第二十七話 「護衛依頼を止めろ」
「俺は受けると言ってるだろ! B級冒険者を舐めるな!」
廊下の向こうから、クラウスの怒鳴り声が響いた。
シエルは小さく眉を寄せ、耳を押さえる。
「……声、痛い」
「あれでもB級冒険者だからな。声量だけなら納得だ」
レインはそう返したが、表情は笑っていなかった。
グラントは椅子から立ち上がり、重い足取りで扉へ向かう。
その背中から、明らかに怒気が出ていた。
エマが少し青ざめる。
「ギ、ギルドマスター……」
「止めると言った」
短い一言。
それだけで、部屋の空気が硬くなった。
レインも立ち上がる。
「俺も行きます」
グラントが振り返った。
「お前が出ると、余計に騒ぐぞ」
「それは否定できません。でも、あの依頼はかなり危険です」
レインは視界のログを見る。
---
クラウスの受注予定依頼:
南区荷運び護衛
危険要素:
旧排水路付近を通過
邪神教活動圏と重複
護衛人数不足
前衛偏重
後衛防衛不在
複数襲撃への対応不可
リーダー判断不安定
失敗率:
74%
---
「俺の勘だと、失敗率はかなり高いです」
「どれくらいだ」
「七割以上」
グラントの目が細くなる。
「……十分だ。来い。ただし、挑発はするな」
「しません」
シエルがレインの袖を引いた。
「レイン、今ちょっと怒ってる」
「……分かるか?」
「分かる」
シエルは真面目な顔で言った。
「怒ってる時は、言葉が刺さる」
レインは少しだけ言葉に詰まった。
「気をつける」
「うん」
シエルは短く頷き、レインの隣に並んだ。
◇
ギルドの受付前は、すでに騒ぎになっていた。
クラウスが受付カウンターの前に立ち、依頼書を握りしめている。
周囲の冒険者たちは、面白半分と呆れ半分で距離を取っていた。
リリカとガルドの姿はない。
ミリアだけが少し離れた場所に立ち、不安そうにクラウスを見ている。
「ですから、今日は人員が足りていません!」
エマが困った顔で言う。
「依頼内容は荷運び護衛ですが、南区の旧排水路近くを通る予定があります。最近、あの辺りは不審な報告が増えているので――」
「荷運びだろうが!」
クラウスは依頼書を振った。
「魔物討伐でもダンジョン探索でもない! 俺一人でも十分だ!」
「ですが、護衛依頼は荷物と依頼主の安全が最優先です。リーダー一人で受けるものでは――」
「俺はB級だぞ!」
クラウスの声が響く。
「そこらの雑魚冒険者と一緒にするな!」
その瞬間、ギルド内の空気が少し冷えた。
何人かの冒険者が眉をひそめる。
「雑魚って誰のことだよ」
「また始まったぞ」
「最近の《黎明の剣》、大丈夫か?」
囁き声が広がる。
クラウスはそれを聞いて、さらに苛立ったように顔を歪めた。
そこへ、グラントが現れた。
「クラウス」
低い声。
それだけで、ざわめきが静まった。
クラウスも一瞬だけ肩を震わせる。
しかし、すぐに強気な顔を作った。
「ギルドマスター。ちょうどよかった。この依頼、俺が受ける」
「却下だ」
即答だった。
クラウスの目が見開かれる。
「は?」
「今日はリリカとガルドが装備修理で外れている。現状の《黎明の剣》は、護衛依頼を受ける状態ではない」
「ふざけるな!」
クラウスは依頼書を握り潰しそうな勢いで叫ぶ。
「俺を誰だと思ってる! B級冒険者クラウスだぞ!」
「だから止めている」
グラントの声は冷たい。
「B級なら、自分の状態と仲間の状態を見て判断しろ」
「荷運び程度で何を大げさな!」
「荷運び程度と言ったな」
グラントの目が鋭くなる。
「護衛依頼で一番危険なのは、依頼を軽く見ることだ」
クラウスは歯を食いしばる。
「俺は今まで何度も護衛依頼を成功させてきた」
「パーティでな」
「俺の力があったからだ!」
「お前だけの力ではない」
その一言に、クラウスの顔が真っ赤になった。
「またそれか……」
クラウスの視線が、グラントの後ろにいたレインへ向く。
「またお前か!」
レインは何もしていない。
本当に、まだ何も言っていない。
