Scene.15 最強の男・中
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
デタラメな光景だった。
超常的な力を振るう異能者。
拳銃を躊躇なく人に向かってぶっ放す国家公務員。
文明社会では、普通のケンカだって滅多に遭遇するものじゃない。一生のうち数回あるかないか。本気の殺し合いともなればなおさらだ。
だから両者の苛烈な闘争を前に、此の少年は呆然としていた。
誰に警告されるでなく、自ずと息を潜め極力物音を立てないようにする。存在感を薄めて透明人間に徹した。
争いの火の粉が、こちらにまで及んでこないのを密かに祈りながら。
本当はすぐにでも駆け出して、この場から逃げたかったが、下手に動くと男らの注意を集める恐れがある。
だからこそ直立の傍観。
計算づくの選択ではなく、消去法から導き出された唯一の自衛手段。
「我ら組織は、咎人の烙印を押された迷える魂の導となる」
そんな感じで状況に翻弄されている俺に、無神経なアリスは手を差し伸べる。
校庭に吹き荒れる嵐が嘘のように消え去ると、雲の裂け目から一筋の陽光が差し込み舞台を照らした。
「ここより、あなたは生まれ変わる。ようこそ新世界へ」
しじまを破り事もなげに彼女は言った。
夢か現か。
退屈な日常を一変させる鮮烈な邂逅。
謎の美少女に導かれ、運命が廻り出す瞬間。
それは、いつか憧憬した展開ではなかっただろうか。
皆誰しも一度は願ったことがあるはずだ。
ならば、少年の――俺の答えは決まっていた。
「要は焼き直しだろ。くだらない」
どこかで見聞きした物語の一節は、我が身に降り掛かかってみても、まるで実感が湧かない。
誰かに歓迎されている。必要とされている。それだというのに……。
(どうして、こんなにも嬉しくないんだろうな)
やるせない思いから、強く左手を握り締める。
その拍子に巻いてある包帯の結び目が緩み、手の甲に浮かぶ紫痕症が露わになってしまっていることを、この時の俺はまだ知らない。
◇◇◇
「――うぅ、あ……」
昏倒していた管理局員のひとりが息を吹き返した。
頬に張り付いた砂をパラパラと落としながら、むくりと半身を起こす。
頭を左右に揺さぶり、意識にかかる靄を振り払うと状況把握に努める。
周囲を取り囲む暴風。
半裸の烙印者と、その足元に倒れる同僚。
やや離れたところで、対峙している上司の表情は渋い。
戦況は劣勢であることが伺えた。
次に管理局員の視線は、此の少年の左手へと止まる。
手の甲に烙印を確認。
敵対象である烙印者だと判断すると、速やかにこれの対処に動くのだった。
◇◇◇
この世のありとあらゆるものは有限である。
化石燃料にしろ、鉱物にしろ、水産、森林、いずれの資源も消費し続ければいつか底を尽きる。
この世の法則を無視して、無尽蔵にエネルギーの生成を可能とする、永久機関なんてものは夢物語であり実在しない。
全容が解明されていない烙印にしても、また同じと思われる。
烙印者は己が能力を使う度に"何かしら"を消費し、使用限度があるはずだ。
ここで言う消費する"何か"とは単純に考えて体力だが、そこは非常識な烙印者、精神力や魂といった不確かな要素の憶測も立つ。
時として物理法則を完全に無視し、エネルギー保存の法則をも無視して、傍から見れば魔法めいた出鱈目な異能。それとて、扱う者が人間の形を成しているのならば、"何らか"の法則の下で縛りを受けているのではなかろうか。
(我ながら呆れてしまうな。なんと穴だらけの仮説か)
しかしながら、烙印者に対抗するには、物量作戦で疲弊させるのが有効な手段だ。
管理局のサーバーには過去の戦闘において、最も強力な烙印者であるカラスを、人海戦術で以って制圧した記録がある。
