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婚約者を譲れと言われましたので、遠慮なく差し上げました  作者: 住処


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第1話 婚約者を譲ってほしいそうです

 従姉妹のコレットが私の婚約者の腕を取って現れた時、客間にいた方々は揃って会話を止めた。


 秋の音楽会を終えたばかりの夜である。伯母の屋敷には二十人ほどが招かれ、暖炉の前では葡萄酒が振る舞われていた。音楽家や詩人を好んで招く伯母の客間は、演奏後の感想を語り合うための場所だ。


 今夜は別の出し物が始まったらしい。


 コレットは頬を薄紅に染め、リュシアン様の腕へ胸が触れそうなほど身を寄せている。リュシアン様は困ったように眉を下げていたが、その横顔は少しも困っていなかった。


 むしろ、私がどんな顔をするのか楽しみにしている。


「お姉様、リュシアン様を私に譲ってくださらない?」


 伯母が持ち上げかけた杯をそっと卓へ戻した。


 コレットは昔から、私の持ち物を欲しがった。青い髪飾りを欲しいと言われれば渡し、誕生日に届いた砂糖菓子を欲しいと言われれば箱ごと譲った。幼い頃の私は、叔父の家へ預けられていた彼女が寂しいのだろうと思っていた。


 婚約者まで欲しがる年齢になったとは、感慨深い。さすがに砂糖菓子と同じ包み方はできないが、本人が歩けるので持ち帰るのに不自由はないだろう。


「リュシアン様も、コレットをお望みなのですか?」


 私が尋ねると、彼はすぐに答えず、見物人の顔をゆっくり眺めた。


「コレットは私を必要としてくれている。君と違って、好意を隠そうともしない」


「それがご返事ですか?」


「君が私を引き留める気もないのなら、そう受け取ってもらって構わない」


 腕を絡めたままのコレットが、わずかに口を尖らせた。


「私も本気よ。リュシアン様が好き。お姉様はいつも冷たいもの。こんなに素敵な方を待たせてばかりでかわいそうだと思っていたの」


 リュシアン様はコレットを見なかった。私の返事を待つように、こちらへ顔を向けている。


 私は彼の腕へ添えられたコレットの手を見た。指先まで得意げである。


「承知いたしました。ご本人も嫌がってはいらっしゃらないようですから、遠慮なく差し上げます」


 客間が静まり返った。


 コレットが先に目を輝かせ、リュシアン様は二度瞬いた。


「マルグリット、今のは本気か?」


「ええ。コレット、どうぞお持ち帰りくださいませ」


「待て。君は私の婚約者だぞ」


「お引き留めしなければ、それが答えになるのでしょう? どうぞコレットをお選びくださいませ」


 何人かが扇の陰で息を漏らした。


 リュシアン様の頬が赤くなる。自分が退けられるとは考えていなかったらしい。


「話を急ぐな。私はまだ何も決めていない」


「コレットは本気だと申しました。皆様もお聞きになりましたでしょう?」


 伯母が椅子から立ち、こちらへ歩いてきた。


「ええ、聞きましたよ。コレットはリュシアン殿を望んでいる。リュシアン殿は一度もお断りにならなかった。でしたら、続きは明日両家でお話しなさい」


 リュシアン様は伯母へ反論しかけたが、コレットがさらに腕へしがみついた。


「ありがとうございます、伯母様。私、きっとリュシアン様を幸せにします」


 満面の笑みで宣言されては、ここで彼女を振り払うこともできまい。


 私は二人へ礼をして客間を出た。廊下へ出ると胸の奥が少し痛んだ。七年の付き合いは、扉を一枚閉めただけでは消えてくれない。


 それでも足は軽かった。


 泣くか怒るか、誰も待ち構えていない廊下は思っていたよりずっと歩きやすい。


     ◇


 翌朝、リュシアン様が我が家へやって来た。


 父との話を終えた彼は書斎の前で待っていた私を見るなり歩み寄った。


「昨夜のことはなかったことにする。父上にもそう言った」


「お父様はお聞き入れに?」


「それはこれからだ。だが、私が望んでいるのは君だよ」


「それを昨夜おっしゃればよかったのです」


「あの場でコレットを退けたら、彼女が恥をかいただろう」


 私に恥をかかせる準備は整えていた方が、よくおっしゃる。


「君があそこまで平然としているとは思わなかった。少しくらい、嫌だと言ってくれると思うだろう」


「わたくしが泣いて、あなたの袖を掴めばよかったのですか?」


「そこまで言っていない。ただ、少しは妬いてくれてもいいだろう。愛しているなら、それくらい……」


「そのためにコレットを使ったのですね」


「使っただなんて、人聞きの悪い。あの子も承知していた」


「それでコレットは本気になったのでしょう。わたくしに押しつけないでくださいませ」


 父が書斎の扉を開けた。


 難しい顔をしていた。私とリュシアン様を見比べ、それから一枚の手紙を彼へ差し出す。


「先方から返事が来た。娘をあれほどの人前へ立たせておいて、今さら冗談では済まさんそうだ」


「ですが、伯爵……」


「もう遅い。リュシアン君、コレット嬢との婚約を進めてもらう」


お読みいただきありがとうございます!

面白かった、続きが気になる、と思っていただけましたら、評価・ブックマークで応援していただけると嬉しいです。

次回も楽しんでいただけるよう頑張ります!

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