第二十四話 「元パーティの穴」
「少し、話があるの」
通りの向こうに立っていたリリカは、いつものような強気な顔をしていなかった。
《黎明の剣》の魔導士。
かつてレインを「雑用係」と呼び、クラウスと一緒になって見下していた一人。
その彼女が、今は人目を気にするようにフードを被り、どこか追い詰められた顔をしている。
レインは隣にいるシエルをちらりと見た。
シエルは焼き菓子を両手で持ったまま、リリカを警戒している。
⸻
シエル
感情:
警戒
不快
レインを守りたい
⸻
「……」
見えなくても分かるくらい、シエルはリリカに対して距離を置いていた。
当然だ。
レインを傷つけた側の人間なのだから。
レインはリリカへ視線を戻す。
「話って、クラウスのことか?」
リリカは少しだけ唇を噛んだ。
「……それもある」
「なら、ギルドで話した方がいい。ここは人目が多い」
「ギルドだと、クラウスに見つかるかもしれない」
「俺と話してる時点で、見つかったら同じだろ」
「そうだけど……」
リリカは視線を落とした。
その姿を見て、レインは少しだけ違和感を覚えた。
以前のリリカなら、こんなふうに弱った顔は見せなかった。
嫌味を言い、胸を張り、自分が正しいと疑わなかった。
それが今は違う。
ログが浮かぶ。
⸻
リリカ
状態:
焦燥
睡眠不足
精神疲労
レインへの評価:
疑念
焦り
助けを求めたい
⸻
助けを求めたい。
やはり、かなり追い詰められている。
レインは小さく息を吐いた。
「分かった。近くの茶店で少しだけ聞く」
シエルが袖を引いた。
「レイン」
その声は小さい。
だが、不安が滲んでいた。
レインはシエルにだけ聞こえる声で言う。
「大丈夫。話を聞くだけだ」
「……私も行く」
「ああ」
シエルは少しだけ安心したように頷いた。
◇
三人は通りから少し外れた、小さな茶店に入った。
奥の席。
窓からは通りが見えるが、会話は外に漏れにくい場所。
レインは座る前に周囲を確認する。
⸻
周辺監視:
弱
監視用魔道具:
店外に一羽
会話取得可能性:
低
⸻
完全に安全ではない。
だが、この程度なら話せる。
レインは席に座る。
シエルは当然のようにレインの隣。
リリカは向かい側に座った。
注文を済ませると、短い沈黙が落ちる。
先に口を開いたのはリリカだった。
「最近、《黎明の剣》がうまく回ってない」
「知ってる」
レインは即答した。
リリカが顔を上げる。
「……そうよね。見れば分かるわよね」
「ハズレ森の失敗も聞いた。ギルドでクラウスが騒いでたしな」
リリカは苦い顔をした。
「それだけじゃないの」
「他にも?」
「採取依頼も失敗した。護衛依頼でも馬車の積み荷管理を間違えた。野営では雨で焚き火が消えて、ガルドの剣が錆びた。私の杖も……最近、魔力の通りが悪い」
レインは少しだけ眉を動かした。
「杖、先端の導線を締め直してないのか?」
リリカが固まった。
「……導線?」
「三日に一度は締め直さないと、魔力の流れがぶれる。特にお前の杖は火属性の魔石を増幅に使ってるから、振動で緩みやすい」
「……何で知ってるの?」
「俺がやってたから」
リリカは言葉を失った。
レインは続ける。
「ガルドの剣は湿気に弱い。野営前に油を薄く塗って、寝る前に布を巻いてた。クラウスの予備ポーションは、一袋にまとめるとすぐ使いすぎるから、俺が三つに分けて管理してた」
リリカの顔色が変わっていく。
「ちょっと待って」
「何?」
「それ……全部、あなたがやってたの?」
「雑用係だったからな」
レインは淡々と言った。
「荷物持ち、野営準備、武器の手入れ、消耗品管理、素材整理、地図確認。だいたい俺の仕事だった」
「でも……」
リリカは混乱したように呟く。
「そんなの、誰でもできるってクラウスが……」
「できるだろうな。ちゃんと見て、考えて、続ければ」
レインは茶を一口飲む。
「でも、誰でもできる仕事を、誰もやらなかったら崩れる」
その言葉に、リリカは黙った。
シエルは隣で、じっとレインを見ていた。
その瞳には、少しだけ誇らしさが混じっている。
ログが浮かぶ。
⸻
シエル
感情:
誇らしい
少し怒っている
⸻
少し怒っている。
たぶん、リリカたちに対してだろう。
リリカは両手を握りしめた。
「私たち……あなたがいなくても、普通にできると思ってた」
「そうだろうな」
「クラウスは、あなたは戦闘で役に立たないって言ってた」
「事実だ。俺は前衛じゃない」
「でも……」
リリカは言葉に詰まる。
「戦闘以外で、支えてた」
レインは答えなかった。
自分でそう言うのは、少し違う気がした。
だがログは容赦なく表示された。
⸻
《黎明の剣》
レイン離脱による総合成功率低下を再計算。
レインの実質貢献度:
6% → 38%
主な貢献項目:
物資管理
装備整備
野営判断
採取品質管理
消耗品配分
進路危険予測
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「……三十八」
レインは思わず呟いた。
リリカが顔を上げる。
「何?」
「いや、何でもない」
三十八パーセント。
高すぎる。
自分でも驚いた。
もちろん、クラウスたちが戦っていたのは事実だ。
実際の戦闘力なら、レインは足元にも及ばない。
だが、パーティ全体の成功率という意味では、レインの役割は思っていた以上に大きかったらしい。
リリカは小さく震える声で言った。
「私の杖……直せる?」
レインはリリカを見る。
「今ここで?」
「……できるなら」
レインは少し考える。
断ってもいい。
彼女たちにされたことを思えば、親切にする義理はない。
だが、これは良い機会でもある。
リリカに、自分たちが何を見落としていたのか分からせるには。
「見せてみろ」
リリカは慌てて杖を取り出した。
赤い魔石が嵌め込まれた魔導杖。
見た目は立派だが、レインにはすぐ分かった。
魔石周りの固定具が緩んでいる。
さらに、持ち手の下部に小さなヒビ。
ログが浮かぶ。
⸻
火晶杖
状態:
魔力導線ゆるみ
持ち手内部に微細亀裂
暴発率:17%
応急整備後:
暴発率:3%
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「よくこの状態で使ってたな」
「そんなに悪いの?」
「魔力の流れがぶれてる。下手すると火球が横に逸れる」
リリカの顔が青くなった。
「……昨日、逸れた」
「だろうな」
レインは道具袋から細い金具と布を取り出す。
【万能作業者】の補正が働く。
締める位置。
力加減。
応急処置の順番。
全部、自然に分かった。
カチ。
カチリ。
杖の魔石がわずかに安定した光を放つ。
⸻
応急整備完了。
火晶杖
暴発率:
17% → 3%
⸻
「これでしばらくは持つ」
リリカは杖を受け取り、魔力を通した。
赤い光が、さっきよりも滑らかに流れる。
彼女の目が見開かれた。
「……軽い」
「完全修理じゃない。ちゃんと職人に見せろ」
「うん……」
リリカは杖を抱えるようにして、下を向いた。
「こんなことまで、してくれてたんだ」
「仕事だったからな」
「私……一度もお礼言ってない」
レインは黙った。
シエルが少しだけ眉を寄せる。
リリカは震える声で続けた。
「ごめん」
その言葉は小さかった。
けれど、確かに聞こえた。
レインはすぐには答えなかった。
謝られて、すぐ許せるほど軽い話ではない。
三年分の積み重ねだ。
「謝る相手は俺だけじゃないだろ」
「……え?」
「今のパーティにも言え。お前たちは、自分たちの仕事を見直した方がいい」
リリカは唇を噛む。
「クラウスは聞かないと思う」
「だろうな」
「でも……言う」
その瞬間、ログが浮かんだ。
⸻
リリカ
レインへの評価:
疑念/焦り
↓
後悔/認識改め
《黎明の剣》
内部信頼崩壊度:
42% → 48%
ざまぁ進行度:
53% → 58%
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「また伸びた……」
「何が?」
シエルが聞く。
「いや、こっちの話」
リリカは席を立った。
「時間を取らせてごめん」
「次からはギルドを通してくれ。俺も暇じゃない」
「分かってる」
リリカは少しだけ迷ったあと、もう一度頭を下げた。
「杖、ありがとう」
レインは短く頷く。
「無理に使うなよ。応急処置だから」
「うん」
リリカは店を出ていった。
その背中は、以前より少し小さく見えた。
シエルがぽつりと言う。
「レイン、優しい」
「そうか?」
「うん。でも、ちょっと怒ってた」
「……まあな」
怒っていないわけではない。
けれど、怒りだけで動くほど暇でもない。
レインは窓の外を見る。
監視用魔道具の鳥が、屋根の上からこちらを見ていた。
その時、ログが赤く光る。
⸻
警告。
別対象が接近中。
対象:
クラウス
状態:
怒り
嫉妬
誤解
推定発言:
「俺の仲間に何を吹き込んだ」
発言成功率:
24%
⸻
「……」
レインは無言で茶を置いた。
シエルが首を傾げる。
「どうしたの?」
「次の面倒が来る」
数秒後。
茶店の扉が乱暴に開いた。
「レイン!」
クラウスの怒鳴り声が、店内に響く。
レインは小さくため息を吐いた。
「予想通りすぎるだろ」




