Scene.16 最強の男・後
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
『異世界日記 ~魔法適正ゼロの現代人は 脳筋スキルで無双する~』 の新epも投稿しました
此の少年は、校庭で大の字になり横たわっていた。
近くに居る管理局員は、つま先で頬を蹴り雑に頭の向きを変える。殲滅対象の死に顔を確認すると、安堵の溜息を吐いて突き付けていた銃を下した。
それから踵を返して死体を後にしようとした、そんな時だった。
此の少年の指先が微かに反応する。
左手の甲に浮かぶ痣が脈動しながら、じわじわと全身に巡り浸食すると、四肢がビクビクと跳ね胴体が反り返る。
やがて奇怪な動きがピタリと止んで再び沈黙。胸部が上下して心拍が再開された。
そうした一連の変化を経て、此の少年だったモノは蘇る。
見えない何かにより吊り上げられて、手足を使わずに上体の動きだけで体を起こした。
「………………」
呼吸は穏やかで、不気味なほどに無言。
「そ、そんなまさか!?」
背後から漂う不気味な気配に、恐る恐る振り返った管理局員は、亡霊でも目の当たりにしているかのように固まる。
「やはり烙印者だったか……しかし、いかな烙印者といえど、急所に銃撃を受けて無事でいるはずがない。これは、いったいどういうことだ……!?」
またもや自分の銃撃が失敗に終わり、白鳥は苛立ちと困惑の色を顔に浮かべていた。
その疑問に答えるかのようなタイミングで、真相が明かされる。
まるで逆再生された映像だ。
此の少年を死に至らしめた負傷。右目に開いた傷口が塞がり始め、盛り上がる肉により弾丸が押し出される。
「おぉ……これはまた、なんと悍ましい……」
すべての生命に約束された死という絶対を覆し、ゾンビのように蘇る存在に見る者は戦慄する。
「アリスに聞いていたとおりだな。それがお前の刻印か」
此の少年の身に起こった変化を、冷静に観察していたのはカラス。
身体の損傷を瞬時に治す、驚異の再生力。
歴史上、名だたる王や時の権力者が追い求め、終ぞ叶わなかった永遠の夢。
不滅の刻印。
皮肉にも、人生に絶望して死に触れたがっていた少年に宿った能力だ。
「ア"ア"ァァア"ァア"アアァア"ァア"ァァッーー!!」
突如、此の少年が奇声を上げた。
その目は焦点が合っておらず、何も映していない。
破壊された脳は刻印により再生されたが、まだダメージによる後遺症が残っていた。
自我を失ったまま生物が抱く中で、もっとも激しく原始的な衝動に突き動かされ暴走する。
「ヒィ! こ、ここの死に損ないがッ!」
顔面蒼白の管理局員は、反射的に拳銃を構えるが、恐怖により照準がブレてしまっている。
闇雲に連射された弾丸は、狙いが逸れて決定打にならない。標的の肩を、太ももを、脇腹を掠め血飛沫を飛ばす程度に留まる。
それでも近距離射撃ということもあって、射出された一発が運よく胴体に命中した。
「や、やったぞ!」
管理局員が、手応えを感じて喜色を浮かべたのも束の間。刻印により先の現象が再現される。
穿たれた穴から弾丸が押し出されて、傷口はすぐさま塞がった。
「そ、そん――ぶへァ!?」
狂気に陥っている此の少年は、管理局員には一瞥もくれず、邪魔な羽虫でも払うように除ける。
振るわれた怪力の反動で、本人の腕はおかしな方向にへし曲がるが、しかしそれもまた元通りに再生する。
攻撃を受けた管理局員は、物凄い勢いで数十メートル先まで吹っ飛んでいった。
生死は不明。仮に生きていたとしても、死んでいたほうがマシと思えるくらいの重症だろう。
「異国に原点を持つ稀人は、その実奈落より出でしの獄卒。血と憤怒に染まる赤鬼か」
刻印を発動させた此の少年の様相から、カラスはそのように評する。
伝承に残る鬼の正体は、異邦人だったという言い伝えがある。
