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烙印者 -忘却の少年-  作者: 日月 幾人
Act.1 烙印者
17/21

Scene.16 最強の男・後

拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです


『異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~』 の新epも投稿しました

 此の少年は、校庭で大の字になり横たわっていた。



 近くに居る管理局員は、つま先で頬を蹴り雑に頭の向きを変える。殲滅(せんめつ)対象の死に顔を確認すると、安堵(あんど)の溜息を吐いて突き付けていた銃を下した。


 それから踵(きびす)を返して死体を後にしようとした、そんな時だった。


 此の少年の指先が微(かす)かに反応する。


 左手の甲に浮かぶ痣が脈動しながら、じわじわと全身に巡り浸食すると、四肢がビクビクと跳ね胴体が反り返る。


 やがて奇怪な動きがピタリと止んで再び沈黙。胸部が上下して心拍が再開された。


 そうした一連の変化を経て、此の少年だったモノは蘇る。


 見えない何かにより吊り上げられて、手足を使わずに上体の動きだけで体を起こした。


「………………」


 呼吸は穏やかで、不気味なほどに無言。


「そ、そんなまさか!?」


 背後から漂う不気味な気配に、恐る恐る振り返った管理局員は、亡霊でも目の当たりにしているかのように固まる。



「やはり烙印者だったか……しかし、いかな烙印者といえど、急所に銃撃を受けて無事でいるはずがない。これは、いったいどういうことだ……!?」


 またもや自分の銃撃が失敗に終わり、白鳥は苛立ちと困惑の色を顔に浮かべていた。


 その疑問に答えるかのようなタイミングで、真相が明かされる。


 まるで逆再生された映像だ。


 此の少年を死に至らしめた負傷。右目に開いた傷口が塞がり始め、盛り上がる肉により弾丸が押し出される。


「おぉ……これはまた、なんと悍(おぞ)ましい……」


 すべての生命に約束された死という絶対を覆(くつがえ)し、ゾンビのように蘇る存在に見る者は戦慄(せんりつ)する。



「アリスに聞いていたとおりだな。それがお前の刻印か」


 此の少年の身に起こった変化を、冷静に観察していたのはカラス。


 身体の損傷を瞬時に治す、驚異の再生力。


 歴史上、名だたる王や時の権力者が追い求め、終ぞ叶わなかった永遠の夢。


 不滅の刻印。


 皮肉にも、人生に絶望して死に触れたがっていた少年に宿った能力だ。



「ア"ア"ァァア"ァア"アアァア"ァア"ァァッーー!!」



 突如、此の少年が奇声を上げた。


 その目は焦点が合っておらず、何も映していない。


 破壊された脳は刻印により再生されたが、まだダメージによる後遺症が残っていた。


 自我を失ったまま生物が抱く中で、もっとも激しく原始的な衝動に突き動かされ暴走する。


「ヒィ! こ、ここの死に損ないがッ!」


 顔面蒼白の管理局員は、反射的に拳銃を構えるが、恐怖により照準がブレてしまっている。 


 闇雲に連射された弾丸は、狙いが逸れて決定打にならない。標的の肩を、太ももを、脇腹を掠め血飛沫を飛ばす程度に留まる。


 それでも近距離射撃ということもあって、射出された一発が運よく胴体に命中した。


「や、やったぞ!」


 管理局員が、手応えを感じて喜色を浮かべたのも束の間。刻印により先の現象が再現される。


 穿(うが)たれた穴から弾丸が押し出されて、傷口はすぐさま塞がった。


「そ、そん――ぶへァ!?」


 狂気に陥っている此の少年は、管理局員には一瞥(いちべつ)もくれず、邪魔な羽虫でも払うように除ける。


 振るわれた怪力の反動で、本人の腕はおかしな方向にへし曲がるが、しかしそれもまた元通りに再生する。


 攻撃を受けた管理局員は、物凄い勢いで数十メートル先まで吹っ飛んでいった。


 生死は不明。仮に生きていたとしても、死んでいたほうがマシと思えるくらいの重症だろう。



「異国に原点(ルーツ)を持つ稀人(まれびと)は、その実奈落より出(い)でしの獄卒。血と憤怒(ふんぬ)に染まる赤鬼か」


 刻印を発動させた此の少年の様相から、カラスはそのように評する。


 伝承に残る鬼の正体は、異邦人だったという言い伝えがある。


 巨躯(きょく)でくせ毛の赤ら顔。現地の言葉は通じず、規範(きはん)から外れた傍若無人(ぼうじゃくぶじん)な振る舞いをする蛮族。そのように邪悪な存在を、先人は妖怪の類だと考えた。