だが、クラウスの中では、もう全部レインのせいらしい。
「お前が何か吹き込んだんだろ!」
「まだ何も言ってない」
「嘘をつけ! お前がギルドマスターに何か言ったから、この依頼を止められてるんだ!」
レインは視界のログを見る。
---
クラウス
状態:
怒り
被害妄想
焦燥
発言成功率:
18%
---
発言成功率は低い。
だが、放置すると暴走する可能性がある。
レインは小さく息を吐いた。
「クラウス」
「何だ」
「今日の依頼を受けるなら、最低限確認しておけ」
「お前に指図される覚えはない!」
「リリカはいない。ガルドもいない。ミリアだけでは、護衛の役割が足りない。ポーションはまともなのが一本。お前の防具は左肩の留め具が緩んでる」
レインはそこで一度、南区の地図を思い出す。
旧排水路。
監視用魔道具。
邪神教。
そして、荷運びの経路。
「それに、旧排水路付近は最近不審な動きがある。荷主を守る護衛としては危険すぎる」
一気に言った。
ギルド内が静まる。
クラウスは一瞬だけ動揺した。
だが、すぐに怒鳴る。
「そんなの、お前の妄想だ!」
その時、ミリアが小さく口を開いた。
「……クラウス。私も、今日は反対」
クラウスが振り返る。
「ミリア?」
ミリアは胸元で杖を握っていた。
顔色は悪くない。
魔力が尽きているわけではない。
それでも、その表情は真剣だった。
「回復魔法は使える。でも、二人だけで護衛依頼は無理だと思う」
「お前まで俺を信用できないのか」
「信用の問題じゃない」
ミリアは首を振った。
「今まで私たちは、クラウスが前に出て、ガルドが横を押さえて、リリカが魔法で牽制して、私は後ろで負傷者を立て直してた」
その言葉に、クラウスの表情が強張る。
「でも今日は、ガルドもリリカもいない。クラウスが前に出たら、荷主のそばに残る人がいない」
「俺が全員倒せばいいだろ!」
クラウスは苛立ったように言った。
「盗賊だろうが魔物だろうが、出てきた奴を全部斬れば終わりだ!」
ミリアは苦しそうに眉を寄せた。
「それは討伐依頼の考え方だよ」
「何が違う」
「護衛依頼は、敵を倒すことが目的じゃない。荷主と荷物を無事に目的地まで運ぶことが目的」
ギルド内が静かになる。
ミリアは言葉を選びながら続けた。
「もし前から敵が来て、クラウスがそれを倒しに行った時、後ろから別の敵が来たらどうするの?」
「すぐ戻ればいい」
「その一瞬で、荷主が刺されたら?」
クラウスの口が止まった。
「荷車の車輪を壊されたら? 荷物に火をつけられたら? 私が狙われたら?」
ミリアの声は震えていた。
けれど、言っていることは冷静だった。
「私は傷を治すことはできる。でも、敵の足止めも、荷車の防衛も、退路の確保も一人ではできない」
何人かの冒険者が小さく頷いた。
護衛依頼を経験した者ほど、ミリアの言葉の重さが分かるのだろう。
「回復役がいるから大丈夫、じゃない」
ミリアは続ける。
「回復役だけでは、敵を止められない。荷車を動かすことも、荷主を隠すこともできない。だから、役割が必要なの」
クラウスは歯を食いしばった。
「……お前も、レインの味方をするつもりか?」
「違う」
ミリアは苦しそうに首を振った。
「レインの味方をしてるんじゃない。今の私たちには、役割が足りないって言ってるの」
ギルド内がざわついた。
クラウスの顔から、血の気が引く。
リリカ。
ガルド。
ミリア。
一人ずつ、自分の言葉から離れていく。
その現実を、突きつけられているようだった。
ログが表示される。
---
《黎明の剣》
パーティ安定率:
31% → 24%
内部信頼崩壊度:
61% → 68%
ざまぁ進行度:
68% → 72%
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レインはその数字を見た。
以前なら、少しは胸がすいたかもしれない。
自分を役立たずと決めつけたクラウスが、今度は周囲に疑われている。
