表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/34

第二十六話 「赤い目の鳥」

赤い目の鳥は、王都南区へ向かって飛んでいた。


低い屋根から屋根へ。


煙突の影を抜け、洗濯物の上をかすめ、細い路地へ消えては、また姿を現す。


普通の鳥ではない。


羽ばたきは不自然なほど一定で、風に流されることもない。


魔道具だ。


レインは通りを歩きながら、視界の端で鳥の位置を追った。


「速い?」


隣を歩くシエルが、小さな声で聞いた。


「いや、追える速さに落としてる」


「わざと?」


「たぶん。俺たちを撒く気なら、もっと高く飛べるはずだ」


視界にログが浮かぶ。



監視用魔道具


行動:


報告帰還中


追跡難度:



注意:


不自然な追跡行動は検知されます



「こっちが追ってると悟られたらまずいな」


「どうする?」


「普通に歩く」


「普通、難しい」


シエルは真剣な顔で言った。


さっき焼き菓子を食べていた時はかなり自然だったのに、意識した途端に動きが硬くなる。


レインは少しだけ笑った。


「じゃあ、買い物の続きってことにしよう」


「買い物?」


「リナの薬の素材を探してる途中だ。南区にも素材屋があるかもしれない」


「本当に探すの?」


「探す。嘘じゃない方が動きやすい」


ログが小さく点滅する。



行動方針:


自然な目的を持って追跡


推奨



レインは通りの看板を見ながら歩いた。


南区は中央通りより雑多だった。


露店。


古物屋。


小さな薬草店。


使い古された武具を並べる店。


貧しい者も多いが、そのぶん掘り出し物もありそうだ。


無価値の指輪が、時折かすかに熱を持つ。


だが、今は寄り道している場合ではない。


鳥はさらに奥へ進んでいく。


シエルがレインの袖を掴んだ。


「レイン」


「どうした?」


「鳥、少し止まる」


「え?」


その直後。


赤い目の鳥が、屋根の上でぴたりと止まった。


レインは息を呑む。


シエルの目が、ほんのわずかに淡く光っていた。


ログが浮かぶ。



【星読】微弱発動


予測時間:


3秒先


成功


発現率:


73% → 75%



「今の、見えたのか?」


シエルは少し驚いたように瞬きをした。


「……たぶん。止まるって、分かった」


「疲れは?」


「少しだけ」


レインはすぐにシエルの顔色を見る。


青ざめてはいない。


呼吸も乱れていない。


まだ大丈夫そうだ。


「無理はするな」


「うん。でも、役に立った?」


「ああ。かなり」


そう答えると、シエルの表情がほんの少しだけ柔らかくなった。



シエル


感情:


安心

誇らしい



本当に分かりやすい。


だが今は、そのログに構っている余裕はなかった。


鳥が止まった先。


そこは、グレイス奴隷商会の裏手だった。


正面入口ではない。


建物の裏にある、荷運び用の小さな通用口。


鳥はそこへ向かって降りていく。


「やっぱり商会か」


レインが呟いた時だった。


ログが新しく表示される。



注意。


報告先は商会本体ではありません。


魔力信号が地下へ転送されています。



「地下?」


シエルが見上げる。


「商会の下?」


「たぶん」


グレイス奴隷商会そのものが黒なのか。


それとも、商会の地下を別の誰かが使っているのか。


まだ分からない。


だが、監視鳥の報告が地下へ送られているのは確かだった。


レインは裏通りの屋台の前で足を止めた。


魚の干物を売る店だ。


匂いが強い。


鳥型魔道具の魔力反応を追うには邪魔かもしれないが、逆にこちらが立ち止まる理由にはなる。


「買うの?」


シエルが干物を見ている。


「いや、今は見てるだけ」


「魚、硬そう」


「保存食だからな」


屋台の店主が笑った。


「兄ちゃん、見る目あるな。そいつは北海干しだ。煮るとうまいぞ」


「いくらですか?」


「三枚で銅貨五枚」


レインは少し考え、買った。


シエルが不思議そうに見る。


「買うんだ」


「普通の客らしくな」


「あと、エレナが料理できる」


「それもある」


シエルはこくりと頷いた。


「エレナ、喜ぶかも」


その間に、赤い鳥は通用口の上の小さな穴から中へ消えていた。


ログが続く。



監視用魔道具


報告完了まで:


推定 120秒


逆探知可能時間:



推奨行動:


魔力信号の受信先を特定


方法:


無価値の指輪で魔力残滓を価値判定



「無価値の指輪で?」


レインは右手を見る。


黒い指輪は静かに光っている。


魔力残滓。


つまり、鳥が飛んだ跡に残る魔力の痕跡を読むということか。


難しそうだ。


だが、やるしかない。


レインは干物の包みを持ったまま、通用口に近づきすぎない位置へ移動する。


路地の壁。


古い石畳。


鳥が通ったであろう空間を見上げる。


右手の指輪が熱を持った。



【無価値の指輪】発動。


対象:


