7話 紫紺の龍
「ねえ、カズヤ、あなた前々世の記憶がないでしょう? でも、今回は日本での記憶がある。それは何故だか考えたことある?」
「……いや」
「私はあなた専属のお守なのよ。もう何回お守したのか忘れるくらい。何千、何万、何億……」
「…………」
「まぁそういうことよ。だからね、空が綺麗なここは、私は案外好きよ?」
「お、おう」
俺は、何千、何万、何億回もっていう意味と解釈する。
それは、生まれ変わる度にってことだろうか……。
その辺りはなんとなく聞けなかった。
自分のことも含むので、聞きたくなかったというのが本音だろうか。
「で、どんな服にするか決めた?」
「レイヤが決めてくれよ」
「はぁ……本当に面倒くさいわね、カズヤは」
そう言って先に歩いて行くレイヤの背中を、俺は少しだけ眺めていた。
◇
「おう、レイヤ、カズヤ、遅かったではないか」
「お帰りなさいレイヤ様、カズヤ様」
サンガリ亭のロビーで、ロクサーヌとラリーズに出迎えられた。
「ちょっと買い物をしてたんだよ」
「そうなのよ。あの変な服が嫌というので、別の服を買いに行ってたの」
レイヤはそう言うと俺を前に押し出した。
「どう? このチェインシャツとレザーのボトムス。うっかり死なないように私が選んだのだけど」
レイヤの言葉に、まじまじと俺を見るロクサーヌとラリーズ。
「かっこいいじゃないか! うん、男前になったぞ! カズヤ!」
「はい。素敵です、カズヤ様」
「そ、そうか、な?」
「まぁ私のセンスが良いだけなんだけど」
そう言って偉そうに胸を張るレイヤ。
「で、パーティ名は何にすんの?」
俺は一番大事なことを聞いた。
「その前にラウンジに行かない? 喉が渇いたわ」
レイヤがそう言ってラウンジへ歩いて行くのを俺たちもついていった。
◇
「ワタシはな、レッドドラゴンがイイのだ!」
「却下」
俺はソッコーで言う。中二以下だろレッドドラゴンなんて。
「何を言う! レッドドラゴンはこの世で最強の生き物だぞ?」
「最強は魔王じゃないのかよ!」
「いや、そういうことではなくてだな」
「カズヤ、最強の意味が違うのよ?」
と、レイヤが助け舟を出す。
「そういうことだ!」
どういうことだと聞きたいが我慢する。ラリーズうるさいし。
「まぁ、なんでもいいけど却下」
「では、カズヤはどんなパーティ名が良いのだ?」
「カズヤに聞いても無駄よ。中二云々にこだわっているから、まだラリーズの方がセンスがあるわよ」
「なっ、俺の方がラリーズよりセンスありますぅ!」
「じゃあ、どんなパーティ名がいいか言ってごらんなさい」
「ディス◯ャージ!」
「ただのバンド名じゃない。却下」
「やはりレッドドラゴンだな!」
「あ、あの、わたしは、紫紺の龍がいいなと思います」
「おお! さすがロクサーヌ! かっこいいではないか!」
「はい、決定」
レイヤの一言でパーティ名は『紫紺の龍』となった。
俺には意味が解る。このパーティ名は……。
◇
翌日、パーティ名も決まった事だし、初めてのクエストでもしてみよう。とのことで、俺たち『紫紺の龍』は冒険者ギルドへと向かったのだった。
ギルドに入って、カウンターの左隣りにある掲示板の前に行く。
貼り付けてある依頼内容を見ながら、Fランクの仕事を探す。
「この殺人蜂の巣の退治ってどうだ? 一気に凍らせればすぐに終わるだろ。報酬もなかなかいいぞ?」
「私は虫なんて絶対にイヤよ」
「これはいかがでしょうか?」
ロクサーヌが掲示板から剥がした羊皮紙には『魔光石への魔力の充填』と書かれている。
しかも、冒険者レベルは関係ないらしい。
魔力量の多い三人が魔力を分け与えることにより、報酬が得られるという簡単なものだった。
「おお! これはいいじゃないか! ロクサーヌ! やはりロクサーヌは最高に可愛いな!」
「これはいいわね。これにしましょう」
「俺は……魔力がほとんどないんだが」
「三人も魔力総量SSがいるからいいのよ」
そういうわけで、初依頼は魔光石への魔力の充填ということになった。
ところで、魔光石ってなんだ? との質問に、レイヤが答えてくれた。
「この町の街灯とか、家の明かり。あれ、なんだと思ってたの? まさか電気とか思ってないでしょうね? あの明かりは魔光石という魔法道具でできているのよ」
魔光石は魔力の充填を行わないと、光がなくなる。なので、この街に住む人々や冒険者の魔力を少しだけ下さい、ということらしい。
まぁ俺には魔力がないからお役にはたてませんが。
「それじゃあいくわよ」
と言う訳で、受付のお姉さんへ依頼を持っていき、ギルドからの正式な仕事として、魔光石充填協会という所へ行くことになった。
◇
魔光石充填協会は冒険者ギルドから、北へ一キロほど行ったところにあった。
意外と大きな建物で、ギリシアの神殿を思わせる建物の中にあった。
この建物、実は、このヘットフィールド王国の国教であるプライトス教の教会だそうで、その中に充填協会がある。
