Scene.9 誰でもない少女・前
拙い文章ではありますが あなたの心に触れられたら 幸いです
(――綺麗だ)
校内の階段を上る途中で足を止め、その光景に息を呑む。
俺が瞬きも忘れて見上げる先には、謎の美少女が佇立していた。
(プラチナブロンドって言うんだったか)
真っ先に目を引くのは、そのボリューミーな髪だろう。
画一的な黒髪が占める邦人の中で、異彩を放つ銀髪であり、窓から差し込む陽光をベールのように纏う。
陶磁器を思わせる艶やかな乳白色の肌。深い目鼻立ちに深紅の瞳。
自然物に見られる歪みはなく、人工的とさえ見紛う完成された造形は、精巧なビスクドールを彷彿とさせ、彼女の存在自体が名工によるひとつの芸術作品のよう。
その美しさたるや、目利きのないイチ少年を、たちまち評論家気取りに変えてしまうほどだ。
心に決めた人がいる身ではあるが、不覚にも見惚れてしまっていた。
(留学生? 言葉は通じるのか?)
かく言う俺は、濃い目の顔の造りから西洋人に間違われ、言語に関して面倒な誤解を受けることがある。
こちらはバリバリの公用語しか話せないのに、観光客などから外国語で話しかけられて辟易することは少なくない。
元は移民だった親父が家にいた頃は、俺も日常会話くらいの外国語を話せていたらしいのだが、使う機会を失くしてはや幾年。語学力はとっくに衰え、今や片言すら喋れない。
期待に反して言葉が通じない俺を前にして、観光客は決まってなんとも言えないような表情を浮かべた。
ただ普通に言葉が通じないより、割り増しでがっかりされてしまうのだった。
「見つけたました。よかった、また逢えたねっ!」
開口一番。その美少女は挨拶や自己紹介などをすっ飛ばして、類稀な容姿に相応しい鈴を転がすような声で喜びを伝えてきた。
「え……――あっ!?」
そしてあろうことか、いきなり階上から飛び降りた。
(驚いた……嘘みたいに軽い)
落下の勢いを乗せて、急に抱き付いて来た美少女に面を食らう。
完全に不意を突かれたかたちで、息のかかる近距離まで密着されていた。煌めくまつ毛に飾られた、ガラス玉のような瞳に魅入られる。
「神の思し召し? 星の廻り合わせ? ううん、きっと運命だよっ!」
美少女は妙に明るい口調で、背中に回した腕にキュッと力を込める。
「離してくれないかな?」
事態を飲み込めずに困惑していた俺は、ここでようやく平静を取り戻した。
美少女の肩を掴むと自身から引き剝がす。
冷ややかな気持ちとは裏腹に、曇りのない愛想笑いを張り付けて。
それは高身長ゆえに、普通にしているだけで、相手に威圧感を与えてしまう恐れがある俺が、人付き合いを円滑にするため身に付けた処世術。
一時期スポーツ中継やらで、世のおば様方の間で席巻した好青年の笑顔。
男子には羨ましがられるが、大人気(?)アイドルグループに見る切れ目や薄い唇といった、塩顔を好む同年代の女子には受けが悪いソース顔だ。
俺は突飛な行動を取る美少女から、適切な距離を取るとつぶさに観察。
記憶を遡り、その特徴に一致する人物を、脳内で検索を掛けて割り出そうとする。
友人、クラスメイト、エトセトラ。
過去数ヶ月の間に会った人物たちの、どの顔にも該当しない。
これほど奇抜で見目麗しい子を忘れることは考えづらく、つまり初対面の可能性が非常に高い。
妙に親し気ではあるが、一方的な面識ではなかろうか。
「ご、ごめんなさいっ! 感極まって、つい取り乱ちゃった……」
「ハハッ、気にしないでいいよ」
(馴れ馴れしいな)
どちらがとは言わない。
俺は愛想笑いの下に自嘲の笑みを隠す。
「ちょっとだけいい? お話しよっ」
(……ああ、この感じ、ちょっと面倒かもな)
こちらが一歩引けば、向こうは二歩詰め寄ってくる。
美少女の前のめりな姿勢を煩わしく感じた俺は、断るのに丁度いい口実を閃いた。手に持っていたレジ袋を目の前に掲る。
「折角だけど、ごめん。これから昼食なんだ」
「だいじょぶっ、佐藤はながらでも全然問題ナッシングだよっ」
「あ、うん。佐藤……さん? そうか……」
遠回しに断ったつもりだったが、残念ながらこちらの気遣いは伝わっていないらしい。サムズアップを掲げて力強く昼食の同伴を提案されてしまう。
この強引さ。
このふてぶてしさ。
ごく短いやり取りでも、出会った人物が無神経な奴だと認識するには十分だった。
(初対面だから遠慮してやったら、これだ)
そもそも、俺はもう問題児として知れ渡っているのだから、無理していい顔をする必要なんかない。
惰性で余所行きの仮面を被り続けているが、今更悪評ひとつ増えたところでなんだというのだろう。
「まいったな、こう見えても、結構な人見知りでさ……食事という最も隙の生じる時間を、見知らぬ誰かと共有する気はないのさ」
俺は存在しない前髪を指先で払いながら、ニヒリスティックにキメる。
「あ、はい。そうですか。なんだかとっても残念な感じですね」
