Scene.1 交通事故
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
悲劇が起きたのは、まだ肌寒さが残る春先のことだった。
通学路を行く男子学生に向かって、暴走したトラックが突っ込んだのだ。
交通事故の被害に遭った男子学生は重体。
搬送先で緊急手術を受け、何とか一命を取り留めたものの遷延性意識障害(植物状態)に陥る。
このまま二度と意識を取り戻さないかもしれない。
医師からはそう危ぶまれていたが、時を経て奇跡的に目を覚ます。
「それでは、私はそろそろ……」
「ええ。今日は本当にありがとう」
「いえ。近いうちにまた来ますね」
「そんなに気を使わなくてもいいよ。美咲ちゃんも大学で忙しいでしょ?」
「彼、こう見えて寂しがり屋ですから。私たちが居ないと拗ねちゃいますよ」
「ふふっ、そうね」
「――――はっ……だ、れが……さびし、だっ、て……?」
療養病床に横たわり、頭上で交わされていた2人の会話に耳をそばだてていた少年が、ゆっくりと瞼を開ける。
「え…………う、嘘……!?」
「き、気分はどう!? 私がわかる!?」
奇跡を目の当たりにして、呆然と立ちすくんでいるのは、少年と幼馴染の少女。
感極まった様子で、少年に覆いかぶさる女性は5つ年上の姉だ。
弟と違い亡き母親に似た姉は、父親の鍾愛を受けて育った。
姉弟の間で親による扱いに格差があったことを、姉は負い目に感じているようで、弟に対して殊更優しい。
姉は何ひとつ悪いことはしていないのにおかしな話だ、と少年は思う。
いや、実際は少年が勝手に思い込んでいるだけで、姉は言うほど負い目を感じてないのかもしれない。
姉の愛情に理由を付けて、素直に受け取れない少年こそが実のところ……。
どうであれ、毒親のせいで姉弟の間にわだかまりが生じてしまっている。不幸な話だ。
「そん、な……慌てて、どした……姉さ――ゴホッ! ケホッ!」
「む、無理しないで安静に……今、お医者さん呼んでくるから!」
言うが早いか姉は慌ただしく病室を出て行った。
相も変わらない心配性の姿に、少年はひび割れた口元を綻ばせる。
「やっ、久しぶり……でいいのかな」
「そう、な、のか……?」
少年の体感で昨日ぶりに会ったはずの幼馴染の少女は、髪型が変わっているためか大人びて見える。
状況から鑑みるに、数週間あるいはもう少し長く意識を失ってしまっていたのだろうと少年は推測。かなりの大事だ。姉だって慌てもする。
「ど……んくら、ねぼうして、た……?」
ややもすると辛気臭い空気を晴らそうと、少年はおどけてみせる。
「えっと、何から話せばいいのかな……君はね…………ううん、大丈夫。大丈夫だよ。詳しくはお医者さんからね」
幼馴染の少女は、少年の質問に応じて説明しようとしてくれたが、いくらも話さいないうちに口を引き結ぶ。
そのあとに作った気遣うような笑顔が、反って少年を不安にさせた。
◇◇◇
姉に連れられてやって来た医師は「答えられる範囲でいいから」と前置きをして診断を開始する。
日付や住所。
名前や年齢。
家族構成や通っている学校名など。
患者の少年に対して、個人に関する質問を順番に投げかける。
氏名――――×× ××
年齢――――17歳
住所――――都内某所在住。
職業――――市立××高等学校三年生
家族構成――両親はおらず、後継人は母方の叔父
少年がひとつひとつゆっくりと回答すると、最後に医師は満足そうに頷いた。
「あ、あの、いったい、なにが、起こったんですか? 俺、まだ、混乱してて……」
「今はゆっくりと休み、体力を回復させることに専念しよう。話はそれからだよ」
大変な状況に置かれている少年を気遣って、結局医師までもが説明を伏せた。
そんなやり取りが交わされたのが先日の話。
少年が病床で目覚めたとき、事故から1年が経過していた。
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