8話 ラリーズの母を訪ねて
初めての防衛戦で負けてしまったボクサーのように、ラリーズは項垂れ、そして、何も喋らなかった。
普段からうるさいくらい喋っていたのに、いきなり黙られるのも困る。
はっきり言って、極端過ぎて迷惑である。
まぁ、母親を心配するのは解るけどさ。
ロクサーヌも心配し過ぎて身体を壊してしまうのではないか、というくらいラリーズ同様、項垂れ、そして、何も喋らない。
普段と同じなのは俺とレイヤだけだった。
決して冷たいわけではない。物事はなるようにしかならないと思っているだけだ。レイヤはどうだか知らないけれど。
昨日、魔力を充填した帰りに、依頼を達成した報酬をもらいに、ギルドへ行ったら、周りの冒険者達が、ガヤガヤと俺たちを見ては何か言っていた。
受付の美人エルフ嬢が言うには、三人の魔力を充填しただけで、一年は充填しなくてよくなったらしく、冒険者達は、それに驚きと尊敬の眼差しを、俺以外の三人に送っているという。
普通は三人で充填しても二日持つかどうということらしいので、俺以外の三人がいかに凄いのかということを改めて知った。
つまり、『紫紺の龍』は初めての依頼で、名を上げてしまったということだ。
しかも、なんの苦労もなく、戦いもせず、汗もかかずに。
ただ、魔力がSSレベルというだけで。
レイヤは当たり前という顔で、皆にインタビューされており、とても満足顔だったが、元気だけが取り柄のラリーズがラリーズらしくなく、馴染みの冒険者達にこれまた心配されていた。
ところで、冒険者ギルドで、パーシルさんの言っていた事が本当かどうか、職員に聞いてみたところ、本当らしい。
ブラーム大陸にある冒険者ギルドとの魔法での連絡が取れないらしく、職員も困っているらしい。
魔道具での連絡、日本で言えば、電話連絡やインターネットなどが出来ない状態なので、ギルドの依頼でSSレベルやSレベルのパーティがブラーム大陸とチャコーフス大陸へ向かったとのこと。
さらに依頼を出して増員をするらしい。
そして、サンガリ亭へ戻った俺たちは、そのままラウンジで暗く項垂れていた。二人を除いて。
◇
「なあ、レイヤ、マジみたいだな、超能力者の話」
「そうね」
「なんだよ、その私には関係ないのだけれど的な顔」
「関係ないじゃない。関係がどこにあるの?」
「いや、ラリーズのお母さんとか……」
「はっ、何百年も生きていて魔王にまでなった魔族が、ママのおっぱいを欲しがるなんて滑稽で笑えるわ」
「おまえ、いくらなんでもそれは言い過ぎだろ」
「ふん」
何故か、ご機嫌斜めのレイヤである。
俺はラリーズとロクサーヌを見る。
項垂れっぱなしだ。項垂れ続けて早うん年みたいなノリで項垂れている。
「なあ、ラリーズ。そんなに心配なら、ブラーム大陸へ瞬間移動して、お前の母さんのところへ行ってみるか?」
「ふへ?」
ラリーズが、涙を流し続ける紫の瞳で俺を見る。
「行ってくれるのか? カズヤ!」
「おお、少しは元気でたじゃん」
「本当に行ってくれるのか?」
「だから、行くって言ってるじゃん」
「ウォォォォオオオオオオ!!」
「うるさいよ」
「ワタシは空間転移ができないからな! 飛んで行っても半年はかかるからな!」
「良かったね、ラリーズ」
ロクサーヌが碧い瞳を輝かせながらラリーズに言う。
「ちょっと待って」
と、レイヤが話を止めた。
「なんだよ」
「ねえ、カズヤ、ブラーム大陸へ行って、もし、パーシルの言っていた超能力者とかち合って、あなたが殺されてしまったら私はどうすればいいの? ねえ、教えて」
「い、いや、そうなったら……また――」
「また、なに? また私は……私は……?」
「レイヤ、ちょちょっと行って、すぐ帰るからさ。超能力者とかち合っても戦わないで逃げるから、さ……」
今度はレイヤが項垂れる。
どうしたんだ。皆んな項垂れてしまう呪いにかかってしまったみたいじゃないか。
「レイヤ、済まない。だが、母上が心配でたまらないのだ! 何かあったらワタシの命で償おう。頼む! 行かせてはもらえないだろうか?」
そう言って椅子から下りてレイヤに土下座をするラリーズ。
それをとても哀しそうな顔で見つめるレイヤ。
というかさ、ラリーズの家に行ってラリーズのお母さんを連れてくるだけなんだけど。
時間にして、二、三秒だよ?
レイヤはどうしたのだろうか。
と、こういうところがボッチになる原因なのだろうか。もう前世の話だけれど。
なんて詰まらない事を考えてしまう。
「大丈夫だよ、レイヤ。ほんの二、三秒で戻るから。な、ラリーズ。おまえの母さんをこっちに連れて来ればいいだけなんだろ?」
「そうだ、カズヤ! その通りだ!」
「レイヤ様。その……」
「分かっているわ。ただ、私は心配性なだけ」
優しくロクサーヌを見るレイヤ。
ロクサーヌには皆んな優しい。
ロクサーヌにはなんとなく優しくしなければいけない、という庇護の命令が脳に下るからだ。
「じゃあ決まりだな。ロクサーヌ、レイヤを頼む。ラリーズ、さっさと行くぞ」
「わかりました、カズヤ様」
「よし! レイヤ、済まないな! しかしワタシは行ってくる! カズヤ、頼む! この借りは体で返す!」
「いらねえよ」
「おう、相変わらずいけずだな!」
そして、俺はラリーズの頭を鷲掴みにして記憶を視る。
ラリーズの家って、お城なの?
え、え、ちょっと待って。ラリーズってめっちゃ、お――
「行くゾォォォォォォオオオオオ!」
「うるさい」
◇
今、ラリーズの記憶にあったお城の前に、俺とラリーズは立っている。
瞬間移動でやってきた。
俺に触れろと言ったら抱きついて俺の一部が大変な事になったのはラリーズも知っている。
知っていて、こいつはやってきやがる。
何を言っても嫁だからと、すぐに言う。
本当はロクサーヌラブのくせに。
でも、母さんを心配するラリーズは嫌いじゃない。
むしろ……フガフガフガフガ。
さて、着いたはいいが、ラリーズが中々、お城の中へ入ろうとしない。
「おい、ラリーズ、なにやってんだよ。早く母さんを連れて帰るぞ」
「ん。済まない。なかなか、こう、決心がつかなくてな!」
「なんの決心だよ。ここはお前の家なんだろ?」
「それは少し違うぞ? ここはフェアリーローズ家の当主の城だ」
「はい? お前の家じゃなくて? フェアリーローズ家の城?」
「そうだ! 我がフェアリーローズ家は由緒正しい侯爵家だぞ?」
「どの国の貴族だよ」
「魔族の貴族だ! 魔族にも階級があるのだ!」
「そうなの? 魔族って悪魔と同義語でいいのか?」
「そうだ!」
「え? って事は悪魔の侯爵? ルシファーとかベリアルとかサタンとかの悪魔?」
「ハッハッハ! 良く知ってるな!」
「え? え? じゃあ、ここは地獄なのか?」
「ん? なんだ地獄とは!」
「う~ん……よく分かんないけど早くしてね」
「了解ですっ!」
◇
あれから三十分。ラリーズは動かない。微動だにしない。
大きな胸の下で腕を組んで、仁王立ちしたまま、少し足りとも動かなかった。
俺は座って、城や、その周りを眺めている。
なんというか、ネズミーの楽園の城みたいだなあ~とか、ずいぶんと荒涼とした大地だなあ~とか、植物なのに口があり、パクパクして何か食べてるな~とか。
まぁそんな事を考えて、ラリーズの事を考えないようにしていた。
約束の二、三秒を過ぎたので、念のため無事ですよーと、レイヤに念話をした。
『何やってるのよ、早く帰って来なさい』
「だって、動かないんだもん、ラリーズ」
『動かしなさいよ』
「ラリーズはロボじゃないから無理」
『あなた、ロボなら動かせるの?』
「いや、例えだよ、例え」
『下手くそな例えを言ってないで早く動かしなさい』
レイヤに怒られっぱなしなんですけど。
ラリーズのせいで。動かないラリーズのせいで。
本当にどうするのだろう、ラリーズは。
俺はラリーズを見る。
ラリーズは必死に何かと戦っているようにみえた。
それは、自分となのか、何となのかはわからなかったけれど、必死なのは表情を見れば一目瞭然だった。
もの凄い渋面である。笑っちゃいけないけどラリーズの渋面だよ? 普通に笑う。
でもまぁ仕方ない。ここまで来たら待つしかない。
俺はそう腹を括って、ラリーズが動き出すのを待つ事にしたのだった。




