最終章 11.
11.
スタングレネードを『村井』が投げる少し前。『赤髪』にとって、この戦いは戦争のつもりだった。それくらいの覚悟だった。
サラミスライス戦略によって日本側の権益を削り祖国の権益を拡大する。このことにあれこれ文句を言う者たちは国内外にいる。
だが、彼らは大事なことを見てはくれない。
私たちの実家のある場所は一体何処の国の土地だというのか? ダンジョン呼ばわりされてるこの異界では国境紛争が絶えまなく行われている。
我々の故郷たる海南島はすでにベトナムだのタイだのそういう連中の旗がはためいては引きずりおろすことを毎日のように繰り返している。
おまけに明らかに連中のバックには日米政府や奴らの企業連合の姿が見え隠れする。
自分たちだけはやっておいて他人にはするな? なんと都合のいい言葉か。
『 これ、で、小日本、特機戦力、つぶすすすううううう!』
「ごめんなさいです。アプリがバクってるのかちゃんと翻訳してくれないです」 「濁声すぎやで、あんた」
『いちちゃん』と『関西』からしたら、そんな因縁知ったこっちゃない。というか、誰も話をしていないのだからわかるはずがないのである。
赤髪トロールが動き出す。赤髪が取り出すのはピストルクロスボウ。拳銃サイズのクロスボウでレバーアクション方式。
装甲化トロールがばらまくSEE影響下ではこれが一番確実性があると思われたのか。
トロールの肉体そのものも巨大な棍棒振り回して目の前の『関西』めがけて振り下ろす。
「うぉっ!」
クロスボウのボルトを避けながらトロールの棍棒を避ける。意外と難しいものだ。何しろ棍棒から逃げる方向にクロスボウの射線がすでに置かれている。
それとは別にグレイヴの矛先も向けられている。右手の棍棒、左手のグレイブ、『赤髪』のクロスボウに『ロシア製:P.A.式グレネードランチャー』。
『関西』は冒険部4人組の中でも特に日本刀を生かした接近戦に特化している。この手の奴らはあまり得意ではない。
(刀で簡単に切れるタイプじゃねえしな)
かといって重火器も今の状態では通用しない。
そんな『関西』の内なる願いを聞き乗ったのは『いちちゃん』であった。彼女は背負っていたダンジョン用の電動アシストマウンテンバイクを下して跨る。
そして矢を放った。コンパウンドボウより放たれた矢には当然のようように導火線に火が付いたダイナマイト。
『 見飽きたんだよ ォ』
爆発する前に棍棒のフルスイングが矢を弾き飛ばした。
そしてそれが始まり。そりゃそうだ。フルスイングしているせいで視界が少し悪いし、矢に集中している。だから、『いちちゃん』が突撃槍構えて
全速力でペダルを押し込んでいる瞬間は見えなかったのだから。
Tips:『騎兵突撃』……突撃槍を構えて騎兵が全力で突撃する。
中世の西欧騎士たちの中にはそれの中毒となった者たちが続出したといわれている。
全力で戦場を駆け回り構えたランスがもたらす高揚感と破壊力はアドレナリンをさぞかし放出したのではないか。
事実、その時代にランスのもたらす破壊力以上の代物を探すときは投石器かカノン砲を持ち出す必要があっただろう。
『いちちゃん』によるランスチャージ。
ランス先端のHESH効果がトロールの脚部装甲版を吹き飛ばし内部構造の肉片を粉砕する。
HESH弾頭は1発だけ。使い終わった弾頭はすでに影も形もなく、そこにあるのはよくある『現代化刀剣類』にみられる高振動ブレードによる矛先。
そのままその矛先で『赤髪』の首を狙う。
「――!?」
ハンドルを操り、全力でペダルを漕いで離脱。
トロールの肉が唐突に増殖し膨張し、気づけば元通り。
『 おいおい。ポーションがあれば治るんだ。まっ、俺はこのように手では持っていない。内臓しているんだがな』
Tips:『HESH』……粘着榴弾とも。主に戦車の砲弾として開発された物。
覗き穴付きのドアに張り付いて片目で向こう側を見ている時、向こう側が遠慮なく強いノックを覗き穴のあたりにしたらどうなるだろうか?