それは確かに、気分が悪いものではなかった。
けれど、素直に喜ぶには重すぎた。
この依頼が失敗すれば、傷つくのはクラウスだけではない。
荷主がいる。
荷物がある。
ミリアも巻き込まれる。
《黎明の剣》の仲間たちも、完全に無関係ではいられない。
レインは復讐のためにここへ来たわけではなかった。
危ないから、止めに来た。
ただ、それだけだ。
シエルがレインを見上げる。
「苦い顔してる」
「……そうか?」
「うん」
短い言葉だった。
でも、それで十分だった。
レインは軽く息を吐き、クラウスへ視線を戻した。
クラウスは依頼書を受付カウンターに叩きつける。
「俺は受ける。お前らが何と言おうと受ける!」
グラントの声がさらに低くなる。
「クラウス。ギルドの承認なしに依頼を持ち出せば、規約違反だ」
「なら、別の商人から直接受ける!」
「それも問題だ。ギルド管理下の護衛依頼を勝手に横取りすれば、依頼妨害と見なされる」
「俺を脅すのか?」
「警告している」
グラントは静かに言った。
「お前は今、B級冒険者として危険な状態にある」
クラウスは笑った。
乾いた、余裕のない笑いだった。
「危険? 俺が?」
「ああ」
「危険なのは、俺じゃなくて周りが俺を邪魔することだ」
その言葉に、何人かの冒険者が顔をしかめた。
ミリアも目を伏せる。
レインはクラウスを見る。
今のクラウスは、強い。
剣の腕はある。
B級冒険者として戦闘力も高い。
だが、自分が見たいものしか見ていない。
それが今、一番危険だった。
レインの視界にログが浮かぶ。
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クラウス
現在の危険因子:
自己評価過大
周囲不信
焦燥による判断力低下
レインへの敵意
リーダー適性:
低下中
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「クラウス」
レインは静かに言った。
「今のお前は、荷主を守るより、自分の評価を取り戻すことを優先してる」
「黙れ」
「護衛依頼に向いてない」
クラウスの拳が震えた。
今度こそ殴りかかるかと思った。
だが、グラントが一歩前に出る。
「そこまでだ」
クラウスは動けなかった。
グラントはエマへ視線を向ける。
「その依頼は一時保留。別の護衛班を手配する」
「はい」
エマはすぐに依頼書を回収した。
クラウスの手から、依頼が完全に離れる。
その瞬間、クラウスの表情が変わった。
怒りというより、屈辱だった。
「……俺から依頼を奪うのか」
グラントは答えた。
「違う。依頼を守っている」
「同じだ!」
クラウスは叫んだ。
「俺はB級だぞ! 俺が受ければ成功する! なのに、たかが元雑用係の言葉で――」
「レインの言葉だけではない」
グラントは冷たく遮った。
「お前の仲間の状態。装備の状態。最近の失敗。今回の経路。すべてを見て判断している」
「……」
「それでも不服なら、後日正式に抗議しろ。今ここで喚いても、評価は上がらん」
周囲の冒険者たちが静まり返る。
クラウスは唇を噛み、依頼書のあったカウンターを睨みつけた。
何も言えない。
言えば言うほど、自分の立場が悪くなると分かっている。
それでも、怒りを飲み込めない。
そんな顔だった。
やがてクラウスは、低い声で言った。
「……俺は、絶対に認めない」
レインは何も言わなかった。
クラウスはミリアを見ることもなく、踵を返す。
ミリアが声をかけようとした。
「クラウス――」
「ついてくるな」
ミリアの声が止まる。
クラウスは振り返らず、ギルドを出ていった。
扉が乱暴に閉まる。
ギルド内に重い沈黙が残った。
ミリアは、その扉をしばらく見つめていた。
ログが浮かぶ。
---
ミリア
状態:
不安
悲しみ
決意未満
クラウスへの信頼:
低下
レインへの評価:
現実を見ている
---
レインはそのログを見て、少しだけ息を吐いた。
