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烙印者 -忘却の少年-  作者: 日月 幾人
Act.1 烙印者
11/21

Scene.10 誰でもない少女・後

拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです

 二人が相対する廊下に沈黙が降り、昼休みの喧噪が遠くで聞こえる。



 それを破ったのは、俺でも美少女でもなく、たまたま通りかかった女生徒らの談笑する声だった。


 女生徒らは、往来の真ん中で静止している俺たちを訝し気に一瞥(いちべつ)して『かわい~』などと女子特有の常套句(じょうとうく)を連発しながら通り過ぎて行く。


 そんな女生徒らを尻目に、視線を美少女へ戻す。


 意見の衝突を恐れ協調性を重んじるあまり、良くも悪くも当たり障りのない言葉でお茶を濁す者が多いなか、打てば響き、歯に衣着せぬ物言いで切り返してくる美少女との掛け合いは、新鮮で妙な面白さがあった。


 しかし、そのせいで中々会話を切り上げられずにいることが問題だ。


「まったく……一体全体なにを口走ってるんだ、俺は……」


「まったくだよ。一体全体なにを言ってるんだろうね、あなたは」


(大体、怪し過ぎるんだよ)


 見知らぬ女が親し気に話しかけてきた場合、その背後を押して知るべし。美人局(つつもたせ)の類だと疑うのも無理からぬこと。


 降ってきた出逢いに心躍らせ、自分に秘めたる魅力がある、などと勘違いをして得意になるなど愚の骨頂。


 被害に遭わないための一番の対処法は、会話に応じないことだ。

 

「もしかして、はぐらかしてるのかな?」


「いやー、どうだろうね。こっちは君の名前だって知らないわけだし」


 美少女の確信を突く問いに対して、俺ははぐらかすように明るく振る舞う。



「アリス」


「ん?」


「私の名前はアリス。どこにでもいて、誰でもない少女です」


「えっと……?」


(妙な言い回しだな)


 自己紹介の際に他者と差別化を図るため、これと定めている決まり文句だろうか。


(だとすると、結構な痛々しさがあるな……)


