Scene.5 夢魘
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
「――-――はっ!?」
ふと誰かに名前を呼ばれた気がして、俺が夢魘から目を覚ましたのは夜半過ぎのこと。
近頃、寝付きが悪く寝不足気味のところに、部屋の明かりを落としていたのがいけなかったらしい。
椅子に座ったまま居眠りをしてしまったようだ。
「うぐっ……!」
強張った体を解そうと大きく伸びをすると、首筋に鋭い痛みが電流のように走った。
無理な姿勢で休んでいたせいで、肩と腰は強張り軽く痛めてしまっていた。
(相当参ってるな……)
魘されていたのは、そんな寝心地の悪さも一因だったのかもしれない。
(……本当にひどい夢だった)
俺は悪夢を見るに至った最たる原因について回想する。
不意に見舞われた非日常体験――怪物に遭遇した夜のことであり、それこそ夢か幻のような出来事だ。
(いや――)
不明瞭な頭に浮かんだ見解を否定し、部屋の隅に投げ捨てられた血に染まるパーカーへ目をやる。
少女共々、怪物に襲われて死にかけたあの夜が、現実に起きたことなのだという物証だ。
(死にかけた……違う、明らかに致命傷だった。なのに、どうして……)
あの夜から三日。
未だ忘れ得ない臨死体験は思い返す度に怖気が走るが、衣服諸共切り裂かれたはずの体を見下ろせば、うっすらと残る程度の傷痕しかない。
生死の狭間を彷徨い、再び意識を取り戻したとき、そこに怪物とその餌食になった少女の亡骸はなく、俺は誰もいない路傍で転がっていたのだった。
(いったい、俺の身に何が……)
不安に揺れる視線は胸部から手の甲、そして手に握りしめている携帯端末へ移る――。
画面に映るのは、質問投稿サイト。
『質問者 友人が紫痕症を患ってしまいました。効果的な対症療法があったら、教えてください』
『匿名 紫痕性症候群、通称烙印は他者への感染も報告されている心身を蝕む危険な病です。ただちに公的機関へ連絡してください』
『匿名 病原菌を撒き散らす烙印者は害悪そのもの友人だろうが有無を言わさずそいつを隔離すべき』
『匿名 同意。てか友人じゃなくてホントはお前のことなんだろ?本人乙WWW』
『匿名 うおWWWW人生詰んだなWWWWW』
『匿名 烙印うpはよ』
『匿名 紫痕症とか都市伝説じゃねえの? オマエら釣られてて草』
紫痕症候群。
その存在が世間でまことしやかに囁かれている感染症だ。
マナーのない一部ネット界隈などでは、奇妙な痣が浮かぶことから烙印。感染者を烙印者とも呼んで侮蔑している。
「まさかな……これが本当にあの烙印のわけないだろ……」
俺が掻きむしった手の甲には、さながらグラトニ図形を思わせる不気味な模様がうっすらと浮かんでいる。
タトゥーなど施す趣味も覚えもない。
無痛でありながら皮膚の奥深くまで侵食しているであろうそれは、いくら洗ったところで消えてはくれなかった。
「ハハ……なんだよこれ……次から次へと……」
思わず口から乾いた笑いが上がった。
またひとつ人生における汚点が増えた。
しかも今回に関しては、おいそれと他人に明かせないいわくつきだ。
運命論など信じてはいないが、こうも立て続けに不幸が降りかかると、呪わずにはいられない。
神サマというヤツは、この身をあとどれくらい貶めれば気が済むのだろうか。
空想染みた話だが、もしも人類を超越し観測する存在がいるのなら、とっ捕まえてぶん殴ってやりたい気分だった。
(こんな世界を生んだ禄でもない神だ。人の前に姿を現したとしたら原型を留めないだろうよ)
「……――ッ!」
俺は突発的に机の上に置いてあるカッターナイフに手を伸ばす。
込み上がる衝動に突き動かされて、手の甲に刃を突き付けた。
紫痣症の真偽はわからない。
大した病じゃないという人がいる。そうでない人も……。
「ハッ、ハッ、ハッ……もう、ウンザリなんだよ……!」
すべてを投げ捨て死に場所を探していたが、何かきっかけさえあれば立ち直れると、心の隅では期待していた。
だから、俺の期待を打ち砕くように浮かび上がる、敗北を象徴化した痣が厭わしい。
お前は社会の落伍者だと、物言わず知らしめるこの形が殊更憎い。
(頼む誰か、誰でもいい……)
振り上げたカッターを――。
(俺を救ってくれ!)
――刻まれた烙印目がけて振り下ろした。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます
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