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烙印者 -忘却の少年-  作者: 日月 幾人
Act.1 烙印者
16/21

Scene.15 最強の男・中

拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです

 デタラメな光景だった。



 超常的な力を振るう異能者。


 拳銃を躊躇(ちゅうちょ)なく人に向かってぶっ放す国家公務員。


 文明社会では、普通のケンカだって滅多に遭遇するものじゃない。一生のうち数回あるかないか。本気の殺し合いともなればなおさらだ。


 だから両者の苛烈な闘争を前に、此の少年(おれ)は呆然としていた。 


 誰に警告されるでなく、自ずと息を潜め極力物音を立てないようにする。存在感を薄めて透明人間に徹した。


 争いの火の粉が、こちらにまで及んでこないのを密かに祈りながら。


 本当はすぐにでも駆け出して、この場から逃げたかったが、下手に動くと男らの注意を集める恐れがある。


 だからこそ直立の傍観。


 計算づくの選択ではなく、消去法から導き出された唯一の自衛手段。



「我ら組織は、咎人(とがびと)の烙印を押された迷える魂の導(しるべ)となる」



 そんな感じで状況に翻弄(ほんろう)されている俺に、無神経なアリスは手を差し伸べる。


 校庭に吹き荒れる嵐が嘘のように消え去ると、雲の裂け目から一筋の陽光が差し込み舞台を照らした。


「ここより、あなたは生まれ変わる。ようこそ新世界へ」


 しじまを破り事もなげに彼女は言った。


 夢か現か。


 退屈な日常を一変させる鮮烈な邂逅(かいこう)。


 謎の美少女に導かれ、運命が廻り出す瞬間。


 それは、いつか憧憬(しょうけい)した展開(シチュエーション)ではなかっただろうか。


 皆誰しも一度は願ったことがあるはずだ。


 ならば、少年の――俺の答えは決まっていた。


「要は焼き直しだろ。くだらない」


 どこかで見聞きした物語の一節は、我が身に降り掛かかってみても、まるで実感(リアリティ)が湧かない。


 誰かに歓迎されている。必要とされている。それだというのに……。


(どうして、こんなにも嬉しくないんだろうな)


 やるせない思いから、強く左手を握り締める。


 その拍子に巻いてある包帯の結び目が緩み、手の甲に浮かぶ紫痕症が露わになってしまっていることを、この時の俺はまだ知らない。


 ◇◇◇


「――うぅ、あ……」


 昏倒していた管理局員のひとりが息を吹き返した。


 頬に張り付いた砂をパラパラと落としながら、むくりと半身を起こす。


 頭を左右に揺さぶり、意識にかかる靄を振り払うと状況把握に努める。


 周囲を取り囲む暴風。


 半裸の烙印者と、その足元に倒れる同僚。


 やや離れたところで、対峙している上司の表情は渋い。


 戦況は劣勢であることが伺えた。


 次に管理局員の視線は、此の少年の左手へと止まる。


 手の甲に烙印を確認。


 敵対象である烙印者だと判断すると、速やかにこれの対処に動くのだった。


 ◇◇◇


 この世のありとあらゆるものは有限である。 


 化石燃料にしろ、鉱物にしろ、水産、森林、いずれの資源も消費し続ければいつか底を尽きる。


 この世の法則を無視して、無尽蔵にエネルギーの生成を可能とする、永久機関なんてものは夢物語であり実在しない。


 全容が解明されていない烙印にしても、また同じと思われる。


 烙印者は己が能力を使う度に"何かしら"を消費し、使用限度があるはずだ。


 ここで言う消費する"何か"とは単純に考えて体力だが、そこは非常識な烙印者、精神力や魂といった不確かな要素の憶測も立つ。


 時として物理法則を完全に無視し、エネルギー保存の法則をも無視して、傍から見れば魔法めいた出鱈目(でたらめ)な異能。それとて、扱う者が人間の形を成しているのならば、"何らか"の法則の下で縛りを受けているのではなかろうか。


(我ながら呆れてしまうな。なんと穴だらけの仮説か) 


