第2話 婚約者を譲ったあと侯爵から舞踏会へ誘われました
リュシアン様は父へ詰め寄った。
「私はコレット嬢と結婚するとは言っていません」
「望まないとも言わなかったそうだな」
「あれはマルグリットとの間の話です。少し気持ちを確かめたかっただけで……」
「馬鹿な真似をしたものだ。別の娘を連れ出し、二十人の前であれだけ騒いで、今さら気持ちを確かめたかったで済むと思うか」
父は手紙をリュシアン様の胸へ押しつけた。
昨夜の客たちは帰宅する前に家族へ話していた。ここで私との婚約へ戻せば、二人の娘を弄んだと認めることになる。コレットの父も、娘が大勢の前で将来を賭けた以上、曖昧にはできないと譲らなかった。
リュシアン様が始めた恋の芝居には、本人が望んだとおり大勢の観客がいた。
幕を下ろす役だけ、誰も引き受けなかった。
父が席を外すと、リュシアン様はまだ終わっていないと言わんばかりに私を追ってきた。
「本当に私を手放すつもりか? 君は昔から私の詩を一番理解していた。私の言葉が生まれる時、そばにいたのは君だ」
「わたくしの手紙から生まれた言葉も多うございましたわね」
「まだ怒っていたのか。あれは君の思いを美しく残したかったんだ」
「母の病を心配する娘の手紙を、笑いを交えた恋の詩に変えて?」
彼は答えなかった。
最初の試しは婚約から三か月後だった。彼は一週間手紙をよこさず、私が何通送るか友人たちと賭けた。次は舞踏会で別の令嬢と三曲続けて踊り、私が止めに来るまで続けるつもりだったという。
私が止めなかったので、彼の方から不機嫌になった。
その次に使われたのが、母の病に胸を痛めて綴った手紙だった。彼は私の名を出していないと笑った。事情を知る友人たちは、誰の手紙か分かったうえで私の顔を見ていた。
リュシアン様にとって、愛情は人目に触れて初めて価値を持つらしい。
「手紙はすべてお返しください。今後、わたくしの言葉を詩へ使うこともお許しいたしません」
「そんな言い方をする君は、君らしくない」
「ご存じなかっただけです」
◇
ひと月後、リュシアン様とコレットの婚約が正式に決まった。
コレットは新しい指輪を見せるため、三日続けて友人を訪ねたらしい。私のところへも手紙が届いた。
便箋四枚にわたり、リュシアン様がいかに情熱的か、どれほど美しい花を贈ったかが書き連ねてあった。最後には、お姉様も早く新しい方を見つけてね、と添えられている。
心配はありがたいが、婚約者を冬物の手袋のように急いで探すつもりはなかった。
手紙を読んだ伯母は暖炉へ投げ込もうかと尋ねた。私は首を振り、箱へしまった。コレットが幸福なら、それでよいと思っていた。
その頃、アルベール・ロシュフォール侯爵と話す機会が増えた。
伯母の音楽会にもいらした方で、あの晩は窓際に立って二人のやり取りを見ていた。濃い茶の髪を短く整え、灰色の目は人の話を聞く時にまっすぐこちらへ向く。若くして侯爵位を継いだ方だけあり、広間へ入ると周囲の声が少し控えめになる。
最初に声をかけられたのは、王都の書店だった。
「先日のことを伺っても?」
「何を、とおっしゃらないのですね」
「口にした途端、聞かなければよかったと思いまして」
それでは尋ねた意味がない。私が目を瞬くと、アルベール様は気まずそうに書棚へ視線を移した。
「すみません。気にはなっています。ただ、あなたが話したくないことまで聞く気はありません」
「皆様は、たいそう知りたがっていらっしゃいますわ」
「皆様の好奇心は、皆様に始末してもらいましょう」
その日は互いに選んだ本を一冊ずつ教え合い、それで別れた。
数日後、伯母の晩餐で再び会った。アルベール様は前に聞いた本の感想を私へ伝えたが、ほかの客へ私の名を出さなかった。私が話した内容を勝手に披露しない。それだけのことが、胸へ温かく残った。
リュシアン様といる時には、口を開く前に考えていた。この話は詩にされないか。この失敗は友人たちへ笑って語られないか。少し黙れば、冷たい女だと言われた。
アルベール様といる時には、黙っていても急かされない。
ある夜、伯母の家から帰る馬車を待っていると、彼が外套を腕に掛けて隣へ立った。
「春の舞踏会ですが、もしお相手がお決まりでなければ、私と行っていただけませんか」
「お返事は今?」
「いえ。今夜でなくて構いません」
「伯母や父へ、先にお話しになることは?」
「しません。断りにくくなっては困るでしょう」
「断ったら、この会話はどうなさいます?」
「忘れる努力をします。少なくとも、腹いせに詩へする才はありません」
私は思わず笑った。
笑わせようと準備された言葉ではなかったので、よけいにおかしかった。
「春までにはお返事いたします」
「お待ちしています」
彼はそれ以上求めず、到着した馬車へ私を送った。
三日後、アルベール様から短い手紙が届いた。
書かれていたのは、先日の誘いを急いで決める必要はないという一文と、私が薦めた本の感想だけだった。
返事を求める言葉はどこにもなかった。
同じ日の夕方、もう一通の手紙が届いた。差出人はコレットである。
便箋には乱れた字で一行だけ書かれていた。
お姉様、リュシアン様のことで話があります。
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