もしも、烙印者が無限に能力を振るい続けられるのなら、風による障壁を常時展開していれば無敵であり、カラスの敗北に説明が付かない。
現に校庭に吹き荒れている砂嵐も常時全開とはいかず、出力の強弱が見られる。
烙印者も疲労する。
能力にも限りがあり、その切れ目こそが最大の隙だ。
白鳥は掌に忍ばせていた最後の弾丸を握り締める。
わざわざ周りに聞こえるように弾切れだと白状したのは、難敵カラスの油断を誘うための策略だ。
またぞろ風で凌がれては敵わないので、確実に仕留められるチャンスを、敗北感に打ちひしがれる振りをして、したたかに待っていた。
「騙し討ちはお前の十八番だったな。俺に通用するとでも思ったか?」
優勢のカラスは、一度騙し討ちを見破ったことで油断している。嘘の先に隠された、さらなる嘘に気づいている様子はない。
(――好機到来)
カラスが何かに気を取られ余所見をした瞬間、私は拳銃に素早く装填を済ませると、引き金に指を掛ける。
ライフリングに沿って射出された弾丸は、空気の帯をたなびかせながら、標的の体に吸い込まれるように着弾。無慈悲に風穴を穿つ。
そのような光景を想像して、私はほくそ笑む。
そして、再び鳴り響く銃声。
「…………嘘だろ、こんな……おい……おい――――アリス!!」
例の男子生徒の傍で、銃撃を受けたアリスが膝から崩れ落ちる。
「なんだと……!?」
その銃撃は私ではなく、部下の管理局員によるもの。
おそらく本当の標的は、迂闊にも刻印らしき痣を晒していた男子生徒であり、倒れているのは奴のはずだった。けれど、射線上にアリスが躍り出てそれを阻止したのだろう。
「チィ……間抜けめ。サンプルは生け捕りが鉄則――いやまあ、私も他人のことは言えんがな……」
活きた拳銃を所有している者がいると知られた以上、カラスは警戒心を跳ね上がらせたことだろう。
こうなってしまっては奇襲も難しい。
劣勢を打開しようと射撃した部下であったが、策略を台無しにされてしまった私は悪態を吐いた。
◇◇◇
「なんで……」
此の少年は覆いかぶさるアリスを抱き起こす。その眉間には小さくて深い穴が開いていた。
(そんな……この傷じゃあ、もう……)
「使命、に……従ったまで、で……す………………」
カラスから受けた俺を守れという命令。それを忠実にまっとうしたアリスは、その言葉を最後にこと切れる。
まるで糸の切れた人形のように動かなくなった。
悪夢の再来だ。
「あぁ……あぁ…………」
アリスの亡骸を抱えて、俺は一時呆然自失となる。口から洩れ出たのは、悲しみによる慟哭ではなく間の抜けた溜息だった。
(……こんなとき、どう振る舞えばいいんだ?)
まだ十数年しか生きていない若者は、身内の不幸すらまだ遠く。そもそも親戚付き合いがあまりない俺は、そういった事柄について経験が殆どない。
人の死に直面する経験なんて、十年近く前に母親を亡くした時以来だ。
(あの時はどうしたっけ……確か涙が枯れるまで、三日三晩泣いていたな……)
本当に、本当に悲しくて、世界が終わってしまうくらいの気持ちだったはずなのに、今はもうよく覚えていない。
時はすべてを洗い流してしまう。悲しみも。喜びも。温かい母親の面影さえも。
本来、死というものは生と表裏一体にあり、昔の時代は生活の中でごく身近に有り触れていたはずだ。
しかし医療の発達による長寿を実現して、食肉工場が生活圏外に切り離された現代社会においては、死は遠く離れた対岸にある。
忌むべきものとして、徹底的に視界から遠ざけられた結果、日常の中では触れない幻影となっていた。
そのような背景もあってか、改めて直面してみても不思議と悲しみはない。
一見すると薄情に思われるかもしれないが、それもしょうがない話。
出会って間もないアリスの死に、深く感情移入をして涙するのは難しい。
これがもし、長年親交のある人物――例えば、幼馴染である美咲との死別なら、俺もまったく違った反応を取っただろう。