中に入ると、静謐な雰囲気が広がっており、ローブを着て杖を持つ、あご髭の老人の、多分、銅で作られた二メートルほどの大きさの像が、礼拝室の一番奥に置いてあり、ここは宗教の教会であると俺たちに無言で伝える。
そして、銅像の脇を過ぎて教会の左奥に行くと扉があり、その扉を開けると地下への階段があって、俺たちはその階段を降りた。
降りると、魔光石がそこら中に並べられている。
そこら中というか、びっしりと規則正しく並べられていた。
そして、部屋の奥に誰かがいて、こちらに気がついた。
「これはこれは、魔王ラリーズではないか。今日は何用かな?」
さっき見た銅像そのままの、白いローブを着たあご髭の長い老人が声をかけてきた。
「おう! 賢者パーシルじゃないか! 久しぶりだな、元気か?」
「今は賢者などやっておらんよ。ただの老いぼれ僧侶じゃ」
「そうなのか! 今日は魔力を充填しにきたのだ!」
「おうおう、これはありがたい。お主の魔力は途轍もない量じゃからのう」
そして、ラリーズの脇からレイヤが挨拶をする。
「お初にお目にかかります。私はレイヤと申します。こちらは、妹のロクサーヌ。そこの馬鹿ヅラをした男性はカズヤ。どうぞお見知り置きを、パーシル様」
「これはご丁寧に。はて、何処かで会ったことがあるかのう? 古い知り合いに似ているのじゃが」
「いえ、他人の空似かと思います」
「そうか、そりゃ、悪かったのう」
そう言ってパーシルはレイヤから何故か俺の方に向き、厳しい表情で言葉を発する。
「ちと聞くが、おぬし、まったく魔力を感じんのだが、もしや能力持ちではなかろうの?」
「は、はい? なかろうの? なにかの能力を持ってるかどうかってことですか?」
「そうじゃ。サイキックともエスパーとも言うておった。超能力とも」
「…………」
俺は、レイヤを振り向いて見やり、どう答えるか迷う。
この人がどういう立場でどんな人なのかも知らないからだ。
すると、そんな俺を見て、ラリーズが言う。
「カズヤ、パーシルは信用して構わないぞ! ワタシが保証するぞ!」
ラリーズとパーシルを見やりながら、考え、もう一度、俺はレイヤを見た。
「カズヤの思うままにしていいのよ? 私は、ただのお守よ」
「……そうか」
そんな風に俺が悩んでいるのを見たパーシルが謝りながら事の次第を話し出した。
「いきなり済まぬのう。実はな、ひと月ほど前になるのじゃが、ブラーム大陸と、チャコーフス大陸で、魔力の無いエスパーというのが突然出現してのう、ブラーム大陸では最強の魔王になりおった。ほとんどの魔族は従っているらしい。チャコーフス大陸では、その超能力とやらで大陸にある国々を手中に収めようとしているのじゃ。魔法などでは太刀打ちできぬらしい。儂はその情報から、このイシュランテル大陸にも能力持ちが現れるのではと考えておった。そこへ、おぬしが現れた。これは偶然ではないと思うのじゃよ。この世に生きる者は、少なからず魔力があるものなのじゃが、おぬしには全く無い。そして、かの二人も全く魔力が無いらしいのじゃ」
「ブラーム大陸がか! どういう事だ! ワタシは全く知らないぞ!」
「ふむ。ブラーム大陸の魔族達は情報統制されておる。儂も情報を得るのに苦労しておる」
ラリーズの顔が今まで見た事の無い表情になっている。
「母上……!」
そう言うとすっかり黙ってしまった。
心配そうにロクサーヌが側へ寄り声をかける。
「で、どうなんじゃ?」
確認を取るように俺にそう言うパーシル。
「はい。能力持ちです」
俺は隠さずにそう言った。
さっきパーシルが話したことが本当なら、かなりヤバい。
超能力者の能力は物凄く厄介だからだ。
超能力はほぼ万能だ。俺の場合、思ったことはほとんど出来る。
そして、そのエスパーが俺と同じなら多分ヤバい。
自分が自分と闘うと思うと、その厄介さが際立つ。
「そうか……やはりのう。ブラーム大陸はもう駄目じゃろう。言うことを聞かなければすぐに殺すらしいからのう」
「もし、俺と同じことが出来る奴で、殺すことに躊躇いが無かったら、この世界は多分……」
「そうなる前に儂らに協力してくれんかの? カズヤ殿」
「俺は人を殺したことがありません」
俺がそう言ったところで、レイヤが話に入ってきた。
「パーシルさん、今聞いていて思ったのだけど、全ての情報が漠然としていて、細かなところがスカスカに抜けているのだけど。情報は多くなくては、対策を練ることができないし、それを精査して正しく伝わらなければ意味が無いと思うのですが? あなたの言った事が本当だとしても、カズヤを巻き込むにはまだ時期尚早なのでは? 実際、イシュランテル大陸全土を巻き込むと言うことは、この大陸の国々が、まずは考えることではないかしら? 私たちは、今日、魔力を充填しにきたのです。そこを間違えないで欲しいのだけど」
「そうじゃったの。済まんかった。とりあえず、超能力者のことは忘れてくれ。まずは儂らで何らかの手を打とう。では、魔力の充填を頼む」
そう言うとパーシルはレイヤ、ロクサーヌ、ラリーズの魔力の充填を始めたのだった。