微弱魔力残滓


表面価値:


なし


隠し価値:


信号経路追跡可能



見えた。


空中に、細い黒い糸のようなものが浮かんでいる。


普通なら見えない魔力の残り香。


それが建物の壁を抜け、地下へ伸びていた。


レインは息を詰める。


「シエル、見えるか?」


シエルは首を振った。


「何も」


「なら俺だけか」


黒い糸は、商会の地下へ向かっている。


だが途中で枝分かれしていた。


一本は地下。


もう一本は、商会の外へ。


細い路地の奥。


古い排水口へ向かっている。


ログが表示される。



信号経路:

1.グレイス奴隷商会地下

2.南区旧排水路


推奨:


2を調査


理由:


商会本体への直接侵入は危険



「排水路か」


「入るの?」


シエルの声に不安が混じる。


「今日は入らない」


レインは即答した。


シエルが少し安心した顔になる。


「準備なしで地下に入るのは危険だ。まずギルドに相談する」


「グラント?」


「ああ」


その時だった。


通用口が、内側から少しだけ開いた。


レインは反射的に干物屋の方へ視線を戻す。


シエルも何事もなかったように、干物の包みを見ている。


通用口から出てきたのは、細身の男だった。


灰色の外套。


目立たない服装。


だが、歩き方が妙に静かだ。


商会員には見えない。


レインの視界にログが浮かぶ。



対象:不明


所属候補:


邪神教


信頼度:12%


役割:


監視係/連絡員


所持品:


監視魔道具の記録石


危険度:




「邪神教……?」


名前だけで面倒そうだった。


男は周囲を確認し、何気ない様子で路地へ出る。


そして、レインたちとは反対方向へ歩き出した。


追うべきか。


ログがすぐに表示される。



選択肢:


【追跡する】


成功率:42%

危険度:中


【追跡せずギルドへ報告】


成功率:安定

情報価値:中


【シエルの星読を使用して進路予測】


成功率:上昇

シエル負担:中


推奨:


