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第二十四話 「元パーティの穴」

「少し、話があるの」


通りの向こうに立っていたリリカは、いつものような強気な顔をしていなかった。


《黎明の剣》の魔導士。


かつてレインを「雑用係」と呼び、クラウスと一緒になって見下していた一人。


その彼女が、今は人目を気にするようにフードを被り、どこか追い詰められた顔をしている。


レインは隣にいるシエルをちらりと見た。


シエルは焼き菓子を両手で持ったまま、リリカを警戒している。



シエル


感情:


警戒

不快

レインを守りたい



「……」


見えなくても分かるくらい、シエルはリリカに対して距離を置いていた。


当然だ。


レインを傷つけた側の人間なのだから。


レインはリリカへ視線を戻す。


「話って、クラウスのことか?」


リリカは少しだけ唇を噛んだ。


「……それもある」


「なら、ギルドで話した方がいい。ここは人目が多い」


「ギルドだと、クラウスに見つかるかもしれない」


「俺と話してる時点で、見つかったら同じだろ」


「そうだけど……」


リリカは視線を落とした。


その姿を見て、レインは少しだけ違和感を覚えた。


以前のリリカなら、こんなふうに弱った顔は見せなかった。


嫌味を言い、胸を張り、自分が正しいと疑わなかった。


それが今は違う。


ログが浮かぶ。



リリカ


状態:


焦燥

睡眠不足

精神疲労


レインへの評価:


疑念

焦り

助けを求めたい



助けを求めたい。


やはり、かなり追い詰められている。


レインは小さく息を吐いた。


「分かった。近くの茶店で少しだけ聞く」


シエルが袖を引いた。


「レイン」


その声は小さい。


だが、不安が滲んでいた。


レインはシエルにだけ聞こえる声で言う。


「大丈夫。話を聞くだけだ」


「……私も行く」


「ああ」


シエルは少しだけ安心したように頷いた。



三人は通りから少し外れた、小さな茶店に入った。


奥の席。


窓からは通りが見えるが、会話は外に漏れにくい場所。


レインは座る前に周囲を確認する。



周辺監視:



監視用魔道具:


店外に一羽


会話取得可能性:




完全に安全ではない。


だが、この程度なら話せる。


レインは席に座る。


シエルは当然のようにレインの隣。


リリカは向かい側に座った。


注文を済ませると、短い沈黙が落ちる。


先に口を開いたのはリリカだった。


「最近、《黎明の剣》がうまく回ってない」


「知ってる」


レインは即答した。


リリカが顔を上げる。


「……そうよね。見れば分かるわよね」


「ハズレ森の失敗も聞いた。ギルドでクラウスが騒いでたしな」


リリカは苦い顔をした。


「それだけじゃないの」


「他にも?」


「採取依頼も失敗した。護衛依頼でも馬車の積み荷管理を間違えた。野営では雨で焚き火が消えて、ガルドの剣が錆びた。私の杖も……最近、魔力の通りが悪い」


レインは少しだけ眉を動かした。


「杖、先端の導線を締め直してないのか?」


リリカが固まった。


「……導線?」


「三日に一度は締め直さないと、魔力の流れがぶれる。特にお前の杖は火属性の魔石を増幅に使ってるから、振動で緩みやすい」


「……何で知ってるの?」


「俺がやってたから」


リリカは言葉を失った。


レインは続ける。


「ガルドの剣は湿気に弱い。野営前に油を薄く塗って、寝る前に布を巻いてた。クラウスの予備ポーションは、一袋にまとめるとすぐ使いすぎるから、俺が三つに分けて管理してた」


リリカの顔色が変わっていく。


「ちょっと待って」


「何?」


「それ……全部、あなたがやってたの?」


「雑用係だったからな」


レインは淡々と言った。


「荷物持ち、野営準備、武器の手入れ、消耗品管理、素材整理、地図確認。だいたい俺の仕事だった」


「でも……」


リリカは混乱したように呟く。


「そんなの、誰でもできるってクラウスが……」


「できるだろうな。ちゃんと見て、考えて、続ければ」


レインは茶を一口飲む。


「でも、誰でもできる仕事を、誰もやらなかったら崩れる」


その言葉に、リリカは黙った。


シエルは隣で、じっとレインを見ていた。


その瞳には、少しだけ誇らしさが混じっている。


ログが浮かぶ。



シエル


感情:


誇らしい

少し怒っている



少し怒っている。


たぶん、リリカたちに対してだろう。


リリカは両手を握りしめた。


「私たち……あなたがいなくても、普通にできると思ってた」


「そうだろうな」


「クラウスは、あなたは戦闘で役に立たないって言ってた」


「事実だ。俺は前衛じゃない」


「でも……」


リリカは言葉に詰まる。


「戦闘以外で、支えてた」


レインは答えなかった。


自分でそう言うのは、少し違う気がした。


だがログは容赦なく表示された。



《黎明の剣》


レイン離脱による総合成功率低下を再計算。


レインの実質貢献度:


6% → 38%


主な貢献項目:


物資管理

装備整備

野営判断

採取品質管理

消耗品配分

進路危険予測



「……三十八」


レインは思わず呟いた。


リリカが顔を上げる。


「何?」


「いや、何でもない」


三十八パーセント。


高すぎる。


自分でも驚いた。


もちろん、クラウスたちが戦っていたのは事実だ。


実際の戦闘力なら、レインは足元にも及ばない。


だが、パーティ全体の成功率という意味では、レインの役割は思っていた以上に大きかったらしい。


リリカは小さく震える声で言った。


「私の杖……直せる?」


レインはリリカを見る。


「今ここで?」


「……できるなら」


レインは少し考える。


断ってもいい。


彼女たちにされたことを思えば、親切にする義理はない。


だが、これは良い機会でもある。


リリカに、自分たちが何を見落としていたのか分からせるには。


「見せてみろ」


リリカは慌てて杖を取り出した。


赤い魔石が嵌め込まれた魔導杖。


見た目は立派だが、レインにはすぐ分かった。


魔石周りの固定具が緩んでいる。


さらに、持ち手の下部に小さなヒビ。


ログが浮かぶ。



火晶杖


状態:


魔力導線ゆるみ

持ち手内部に微細亀裂

暴発率:17%


応急整備後:


暴発率:3%



「よくこの状態で使ってたな」


「そんなに悪いの?」


「魔力の流れがぶれてる。下手すると火球が横に逸れる」


リリカの顔が青くなった。


「……昨日、逸れた」


「だろうな」


レインは道具袋から細い金具と布を取り出す。


【万能作業者】の補正が働く。


締める位置。


力加減。


応急処置の順番。


全部、自然に分かった。


カチ。


カチリ。


杖の魔石がわずかに安定した光を放つ。



応急整備完了。


火晶杖


暴発率:


17% → 3%



「これでしばらくは持つ」


リリカは杖を受け取り、魔力を通した。


赤い光が、さっきよりも滑らかに流れる。


彼女の目が見開かれた。


「……軽い」


「完全修理じゃない。ちゃんと職人に見せろ」


「うん……」


リリカは杖を抱えるようにして、下を向いた。


「こんなことまで、してくれてたんだ」


「仕事だったからな」


「私……一度もお礼言ってない」


レインは黙った。


シエルが少しだけ眉を寄せる。


リリカは震える声で続けた。


「ごめん」


その言葉は小さかった。


けれど、確かに聞こえた。


レインはすぐには答えなかった。


謝られて、すぐ許せるほど軽い話ではない。


三年分の積み重ねだ。


「謝る相手は俺だけじゃないだろ」


「……え?」


「今のパーティにも言え。お前たちは、自分たちの仕事を見直した方がいい」


リリカは唇を噛む。


「クラウスは聞かないと思う」


「だろうな」


「でも……言う」


その瞬間、ログが浮かんだ。



リリカ


レインへの評価:


疑念/焦り



後悔/認識改め


《黎明の剣》


内部信頼崩壊度:


42% → 48%


ざまぁ進行度:


53% → 58%



「また伸びた……」


「何が?」


シエルが聞く。


「いや、こっちの話」


リリカは席を立った。


「時間を取らせてごめん」


「次からはギルドを通してくれ。俺も暇じゃない」


「分かってる」


リリカは少しだけ迷ったあと、もう一度頭を下げた。


「杖、ありがとう」


レインは短く頷く。


「無理に使うなよ。応急処置だから」


「うん」


リリカは店を出ていった。


その背中は、以前より少し小さく見えた。


シエルがぽつりと言う。


「レイン、優しい」


「そうか?」


「うん。でも、ちょっと怒ってた」


「……まあな」


怒っていないわけではない。


けれど、怒りだけで動くほど暇でもない。


レインは窓の外を見る。


監視用魔道具の鳥が、屋根の上からこちらを見ていた。


その時、ログが赤く光る。



警告。


別対象が接近中。


対象:


クラウス


状態:


怒り

嫉妬

誤解


推定発言:


「俺の仲間に何を吹き込んだ」


発言成功率:


24%



「……」


レインは無言で茶を置いた。


シエルが首を傾げる。


「どうしたの?」


「次の面倒が来る」


数秒後。


茶店の扉が乱暴に開いた。


「レイン!」


クラウスの怒鳴り声が、店内に響く。


レインは小さくため息を吐いた。


「予想通りすぎるだろ」

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