巨躯でくせ毛の赤ら顔。現地の言葉は通じず、規範から外れた傍若無人な振る舞いをする蛮族。そのように邪悪な存在を、先人は妖怪の類だと考えた。
「フゥゥゥゥ……!」
言葉を発するカラスに反応して、赤鬼は焦点の定まらない顔を傾けた。
「ウオオオォォォォォォオオオォッ!!」
驚異の脚力でもって跳躍しカラスに襲い掛かる。
「こいつ見境なしか!」
落下速度と体重を乗せて、振り下ろされたのはハンマーパンチ。
カラスは急場凌ぎで風の防壁をぶつけると、反作用により弾け飛ぶ。砂嵐の外へ消えた。
それから赤鬼は、最後に残った白鳥に向けて増悪の灯った鋭い眼光を放つ。この場で動くものすべてを破壊して回るつもりのようだ。
◇◇◇
「……あれは不味いな……手負いの獣どころじゃあない。言葉が通じるだけ、カラスのほうが幾分マシまである……」
迫りくる死の足音に白鳥は身を竦める。
「Yeah! これハ、いよいよワタシの出番かナ、ボォス!」
「傍でがなるな。やかましい」
校門の方からやって来て、私の横に並んだのは、身長が2メートルはあろうかという人物、通称"黒鉄"。
規格外の分厚い筋肉により、着用する背広は張り裂けんばかりに引き伸ばされ、不格好を晒す大男。
屋上でアリスと接触していた時には、居合わせなかった管理局員であり、いざというときのために車内で待機していた最大戦力だ。
カラスが退場して一時的に砂嵐が消えたことにより、遅れて合流を果たしたのだった。
「生半可な相手ではないぞ?」
力自慢とはいえ、単身で烙印者に挑まんとする無謀な部下に、焦りを覚えた私は忠告する。
「相手にとって不足ナシ! 正義を執行スル!」
敵の力量を知ってか知らずか。臆することなく申し出る部下に、この場は預けるとしよう。
進んで私の盾になってくれると言うのだから、強く反対する理由もない。
「よろしい。その働きに期待しよう――喜べ烙印者。人類最強の男がお前の相手だ」
黒鉄を紹介する私は、相手を威圧せんとして、最強の部分を強調した。だが、わざわざ誇張するのは裏を返せば内心に隠した不安の表れだ。
「フン、どうせ聞いちゃあいないか」
特別管理局員・黒鉄。
奴の正体は 、荒々しいファイトスタイルと茶目っ気のあるカタコトトークのギャップから、かつてお茶の間で一世を風靡した外国人格闘家。
加齢により現役を引退したが、肉体の衰えを受け入れられず、強さに固執するあまり違法薬物使用に手を出して、協会理事から追放された元チャンプだ。
行く宛てを失い彷徨っていたところ、常時人手不足の管理局に拾われて、より強力な戦闘力を欲した奴は、法律や倫理の一切を無視したとある計画の被検体に志願する。
ステロイドを始め、ありとあらゆる禁止薬物を投与し、人体の限界を追及して、烙印者に対抗し得る強化人間を生み出そうとする実験的な計画だ。
環境を作り変えることにより進化を忘れた人類は、ついに人体を作り変える道に着手したというわけだ。
そうした経緯から誕生したのが目の前の男。
不確定要素により構成される烙印者とは対照的に、確かな人体科学に裏付けされた、現代における最強の戦士だ。
「Wow! これはまたナンとメンヨーナ! オニ退治といきましょーかモモタロサァン」
(とはいえ、最強の冠も人間の枠組みに限った話。拳銃をものともしない熊や鬼が相手では……無理だろうな)
翼を持たぬ人が大空を自由に舞えないように、種の壁を超えるのは厳しい。
せめてメリケンサックの一つでも装備すればいいのだが、武器を持つことはポリシーに反するとかで黒鉄はよしとしない。
素手で烙印者を倒した実績もあるので、口を出しづらいところだった。
(まあ、別にいいさ)
駄目で元々。最悪の場合は囮として、自分が逃げる時間を稼いでくれればいい。どこまでも怜悧な私は、そのように割り切っていた。
「Hey、ボォス。下がっていてクダサーイ。巻き込まれてしまいますヨゥ」
化物染みた黒鉄では、本物の化物には敵わない。