 しかしながら、烙印者に対抗するには、物量作戦で疲弊させるのが有効な手段だ。


 管理局のサーバーには過去の戦闘において、最も強力な烙印者であるカラスを、人海戦術で以(も)って制圧した記録がある。


 もしも、烙印者が無限に能力を振るい続けられるのなら、風による障壁を常時展開していれば無敵であり、カラスの敗北に説明が付かない。


 現に校庭に吹き荒れている砂嵐も常時全開とはいかず、出力の強弱が見られる。


 烙印者も疲労する。


 能力にも限りがあり、その切れ目こそが最大の隙だ。



 白鳥(わたし)は掌に忍ばせていた最後の弾丸を握り締める。


 わざわざ周りに聞こえるように弾切れだと白状したのは、難敵カラスの油断を誘うための策略だ。


 またぞろ風で凌がれては敵わないので、確実に仕留められるチャンスを、敗北感に打ちひしがれる振りをして、したたかに待っていた。


「騙し討ちはお前の十八番だったな。俺に通用するとでも思ったか?」


 優勢のカラスは、一度騙し討ちを見破ったことで油断している。嘘の先に隠された、さらなる嘘に気づいている様子はない。


(――好機到来)


 カラスが何かに気を取られ余所見をした瞬間、私は拳銃に素早く装填を済ませると、引き金に指を掛ける。


 ライフリングに沿って射出された弾丸は、空気の帯をたなびかせながら、標的の体に吸い込まれるように着弾。無慈悲に風穴を穿つ。


 そのような光景を想像して、私はほくそ笑む。


 そして、再び鳴り響く銃声。



「…………嘘だろ、こんな……おい……おい――――アリス!!」


 例の男子生徒の傍で、銃撃を受けたアリスが膝から崩れ落ちる。


「なんだと……!?」


 その銃撃は私ではなく、部下の管理局員によるもの。


 おそらく本当の標的は、迂闊にも刻印らしき痣を晒していた男子生徒であり、倒れているのは奴のはずだった。けれど、射線上にアリスが躍り出てそれを阻止したのだろう。


「チィ……間抜けめ。サンプルは生け捕りが鉄則――いやまあ、私も他人のことは言えんがな……」


 活きた拳銃を所有している者がいると知られた以上、カラスは警戒心を跳ね上がらせたことだろう。


 こうなってしまっては奇襲も難しい。


 劣勢を打開しようと射撃した部下であったが、策略を台無しにされてしまった私は悪態を吐いた。


 ◇◇◇


「なんで……」


 此の少年(おれ)は覆(おお)いかぶさるアリスを抱き起こす。その眉間には小さくて深い穴が開いていた。


(そんな……この傷じゃあ、もう……)


「使命、に……従ったまで、で……す………………」


 カラスから受けた俺を守れという命令。それを忠実にまっとうしたアリスは、その言葉を最後にこと切れる。


 まるで糸の切れた人形のように動かなくなった。



 悪夢の再来だ。



「あぁ……あぁ…………」


 アリスの亡骸を抱えて、俺は一時呆然自失となる。口から洩れ出たのは、悲しみによる慟哭(どうこく)ではなく間の抜けた溜息だった。


(……こんなとき、どう振る舞えばいいんだ?)


 まだ十数年しか生きていない若者は、身内の不幸すらまだ遠く。そもそも親戚付き合いがあまりない俺は、そういった事柄について経験が殆どない。


 人の死に直面する経験なんて、十年近く前に母親を亡くした時以来だ。


(あの時はどうしたっけ……確か涙が枯れるまで、三日三晩泣いていたな……)


 本当に、本当に悲しくて、世界が終わってしまうくらいの気持ちだったはずなのに、今はもうよく覚えていない。


 時はすべてを洗い流してしまう。悲しみも。喜びも。温かい母親の面影さえも。



 本来、死というものは生と表裏一体にあり、昔の時代は生活の中でごく身近に有り触れていたはずだ。


 しかし医療の発達による長寿を実現して、食肉工場が生活圏外に切り離された現代社会においては、死は遠く離れた対岸にある。


 忌むべきものとして、徹底的に視界から遠ざけられた結果、日常の中では触れない幻影となっていた。


 そのような背景もあってか、改めて直面してみても不思議と悲しみはない。


 一見すると薄情に思われるかもしれないが、それもしょうがない話。


 出会って間もないアリスの死に、深く感情移入をして涙するのは難しい。


 これがもし、長年親交のある人物――例えば、幼馴染である美咲との死別なら、俺もまったく違った反応を取っただろう。


 絶望感に囚われ、泣き喚き、そして復讐心に燃えたに違いない。


 人間関係には序列があり、平等の命などはない。


 家族という同じ枠組みの中でも順位は生まれるし、家族と友人のどちらを優先すべきかは言うに及ばず、見知らぬ他人とでは比べようもない。


 だから、死別したのが、縁もゆかりもない少女だったことは……。


(不幸中の幸い……いや、明らかに不幸だろうが。何を言っているんだ)


 最悪の事態に直面して、いよいよ混乱が極まっている。


(こんな唐突に別れがきたって、泣くに泣けないじゃないか……)



 とはいえ、だからといって徹頭徹尾冷静でいられるかは、また別の話。


 落ちぶれてしまった俺だが、人死にを流せるほど人間として落ちてはいなかった。


 眼下で起こった死を理解するのにタイムラグが生じたものの、輝きを失ったアリスの瞳を覗き込むこと数十秒。徐々にその意味が脳に浸透する。


 数センチ先の手が届く距離で、少女が一生を終えた。


 たった数グラム。指先程度の鉛玉によって、人間一人の過去と未来、喜びも怒りも悲しみもすべて奪われてしまった。


 しかも、それは俺を庇って潰(つい)えた命だ。


 慙愧(ざんき)、憐憫(れんびん)、様々な負の感情が溢れ出し、ついには決壊した。


「カハッ……! ハッ、ハッ、ハ――」


 胸が張り裂けそうなくらいに鼓動が速まる。


 首から頬にかけ顔面が痺れて、死んでしまいそうなくらい息苦しい。


(これ過呼吸ってやつだ……!)


 酸素の欠乏から眩暈を起こし跪(ひざまず)く。


 狭まる景色の片隅で、例の管理局員がこちらに銃口を向けながら、にじり寄って来るのが見えた。


(――ふざけるな……アリスを殺しただけでは飽き足らず、まだ奪おうっていうのか!)


 途端に開ける視界。


 激情により胃が締め付けられ、込み上げる猛烈な吐き気を無理やり飲み下す。


 自分が狙われ、今もなお命の危険に晒されていることなど、このさいどうでもいい。  


 行動を起こす明確な理由とか、面倒くさい勘定は破り捨てる。


 繰り返される不条理に次ぐ理不尽。そして、目の前の人殺しに対する憤りに意識は支配された。


「うおおおおおおぉぉぉ!!」


「ぐがっ!!」


 俺は恐怖心さえも飲み下し、無謀にもこの殺し合いに参戦する。


 管理局員が引き金を引く前に、俺が振り回した拳が直撃。持ち前の運動神経とリーチの長さが功を奏した。


 これがもし、節足を振り回す凶悪な怪物相手ならば、こうはいかない。恐怖に飲まれて醜態を晒した夜は記憶に新しい。


 だけど俺の攻撃は異能でなし、ただの拳だ。当たり所がよく(悪く)なければ、相手をノックアウトさせるほどのダメージは与えられない。


「こ、の……クソガキィ!!」


「ハァ、ハァ、ハァ……ふっ――!」


 ならば、続けてもう一発お見舞いしてやるまで。俺は再び拳を振り上げる。


 武器を持たない民間人。格闘の経験すらない身ではあるが、精一杯の抵抗を見せてやる!


「うおお――」「まあ、無駄だがね」


 そうして徹底抗戦の構えを取り、奮起した矢先のことだった。


 誰かの声が割り入り発砲音が響いたかと思うと、俺の視界がブレイカーを落としように暗転する。


 おかしな浮遊感に包まれ、意識が完全に刈り取られる直前、俺が最後に感じたのは紫痕症があるはずの左手の熱さ。まるで焼き鏝(ごて)を押し付けられたような灼熱痛だった。


 ◇◇◇


「頑張るじゃあないか……まあ、無駄だがね」


 白鳥がつまらなそうに構えた拳銃から弾丸が放たれる。


 アリス同様、頭部に銃撃を受けた此の少年は、自分が死んだことも気づかないまま絶命した――――かに思えた。


 しかし、やはりそこで此の少年の物語は終わらない。



 散々死に追いやられて、再三蘇った真相がまだ隠されているのだから……。

ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます




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