「フゥゥゥゥ……!」


 言葉を発するカラスに反応して、赤鬼は焦点の定まらない顔を傾けた。


「ウオオオォォォォォォオオオォッ!!」


 驚異の脚力でもって跳躍しカラスに襲い掛かる。


「こいつ見境なしか!」


 落下速度と体重を乗せて、振り下ろされたのはハンマーパンチ。


 カラスは急場凌ぎで風の防壁をぶつけると、反作用により弾け飛ぶ。砂嵐の外へ消えた。


 それから赤鬼は、最後に残った白鳥に向けて増悪の灯った鋭い眼光を放つ。この場で動くものすべてを破壊して回るつもりのようだ。


 ◇◇◇


「……あれは不味いな……手負いの獣どころじゃあない。言葉が通じるだけ、カラスのほうが幾分マシまである……」


 迫りくる死の足音に白鳥(わたし)は身を竦(すく)める。


「Yeah! これハ、いよいよワタシの出番かナ、ボォス!」


「傍でがなるな。やかましい」


 校門の方からやって来て、私の横に並んだのは、身長が2メートルはあろうかという人物、通称"黒鉄(くろがね)"。


 規格外の分厚い筋肉により、着用する背広は張り裂けんばかりに引き伸ばされ、不格好を晒す大男。


 屋上でアリスと接触していた時には、居合わせなかった管理局員であり、いざというときのために車内で待機していた最大戦力だ。


 カラスが退場して一時的に砂嵐が消えたことにより、遅れて合流を果たしたのだった。


「生半可な相手ではないぞ?」


 力自慢とはいえ、単身で烙印者に挑まんとする無謀な部下に、焦りを覚えた私は忠告する。


「相手にとって不足ナシ! 正義を執行スル!」


 敵の力量を知ってか知らずか。臆することなく申し出る部下に、この場は預けるとしよう。


 進んで私の盾になってくれると言うのだから、強く反対する理由もない。


「よろしい。その働きに期待しよう――喜べ烙印者。人類最(・)強(・)の男がお前の相手だ」


 黒鉄を紹介する私は、相手を威圧せんとして、最(・)強(・)の部分を強調した。だが、わざわざ誇張するのは裏を返せば内心に隠した不安の表れだ。


「フン、どうせ聞いちゃあいないか」


 特別管理局員・黒鉄。


 奴の正体は 、荒々しいファイトスタイルと茶目っ気のあるカタコトトークのギャップから、かつてお茶の間で一世を風靡(ふうび)した外国人格闘家。


 加齢により現役を引退したが、肉体の衰えを受け入れられず、強さに固執するあまり違法薬物使用(ドーピング)に手を出して、協会理事から追放された元(・)チャンプだ。


 行く宛てを失い彷徨っていたところ、常時人手不足の管理局に拾われて、より強力な戦闘力を欲した奴は、法律や倫理の一切を無視したとある計画(プロジェクト)の被検体に志願する。


 ステロイドを始め、ありとあらゆる禁止薬物を投与し、人体の限界を追及して、烙印者に対抗し得る強化人間を生み出そうとする実験的な計画だ。


 環境を作り変えることにより進化を忘れた人類は、ついに人体を作り変える道に着手したというわけだ。


 そうした経緯から誕生したのが目の前の男。


 不確定要素により構成される烙印者とは対照的に、確かな人体科学に裏付けされた、現代における最強の戦士だ。


「Wow! これはまたナンとメンヨーナ! オニ退治といきましょーかモモタロサァン」


(とはいえ、最強の冠も人間の枠組みに限った話。拳銃をものともしない熊や鬼が相手では……無理だろうな)


 翼を持たぬ人が大空を自由に舞えないように、種の壁を超えるのは厳しい。


 せめてメリケンサックの一つでも装備すればいいのだが、武器を持つことはポリシーに反するとかで黒鉄はよしとしない。

 

 素手で烙印者を倒した実績もあるので、口を出しづらいところだった。


(まあ、別にいいさ)


 駄目で元々。最悪の場合は囮として、自分が逃げる時間を稼いでくれればいい。どこまでも怜悧な私は、そのように割り切っていた。


「Hey、ボォス。下がっていてクダサーイ。巻き込まれてしまいますヨゥ」


 化物染みた黒鉄では、本物の化物には敵わない。


 とはいえ、だ。黒鉄がただの捨て駒で、敗戦が確実なのかというとそうではない。


「おそらくは不死身に近い再生能力を持ち、とてつもなくタフな敵だ。どのようにして降(くだ)せばいいか……お前なら分かるな?」


「Oh! 決め技(サブミッション)デスネ!」


「そうだ。死なないということは、生きているということだ」

 