ものすごく極端な説明になるが、要するに装甲版をぶっ叩いて、装甲版の内側に衝撃が伝わり大打撃を与えるという仕組み。
今となっては旧式だが、イギリスの第3世代戦車の多くはライフル砲を使用しており、対戦車砲弾の多くがHESH方式であった。
HEATやAPFSDSと呼ばれるタイプの砲弾はライフル砲での運用が難しめだったからである。
「……ちょっとめんどくさいことになりましたです」 「まったくや……さて、『部長』と『オキタ』のところにさっさと合流したいんやけど」
2人の言葉は『赤髪』を苛立たせる。トロールの右腕が構える棍棒、左腕のグレイブ。そして赤髪自身が装備するピストルクロスボウやグレネードランチャー。
これに各種支援ドローンや内蔵された大量のポーションがある限り、自分を殺すことは不可能だ。
SEEと呼ばれる特殊効果を放つ装甲化トロールを一体化することで取り込んだ結果、銃火器の類は閾値を超えた運動エネルギーにエキゾチックニュートリノが反応しスピードを光と熱に変換して無力化する。
つまり、いわゆる近代兵器は自分には一切通用しない。
『 お前らは、強い。差し向けた装甲化トロールをお前たちは片づけるだけの力ある。だが、人間が操るトロールじゃない! あらゆる支援兵器に守られ人間が操るトロール、この俺に勝てると
本気で思っているのか!?』
「勝てる勝てないの話なんですか? あなたの故郷が国家間のドンパチの最前線にあるからやり返すって話はあなたの勝ち負け関係ないですよ」
「そもそも故郷がドンパチって、ワイらも現在進行形でそうやん……一応県民やからこの辺でドンパチしている大陸さんに言われても……」
『いちちゃん』と『関西』はそれぞれそんなことを言いながら、武器の手入れを始める。
手入れと言っても日本刀やランスと言った彼ら彼女たちの武器の刃先の煤を専用の布で簡単に乾拭きしているだけだ。
まるで日常の一場面のように。
『 もういい……ここでお前たちには死んでもらう。どうせアバターだ。死なずにダイビングスポットでリスボーンする。我々の「妨害装置」が指定した我々のダイビングスポットでな!!
思う存分切り刻んで売り飛ばしてやる』
「『いちちゃん』、欲しいものある?」 「……サイボーグのアバターをしている上にトロールと合体。ポーションを大量に内臓ですか。なら揺らせばいけますです」
「OK、色々とやってみるで」
外野からは意味不明な会話。けれどその会話の終了が次の動きの合図だった。
確かに銃は通じない。でも遠距離攻撃が封じられたとは言ってない。『関西』は薙刀を振り回しその石突をバットのフルスイングのようにその辺の石をはじく。
『 それになんの意味がある!』
投石は古代中世、そして大戦期に至るまで人を殺してきた最古にして尤も致死率の高い武器だが、所詮は投石。
トロールの棍棒がそれをはじいた。
棍棒が石を弾いた。棍棒を持つトロールの右腕が、広がっている。つまり懐が開いている。
そこに投槍。薙刀の刃がトロールの胸元へ。『関西』にとって、薙刀は古流剣術流派なら使えて当たり前の武器であって、主力ではない。
冒険部が薙刀と5.56ミリライフルを全員共通の武器にしているだけだ。
大事なのはまず、確実なダメージを与えることと目くらまし。刺さる棒が目の前の視界をたとえ一本の線程度であっても邪魔する。
『 ――!!』
『赤髪』が気づいても遅い。すでに日本刀構えた『関西』が目の前に迫る。
トロールの左腕のグレイヴで『関西』を切りつけて排除を試みるが、まるでそれを呼んでいたかのように刃先に日本刀があった。
まるで置いているかのように。
古流剣術とは、殺し合いの技だ。殺し合いで得物を選んでいたら自分が殺される。そんな時代背景の下で成立した技術だ。
だから『関西』にとって、日本刀でトロールを殺す事に意味は無い。日本刀は防御。本当の攻撃は、突き刺さった薙刀を足場に『赤髪』の顔面にまで登って来た『関西』の拳!!
殴る。
(もう一発!)