絶望感に囚われ、泣き喚き、そして復讐心に燃えたに違いない。
人間関係には序列があり、平等の命などはない。
家族という同じ枠組みの中でも順位は生まれるし、家族と友人のどちらを優先すべきかは言うに及ばず、見知らぬ他人とでは比べようもない。
だから、死別したのが、縁もゆかりもない少女だったことは……。
(不幸中の幸い……いや、明らかに不幸だろうが。何を言っているんだ)
最悪の事態に直面して、いよいよ混乱が極まっている。
(こんな唐突に別れがきたって、泣くに泣けないじゃないか……)
とはいえ、だからといって徹頭徹尾冷静でいられるかは、また別の話。
落ちぶれてしまった俺だが、人死にを流せるほど人間として落ちてはいなかった。
眼下で起こった死を理解するのにタイムラグが生じたものの、輝きを失ったアリスの瞳を覗き込むこと数十秒。徐々にその意味が脳に浸透する。
数センチ先の手が届く距離で、少女が一生を終えた。
たった数グラム。指先程度の鉛玉によって、人間一人の過去と未来、喜びも怒りも悲しみもすべて奪われてしまった。
しかも、それは俺を庇って潰えた命だ。
慙愧、憐憫、様々な負の感情が溢れ出し、ついには決壊した。
「カハッ……! ハッ、ハッ、ハ――」
胸が張り裂けそうなくらいに鼓動が速まる。
首から頬にかけ顔面が痺れて、死んでしまいそうなくらい息苦しい。
(これ過呼吸ってやつだ……!)
酸素の欠乏から眩暈を起こし跪く。
狭まる景色の片隅で、例の管理局員がこちらに銃口を向けながら、にじり寄って来るのが見えた。
(――ふざけるな……アリスを殺しただけでは飽き足らず、まだ奪おうっていうのか!)
途端に開ける視界。
激情により胃が締め付けられ、込み上げる猛烈な吐き気を無理やり飲み下す。
自分が狙われ、今もなお命の危険に晒されていることなど、このさいどうでもいい。
行動を起こす明確な理由とか、面倒くさい勘定は破り捨てる。
繰り返される不条理に次ぐ理不尽。そして、目の前の人殺しに対する憤りに意識は支配された。
「うおおおおおおぉぉぉ!!」
「ぐがっ!!」
俺は恐怖心さえも飲み下し、無謀にもこの殺し合いに参戦する。
管理局員が引き金を引く前に、俺が振り回した拳が直撃。持ち前の運動神経とリーチの長さが功を奏した。
これがもし、節足を振り回す凶悪な怪物相手ならば、こうはいかない。恐怖に飲まれて醜態を晒した夜は記憶に新しい。
だけど俺の攻撃は異能でなし、ただの拳だ。当たり所がよく(悪く)なければ、相手をノックアウトさせるほどのダメージは与えられない。
「こ、の……クソガキィ!!」
「ハァ、ハァ、ハァ……ふっ――!」
ならば、続けてもう一発お見舞いしてやるまで。俺は再び拳を振り上げる。
武器を持たない民間人。格闘の経験すらない身ではあるが、精一杯の抵抗を見せてやる!
「うおお――」「まあ、無駄だがね」
そうして徹底抗戦の構えを取り、奮起した矢先のことだった。
誰かの声が割り入り発砲音が響いたかと思うと、俺の視界がブレイカーを落としように暗転する。
おかしな浮遊感に包まれ、意識が完全に刈り取られる直前、俺が最後に感じたのは紫痕症があるはずの左手の熱さ。まるで焼き鏝を押し付けられたような灼熱痛だった。
◇◇◇
「頑張るじゃあないか……まあ、無駄だがね」
白鳥がつまらなそうに構えた拳銃から弾丸が放たれる。
アリス同様、頭部に銃撃を受けた此の少年は、自分が死んだことも気づかないまま絶命した――――かに思えた。
しかし、やはりそこで此の少年の物語は終わらない。
散々死に追いやられて、再三蘇った真相がまだ隠されているのだから……。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます




