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烙印者 ~忘却の少年~  作者: 日月
Act.1 烙印者
7/11

Scene.6 幼馴染~モーニングコール

拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです

 ――ピンポーン…………ピンポン……ピンポン……。


「――ん……うるせえな……俺君なら留守ですよ……」

 しつこく鳴らされたチャイムに呼び覚まされ、俺はベッドの上で寝返りを打つ。

 ピンポ、ピンポ、ピンピンピンピピピピピ――!

「マジでうるせえな!?」

 しつこく連打されたチャイムに、俺は気怠い体を跳ね上げ渋々玄関へ。

 苛立ちを抑え覗き穴にそっと顔を寄せると、扉の向こうは真っ暗闇の世界が広がっていた。

 それを訝しく思い、迂闊(うかつ)にも鍵を捻る。

 玄関の扉が開け放たれ、小鳥のさえずりと共に外気が入り込んだ。


「泣き虫」


 眩い朝日を背に扉の前に立っていたのは、一週間振りに見る顔。

 サラサラのロングヘアーの間から覗く涼し気な眼差しのその人が、十数日振りに聞いた声で、十数年前と同じ言葉を投げかけてきた。

「……どちら様?」

 かつては校内屈しの美人と名高い同級生であり、今や華の女子大生となった少女の予期せぬ訪問に、俺の心拍数が跳ね上がる。

「そう。寝惚けてるんだ? こんな時間まで寝間着でいるくらいだもんね。すぐに顔を洗ってきなさい」

 はきはきとした口調で、畳みかけるように催促するのは、俺とは旧知の間柄の少女――美咲だ。 


 外から覗き穴を指で押さえていただろう犯人の、どこかの取り立て屋染みた手口と、それに引っ掛かってしまった自分に俺は呆れ果てる。

「…………」

「あ。ちょっと何閉じようとして――痛っ!」

 この招かれざる訪問者を見なかったことにして、俺は扉をそっと閉じようとするが、すらりと伸びた長い脚がそれを阻止する。

 パンプスの爪先が扉に挟まり、甲高い悲鳴が上がった。

 慌てて再び扉を開くと、悲鳴の主がすかさず隙間に体を滑らせ玄関に潜り込む。

「お、おい!」

「さあ、5分で支度して」

 細い腰に手を当て仁王立ちをする美咲は、挟んだ足のことなどしれっと流して支度を促してくる。

 美咲は、運動部のマネージャーを務めただけあって面倒見がいい。

 誰にでも分け隔てなく接するのが、人気を確立する要因の1つだ。

「あなたのお姉さんに頼まれたの。引き籠り気味の弟をよろしくって。私の顔を潰さないでね」

 美咲はそう言って、憎らしいほど可憐な笑みを作った。

(断ればよかっただろ……)

 自分だって大学があるだろうに、わざわざ俺の部屋までやって来て、登校の支度を促す世話焼きにウンザリしながら、しかしどこか嬉しくもある。

 その証拠に、俺の口調は他の誰と話すときよりも柔らかく、音程も高く弾んでいる。

 脳内で呟いている小言も4割減だ。


「ゴホッ、ゴホッ……隠してたけど、実は風邪気味なんだ……」

「はい、嘘。顔色は――確かに悪いけど……でも一週間も休んだら、もう十分でしょ。第一、病弱だったのは昔の話で、今や風邪ひとつひかないじゃない」

「まあな。そんじょそこらの奴とは鍛え方が違う」

 幼い頃は病弱で小児喘息を患っていた俺だったが、スポーツに打ち込むようになって此の方、病気ひとつしたことがない。

 丈夫な体は自慢とするところだった。

「はいはい。仮病確定ね」

「見抜かれていたか……さすがは幼馴染」

 2人は10年来の付き合いがあり、いわゆる幼馴染と呼べる間柄だが、美咲はその関係を他人に隠したがる。

 それが思春期ゆえの気恥しさからくるものか、それとも単に煙たがられているのか、俺は測りかねているのだった。

「元マネージャーですから。選手の体調管理も仕事のうち」

「……俺はもう選手じゃないけどな……」

 膝の傷跡にチクリと痛みが走り、気持ちが陰る。

「……あんまりズル休みしてると単位足りなくなっちゃうよ?」

 俺の陰気が伝播して美咲まで顔に影を差す。

「以前は皆勤賞を狙ってたくらいだ。このくらいまだ余裕だって」

 これ以上は心配させまいとして、俺は精一杯の空元気を発揮させた。

「1日が2日。2日が3日。ちょっと休むつもりがずるずる、ずるずる……」

「うっ……た、体調がすぐれないのは本当さ!」

 鋭い指摘を受けて、思い当たる節がありすぎる俺は、動揺の色を隠せない。

 事実、気が乗らないという理由で1日休むつもりが、この体たらくだ。


「すぐれないのは体調?」


 真面目なトーンの美咲が、俺の真意を見透かすように顔を覗き込んでくる。

 本来は快活だった少年が塞ぎ込み、すっかり参ってしまっている現状に憂慮しているようだ。

「……いいだろ、逃げたって」

「でも、苦んでる」

「……っ!」

(――やりづらい)

 昔から誰よりも近くにいた幼馴染の少女は、俺にとって良き理解者でありながら、ときとして一番の天敵足り得る存在だ。

 俺の性格及び思考形態を熟知しているので、下手な嘘や誤魔化しなど簡単に看破されてしまう。


 交通事故に遭い一時昏睡状態に陥った。


 ここ一番の全国大会は欠場。プロ入りも見送られた。


 体は少しずつ回復に向かってはいるが全快とは言えず、再び選手として復帰を果たせるかは怪しい。


 復学したものの周りに友人はおらず孤立している。


 そんな状況だから人生に意義が見出せず、結局社会からドロップアウトした。


 しかし、目を背けたところで諸問題が解決するはずがなく、逃げた先では安息を得るどころか、じりじりと身を焦がすような焦燥(しょうそう)感に苛まれている。

 本当に解決しなけらばならない問題は、先送りにすればするほど肥大化し、巡り巡って立ちはだかるのだと痛感している。

「どうにも弱いな……」

「行こうよ、学校」

「でも、俺は……」


「行こう?」


「……わかった。降参だ」

 その真っ直ぐな瞳に射貫かれては、承諾せざるを得ない。

 惚れた者の弱味か。俺はやれやれ仕方がないな、といった感じで頭を掻く。

 思えば、いつだって側で支えてくれたのは美咲だった。


 幼少期、初めて訪れた幼稚園で、心細くて泣き出してしまったとき。


 大好きな母親が亡くなり、父親が姉弟を残して蒸発してしまったとき。


 そして現在。


 困難に(つまづ)いてしまったとき、手を差し伸べてくれるのは美咲であり、人生で最初にできた友達が最後に残った。


「どうしたの?」

(えっと……それで俺、どうやるんだっけ? 硬派なスポーツマン? 斜に構えた皮肉屋? それとも……)

 半引き籠り生活により、しばらく他者との交流を絶っていたせいで、自分らしい振る舞い方が迷子だ。

「いや、大丈夫。すぐに支度するよ」


 俺はぎこちない笑みを張り付け、若干上ずった声で自分という人物を演じる。

ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます

ご感想など お待ちしてます 活動の励みになります



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