日本刀を持たない左手の一撃。その反動で後退する体を固定するべく日本刀から手を放して右手で『赤髪』の喉筋を『関西』はつかんだ。
手放した日本刀は殴った左手に持つ。そしてそのまま刀の刃先ではなく塚で顎を狙った一撃を振り下ろした。
「!?」 『 馬鹿が』
顎で意識を揺らしたはずだった。『赤髪』がピストルクロスボウを捨てて両手で『関西』をつかむ。逃がさぬというように。
「『いちちゃん』!!」 『 死ね』
だが、両者は孤独ではない。『関西』は『いちちゃん』へと声を上げ、『赤髪』はドローンに攻撃の指令を送る。
『いちちゃん』はすでに1本の矢の先を向けている!
ドローンの武器は低速を重視するもの。すなわち調整された空気圧による毒の吹き矢、そして火炎放射器。
選ばれたのは火炎放射器。業炎が『赤髪トロール』ごと『関西』に迫る――
――――前に『赤髪』の頭部に矢が刺さる。
導火線に火が付いたダイナマイト付きの矢。火炎放射器の火焔は消そうと思って消せるものではない。そういうものだ。ポーションによる回復のごり押しで今回の自爆は許容された。これは?
轟音と衝撃波。文字通り火だるまになって吹き飛ばされる『関西』だが、HPがゼロにはなっていない。当然だ。
『関西』の首筋には矢が刺さっていた。注射器形状のポーションが取り付けられた矢が。
「まだ駄目ですね」
『いちちゃん』は『機械式合成弓』を折りたたみ背中に収納、それと同時にペダルを思いっきり蹴り飛ばす。
今度はランスは構えない。構えるのは薙刀だ。騎馬戦において薙刀は相手の首や腕を断ち切るのに役立った武器だ。
馬の速度に薙刀を組み合わせた時の切断力は、首の血管を切るには十分すぎただろう。
『 今度は貴様かぁぁあああ!!』
グレイヴは西洋式の薙刀とでも言う武器だ。
元々は儀礼用の武器と農耕具という2つのルートをたどった武器が最終的に一種類の武器として合体して成立した代物だ。
ただしそれは18世紀のこと。すでに戦場の主力はマスケットと大砲が当たり前という時代にグレイヴを使いこなす武術は発展途上で終焉を迎えた。
けれど、それにどんな意味があるだろう? トロールの巨躯を生かした暴力は武術を必要としない。
トロールの巨躯を人間が操り、各種支援兵装ドローンや遠距離攻撃を組み合わせたそれに特別な殺しの技なんて必要ない。
そもそも対人用に生まれた武術は良くも悪くも人間の肉体構造の弱点だのそういう諸々を前提にしているといえるだろう。
ましてや、銃火器まで当たり前なのに、どういう意味があるだろう?
「私は――――」 『 ――貴様なんぞにィ!』
薙刀の刃がグレイヴに弾かれる。棍棒がそのまま『いちちゃん』めがけて振り下ろされかけて――
――別に矢は、必ず弓が無いといけないものじゃ無い。
ただ、投げた。火が付いたダイナマイト付きの矢を。すでにマウンテンバイクのハンドルは切られている。急停車するように。
グレイヴと棍棒を比べたら、棍棒の方が間合いが長い。でもグレイヴはたった今、薙刀を弾き返すために『いちちゃん』を切ることは出来ない場所に刃先があって。
わざわざ導火線に火をつける意味なんてなかったかもしれない。
どのみち火炎放射器の火焔は消そうと思って簡単に消えるものではないから、火だるまの赤髪トロールに投げるだけで火が付く。
『 わざわざ、ありがとう。おかげで火が消えたよ』
ポーションによる回復と再生。強がっている様子はない。本当は強がっていたとしてもそれはポーションの残量とかその辺だろうと『いちちゃん』は内心思う。
もげた四肢がグチュグチュと音を立てながら治っていく。
さすがにグロテスクで気分が悪くなる。
「あかんな~」
能天気な声で肌がところどころ焼け焦げた少年が戻ってくる。
「油断しすぎなんですよ。やろうと思えば自力で脱出出来ましたよね?」 「事前準備がたらんかった。いや、言い訳やな」
「で、どうするんですか?」 (回復中とはいえ、攻撃してけーへん)
(回復優先で攻撃しないですか。それとも動けないですか。或いは動くつもりがないですか。どれです?)
