Scene.11 誘いの空
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
学校の屋上は日差しが照らすも、強風が吹き付けるせいで、実際の気温より肌寒く感じられた。
比較的、危機管理意識の緩いひと昔前ならいざ知れず、昨今の校舎は安全上の観点から、閉鎖されているのが一般的だが、本校は余所とは違い普段から屋上を解放していた。
ただ、人気スポットかというとそうでもない。
まず転落防止の高いフェンスに周囲を遮られているので見晴らしが悪く、そのうえ碌に清掃もされていないので、所々に鳥の糞が落ちている。
さらに、隅には折れたモップや使わなくなった机などが、腐食した状態で放置されていて、その荒廃した様子は、青春ドラマなどに見る華やかな舞台とは程遠い。
このようなロケーションではバレーボールはおろか、昼食を摂ろうなどとは到底思えないだろう。
そんなわけで、昼休みだというのに俺とアリス以外、人っ子一人居ないのは当然と言えた。
「それって地毛か? 現実感ないというか、ちょっと珍しいカラーリングだよな」
青空の下でコントラストが映える、まるで雲のようなアリスの銀髪を指摘する。
他人の身体的特徴を話題に上げるのは無神経な気がするが、先に俺の身長云々を持ち出してきたのはアリスだ。少しくらいなら許されるだろう。
父方の遺伝により赤髪の俺としては、特に関心のある事柄だった。
昔はもっと鮮やかだったこの赤髪。
成長するにつれくすんでいき、第二次性徴を迎える頃には、今のやや茶色味がかった色に落ち着いたのだが、こういった変化事態は珍しいものではない。
毛髪は成長や健康状態により変化する。
その最たるものが加齢や遺伝子疾患。心因的ストレスといったものによるメラニン色素の欠乏が起因する白色化現象、いわゆる白髪であり銀髪だ。
周囲と異なる髪色で苦労した経験がある人間として、少なからずアリスに対してシンパシーを感じている。
「んー……地毛というか、正確には植毛?」
「しゅく……えっ? それって、どういう――」
「うんっ、いい感じに寂れてる絶好のロケーション! ふふっ、ここなら密談にもってこいだねっ!」
「――……」
(ああ、やっぱりだ。こいつから感じる違和感の正体。こいつは人懐っこい割りに、まったく笑顔を見せないんだ)
弾むような明るい声音に大袈裟な身振り。舞台役者に引けを取らない豊な言動に反して、硬質な無表情。
出会ってからこの方、アリスはずっと不自然な様相を晒している。
(変な奴。なんだか、子供番組の人形劇を見てるみたいだ)
「はてさて、昼休みに重きを置くあなただもん、ここからは"巻いて"進行しようかなっ」
昼食を理由にして、誘いを断ったことに対する皮肉だろうか。
遠回しに断りを入れた俺の心遣いを、それと分からず同伴を申し出たアリスだったが、案外すべてを承知のうえで惚けていたのかもしれない。
「ハァ、もう好きにしてくれ……」
結局、なし崩し的に同行する羽目になってしまった。
後悔から、なげやりな態度でアリスに話の先を促した。
「しかし、まあ、ことがことだから、急ぐからといっても、いい加減に済ます訳にはいかないよね。なので、ここは可及的速やかにっ」
アリスはそう言いながら、管理が行き届かず亀裂の入ったコンクリを、軽やかなステップで避けながら、屋上の端へと進んでいく。
「……」
「迅速にっ、拙速にっ、神速にっ」
「…………」
「でわでわっ、さっそくいきなりのっけから本題を――」
「あんたも、大概人が悪いな」
勿体ぶった物言いに、焦れた俺はうっかり素の顔を晒してしまう。
「あなたは、この世界を愛していますか?」
「…………は?」
屋上の端にあるフェンスの側まで辿り着いたアリスは、謎の問いを投げ掛けてきた。
そしてフェンス越しに、似通った建物で構成されている灰一色の街を一望しながら告げる。
「この世界はね、偽物なんですよ」
「偽物……?」
「そう。全ては偽り。総じてまやかし。虚偽、虚構、虚実、虚妄……なにひとつ、どれひとつとっても真実はなく、国も、街も、そこに住まう人々も、そして――」
アリスは体を反転させて、こちらに振り向く。
表情はもちろん、その語り口調も一転して硬質なものへと変わっていた。
「――あなた自身も」
(ちょっと待ってくれ)
「仕組まれた舞台の上で、演じている仮初の姿――」
(まさか、こいつ……)
「――他人の評価。世間の価値観に踊らされる哀れな道化師。つまりは偽者」
それらは現実味に欠く、戯曲のセリフめいた言い回しだった。
まるで、予め用意していた台本を読み上げるかのように、すらすらと並べ立てる様は、饒舌がゆえに空虚で反って胡散臭く感じられた。
「本物が欲しくはありませんか?」
(……なるほど。いわゆる電波系ってやつか。もしくは虚言壁の可能性も……)
「たしかに。何の脈絡なく、また恥ずかし気もなく語るあんたはホンモノだろうよ」