追跡せずギルドへ報告



レインは小さく息を吐いた。


欲を出すな、ということだ。


今の自分たちは戦闘向きではない。


シエルも能力が発現しかけているだけで、無理をさせるべきではない。


「追わない」


「いいの?」


「ああ。顔と経路は見た。十分だ」


「うん」


シエルは少しほっとしたようだった。


その反応を見て、レインは自分の判断が間違っていないと思えた。


無理をして情報を得るより、無事に帰る方が大事だ。


「ギルドに行く」


「干物は?」


「持っていく」


「うん。エレナに渡す」


シエルはなぜか少しだけ干物を大事そうに見ていた。



ギルドへ向かう途中、レインは何度か背後を確認した。


監視鳥はもういない。


だが、見られていないと考えるのは危険だ。


ログにも、不審反応は出ていないが、完全に安全とは出ていなかった。


ギルドに着くと、入口付近の冒険者たちがこちらを見る。


少し前までとは視線が違う。


侮りではない。


興味。


警戒。


期待。


そして、一部には尊敬に近いものまで混じっている。


聖剣浄化。


ハズレ森の情報。


呪われた倉庫。


元パーティとのやり取り。


短期間で目立ちすぎた。


レインは少しだけ肩をすくめる。


「目立ちたくないんだけどな」


シエルが首を傾げる。


「でも、すごいから見られる」


「それは褒めてるのか?」


「褒めてる」


「ならいいか」


受付にいたエマが、レインを見つけて手を振った。


「レイン君。今日はどうしたの?」


「グラントさんに相談があります」


エマの表情が少し引き締まる。


「緊急?」


「中くらいです」


「中くらい……」


エマは苦笑した。


「レイン君の中くらい、たぶん普通の人には結構大きいよね」


否定できなかった。


エマはすぐに奥へ確認に向かった。


しばらくして戻ってくる。


「ギルドマスターが会うって。奥の部屋へどうぞ」



奥の会議室には、グラントとボルドがいた。


ボルドは古い資料を広げていたが、レインを見るとすぐに顔を上げた。


「また何か見つけた顔だな」


「そんな顔してます?」


「している」


グラントは腕を組む。


「今度は何だ」


レインは椅子に座り、干物の包みを机の端に置いた。


グラントが眉をひそめる。


「それは?」


「干物です」


「なぜ持ってきた」


「追跡中に買いました」


「……最初から説明しろ」


レインは、監視用魔道具のことを話した。


赤い目の鳥。


レイン、シエル、リナを監視対象にしていたこと。


そのうち一羽を追ったこと。


グレイス奴隷商会の裏手に入ったこと。


信号が地下と旧排水路へ分かれていたこと。


灰色外套の男。


そして、ログで見えた“邪神教”という名。


もちろん、世界ログの存在は伏せた。


その代わり、“勘”と“指輪の反応”で押し通した。


ボルドの表情が、一瞬で変わった。


「邪神教だと?」


グラントも眉を寄せる。


「知っているのか」


「知っているも何も、王国の危険指定組織だ」


ボルドは声を低くした。


「邪神を崇める連中だ。禁制品、呪物、違法奴隷、黒魔術。金になるもの、儀式に使えるものなら何でも扱う」


「実在するんですか」


レインが聞くと、ボルドは頷いた。


「存在は認知されている。ただし、連中は小さな集団に分かれて動く。末端を捕まえても、本体には届きにくい」


グラントが腕を組む。


「目的は?」


「分派によって違うとされている。金目当ての者もいれば、禁じられた儀式に狂った者もいる」


ボルドはそこで一度言葉を切った。


「どちらにせよ、関わっていい相手ではない」


レインは黙った。


邪神を崇める危険組織。


その名前が、監視鳥の先に出た。


聖剣の呪い。


黒血の魔石。


違法な奴隷商会の地下。


嫌なものが、少しずつ線で繋がっていく。


ただし、その線の先がどこまで続いているのかは、まだ見えない。


グラントが低く言う。


「グレイス奴隷商会との関係は?」


「分かりません」


レインは答えた。


「商会全体が関わっているのか、一部職員が通路を貸しているのか、あるいは地下を勝手に使われているのか」


「だろうな」


グラントは地図を広げた。


王都南区の古い排水路。


現在はほとんど使われていないが、一部は地下水路と繋がっているらしい。


「すぐに兵を入れると、相手に逃げられる可能性がある」


ボルドが言う。


「監視網があるなら、こちらの動きも見られているだろうな」


レインは考える。


相手はこちらを見ている。


だが、こちらも相手の一部を見た。


ここで大きく動けば、相手は逃げる。


なら。


「逆に、こっちが気づいていないふりをした方がいいと思います」


グラントが目を細める。


「続けろ」


「俺たちは引き続き、リナの治療薬を探しているだけの行動を見せます。その裏で、ギルドが旧排水路の周辺を調べる」


「囮になる気か」


「囮というほど危険なことはしません。見られている情報を選ぶだけです」


ボルドが少し笑った。


「監視されていることを利用するわけか」


「はい」


ログが表示される。



提案評価:


良好


成功率:


63% → 71%


条件:


ギルド側の慎重な調査



グラントはしばらく考えた。


やがて、短く頷く。


「分かった。こちらで密かに調査を入れる。お前は通常通り動け。ただし、単独行動は禁止だ」


「分かりました」


「シエルもだ」


シエルがこくりと頷く。


「うん」


グラントはさらに言う。


「リナという子どもについても、こちらで保護対象として記録しておく。無理に連れ出される危険があるなら、ギルドの保護名簿に入れた方がいい」


レインは少し驚いた。


「そんなことできるんですか?」


「できる。完全な拘束力はないが、少なくとも奴隷商会が勝手に手を出しにくくなる」


「お願いします」


これはかなりありがたい。


リナは自由民だ。


だからこそ、守る仕組みが必要だった。


ボルドが興味深そうに言う。


「その子の魔力病も気になるな。あとで見せてもらえるか?」


「治療目的なら」


「もちろんだ。研究目的だけではない」


少し怪しい。


だが、ボルドは危険人物ではない。


たぶん。


会議が終わろうとした時、扉が軽く叩かれた。


エマが顔を出す。


「ギルドマスター、すみません。《黎明の剣》の件で報告が……」


グラントの眉が動く。


「またか」


レインも嫌な予感がした。


エマは少し困った顔で続ける。


「リリカさんとガルドさんが、装備修理のため今日の依頼を辞退したいと申し出ています」


「妥当だな」


グラントは頷く。


「それで?」


エマは言いにくそうに視線を揺らした。


「クラウスさんが、二人抜きでも依頼を受けると言っています」


レインは無言で天井を見た。


シエルが小さく言う。


「うるさい人、また?」


「まただな」


グラントの声が低くなる。


「依頼内容は」


「南区の荷運び護衛です。ただ、旧排水路近くを通る予定があります」


部屋の空気が変わった。


レインの視界に赤いログが浮かぶ。



警告。


クラウスの受注予定依頼と、邪神教の活動圏が重複。


失敗率:


74%


介入推奨:


ギルドマスター経由



「……最悪の場所を選ぶなよ」


レインは思わず呟いた。


グラントが立ち上がる。


「その依頼は止める」


エマが小さく頷く。


「はい」


だが、その直後。


廊下の向こうからクラウスの怒鳴り声が響いた。


「俺は受けると言ってるだろ! B級冒険者を舐めるな!」


レインは深く息を吐いた。


今日もまた、静かな一日にはならなさそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