向けて出来るだけ長距離へ。


「何がしたいんだよぉ!」

『かに』が困惑の声をあげながら突撃してくる。


「オフェンシトビト、ヘルメスよ、ソフィアの名のもとにその任を果たせ。回れ回れ回れ、火焔、その灼熱の輝きが剣と見えるように、オフェンシトビト」

『寮長』の口の動きに合わせるように『ロシア製:P.A.式グレネードランチャー』が擲弾を発射する。

遠くで『村井』が投げたスタングレネードが炸裂したらしい光と大音響が響き渡る中で、『寮長』が魔術と擲弾の攻撃を複合させる。

爆炎が次々と上がり、爆炎がまるで大蛇のようにうねり意思を持つように動き回る。


「先輩!」  

迫りくる『かに』を抑えようと『加西』が前に出る。『村井』はわずかに笑っていた。だって、成功したから。

『長谷川』と『川上』がポーションにより四肢を回復させ、立ち上がりその引き金を引く。

2人には『加西』が投げた注射器型のポーションが刺さっていた。『村井』がスタングレネードを投げる奇妙な動作で視線を集めて、そのわずかな隙を狙う。

成功したから2人は引き金を引いてくれた。

『寮長』に何故か銃弾は通じない。でも『かに』と『ゆめ』は違う。


Tips:『インパクト・シールド』……『かに』が使用するスキル。12.7ミリのような対物ライフルの弾丸でさえ、無力化する不可視の防御システム。ただし燃費が悪くまた持続力も2秒程度。30分間に15回前後しか使用できないと考えてよい。


『かに』が守る。

長谷川の放った2発の45ACP弾が『かに』の『スキル:インパクト・シールド』に激突した瞬間、大気が軋むような重低音が響いた。

9ミリ弾より純粋に大きな質量が不可視の防壁を叩き、強引に物理エネルギーを浸透させる。

『かに』の足元が同心円状に砕け、彼女の身体は防御姿勢のまま地面に縫い付けられた。

それは本当に一瞬かもしれない。けれど、足を止めた。

それが欲しかった。


「今ッ!!」

『村井』は拳銃と日本刀を両方持ったまま走り出す。当たらなくていい。引き金を引きながら『寮長』へと迫る。


「オフェンシトビト、回れ回れ……」

『寮長』の口元が動いた瞬間、炎が蛇のようにうねり、『村井』の進路を塞いぐ。相も変わらず拳銃の弾丸が当たっている様子はない。どういうからくりなのか。

弾丸の無駄だと思いつつ、引き金を引き続ける。『寮長』の見下す失笑が止まらない。

炎の壁が揺らぎ、まるで『村井』の進路をすでに知っているかのように蛇行して迫る。


「無駄よ」

『寮長』のその言葉は、唐突に止まる。無数の9ミリ拳銃弾が『寮長』に向けられた。


「ふざけるな……! ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなッ!!」

叫んでいたのは『川上』だった。

正常な判断力など無い。脳裏に浮かぶのは労働者のおっちゃんたちの目。それを見捨て、挙句に「クズが無能を搾取しているだけ」と切り捨てたこの傲慢な魔女への、根源的な嫌悪。

9ミリ短機関銃から吐き出される9ミリ拳銃弾は、所詮素人に過ぎない『川上』の腕前ではそもそも当たる当たらないではない。でもその弾幕は間違いなく『寮長』に向けられた――


「――――!」

『寮長』のグレネードランチャーが『川上』へと向けられた。蛇行する火焔さえも『川上』を対象にしている。


(なんだ――!?)

優先順位を変えた。『寮長』の攻撃の優先順位が変わった。『村井』の疑問。


「やっとわかった!!」

叫んだのは『長谷川』。


「そいつ、特別製のアバターだな! 骨格あたりを強化しているんじゃないか!? 本当はちゃんと『弾丸は当たっている』。

ホログラムか何かでダメージを押し隠し、後は力づくで踏ん張って一切通じてないように見せかける。で、適時ポーションで回復! これで拳銃弾は無駄玉ですよ! って訴えかける!」

だから、『川上』のもはやただの乱射に反応した。

拳銃が一切通じない。意味が無い。そういう風に誤認させるためのアバター。


(ああ、だから……)

『村井』の中で何かが繋がっていく。


「ただの『石』よ」  「「「は?」」」

唐突に叫ぶ『村井』への反応はそんなものだった。


「それに意味などない。それに力などない。それに祈りなどない。無い。無い。無い」

そう言いながら、彼女は拳銃を仕舞い、予備弾倉から1発の拳銃弾を取り出す。

鉛球。今時銃弾を鉛で出来ていると思っている人間は銃の知識が無い。いや、下手したらかつては鉛で作っていたことさえ知らないかもしれない。

それでも慣用句として鉛球という言葉は残っている。実は安い銃弾では今でも多少の鉛を使うことはある。

つまり、日本警察が使う銃弾は鉛球ではない。でも慣用句として鉛球呼ばわりすることされることは多い。


「スピネル、ガーネット、中世のイギリスではルビーの一種と考えられた宝石たち。メインはルビー、誤魔化す為に別の石を混ぜた。

やっと気づいたけど、古代ギリシャ式の宝石魔術。ルビーの護符。効力は勝利、破魔、情熱。プラシーボ効果が超常現象さえ引き起こすダンジョンにおいて宝石魔術は究極のお守りで、本当に効果のある物として定義するには最高よね。銃弾が効かない自分を鼓舞して見せつけて余裕の表情を見せる。

それだけでこっちは勝手にあんたに畏怖する。そして、心で負ければあとはあんたが火力か何かでこっちを圧倒すれば本当にあんたが勝つ」

古代ギリシャにおける究極の呪詛は鉛の板切れに書いた暴言と呪いの言葉を聖域に埋める事。

ここに鉛の板切れは無い。でも鉛球はある。

1発の拳銃弾。それに自分の呼気を吹きかける。


「もう一度言うわ、それに意味などない。力などない、祈りなどない」

そして、足先で小さく大地を掘ってその穴にその拳銃弾を落として。


「エーデー・エーデー・タキュタキュ」  「おまえ、何を――――」

「――古代ギリシャの魔術がお好みのあんたに合わせてあげたよ」

『寮長』の装飾品のスピネルが砕けて、火焔の渦が消えていく。

『村井』が使った古代ギリシャの呪詛と『寮長』がルビーの宝石魔術の呪詛。2つの呪詛がこの場には渦巻いている。それぞれ相手を不幸に貶めようと。

呪詛はぶつかり合わない。コーヒーと牛乳をぶつけて押し合いへし合いが成立すると思っている人間がいたら教えてほしいレベルでぶつからない。

ただしコーヒー牛乳として混ざり合うことはある。そしてその時、美味しいコーヒー牛乳という成果物を飲めるのは片方のみ。

飲めなかったという不幸を押し付け合う。


「わかりやすく『運』で勝負しよう。それでこの不安定な呪詛の矛先ははっきりするでしょう」

有無を言わさず取り出した10円玉を空に投げる。カラン、と乾いた音を立てて回転しながら舞い上がる。


「表なら降伏してあげる」  「は? 運……?」

呪い。混ざり混ざってぐちゃぐちゃになった怒りと憎悪と愛と憎しみと攻撃と何から何まで混ざり混ざった負の感情の結晶体。その矛先を運命に委ねる。


「ふざけないでッ!! そんな茶番に――」

――――自分で叫んでいるのに言い終わる前に、『寮長』は腰のホルスターから9ミリ拳銃を抜き放ち、迷いなく『村井』へ向けて引き金を引いた。

被弾する。『村井』に銃弾は当たる。それでも『村井』は小さな笑みを浮かべて『寮長』を見ている。まるで見下すように。笑い飛ばしたいのを我慢しているかのように。

最強の呪詛返しは呪詛を心の底から信じず笑い飛ばす事。尤も自分が呪詛を使う側の人間にとって、それは不可能だ。だとしても、それを連想させる笑い。

格下を心の奥底から見下す笑い。

その顔面目掛けて、9ミリの拳銃弾を叩きこもうと引き金を引く。


忘れていた。『村井』の顔を10円玉に気をとられて、忘れていた。『寮長』、『かに』、『ゆめ』。こっちは3人。相手は4人。単純明快な数の違い。

だから、

    『村井』の顔面に向けられた銃口。飛び出す弾丸が『村井』に着弾する


前に、『寮長』の腕が焼きちぎれて切り落とされる。『長谷川』のレイピアだ――――


(――なんで、今の今までこいつの事を忘れて?)