「私のキャッチコピーですっ!」


「それはすごいな!」


 アリスと名乗る美少女は、そう言って得意げに胸を張る。


「あなたも考えてもらうといいよっ」


「考えてもらう? いったい誰に?」


「私たちの後援者――おっと、ここから先は、まだ秘密っ! どうしてもっていうなら考えてもいいけど……知りたい? ねねっ、知りたい?」


「いや、別に」


「ぶー」


 まったくもって興味を引かれない話題に、俺も(・)適当にあしらうと、アリスはわざとらしく不満を口にした。


「それで、一応訊くけど苗字は?」


「佐藤 有栖 。あなたなら特別にアリスで構いませんよ」


「そうかい。それじゃあ佐藤サン」


「人が悪いよっ」


「呼び捨ては性に合わないんだ。以前それで失敗して――失敗? ……いや、どことなくぞんざいな気がしてね」


 部活動を通じて、先輩後輩にしごきしごかれてきた俺は、上下関係や呼び名について一家言持ちだ。


「また変なところで律儀だね……」


 心の距離を縮める狙いだろうか、ファーストネームで呼ばれることを望むアリスこと佐藤に対して、苗字呼びに徹することである種の予防線を張る。


「佐藤さんさ……あんたって、やっぱり――」


「しっ、待って。連中に嗅ぎ付けられちゃうかも」


 アリスは自らの口元に人差し指を当て、こちらに声量を落とすように注意してくる。


「連中?」


「ここは人目が多いね、場所を移さないと……ついてきてっ」


「あ、なんだかとても残念な感じ」


 身をかがめてしきりに辺りを警戒する様は、控えめに言って不審人物のそれで、俺は静かに距離を取った。


「否定や拒絶から何も始まらない。だから、この場はYESが正解の選択肢だよっ」


「そんなのケースバイケースだろ」


 持ちかけられた話の何もかもに乗っていたら、たちまち詐欺師の餌食。それこそいいカモだ。


「今更だけどさ、誰かと話をする気分じゃないんだ」


 そんな心の余裕は、俺にはない。


 だって現在、この身体には――。



「あれ? こんなところで何をしてるの?」


「――えっ?」


 聞き馴染みのある声が耳に届き、俺の心臓が高鳴る。


 俺たちの会話に割って入ってきたのは、件の銀髪とは対照的で、陽光を吸い込むような黒髪の少女、美咲。


 佐藤といる現場には、もっとも居合わせて欲しくない人物だ。


「み、美咲がどうしてここに?」


 大学生の彼女が高校にいる理由を尋ねる。


「あなたにお弁当作ってきたんだけど、うっかり今朝渡しそびれちゃって……学校の距離も近いし届けにきちゃった」


「あ、ああ……そうだったか……」


「なぁにその態度。私の手作り弁当だぞ? ここは泣いて喜ぶところでしょ」


「も、もちろん、嬉しいよ、うん!」


「うむ。よろしい。これを食べて勉学に励めよ、少年」


「ははぁ」


 冗談めかした口調から渡された弁当を、俺は片膝を着き謹(つつ)んで頂戴する。


「ところで……この辺では見ない子だね」


 美咲は、並び立つ俺たちを不思議そうに見比べる。


 とりわけ目を引く、美少女アリスに興味津々といったふうで訪ねてきた。


「い、いや、その子は……」


「私の名前はアリス。どこにでもいて――」



「あぁーーっ!」



「わっ!? な、なに、急にどうしたの?」


 意味深な態度を取り続け、怪しい人物である佐藤が、美咲に関わることを阻止しようとして、俺は大声を上げた。


「悪いな、美咲。ちょっと急用だ! ほら、ぼさっとしてないで行くぞ、アリスサン!」


「えっ、あ、ちょっと――」


 アリスの手を引くと、美咲を残してそそくさとこの場を立ち去る。


 ◇◇◇


 屋上へ続く階段を上る俺の足取りは重い。


「最悪だ……」


「うんうん。私と話していたいのはわかるけど、ちょっと強引だったよね。変に勘ぐられなければいいけど」


(こいつ、都合のいい解釈を……)


「そっちこそ変に勘ぐるな。あいつとは、その……そういう関係じゃない」


 後ろを歩くアリスから投げ掛けられた、中々に鋭い見解を溜息交じりで否定した。


「なにやら複雑な事情がおありで?」


「全然。あの子とは小さい頃から一緒で、昔から兄妹みたいな感じなんだ。親しいといえばそうだけど、男女の関係となると……距離感が難しいな……」


「へえー」


 自分で訊いておきながら、アリスは気のない返事をした。


 どうやら女子にして珍しく、色恋沙汰には関心が薄いようだ。


(愛の告白を疑っていた俺は、とんだ間抜けだな……)


「実際、世の幼馴染なんてそんなもんだろ? 成長し大人になるにつれて、次第に疎遠になっていくんだ」


 性別の垣根なく、無邪気に戯(たわむ)れていられたのは昔の話。


 やがて、それぞれが別々のコミュニティを形成する。


 道すがらすれ違っても、友人の手前そしらぬ顔。


 大人になったのは彼か彼女か。


 楽しい時間は思い出になり、やがて色褪(あ)せる。


「そうなの? かなり親しそうに見えたけど……」


「だもんで、実際に交際したのは三日だけ」


「ん!? んんん? 急展開だね。ちょっと意味がわからないぞ」


「言葉通りの意味さ。卒業を前に焦って告白して、でも奇跡的に念願が叶って、それから……実感も湧かないうちに、たぶん自然消滅した。俺が交通事故に遭(あ)ったのを発端に――って、初対面の奴に何を話してるんだ、俺は」


 手すりのない階段を一段、一段踏みしめる。


 去来する幼馴染と過ごした日々を、転げ落ちてしまわぬよう記憶の奥に押し込めた。



 室内と屋上を隔てる扉の前に辿り着くと、錆びて重たくなったドアノブを捻り開け放つ。

ご高覧いただき ありがとうございました 次回へ続きます




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