弓に矢をつがえ、日本刀を構え、落としたピストルクロスボウをトロールに取らせて構え、にらみ合う。
そして、
何者かが投げた――『村井』――スタングレネードが
100メートルほど離れたところに着弾し、大きな音と光をまき散らす。
再生により、『関西』が刺して足場にした薙刀がトロールの肉から追い出されて地面に落ち、それとは関係なく導火線に火が付いたダイナマイト付きの矢が放たれ
『関西』が日本刀片手に駆けだす。
ピストルクロスボウの引き金が引かれ、ドローンからは火炎放射が再び始まる。その火焔の中に飛び込むダイナマイトの矢。
爆発が火焔を吹き飛ばし、その風はピストルクロスボウの軌道をずらす。
その中を突っ走る『関西』。
『 !――――』 「――ッ」
確かにもとになった装甲化トロールは簡単に切れる存在ではない。でも巨躯、巨人とはいえ人の形状をしている。つまり、手があって指がある。
指なら切断にかかる力は小さくて済む。
グレイヴと棍棒を握る指や手首関節への斬撃はグレイヴを大地に落とし、棍棒を振り回す力をトロールから奪う。
けれど、奪えたのはトロールだけ。トロールに生える様に接合されてる人間は奪えてない。
レバーアクション。次弾が装填されたクロスボウの引き金が引かれる。
Tips:『スキル:イマジネーションミラージュ』……地味に第1章でも『関西』がこっそり使用していたスキル。
自分の分身(幻)を作成し、それと自分の物理的な位置を入れ替える瞬間移動も兼ねたスキル。有効時間は6秒、移動可能距離は7メートル。
つまり、発動から分身が消失するまでの6秒間7メートル以内に瞬間移動も出来るし或いは自分が2人いるように見せる事も出来る。
ただし、必ず『関西』が目視できる場所でなければ分身は用意出来ない。
『関西』に矢は見事に当たって、『関西』の姿が消失する。
そして、『赤髪』の文字通り真後ろに日本刀を振り下ろす1人の少年の姿。
『 分かっているんだよぉ!!』
伊達に機械化していない。確かに人間の目からは死角でもレーダーやセンサーは『関西』の姿をとらえている。
故に背中が爆発する。背中に収納された散弾発射機構。すなわちソードオフショットガンもどきのグアッドバレルからまずは2発、火を噴いた。
「芸がないなぁぁ!!」
『赤髪』が唐突に自分の身体を爆発させてシェルショットを打ち込むのはすでに数度見ている。何しろ、この戦いは言ってみれば『赤髪のリベンジマッチ』。
『関西』だって警戒くらいしている。
Tips:『スキル:空間装甲』……『関西』が使用する防御のスキル。消費MP量が激しいため切り札として運用する事が多い。
断熱圧縮の壁を形成し、2~3発程度のライフル弾を完全に無力化する。それを超える破壊力に対してはAPのリソースを文字通りすべて投入することでアバターHPそのものは絶対の保護する事を目的としている。
プラズマの赤色発光の火の粉まき散らしながら振り下ろされた日本刀を人体関節の可動域を無視した『赤髪』の両腕が文字通り盾となる。
『関西』は踏ん張れていない。日本刀が止まる。でも、頭部に刃先がめり込んだ。
(反応が変わらない、脳みそに当たる部位を頭蓋骨に治めていない。そう言うサイボーグアバター!)
ドローンが毒のニードルを『関西』に向けて射出する。断熱圧縮の壁はまだ機能している。『関西』はドローンを無視しそのまま『赤髪』に着地して両足でぶった切った相手の両腕ごと挟み込み捻る。
『 ガッ』 (反応が変わらない。両腕や肩、首じゃない。腹か? いや、腹を庇う様子が無い。まさか、埋まってる下半身か?)
時間切れだ。
これ以上は抵抗できずに殺される。そう判断した『関西』は、即座に日本刀を振り回してこの原理を使って『赤髪』の右腕を肩から切り落とし、そのまま背中を蹴ってその場を離脱する。そんな『関西』の右足をつかむのはトロールの手。指を切り落としていない手首の筋を切った方の腕。
力は入らないかも知れない。けれど元々が巨躯だ。飛び上がる奴を捕まえる位は出来る。
「しまっ――――」 「――――『関西』!!」
『 そっちこそ芸がないな!!』
ダイナマイト付きの矢が飛んでくる。ポーションによる回復と再生が始まりつつあるトロールがその腕で矢を文字通り横から殴って明後日の方向へ。
「芸が無いのはやっぱりあなたです」
『関西』の脚をつかんでいるトロールの手首関節に刃筋を立てるのは『いちちゃん』が操る薙刀。
マウンテンバイクのもたらす機動力はそのままそれを切り落とす。ダイナマイトの矢をはじき飛ばす為に懐を開けたから入りやすかった。
そのまま、ワイヤーをマウンテンバイクの機動力を活用する形で引っ張る。
それははじき飛ばされたハズのダイナマイト付きの矢。導火線に最初から火が入っていない! ワイヤーによって回収される矢。
トロール、いや『赤髪』へと向けられるのは45口径の拳銃。『関西』が持つ拳銃。SEEの中ではタダの重しのハズの武器。引き金が引かれる。
閃光。一瞬とはいえ、『赤髪』の視界が奪われる。
それで十分だった。正面装甲を切ることは出来ない。でも装甲の隙間に刃を突きつけることは出来る。
『 クソが!』
すでに『関西』はいなかった。だが、トロールの両足関節にダメージ。ポーションによる回復が終了するまでこの場を動けない。
それは10秒いくかいかないかという間。『赤髪』にとって、その数秒はものすごく遅く感じるモノだった。
「クソっ、いけるとおもたんけどな」 「順序を間違えてませんですか?」
「……切り札を貰ってくるわ」 「誰から?」
「はた迷惑なスタングレネードを投げた人から」 「アレのせいで激突が早まってしまいましたです。もう少しタイミングを見たかったのに」
「だから、その文句を言いながら、『いちちゃん』が喜ぶモノを貰ってくるで。こっちも潰されかけた足をポーションで直したいしな」
『赤髪』にとって意外な事に、姿を消した敵対者が現れたとき、それは1人の少女だけだった。
しかもこちらは完全に回復している。自ら不利な状況に現れた少女は愚か者にしか見えなかった。
『赤髪トロール』はすでに完全に回復している。内蔵された大量のポーションは直ちに機械的投入がなされ、欠損したアバターを修復しその過程で本来はアバターでも何でもない怪物のトロールを再生させる。
「勝たせてもらいますです」 『 ほざけ!』
マウンテンバイクのペダルを踏む。走り出した彼女に対してドローンが射撃を開始する。それとは別にピストルクロスボウから毒矢が放たれる。
薙刀でそれを弾いて、『赤髪』はやり方を変えた。取り出すのは『ロシア製:P.A.式グレネードランチャー』。
装薬を減らして初速と飛距離を落とした擲弾。
そして、複数回の爆発が起きた。
時間にして3分ほどだろうか。爆発の回数がやっと落ち着いた頃には、ポーションの力で五体満足の『赤髪トロール』と、少し負傷し、防具がほつれた少女の姿。
「本当に大量のポーションの在庫があるですね……。弾薬費に毎回悩んでいる私たちとは違いますです」
『 ダイナマイトの数はあと幾つかな? 矢だって無限にあるわけではあるまい。薙刀もランスチャージもそれ単体では私を殺せない』
「……脳の場所は右太ももですね」 『 何?』
「そこだけは爆発から庇いました。こっちの爆破攻撃の連続に対して一瞬。いくらポーションで回復すると言って、アバターだと言っても脳みそや心臓に当たる機関を一気に破壊されればヒットポイントで管理されているアバターの構成リソースは保てない。つまり、脳や心臓への即死攻撃は有効です。だからあなたは脳みそを頭蓋骨からどかした。
もう一度言います。あなた、トロールの右肩のあたりを庇う癖があります。そこにあなたの太ももが埋まっている」
『赤髪』の顔から嘲りの表情が消える。『ロシア製P.A.式グレネードランチャー』はチューブマガジンに3発、薬室に1発の擲弾を装填できる言ってみればショットガンを巨大化して擲弾を装填できるようにした代物だ。