「レイン」
ミリアがこちらを見た。
「……ごめん」
「何が?」
「また、迷惑をかけた」
レインは少し考える。
謝罪としては軽い。
でも、今のミリアに言える精一杯なのかもしれない。
「俺に謝るより、自分の判断を大事にした方がいい」
「……え?」
「今の反対は、正しかったと思う」
ミリアは目を丸くした。
「護衛依頼で二人は危険だ。回復役だからこそ、見えてるものもあるんだろ」
ミリアは一瞬、泣きそうな顔をした。
それから、小さく頷いた。
「……うん」
前は、こんなふうに話せなかった。
ミリアも、自分も。
グラントが周囲へ声を張った。
「騒ぎは終わりだ。各自、依頼に戻れ」
冒険者たちは少しずつ散っていく。
だが、あちこちで囁き声が残っていた。
「クラウス、かなり危ないな」
「B級でも、あれじゃ依頼任せづらいぞ」
「レインの方が冷静だったな」
「支援屋って噂、本当かもな」
レインの耳にも届く。
居心地が悪い。
だが、以前のような嘲笑ではない。
評価が変わっている。
確実に。
ログが表示された。
---
周囲評価更新。
レイン
旧評価:
元雑用係
謎の鑑定士
新評価候補:
探索支援に詳しい冒険者
冷静な判断役
支援屋
---
「支援屋……」
悪くはない。
雑用係よりは、ずっといい。
だが、その言葉を受け入れるには、まだ少しだけ照れくさかった。
その時、エマがレインへ近づいてきた。
「レイン君」
「はい」
「ギルドマスターから伝言。例の護衛依頼、別班を組むけど……経路の危険確認に協力してほしいって」
「俺が?」
「うん。直接護衛に出るわけじゃなくて、地図を見て危険箇所を洗い出すだけ」
グラントを見ると、彼は当然のような顔をしていた。
「お前の勘は当たる」
「また勘ですか」
「便利だからな」
ボルドも笑う。
「旧排水路絡みなら、こちらとしても情報が欲しい。危険箇所を避けるだけでも価値がある」
レインは少し考えた。
リナの薬。
監視魔道具。
邪神教。
クラウス。
やることは多い。
だが、旧排水路の情報を得られるなら、協力する価値はある。
ログが浮かぶ。
---
依頼補助:
南区荷運び護衛 経路確認
難易度:低
報酬:
銀貨15枚
旧排水路周辺情報
ギルド評価上昇
推奨受注
---
「分かりました。地図確認だけなら」
「助かる」
グラントは短く言った。
シエルが地図のある会議室の方を見た。
その横顔は、少し緊張している。
けれど、逃げたい顔ではなかった。
「私も見る。少し先なら、分かるかもしれない」
レインはすぐには頷かなかった。
星読は確かに役に立つ。
だが、まだ発現しかけの力だ。
無理に使わせれば、また体調を崩すかもしれない。
「短い時間だけだ。目が痛くなったら、すぐやめる」
「うん。無理はしない」
シエルは静かに頷いた。
だが、その目には「役に立ちたい」という気持ちがはっきり出ていた。
---
シエル
感情:
緊張
やる気
期待
【星読】発現率:
75% → 76%
---
◇
地図は会議室に広げられた。
南区の主要路。
荷運び経路。
旧排水路の入口。
グレイス奴隷商会の位置。
そして、監視鳥が入った通用口。
全部を並べると、嫌なほど近かった。
「この道は避けた方がいいです」
レインは地図上の細い道を指した。
「なぜだ」
グラントが聞く。
「旧排水路の入口に近すぎる。あと、逃げ道が少ない」
ログが表示される。
---
経路A
危険度:
高
理由:
旧排水路入口付近
路地幅が狭い
荷車の旋回困難
待ち伏せ適性あり
---
「こっちの大通りを使うべきです。少し遠回りでも、荷車を囲める広さがある」
---
経路B
危険度:
低〜中
理由:
人通りあり
退避場所あり
ギルド詰所に近い
---
グラントが頷く。
「妥当だ」
ボルドが感心したように言う。
「お前、地図読みもできるのか」
「雑用係だったので」
レインはそう答える。
以前なら自虐になっていた言葉。
今は、少しだけ違う響きがあった。
