第二十三話 「監視網を逆利用せよ」
翌朝。
レインは、窓の外を確認するところから一日を始めた。
《銀鈴亭》の二階奥。
表通りから見えにくい部屋。
昨夜、赤い目の鳥型魔道具が三羽、屋根の上や路地に潜んでいた。
今はどうか。
カーテンの隙間から外を見る。
朝の光が石畳に差し込み、通りには少しずつ人が増え始めている。
荷車を引く商人。
パンを抱えた少年。
水桶を運ぶ宿の使用人。
その中に、鳥型魔道具の姿は――。
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周辺警戒中……
監視用魔道具:2
位置:
向かい屋根
路地奥の煙突
監視強度:継続中
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「……まだいるな」
レインは小さく呟いた。
昨夜より一羽減っている。
だが、監視は続いている。
壊すのは簡単ではない。
いや、物理的に壊すだけならできるかもしれない。
石でも投げれば落とせる可能性はある。
だが、それでは相手にこちらが気づいていると知らせるだけだ。
ログは昨夜、こう表示した。
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新規クエスト候補:
『監視網を逆利用せよ』
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逆利用。
つまり、見られていることを利用しろということだ。
レインは右手の黒い指輪を見る。
無価値の指輪は、朝の光の中でも鈍く黒く光っていた。
「使い方次第、か」
扉が小さく叩かれた。
「レイン」
シエルの声。
「起きてる」
「入っていい?」
「ああ」
扉が開き、シエルが顔を出した。
昨日より少しだけ表情が柔らかい。
首にはもう、奴隷の首輪がない。
それだけで、昨日までとは印象が違って見えた。
「リナ、まだ寝てる」
「熱は?」
「少し下がってると思う」
レインは隣室へ向かう。
ベッドではリナが眠っていた。
エレナは椅子に座ったまま、リナの手を握っている。
眠っているのかと思ったが、レインが入るとすぐに顔を上げた。
「おはようございます」
「寝ました?」
「少しだけ……」
どう見ても少ししか寝ていない顔だった。
ログを見る。
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エレナ
状態:睡眠不足
疲労:中
精神緊張:やや高
推奨:
追加休息
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「今日はもう少し休んでください」
「ですが、働くとお約束しました」
「最初の仕事は、倒れないことです」
エレナは言葉に詰まった。
シエルがこくりと頷く。
「倒れると、レインが困る」
「……はい」
エレナはようやく小さく頷いた。
レインはリナを見る。
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リナ
状態:睡眠
熱:低下傾向
魔力暴走リスク:低
死亡率:15% → 12%
必要処置:
魔力安定剤
栄養補給
安静
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順調だ。
少なくとも昨日よりはかなり良い。
ただ、まだ安心できる状態ではない。
「今日は薬師か素材屋に行きます。リナの薬に必要な素材を探す」
「私も行きます」
エレナが立ち上がろうとする。
レインは即座に止めた。
「今日は俺とシエルで行きます」
「でも……」
「リナのそばにいてください。それが一番大事です」
エレナはリナを見た。
しばらく迷い、それから静かに頷く。
「……お願いします」
「任せてください」
そう言いながらも、レインは内心で少し緊張していた。
薬の素材探し。
監視者。
グレイス奴隷商会。
やることが多い。
だが、全部を同時に解決しようとすると失敗する。
まずは優先順位だ。
ログが浮かぶ。
⸻
本日の推奨行動:
1.リナ用素材の調達
2.監視者への偽情報誘導
3.ギルドマスターへの相談
4.シエルの装備確認
⸻
「偽情報誘導……」
シエルが首を傾げる。
「偽?」
「ああ。見られてるなら、見せるものを選べばいい」
「どういうこと?」
レインは窓の外を見る。
赤い目の鳥は、まだこちらを見ている。
「監視してる奴に、“俺たちはただ薬を買いに行くだけ”と思わせる」
「本当は?」
「薬を買いに行く」
「じゃあ嘘じゃない」
「でも、どの店に行くか、何を探すか、誰に相談するかは選べる」
シエルは少し考えたあと、こくりと頷いた。
「見られてる前提で、動く?」
「そういうこと」
その瞬間、ログが小さく点滅した。
⸻
クエスト開始。
『監視網を逆利用せよ』
第一段階:
監視者へ無害行動を提示してください。
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「無害行動ね」
レインは少しだけ笑った。
「じゃあ、普通の買い物客らしく行くか」
◇
朝食後。