撃ち終えたその武器に新たな擲弾を装填し始める。『いちちゃん』はそれを妨害するべくペダルを踏みHESH弾頭を取り付けたランスを振りかざす。
『 そうやってくることはわかっているんだよ! いい加減矢やダイナマイトの残弾数が気になってるだろ!!』
ドローンによる火炎放射攻撃。火炎放射器の火焔は消そうと思って消えるものではない。
少なくとも人ひとりが頑張った程度ではどうすることも出来ない。だから逃げる。ハンドルをきり、重心も変更。そのまま慣性の法則に乗せてランスを投槍のごとく投げた。
倒れこむように方向転換し、火炎放射の照射地点手前で止まる。
『 む――』
だ。そういいたかったのだろう。けれどトロールの真正面で大音響と閃光が炸裂した。
Tips:『スキル:再現性スタングレネード』……スキルで閃光音響手榴弾を再現したもの。特定のワードで発動し、目視任意の場所にて炸裂させることが出来る。
『赤井』や『いちちゃん』が使用する。強い閃光と音で相手の脳を揺さぶったりするなどして、相手を瞬間的に無力化する。
炸裂した光と音が視界と聴覚を封じ込める。それでもセンサー系統まではごまかせない。
『赤髪』にとって、この光は引き金を引くのをやめる理由にならない。確かに一瞬ひるんだ。でもセンサーは『いちちゃん』の居場所を捉え続けている。
そして――――
『 ――ばっ』
かな。
支援ドローンが投槍と化したランスに貫かれ文字通り叩き落された。火炎放射が止まる。
「やっと、ドローンの制御が甘くなったです」
マウンテンバイクにまたがる暇も無くなりながら『いちちゃん』は引き絞った矢を放つ。
『 どうせまたダイナマイト!!』
その矢には、ワイヤーが結びついていた。いや、違うワイヤーではなかった。導爆線。
特殊な導火線のようなもので、導線そのものが爆薬となっていて軍用の高性能爆薬を爆発させるのに使われたりするそれ。
おまけに矢の方向は『赤髪』本体ではない。トロールを掠めて、その矢は岩肌が見える鍾乳石を思わせる石柱にぶつかり刺さる。
導爆線がしなる。
話は変わるが、武器としての鞭の先端は音速を容易く超える。人類が人力だけで音速を超える唯一無二の方法は鞭だ。
鞭のようにしなる。しなってトロールの腕を叩きダメージを与えつつ絡まっていく。そして、2本目の矢が同じように左に。
『 なっ!』
拘束されたことに驚愕する『赤髪』に3本目の矢がダイナマイト付きで人間上半身に突き刺さる。急いで引き抜こうとして爆発。
「『いちちゃん』!」
戻ってきた『関西』が何かを『いちちゃん』に投げる。彼女はそれを走りながら受け取り、拘束したトロールの体を駆け上がりナイフを突き立てた。それはちょうど『赤髪』の右太ももに当たる場所で。
「ポーションの在庫は大丈夫です?」
そして、強力な電撃が流された。
『 がぁぁあああああああああ――――――ッ!!???』
それは、『村井』と『加西』という女性刑事コンビが制圧用に持ってきて、結局まともに使われていないスタンバトンと呼ばれる武器。
スタンガンの機能を持った警棒であり、それが2本。ナイフの鉄は遠慮なく脳に当たる部位へとほぼ直撃に等しい電撃を食らわせる。
当然のように脳みそとは、脆弱な存在だ。電撃の損傷を直すために内蔵されている大量のポーションの消費が始まる。
ポーションによって損傷が回復して、しかし電撃は継続している。損傷し続ける。回復し続ける。当然痛みは延々と続く。トロールの膂力を用いれば導爆線の拘束なんて簡単に敗れる。
「無駄です」
ところで、何でワイヤーじゃなくて導爆線だったのか。爆発した。
導爆線の爆破火力は特別強いわけじゃない。だが、何重にもきつく巻き付いたそれは特定箇所へ爆破の威力を集中させるには十分だ。
トロールの両腕が吹き飛ぶ。
もちろんポーションはそれも回復する。それでも時間はかかる。
「もう一度言います。ポーションの在庫は大丈夫ですか?」
「こわっ」
『関西』はそんなことを呟きながら走りながらこの場を『いちちゃん』に任せる。『長谷川』という役人から受け取った45口径リボルバー2丁を『部長』と『オキタ』に渡さなければならない。
どうせ『赤髪』は無力化された。
十数秒後、本当の死亡を避けるべく、HPがゼロになった『赤髪』のアバターは本人の情報を後方へと転送する強制送還を行い、アバターとしての『赤髪』は死亡した。
『赤髪』が武器としていたリッター単位の内臓ポーションは当然のようにゼロになっていた。