(……言葉に起こすと馬鹿みたいな構文だな)

 

「ボス……」


「やめろ。そんな憐れむような目を向けるな。つまり何が言いたいかというとだな、心拍と共に血流を巡らせ生体活動を機能させており、そこに勝機がある」


 不死身の弱点は単純かつ明快だ。


 容易に死なないのであれば、殺すことに拘(こだわ)らず動きを封じてしまえばいい。


(そうだとも。烙印者とて生物である以上、決して無敵などではないのだから)


 敵の攻撃をいなし寝技に持ち込む。チョークスリーパーなどで頸部(けいぶ)を圧迫し意識を落とす。脳への攻撃が有効なのは実証済みだ。


 此度の任務における管理局側の勝利条件は、もはや烙印者の捕縛ではない。管理局員――否。私が生還を果たす一点に置き変わっていた。


 ◇◇◇


「世界に仇ナス烙印者ヨ! 愚かナ考えワ改メ、大人しく投降したまエ! さもなくバ、私の筋肉が黙ってはいないゾ!」


 冷酷な上司の腹積もりなど露知らず、戦闘の許可を得た"黒鉄"は、意気揚々と前へ歩み出ると、粛清(しゅくせい)対象の赤鬼に高らかに宣言した。


 警告なしに武力を行使するのは、武道精神に反するので気が咎(とが)めたためだが、すでに白鳥がの脳天に一発お見舞いした後では今更だ。


「……オオォ……ォォオオオッ!!」


 体を左右に大きく揺らし、蛇行しながら歩み寄っていた赤鬼は、黒鉄の口上に反応して飛び掛かる。


 怪力から繰り出されるのはやはり拳。信念どころか意志さえ伴わない愚直な拳だ。


 迫り来る大振りなケンカパンチを黒鉄は容易く見切る。


 勇猛果敢(ゆうもうかかん)な前進からのダッキングにより攻撃を搔(か)い潜ると、そのままタックルに移行。赤鬼に取り付いて羽交(はが)い絞(じ)めにする。


「よぉし、でかした! 元チャンプの肩書は伊達(だて)じゃあないな! そのまま絞め落としてしまえ!」


「Okayボォス――ムムッ!? コ、これは……なんとユーバカディカラ……ッ!」


「ウグッ……ガッ、ガァァァァ……アアアアアアアッ!!」


 赤鬼は関節を固められていても激しく抵抗する。


 自分の体が壊れることなどお構いなしだ。自らの怪力で肩を外し、鎖骨を圧し折る。常人ではあり得ない方法で締め技から脱出した。


「ヤハり、正面かラ勝負するより他ナイヨゥデスネ」


 格闘技に関する絶対的な自信が、黒鉄を勝負に駆り立てる。


 敵を搦(からめ)め手により封じる作戦が性分に合わず、実のところ乗り気ではなかったこともあって、嬉々として正攻法で挑むことにした。


「ウォオオオオオッ!!」


 攻めの構えを取り、赤鬼の拳に対して渾身の右ストレートを放った。


「よせ! 人間が適う相手では――!」


 両者の攻撃が真正面から激突。


 衝撃に耐えきれず、黒鉄の拳は砕け前腕の尺骨(しゃこつ)と橈骨(とうこつ)が折れて皮膚を破って飛び出した。


「ぐわあああァァッ!!」


 激痛に泣き叫ぶ黒鉄。一方で同じ負傷をした赤鬼はやはり再生する。


 例えパワーが互角であっても、タフネスに明確な差があった。


「ば、馬鹿な……! この俺の鋼の肉体が敗れるなど、あっていいはずがぁ……!」


 自慢の筋肉に裏切られ、激しく動揺した黒鉄は、キャラ作りも忘れて流暢(りゅうちょう)に喋る。

 

 第一ラウンドにも関わらず、早くも敗色が濃厚になったとき、自分の半生を回想し始める。


 力を求めるようになった所以(ゆえん)。不幸な生い立ちを――――。


 ◇◇◇


 ――――あれは、かれこれ何年前に遡(さかのぼ)るだろうか。孤独に生きる中で、黒鉄(おれ)は自分の年齢など疾うに忘れてしまった。とにもかくにも養護施設に預けられて数年たった頃の話だ。


 待てど暮らせどやってこない迎え。期待に裏切られ続けて心を曇らせた少年期の俺は、このように決意した。


 ――俺はいつの日か、つよ「ヘぶッ!? おグがアァアァァッ!!」

 

 ◇◇◇


 容赦のないヘッドバッドが、悲しい過去に浸ろうとしていた黒鉄を襲う。鼻は曲がり、顎が砕ける。へし折れた永久歯が赤鬼の額に突き刺さった。


「あがががががが……!!」


 地面に倒れた黒鉄が、血だらけになった口元を抑えてのたうち回る。


「そこまでだ」


 トドメを刺そうと赤鬼が近づいたところで、静止の声が下りた。


「時間切れだ。増員が集まってきている。ここは退くぞ」


「アァ……? ウガァ!!」


 戦線に復帰したカラスが撤退を指示するが、理性を失くしている赤鬼には通じてない模様。再びカラスへ襲い掛かる。


「やれやれ、俺を落胆させるなよ」


 カラスが面倒臭そうに溜息を吐き、掌を広げ空気を掴むかのように握り絞めると、あれだけ暴れ回っていた赤鬼があっさりと気絶する。


「ガキだというのに無駄に大きく育ちやがる。これは骨が折れるな……」

 

 倒れた赤鬼もとい此の少年を肩に担ぎ上げる。覚束無い足取りでこの場を後にしようとしたところで、目の前に黒鉄が立ちはだかる。


「ま、まひぇ! 俺はまだ負けひぇねぇ! 負けてねぇぞ!」


「いいや、お前はもう負けたんだよ。役目を終えた端役はとっとと舞台を降りろ」


 カラスは指先で鉤(かぎ)の形を作り、黒鉄を引っ掛けるような仕草をする。途端に風が巻き起こり、巨体がゆっくりと上昇を始めた。


「おっ……おわ……な、何を!?」


 3メートル……6メートル……9メートル……。


 黒鉄は手足をばたつかせて必死の抵抗を見せるが、カラスの刻印には干渉できないので無意味だ。


「やめろ! 敵対しているとはいえ慈悲はないのか! お前だって元――」


 白鳥は自分のことなど棚に上げて、冷酷に振る舞うカラスを非難する。その悲痛な訴えは、暴風によりかき消された。


「そう敵だ。管理局員であるお前たちは、今後も刻印者の障害として立ちはだかるだろう」


 黒鉄の体が高く高く上昇する。


 地上15メートル……校庭であり下が土なので、落下しても無事である可能性が高い。


 地上21メートル……強化が施された肉体であることを考慮すれば、まだまだ手緩い。


「よって、この場で再起不能にするのが妥当。そうだな、お前の言葉を借りるなら……」


 カラスは、対象が確実に死ぬ高さを見定める。


 地上31メートル。高層建築物の屋上に相当する高さであり、黒鉄にとって破滅へ至る上昇度合。


「よせ――!」


「手負いの獣をみすみす逃す手はない。そうだろう?」


 十分な高所まで昇らせたと判断すると、断頭台の刃を落とすように手刀を振り下す。



「ノォオオオオオオオォォォォーー!!」 



 絶叫を上げながら落下する黒鉄。


 あわや地面に激突し、熟れすぎたトマトが潰れるように、地面の染みになるかと思われた次の瞬間――――すれすれの位置で急停止する。


 黒鉄はショック体験から白目を剥いて気絶して、失禁までしているものの、落下による怪我はなく生還する。


 カラスの慈悲により九死に一生を得た。


「これに懲りてくれたら、苦労しないのだがな……もう俺たちには近づかないことだ」


 そうならないことは、カラス自身が一番よく解っている。

 

「……なぜだ……なぜ殺さない……?」

 

 緊張の糸が切れて呆けている白鳥が呟いた。 


「何を言う。お前が懇願(こんがん)したんだろう? 膝を着きみっともなくな」


「……なぜだ……なぜ我々を裏切った――」


「その名は捨てたよ。もはや遠い過去だ」


 最後にカラスはそう言い残すと、戦場から立ち去っていった。

 


 嵐が通り過ぎ、日常の風景には似つかわしくない歪な様相が晒される。


 都内にある某高等学校の校庭には、数多くの管理局員が無様に転がっていた。

 

 結果として、誰一人何一つ得られない無益な争いの幕が下りたのだった。

ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます


書いて楽しいのは向こうだけど、書きたいのはこちらだったりします


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