Scene.6 幼馴染~モーニングコール
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
――ピンポーン…………ピンポン……ピンポン……。
「――ん……うるせえな……俺君なら留守ですよ……」
しつこく鳴らされたチャイムに呼び覚まされ、俺はベッドの上で寝返りを打つ。
ピンポ、ピンポ、ピンピンピンピピピピピ――!
「マジでうるせえな!?」
しつこく連打されたチャイムに、俺は気怠い体を跳ね上げ渋々玄関へ。
苛立ちを抑え覗き穴にそっと顔を寄せると、扉の向こうは真っ暗闇の世界が広がっていた。
それを訝しく思い、迂闊にも鍵を捻る。
玄関の扉が開け放たれ、小鳥のさえずりと共に外気が入り込んだ。
「泣き虫」
眩い朝日を背に扉の前に立っていたのは、一週間振りに見る顔。
サラサラのロングヘアーの間から覗く涼し気な眼差しのその人が、十数日振りに聞いた声で、十数年前と同じ言葉を投げかけてきた。
「……どちら様?」
かつては校内屈しの美人と名高い同級生であり、今や華の女子大生となった少女の予期せぬ訪問に、俺の心拍数が跳ね上がる。
「そう。寝惚けてるんだ? こんな時間まで寝間着でいるくらいだもんね。すぐに顔を洗ってきなさい」
はきはきとした口調で、畳みかけるように催促するのは、俺とは旧知の間柄の少女――美咲だ。
外から覗き穴を指で押さえていただろう犯人の、どこかの取り立て屋染みた手口と、それに引っ掛かってしまった自分に俺は呆れ果てる。
「…………」
「あ。ちょっと何閉じようとして――痛っ!」
この招かれざる訪問者を見なかったことにして、俺は扉をそっと閉じようとするが、すらりと伸びた長い脚がそれを阻止する。
パンプスの爪先が扉に挟まり、甲高い悲鳴が上がった。
慌てて再び扉を開くと、悲鳴の主がすかさず隙間に体を滑らせ玄関に潜り込む。
「お、おい!」
「さあ、5分で支度して」
細い腰に手を当て仁王立ちをする美咲は、挟んだ足のことなどしれっと流して支度を促してくる。
美咲は、運動部のマネージャーを務めただけあって面倒見がいい。
誰にでも分け隔てなく接するのが、人気を確立する要因の1つだ。
「あなたのお姉さんに頼まれたの。引き籠り気味の弟をよろしくって。私の顔を潰さないでね」
美咲はそう言って、憎らしいほど可憐な笑みを作った。
(断ればよかっただろ……)
自分だって大学があるだろうに、わざわざ俺の部屋までやって来て、登校の支度を促す世話焼きにウンザリしながら、しかしどこか嬉しくもある。
その証拠に、俺の口調は他の誰と話すときよりも柔らかく、音程も高く弾んでいる。
脳内で呟いている小言も4割減だ。
「ゴホッ、ゴホッ……隠してたけど、実は風邪気味なんだ……」
「はい、嘘。顔色は――確かに悪いけど……でも一週間も休んだら、もう十分でしょ。第一、病弱だったのは昔の話で、今や風邪ひとつひかないじゃない」
「まあな。そんじょそこらの奴とは鍛え方が違う」
幼い頃は病弱で小児喘息を患っていた俺だったが、スポーツに打ち込むようになって此の方、病気ひとつしたことがない。
丈夫な体は自慢とするところだった。
「はいはい。仮病確定ね」
「見抜かれていたか……さすがは幼馴染」
2人は10年来の付き合いがあり、いわゆる幼馴染と呼べる間柄だが、美咲はその関係を他人に隠したがる。
それが思春期ゆえの気恥しさからくるものか、それとも単に煙たがられているのか、俺は測りかねているのだった。
「元マネージャーですから。選手の体調管理も仕事のうち」
「……俺はもう選手じゃないけどな……」
膝の傷跡にチクリと痛みが走り、気持ちが陰る。
「……あんまりズル休みしてると単位足りなくなっちゃうよ?」
俺の陰気が伝播して美咲まで顔に影を差す。
「以前は皆勤賞を狙ってたくらいだ。このくらいまだ余裕だって」
これ以上は心配させまいとして、俺は精一杯の空元気を発揮させた。
「1日が2日。2日が3日。ちょっと休むつもりがずるずる、ずるずる……」
「うっ……た、体調がすぐれないのは本当さ!」
鋭い指摘を受けて、思い当たる節がありすぎる俺は、動揺の色を隠せない。
事実、気が乗らないという理由で1日休むつもりが、この体たらくだ。
「すぐれないのは体調?」
真面目なトーンの美咲が、俺の真意を見透かすように顔を覗き込んでくる。
本来は快活だった少年が塞ぎ込み、すっかり参ってしまっている現状に憂慮しているようだ。
「……いいだろ、逃げたって」
「でも、苦んでる」
「……っ!」
(――やりづらい)
昔から誰よりも近くにいた幼馴染の少女は、俺にとって良き理解者でありながら、ときとして一番の天敵足り得る存在だ。
俺の性格及び思考形態を熟知しているので、下手な嘘や誤魔化しなど簡単に看破されてしまう。
交通事故に遭い一時昏睡状態に陥った。
ここ一番の全国大会は欠場。プロ入りも見送られた。
体は少しずつ回復に向かってはいるが全快とは言えず、再び選手として復帰を果たせるかは怪しい。
復学したものの周りに友人はおらず孤立している。
そんな状況だから人生に意義が見出せず、結局社会からドロップアウトした。
しかし、目を背けたところで諸問題が解決するはずがなく、逃げた先では安息を得るどころか、じりじりと身を焦がすような焦燥感に苛まれている。
本当に解決しなけらばならない問題は、先送りにすればするほど肥大化し、巡り巡って立ちはだかるのだと痛感している。
「どうにも弱いな……」
「行こうよ、学校」
「でも、俺は……」
「行こう?」
「……わかった。降参だ」
その真っ直ぐな瞳に射貫かれては、承諾せざるを得ない。
惚れた者の弱味か。俺はやれやれ仕方がないな、といった感じで頭を掻く。
思えば、いつだって側で支えてくれたのは美咲だった。
幼少期、初めて訪れた幼稚園で、心細くて泣き出してしまったとき。
大好きな母親が亡くなり、父親が姉弟を残して蒸発してしまったとき。
そして現在。
困難に躓いてしまったとき、手を差し伸べてくれるのは美咲であり、人生で最初にできた友達が最後に残った。
「どうしたの?」
(えっと……それで俺、どうやるんだっけ? 硬派なスポーツマン? 斜に構えた皮肉屋? それとも……)
半引き籠り生活により、しばらく他者との交流を絶っていたせいで、自分らしい振る舞い方が迷子だ。
「いや、大丈夫。すぐに支度するよ」
俺はぎこちない笑みを張り付け、若干上ずった声で自分という人物を演じる。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます
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