シエルが地図をじっと見ている。
表情が少しだけ硬くなった。
「……ここ、嫌な感じがする」
小さな指が、経路Bの途中を指した。
「荷車が止まる。人が集まる。そこを、誰かが見てる」
シエルの目が淡く光る。
ログが浮かんだ。
---
【星読】微弱発動
予測:
荷車の一時停止
原因:
石畳の破損
危険度:
中
対応:
事前に石畳を確認
荷車速度を落とす
---
レインはすぐに地図へ印をつけた。
「この地点、石畳が悪い可能性があります。事前確認をお願いします」
グラントの目がシエルへ向く。
「今のは?」
シエルの肩が小さく揺れた。
レインは即座に答える。
「シエルは勘がいいんです。路地の配置を見て、荷車が止まりやすい場所だと思ったんでしょう」
嘘ではない。
かなり苦しいが、完全な嘘ではない。
グラントは少しだけ目を細めた。
だが、深く追及はしなかった。
「そうか。確認させる」
シエルがほっとしたようにレインの袖を掴む。
ログが浮かぶ。
---
シエル
信頼度:65 → 66
---
ボルドは意味ありげにレインを見る。
たぶん、完全には信じていない。
だが、今は黙ってくれた。
地図確認は一時間ほどで終わった。
結果として、護衛依頼の経路は変更され、別班が担当することになった。
クラウスが受けようとしていた危険な経路は回避された。
レインの視界にログが表示される。
---
依頼補助達成。
南区荷運び護衛 経路確認
達成評価:B+
報酬:
銀貨15枚
旧排水路周辺情報
ギルド評価上昇
---
さらに、もう一つ。
---
クラウスの無謀な依頼受注を阻止。
《黎明の剣》
パーティ安定率:
24% → 21%
内部信頼崩壊度:
68% → 72%
ざまぁ進行度:
72% → 75%
---
また数字は進んだ。
だが、レインはそれを声には出さなかった。
シエルも何も聞かない。
ただ、クラウスが去っていった扉の方を少しだけ見て、ぽつりと言った。
「レインの方が、ちゃんと見てた」
「勝ち負けじゃない」
「うん。でも、ちゃんと見てた」
その言葉は短かったが、レインには不思議と重く聞こえた。
勝った。
負けた。
そういう話ではない。
でも、少なくとも今日は、レインの見ていたものが誰かを守った。
それだけは確かだった。
その時、エマが会議室へ戻ってきた。
「レイン君、追加で伝言です」
「まだあります?」
「はい。《銀鈴亭》から使いの人が来ています。リナちゃんの熱が少し下がったそうです」
レインは顔を上げた。
「本当ですか?」
「うん。エレナさんが、薬を持って戻ったらすぐ飲ませたいって」
その知らせに、少しだけ肩の力が抜けた。
今日一番、素直に嬉しい報告だった。
シエルの表情も、ほんの少し明るくなる。
「リナ、よかった」
「ああ」
レインは素材屋で作った簡易魔力安定薬を確認する。
瓶の中で、淡い青色の液体が静かに揺れていた。
「戻ろう」
「うん」
会議室を出ようとした時、グラントが声をかけた。
「レイン」
「はい」
「今日の判断は良かった。クラウスを直接潰すのではなく、依頼を守った」
レインは少し困ったように笑う。
「潰したいわけじゃないので」
「それでいい」
グラントは静かに言った。
「冒険者に必要なのは、敵を倒す力だけではない。依頼を失敗させない力も必要だ」
その言葉に、レインは少しだけ胸が熱くなった。
昔は誰にも見られなかった仕事。
今は、少しずつ認められている。
それが照れくさくて、レインは視線を逸らした。
「……ありがとうございます」
グラントは頷いた。
「行け。子どもの薬が先だ」
「はい」
レインはシエルとともにギルドを出た。
外は夕方に近づいていた。
王都の空は赤く染まり始めている。
赤い目の鳥は、今は見えない。
だが、邪神教の影は確かに近くにある。
それでも今は。
リナの薬を届ける。
その小さな目的が、何より大事だった。
レインは瓶を握りしめ、《銀鈴亭》へ向かって歩き出した。