角が立たないように言葉を選びつつ、相手と距離を離そうとした結果、変に気取った言い回しになってしまい、そら寒い空気が流れた。
「…………」
適当にあしらわれてしまったのはさておき、ふと自分はなぜこんなにも警戒心を抱いているのだろうか、という疑問が浮かぶ。
(まだ確かなことは言えないが、妙な胸騒ぎがする)
美少女を前に胸を高鳴らせているという訳ではない。そう、断じて。
「生憎と一目惚れは信ない性質でね。俺だって、そこまで自惚れてはいないつもりだ」
先の失敗を取り繕うように、今度は言葉のトーンを落として、別の角度から切り込んだ。
女子が意味深な態度で異性を誘う理由として、真っ先に思い浮かぶ可能性。
意中の相手への愛の告白と推察した自惚れ屋は、自分にはその気がないのだと告げた。
「んん? ……ああ! 今の佐藤は女型でした」
美少女は自身の体を見下ろすと、胸部や腰を撫でさする。
制服の皺が伸びて、体の曲線が強調された。
おそらく狙ってやったのではないだろうが、異性の煽情的な仕草に健全な青少年はドキリとする。
「お、女形? ……歌舞伎か?」
「いえ……コホン、これは別に惚れた腫れたの話じゃないよ?」
「そ、そうか、たまにあるケースだから、てっきり……」
実際、俺は過去に何度か交際を申し込まれた経験があったのだが、その相手というのは、いずれも女性であり女子ではない。
不本意ながら、友人から年上キラーと揶揄されていたのも頷ける。
(そういう気がない身としては、迷惑なだけだけどな)
俺が欲しい人はただひとり。それ以外の好意など物の数にも入らない。
「そっか!」
美少女は得心したとばかりに大袈裟に掌を打ち鳴らした。
それから爪先立ちで背伸びをすると、今度は頭上にかざした掌を俺との間で行き来させる。
「あなた、女子に人気ありそうだもんねっ」
「いや。女子というか、まあ……」
高身長こそが俺がモテる所以だとでも言いたいのだろうか。
身体的特徴に限定しているあたり、失礼な気がしないでもない。
確かに、男の高身長はセックスアピール足り得る。
昔は三高という三つの好条件に即した男が、特に好まれていたという話を耳にしたことがあった。
(高身長は、そのうちの一つだったはずだ)
恵まれた体躯はいわば男らしさの象徴であり、時代とともに好まれる容姿は移ろうが、一貫して高身長が通用するあたり、本能に訴えるものなのだろう。
――人類が誕生しておよそ30万年。
長い人類史から見れば、文明らしい文明を築き始めたのは精々数千年程前の最近である。
長らく大きな獲物を狩り、異民族を排除する屈強な雄こそが、雌を射止め子孫を残すに値してきた。
現代においても知的で穏やかな男性より、不良と言われるヤンキーやいわゆるオラオラ系といった攻撃的な輩がモテるのは、狩猟民族だった太古の名残。
強い遺伝子を求める雌の本能に裏付けされた根強い傾向なのだろう――などと、俺は頭の中で飛躍した推論を展開する。
さて、すると男性の高身長を女性に置き換えてみると、該当するのは如何なるものだろうか。
(男らしさとは反対の女らしさを象徴するもの…………豊満な××か)
「――……」
俺の目線は、一生懸命背比べをしている美少女の顔からとある一点へ。
まるで引力に吸い寄せられるように視線が注がれる。
(なるほどな)
もちろん、趣味嗜好は人それぞれであり、高身長と豊満な××は必ずしも等価値にあらず、異性を選ぶポイントとして、それらが絶対条件ではない。
だがしかし、パートナー選びの傾向として、自身にないものに惹かれ求めるのもまた事実。
(……ん、一概にそうとも言い切れないか?)
想い人の姿、幼馴染である少女の慎ましいそれを思い浮かべる。
(なにバカなことを考えて――!)
一転して羞恥が差し、心の中で自責すると邪念を払うかのように頭を振った。
「でも、ご安心あれ。私にそういう気はまったくないので」
(なんの話……ああ、惚れた云々の件か……この際だ。すべて上げ連ねてしまえ)
「そうか。でも御他聞に漏れず、うちは無宗教だぞ」
「新興宗教の勧誘でもないけど」
「そもそも、芸術なんかわからないし、壷とか絵は――」
「学生の財力に、期待なんかしてないよ」
「普通の男の子でいたいもんで。そういうのは、ちょっとな……」
「うん? ――ああ! 芸能スカウトかな? うふふっ、この自惚れ屋さんめっ」
初対面の人間に言い寄られる理由を思いつく限り羅列してみたが、どれもかすりもしない。
最後に残ったのは、最初に思いつき、けれど外れていて欲しい一心から後回しにしたもの。
それは最悪の可能性であり、口に出してしまうのも躊躇われた。
「……」
「…………」
そこで問答は途絶え、両者見つめ合ったまま膠着する。
俺は次の問いを、美少女は次の答えを黙考しているのだろう。
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