とはいえ、だ。黒鉄がただの捨て駒で、敗戦が確実なのかというとそうではない。
「おそらくは不死身に近い再生能力を持ち、とてつもなくタフな敵だ。どのようにして降せばいいか……お前なら分かるな?」
「Oh! 決め技デスネ!」
「そうだ。死なないということは、生きているということだ」
(……言葉に起こすと馬鹿みたいな構文だな)
「ボス……」
「やめろ。そんな憐れむような目を向けるな。つまり何が言いたいかというとだな、心拍と共に血流を巡らせ生体活動を機能させており、そこに勝機がある」
不死身の弱点は単純かつ明快だ。
容易に死なないのであれば、殺すことに拘らず動きを封じてしまえばいい。
(そうだとも。烙印者とて生物である以上、決して無敵などではないのだから)
敵の攻撃をいなし寝技に持ち込む。チョークスリーパーなどで頸部を圧迫し意識を落とす。脳への攻撃が有効なのは実証済みだ。
此度の任務における管理局側の勝利条件は、もはや烙印者の捕縛ではない。管理局員――否。私が生還を果たす一点に置き変わっていた。
◇◇◇
「世界に仇ナス烙印者ヨ! 愚かナ考えワ改メ、大人しく投降したまエ! さもなくバ、私の筋肉が黙ってはいないゾ!」
冷酷な上司の腹積もりなど露知らず、戦闘の許可を得た"黒鉄"は、意気揚々と前へ歩み出ると、粛清対象の赤鬼に高らかに宣言した。
警告なしに武力を行使するのは、武道精神に反するので気が咎めたためだが、すでに白鳥がの脳天に一発お見舞いした後では今更だ。
「……オオォ……ォォオオオッ!!」
体を左右に大きく揺らし、蛇行しながら歩み寄っていた赤鬼は、黒鉄の口上に反応して飛び掛かる。
怪力から繰り出されるのはやはり拳。信念どころか意志さえ伴わない愚直な拳だ。
迫り来る大振りなケンカパンチを黒鉄は容易く見切る。
勇猛果敢な前進からのダッキングにより攻撃を搔い潜ると、そのままタックルに移行。赤鬼に取り付いて羽交い絞めにする。
「よぉし、でかした! 元チャンプの肩書は伊達じゃあないな! そのまま絞め落としてしまえ!」
「Okayボォス――ムムッ!? コ、これは……なんとユーバカディカラ……ッ!」
「ウグッ……ガッ、ガァァァァ……アアアアアアアッ!!」
赤鬼は関節を固められていても激しく抵抗する。
自分の体が壊れることなどお構いなしだ。自らの怪力で肩を外し、鎖骨を圧し折る。常人ではあり得ない方法で締め技から脱出した。
「ヤハり、正面かラ勝負するより他ナイヨゥデスネ」
格闘技に関する絶対的な自信が、黒鉄を勝負に駆り立てる。
敵を搦め手により封じる作戦が性分に合わず、実のところ乗り気ではなかったこともあって、嬉々として正攻法で挑むことにした。
「ウォオオオオオッ!!」
攻めの構えを取り、赤鬼の拳に対して渾身の右ストレートを放った。
「よせ! 人間が適う相手では――!」
両者の攻撃が真正面から激突。
衝撃に耐えきれず、黒鉄の拳は砕け前腕の尺骨と橈骨が折れて皮膚を破って飛び出した。
「ぐわあああァァッ!!」
激痛に泣き叫ぶ黒鉄。一方で同じ負傷をした赤鬼はやはり再生する。
例えパワーが互角であっても、タフネスに明確な差があった。
「ば、馬鹿な……! この俺の鋼の肉体が敗れるなど、あっていいはずがぁ……!」
自慢の筋肉に裏切られ、激しく動揺した黒鉄は、キャラ作りも忘れて流暢に喋る。
第一ラウンドにも関わらず、早くも敗色が濃厚になったとき、自分の半生を回想し始める。
力を求めるようになった所以。不幸な生い立ちを――――。
◇◇◇
――――あれは、かれこれ何年前に遡るだろうか。孤独に生きる中で、黒鉄は自分の年齢など疾うに忘れてしまった。とにもかくにも養護施設に預けられて数年たった頃の話だ。
待てど暮らせどやってこない迎え。期待に裏切られ続けて心を曇らせた少年期の俺は、このように決意した。
――俺はいつの日か、つよ「ヘぶッ!? おグがアァアァァッ!!」
◇◇◇
容赦のないヘッドバッドが、悲しい過去に浸ろうとしていた黒鉄を襲う。鼻は曲がり、顎が砕ける。へし折れた永久歯が赤鬼の額に突き刺さった。
「あがががががが……!!」
地面に倒れた黒鉄が、血だらけになった口元を抑えてのたうち回る。
「そこまでだ」
トドメを刺そうと赤鬼が近づいたところで、静止の声が下りた。
「時間切れだ。増員が集まってきている。ここは退くぞ」
「アァ……? ウガァ!!」
戦線に復帰したカラスが撤退を指示するが、理性を失くしている赤鬼には通じてない模様。再びカラスへ襲い掛かる。
「やれやれ、俺を落胆させるなよ」
カラスが面倒臭そうに溜息を吐き、掌を広げ空気を掴むかのように握り絞めると、あれだけ暴れ回っていた赤鬼があっさりと気絶する。
「ガキだというのに無駄に大きく育ちやがる。これは骨が折れるな……」
倒れた赤鬼もとい此の少年を肩に担ぎ上げる。覚束無い足取りでこの場を後にしようとしたところで、目の前に黒鉄が立ちはだかる。
「ま、まひぇ! 俺はまだ負けひぇねぇ! 負けてねぇぞ!」
「いいや、お前はもう負けたんだよ。役目を終えた端役はとっとと舞台を降りろ」
カラスは指先で鉤の形を作り、黒鉄を引っ掛けるような仕草をする。途端に風が巻き起こり、巨体がゆっくりと上昇を始めた。
「おっ……おわ……な、何を!?」
3メートル……6メートル……9メートル……。
黒鉄は手足をばたつかせて必死の抵抗を見せるが、カラスの刻印には干渉できないので無意味だ。
「やめろ! 敵対しているとはいえ慈悲はないのか! お前だって元――」
白鳥は自分のことなど棚に上げて、冷酷に振る舞うカラスを非難する。その悲痛な訴えは、暴風によりかき消された。
「そう敵だ。管理局員であるお前たちは、今後も刻印者の障害として立ちはだかるだろう」
黒鉄の体が高く高く上昇する。
地上15メートル……校庭であり下が土なので、落下しても無事である可能性が高い。
地上21メートル……強化が施された肉体であることを考慮すれば、まだまだ手緩い。
「よって、この場で再起不能にするのが妥当。そうだな、お前の言葉を借りるなら……」
カラスは、対象が確実に死ぬ高さを見定める。
地上31メートル。高層建築物の屋上に相当する高さであり、黒鉄にとって破滅へ至る上昇度合。
「よせ――!」
「手負いの獣をみすみす逃す手はない。そうだろう?」
十分な高所まで昇らせたと判断すると、断頭台の刃を落とすように手刀を振り下す。
「ノォオオオオオオオォォォォーー!!」
絶叫を上げながら落下する黒鉄。
あわや地面に激突し、熟れすぎたトマトが潰れるように、地面の染みになるかと思われた次の瞬間――――すれすれの位置で急停止する。
黒鉄はショック体験から白目を剥いて気絶して、失禁までしているものの、落下による怪我はなく生還する。
カラスの慈悲により九死に一生を得た。
「これに懲りてくれたら、苦労しないのだがな……もう俺たちには近づかないことだ」
そうならないことは、カラス自身が一番よく解っている。
「……なぜだ……なぜ殺さない……?」
緊張の糸が切れて呆けている白鳥が呟いた。
「何を言う。お前が懇願したんだろう? 膝を着きみっともなくな」
「……なぜだ……なぜ我々を裏切った――」
「その名は捨てたよ。もはや遠い過去だ」
最後にカラスはそう言い残すと、戦場から立ち去っていった。
嵐が通り過ぎ、日常の風景には似つかわしくない歪な様相が晒される。
都内にある某高等学校の校庭には、数多くの管理局員が無様に転がっていた。
結果として、誰一人何一つ得られない無益な争いの幕が下りたのだった。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます
書いて楽しいのは向こうだけど、書きたいのはこちらだったりします