自分で無意味な問答を始めてしまう異常事態。

インデックス、シンボル、アイコンの高速回転。魔術の基礎。鉛玉というアイコン、言葉というインデックス、10円玉というシンボル。

魔術オカルト』の本質は物事の解釈の幅を限界まで広げてみることだ。そして、それを他人に押し付ける。

ダンジョンはその環境的特性からプラシーボ効果は本当に一定範囲の再現性のある奇跡だって起こして見せる。

呪術だの魔術だの魔法だのどんな言葉でもいいが、オカルトとの相性は最高潮。


「あはっ」

『長谷川』のレイピアから放出されるプラズマが『寮長』の両腕を熱量で寸断するのと、何が起きたのか点と線が繋がったのは奇しくも同じタイミング。

銃弾を埋めるパフォーマンス、あの時から『村井』の一世一代の茶番劇が始まったのだ。

やってることは自分と同じ。呪術の力。ただし、正規の呪詛儀礼とは手順も材料も違う。

尤も知識のある『寮長』、つまり自分にはそれだけでも何をしているのか脳内で思い浮かべることが出来る。

プラシーボが奇跡を起こす空間において、それは、間違いなく。


「してやられた」

『寮長』今日、この日初めて心の底から敗北を認めた瞬間だった。

10円玉が地面に落ちる。裏面だが、今更そんなもの誰も見てはいない。

『寮長』の魔術の効果が、破壊されていく。介入を拒んでいた不思議な流れが変わり、警察の……『マスドロ』と呼ばれているオペレーターが捜査する無数の偵察爆撃機ドローンが飛んできて、『かに』と『ゆめ』も敗北を悟った。


そこに走るのは対空レーザーの光。


「「「クソッたれ!!」」」

警察組の言葉。単純明快な現実。大陸の勢力が攻め込んでいる状況下であることを改めて理解せざる得ない。地対空レーザー兵器まで動員してモンスタートレインを引き起こして、ここを壊滅させる。そんな単純な現実がここにはある。


「あっは……ぁはははははっはははははははは!! やはり、私は何時だって理想の私に、負けるはずが――」

――――『寮長』が改めて自分たちの勝利を再び信じ始めたところで、両足が切断された。


「はぁ?」  「『寮長』! い――」

「――刑事さんがボロボロだから別にええよな」

『関西』がそこにいた。ここにはいないはずの男が。数百メートル離れた場所にいるはずの男が。『かに』の顔面に向かって一直線に飛ぶのは『関西』が投げた薙刀。

『ゆめ』が杖を振り回し、赤外線誘導による放電攻撃を実行しようとして、『関西』が薙刀を投げた右腕でダルマにした『寮長』の首筋をつかみ、『ゆめ』に『寮長』の胴体という盾を向けて蹴り飛ばす。


「だ――」

     め。

『ゆめ』が必死に矛先をずらそうとして明後日の方向へ放電攻撃が飛ぶ。気づけば目の前にあるのは『関西』の右拳。

それもただの右拳ではない。破甲爆雷。WW2の頃に開発された対戦車兵器の一種であり、歩兵が近づいて戦車に貼り付ける類のものを拳の威力を装甲を吹き飛ばすものにするための武器としてこのダンジョン時代に復活した代物。

思わず目をつぶる。もう見ていられなかった。だから、来たのが拳ではなく後頭部に襲う裏拳であることに全く対応できなかった。

右拳は最初から当てるつもりが無く素通りしてそのまま返しで後頭部を殴りそのまま地面に顔面から叩きつける。すかさずブーツで肩のあたりを踏みつけ動けなくする。


「ふざけ――――」

顔面目掛けて投げられた薙刀を何とかしのいだ『かに』の胴体に刺さるのは5.56ミリのライフル弾が数発。

『関西』の両手に構えられる『日本製最新:5.56ミリアサルトライフル』。


「お前たち、なんで!?」

『寮長』の当然の疑問。


「刑事さん、ワイらのところにスタングレネード投げないでくれます? いくら誤射でもそういうことされるとヤバいんすけど」

「はっ、どれだけ距離があると思ってる。どうせ変な光と音が鳴ってるなくらいの効果でしょ」

それに対する疑問の答えは極めて単純明快だった。


「あんたらの方向に投げたのは、そういう保険だよ」

ダンジョンではよくこういわれる。本当に強い奴は剣も銃も環境も何もかも全部使いこなす奴だと。


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