「あなたが信じる世界とは? あなたが生きる現実とは? あなたが妄信している世界の定義。その真偽を問う使命を課せられて、私は現れました」
アリスはそう言って、誘うように手を差し出してくる。
「どうして俺なんだ……」
ここ最近、立て続けに襲う不幸と面倒事に、苛立ちは募るばかり。
掌を強く握り締めると、巻いてある包帯が拳に食い込んだ。
手の甲にある痣の存在を思い出し、更に憂鬱な気分になる。
「知ってるか? 真の異常者は、自分の異常性に気づかないらしいぜ。なぜなら、世間では非常識な言動が、本人にとっては常識だから。規格外の物差しに正常なんて測れるはずがないんだ」
口調こそ軽いが、俺の言葉は辛辣だ。
こんな訳のわからない奴にやり込められては癪なので、敢えて棘のある反論をした。
「真剣な人間を嘲るなんて最低ですよ」
「そうか、そいつは一層性質が悪いね」
これ見よがしに肩を竦めてアリスを煽る。
アリスの能面のような顔からは、上手く感情を読み取れないが、多少でもやり返せたと思うことで、幾分気持ちが晴れ、俺の心にゆとりが生まれた。
だからというわけではないが、胸襟を開くとまでいかなくても、もう少しだけ相手をしてやろうという気になった。
有体に言えば、煙に巻くような物言いをする電波女を、からかってやりたくなったのだ。
(頭ごなしに否定するより、ある程度話に乗っかったうえで否定してやったほうが、きっぱりと退いてくれるかもしれないしな)
「世界を愛しているかだったか……特別好きもないぞ」
亀裂の入ったコンクリを踏み付けながら、屋上の端まで歩いてアリスの横に並び立つ。
「世界って、要は自分とそれを取り巻く環境だろ? 俺にナルシシズムの気はないからな」
そしてフェンスに指を掛けて街を一望すると、先の奇妙な質問に答えてやった。
「覚醒の刻は近い。あなたも薄々気が付いているはずです。世界の型にはまれない、自身の特異性に」
「覚醒って……俺は俺。今まで通り、何一つ変わらない――ああ、そのはずだ……」
包帯が巻きつけられた掌を、あの夜に貫かれた胸に置く。
その言葉は、自己に向けた暗示であり、世界に向けた願いだった。
「あなたが考えている以上に、あなたは特別な存在なのですよ?」
「そりゃあ特別だろうさ。誰にとっても自分という人間は」
観客からすれば舞台の端役だとしても、自分からすると間違いなく主役であり、代役の利かない唯一無二の存在だ。
「おかしいです。ここは戸惑いつつも懐柔されるところでは?」
アリスが思い描く展開など、一方的な押し売りでしかなく、俺に従う道理はない。
「知らないな。そんなご都合主義」
頑なな態度を取り続ける俺に対して「理解できない」とアリスは上体を大きくのけ反らせる。
(滑稽だ……)
ただでさえオーバーリアクションのアリスなのに、表情が伴わないものだから違和感が物凄い。
「話が平行線ですね」
「当然だ。寝言は寝て言うもの。夢見がちな電波女と話が噛み合うはずがない」
「佐藤が信じられませんか?」
「嘘吐きは、みんな正直者を自称する」
「では、正直者は?」
「正直者は――……」
「あなたも大概ですね。やれやれです」
今度はアリスが呆れるように肩を竦める。これ見よがしに。
「……俺だって、別に徹底した現実主義のつもりはないんだ」
いかな化学が発達している現代といえど、いまだ人類は森羅万象を網羅しているとは言い難く、人知を超えた領域が残されていて当然だ。
宇宙の彼方で繁栄する知的生命体。それを、夜空を見上げて夢想することしかできない人類に否定できようか。
地上にこれだけ人類が溢れているのだから、ひとりくらい特別な力を持つ、いわゆる超能力者が紛れているもしれない。
巷に溢れる真偽の怪しいオカルト話の中にさえ、ひとつくらい真実が混じっている可能性だってある。
「宇宙人。超能力。幽霊。存在しないものの証明……悪魔の証明はできない。そうだろ?」
「では、私と共に――」
屋上に一陣の風が吹く。向かい合う二人の間を通り抜けた。
その瞬間、俺が抱いていた嫌な予感は確信へと変わる。アリスという本物を目の当たりにして……。
言葉を失い、驚愕に目を剥いたのも一瞬のこと。
様々な感情が胸中を駆け巡るが、その中から選んだのは諦念からくる力のない微笑だった。
「けどな、俺の……いや、あんたの存在は別だ。到底受け入れられない」
再び吹き抜ける風により、アリスの前髪がなびく。
あらわになった額には、俺の左手の甲に浮かぶものとは比較にならないほど、鮮明な痣が侵食している。
幾何学模様のそれは、さながらクラドニ図形を思わせるものだ。
「なあ、その痣……烙印――いや、紫痕症なんだろ?」
得体の知れない美少女の正体は、世間から忌避される紫痕症発症者。
ただその一点だけで、この出会いを否定するのに十分な理由だった。
ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます




