Scene.14 最強の男・前
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
「ふぅ……いやはや、よもやあの警備下を脱出するとはな。ゴキブリ並みのしぶとさには恐れ入るよ」
白鳥は崩れたオールバックを撫で上げて、よれた背広の襟元を正す。
襲撃を受けて無様を晒した割に嫌味は健在で、さも何事もなかったかのように立ち直った。
「…………お前と違って、部下に恵まれているからな」
幽鬼のように宙を漂っていたカラスが、ゆっくりと降りてきて地面に着地する。
ここにきて初めて言葉を口にした。
弱り切った肉体から発せられた声は、しゃがれてはいるものの重低音で芯に響く力強い声だった。
カラスが指摘したとおり、足元には打ちのめされた管理局員たちが転がっていた。
「ハッ! 言うじゃないか。その虚勢も長くは続くまい」
カラスの衰弱は著しく歩く姿も覚束無い。それこそ強風に吹かれでもしたら倒れそうだ。
「見るも哀れな姿だ。カラス……その名が泣くぞ?」
「……本日は、局地的な暴風に加えて豪雨と地震か。未曾有の大災害だな」
額を冷や汗でびっしょりと濡らし、小刻みに脚を震わせてているのにも関わらず、虚勢を張っている白鳥を揶揄している。
互いに退かず憎まれ口の応酬をしているが、どちらが優勢であるかは明らかだ。
「俺が哀れかどうか試してみるか? もっとも、管理局員風情にその気概があるのならばだが」
「黙れ! 死にかけの分際で偉そうに……元を辿れば、お前も管理きょ」
「刻印者さ」
微風がカラスを包み足元に土煙がふわりと舞う。
それは自然発生した風ではなく、人為的に生み出されたもの。
術者の戦意の表れであり、全てを薙ぎ払う豪風の兆し。
「クソが……本来なら……私のような頭脳派はデスクワークが主な……こんな埃臭いブルーカラーの業務……て……いい加減ウンザリだ……!」
「……まさか死合う覚悟もない、舌先三寸の無能を差し向けてくるとはな。刻印者の中でも、軽犯罪を犯す小悪党の相手にしてきたのだろうが、管理局員の質も落ちたものだな」
敵対しているにも関わらず――否、敵対しているからこそだろうか。カラスは管理局の内情に詳しい口ぶりで、現場で文句を垂らしている白鳥を扱き下ろす。
「フン……なるほど、お前は難敵だ。それは認めよう。上役からも迂闊に手を出すなと厳命されている。だが、どうだろうな? 手負いの獣をみすみす逃す手はあるまい」
この状況を千載一遇と考えた白鳥は、出世欲に目をギラつかせている。指名手配犯のカラスを討ち取り、ひと手柄上げようと目論んでいた。
標的は裏社会で名が通った危険人物。国家を揺るがすほどの武力を個人で保有し、また反体制寄りの思想を持つことから、公安に目を付けられている組織の首魁。
縦横無尽に暴風を駆り、漆黒長髪のいで立ちから、八咫烏という通り名で恐れられる男だ。
本来であれば、生身の人間が到底敵う相手ではないが、長期にわたる投獄の末に衰弱し切った今なら勝機があるはずだ。
本当にカラスが健在であるのならば、撤退を選んだとしても逃げおおせる保証もない。
であるならば、ここは勝負に出る局面だと白鳥は踏んでいた。
「その減らず口を二度と叩けぬよう、手ずから引導を渡してやろう」
「お前では、俺に触れることすら叶わない。アリス、そいつを守れ」
「了解しました」
刻印を脈動させるカラスは、これから始まる戦闘に、此の少年が巻き添えを食らわないよう注意を払う。
「触れることすら叶わないだと? 当然だ。誰が好き好んで薄汚い烙印者などに触れようものか」
酷薄な笑みを湛えた白鳥は、慣れた手つきで携帯していた警棒を引き抜く。
「「……………………」」
一触即発。両者無言で睨み合い火花を散らしている。
嵐の前の静けさ……といっても、一同はすでに砂嵐のただ中にいるわけだが、これから激しい闘争が始まることを予感させる沈黙が流れた。
「…………フッ、馬鹿馬鹿しい。お前のような化物を相手にするものか」
そう言って嘆息した白鳥は構えを解く。戦闘の意思がないことを態度で示すと、カラスも釣られて緊張を緩めた。
その時だった。耳をつんざく発砲音が連続で鳴り響いたのは。
「――ァ、アレはダメだろ……!」
信じられない物を目の当たりにして、一般人の此の少年に戦慄が走る。
アレを使ってしまえば争いに一発でカタが付く。
個人が用いる最大級の暴力であり、現実のはおろか物語においても使用が制限されている、禁じ手の中の禁じ手。
白鳥が握り締めているアレは、徒競走や観賞といった用途の模造品とは、一線を画する本物の質感が伴っている。
法の厳しい国では販売市場がなく、特別な事情ないし職に就いた人間にのみ所有を許可され、大半の国民が一生目にすることのない武器。
掌に収まるサイズながら、燃焼ガスにより音速で鉛玉を射出し、容易く標的を仕留める凶器――そう、拳銃だ。
警察機関が携帯するリボルバーとは異なる、オートマティック仕様の本格的なハンドガン。それを白鳥は構えると、カラス目掛けて連射したのだった。
「チッ……!」
望ましくない射撃の結果に、白鳥は歯噛みする。
狙いを定めて射出された弾丸は、ただ直立しているだけのカラスに、なぜだか一発も命中しなかったからだ。
「烙印者めが!」
何も射撃が下手で仕損じたのではない。
管理局員の白鳥は、拳銃の所持を許可されている職業に就く者として、必要な訓練を積んでおり、相応の技術は身に付けている。
砂埃による視界の悪さ。標的まで距離があることも考慮し、頭部ではなく的の大きい胴体を狙った。殺傷力より命中率を重視したコンパクトな射撃を行ったのだ。
異能を身に宿し、人類の突然変異体とも言える烙印者は、貴重な生体サンプルなので生け捕りが望ましい。
だがしかし、仮に勢い余って殺してしまっても、身勝手に暴走し社会に混乱を撒き散らす不穏分子を排除したとなれば、それなりの評価に繋がると白鳥は概算している。
烙印者を撃つことに関して躊躇いはなく、気の迷いから銃口がブレるなどという失敗も犯してはいなかった。
「言っただろう? 触れることすら叶わないと」
虚勢などではなく、さも何事もなかったかのように悠然と佇むカラス。
足元の土は銃痕により抉れており、射撃失敗の答えを如実に物語っている。
カラスに向かって射出された弾丸は、彼に命中する手前で不可視であり不可思議な風、空間のうねりによって弾道を捻じ曲げられたのだ。
「クソッ、弾切れかっ!?」
予想外の状況に取り乱したふうの白鳥は、相手の耳に届く声量で己の手の内を明かした。
局への申請を通して持ち出せる銃弾の数には限りがあり、替えの弾倉などは用意していない。
彼我の能力差からいって長期戦は不利だ。そのように見越して初手に持ち得る全力を注いだのだが、あえなく全弾防がれた。
拳銃も弾丸がなければただの鉄塊。こうなってしまっては使い勝手の悪い鈍器だ。
◇◇◇
(白昼の、それも公共の場で、囚われているはずの烙印者と対決するなど、誰が予想できようか!)
僕――否、白鳥は胸中でそう叫ぶ。
かの悪名高きカラスと対決するなど、完全に想定の範囲外だ。少女一人を拘束するには十全だった備えも、過激な政治犯とやり合うのには心許ない。
(なんたる失態!)
管理局に属する私の辞書に、油断の二文字はない。
なぜなら、専門に取り締まる対象がいずれも奇妙奇天烈、摩訶不思議な術を使う化物共だからだ。
業務は危険を伴う激務であり、時として一瞬のミスが死に直結する。
相手が観念して投降するケースは稀で、大半は激しい抵抗に遭い血みどろの戦闘に持ち込まれる。
多くの同僚が殉職するところを目の当たりにした。
その度に、我が身を重ねて教訓としてきた。
戦場において慈悲は無用。
合理的判断に基づき、速やかに対象を処罰すること。それ即ち最大の自衛であり、生存への近道だと言い聞かせ行動してきた。
そんな私にして、油断など絶対に有り得ない。
心理戦の一環から敵を嘲りこそすれ、侮りはしない。
常に万全を期して、やや神経質がすぎるくらい慎重に任務に当たる。
(だが、この有様はどうだ)
側近の部下二人は早々に退場し、あとは見張り役の幾人か。
残る武器は警棒の他、スタンガンとスタングレネードだが、どれも有効とは思えなかった。
電流を流すためには、相手と肉薄しなけらばならないスタンガンは言わずもがな、スタングレネードは校庭のように遮蔽物のない場所で使用すれば、巻き添えを食う恐れがある。
世論を味方に付けて、圧倒的優位な立場にあるはずの管理局員。
(このぼ――白と……ええい、ややこしい――この私がッ!)
もはや打つ手なし。万事休すかと思われた。
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