レインとシエルは《銀鈴亭》を出た。
シエルは昨日買った外套を羽織り、フードを深く被っている。
首輪がなくなったことで少し雰囲気は変わったが、まだ人目を避ける癖は残っていた。
宿の外へ出た瞬間、ログが浮かぶ。
⸻
監視用魔道具が反応。
追跡開始。
⸻
「来たな」
「見てる?」
「ああ。普通に歩こう」
「普通……」
シエルは少しぎこちなく歩き出した。
緊張しているせいで、逆に不自然だ。
「シエル」
「何?」
「普通っていうのは、そんなに真面目な顔で歩くことじゃない」
「難しい」
「屋台でも見ながら歩けばいい」
「屋台」
シエルの視線が、通りの端へ向く。
焼き菓子の屋台。
甘い匂いが漂っている。
シエルの歩幅が少しだけ遅くなった。
ログが浮かぶ。
⸻
シエル
興味:
焼き菓子
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「食べるか?」
「いいの?」
「普通の買い物客らしくするんだろ」
「……食べる」
レインは屋台で小さな焼き菓子を二つ買った。
一つをシエルへ渡す。
シエルは両手で受け取り、慎重にかじった。
目が少しだけ丸くなる。
「甘い」
「そりゃ焼き菓子だからな」
「温かい」
「焼きたてだからな」
「すごい」
「感想が素直だな」
シエルは小さく頬を緩めた。
その瞬間、レインの視界にログが浮かぶ。
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監視者の警戒度:
中 → 低
行動評価:
一般的な外出
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「よし」
「何が?」
「焼き菓子の効果が出た」
「焼き菓子、強い」
「昨日から食べ物への評価が高いな」
シエルは焼き菓子を大事そうに食べながら、こくりと頷いた。
◇
最初に向かったのは、中央通りの素材屋だった。
高級店ではない。
冒険者向けの一般的な素材屋。
薬草、魔石粉、魔物素材、簡易薬などが並んでいる。
レインは店内へ入ると、まず普通の客として棚を見て回った。
監視用魔道具は外にいる。
だが、窓越しにこちらを見ているのが分かる。
ログが小さく表示された。
⸻
監視継続中。
店内会話の一部取得可能性あり。
発言注意。
⸻
盗み聞きもできるのか。
厄介だ。
レインは店主に声をかける。
「魔力安定剤はありますか?」
店主は太った中年の男だった。
「あるにはあるが、高いぞ。小瓶で金貨二枚だ」
「高いですね」
「魔力病か?」
「知人が少し」
「なら専門薬師に見せた方がいい。素人判断は危ない」
もっともな意見だ。
だが、金貨十枚以上は今後の負担が大きい。
レインは棚を見る。
ログが出る。
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魔力安定剤
品質:標準
価格:金貨2枚
相場評価:適正
代替素材検索中……
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視界の端に、三つの素材が光る。
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静魔草
価格:銀貨12枚
清水晶粉
価格:銀貨9枚
薄月草
価格:銀貨4枚
代替調合成功率:
42%
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低い。
月光花を少量使えば上がるはずだ。
レインは月光花のことを口にしないよう注意しながら、店主に聞いた。
「魔力安定剤を作る素材だけ買うことはできますか?」
店主は眉を上げた。
「作れるのか?」
「知り合いに少し調合できる人がいるので」
嘘だ。
だが、ログがあれば最低限の手順は分かるかもしれない。
店主は肩をすくめる。
「失敗しても知らんぞ」
「自己責任で」
レインは静魔草、清水晶粉、薄月草を購入した。
合計銀貨二十五枚。
安くはない。
だが金貨二枚よりはずっと良い。
その時、ログが表示される。
⸻
リナ用簡易安定薬
必要素材:
静魔草
清水晶粉
薄月草
月光花の花弁微量
調合補助者推奨:
薬師
または調合適性者
周辺候補検索中……
⸻
視界の奥に、一つの矢印が浮かんだ。
店の外ではない。
店内の奥。
埃を被った小さな調合台の近く。
そこに、若い店員がいた。
眼鏡をかけた地味な青年。
棚の整理をしているが、手際がいい。
ログが浮かぶ。
⸻
対象:ノル
職業:素材屋見習い
隠し適性:
調合 B+
薬草知識 A-
現在評価:
低
理由:
口下手
接客不向き
雇用価値:
中
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まただ。
誰にも目立たない人材。
しかし、隠れた価値がある。
レインは少し考えた。
今すぐ雇う必要はない。
だが、調合の補助は欲しい。
「店主」
「何だ?」
「調合台を少し借りられますか? それと、あの人に手順を見てもらいたい」
レインはノルを指した。
店主が意外そうな顔をする。
「あいつか? 接客は下手だぞ」
「調合を見てほしいだけです」
「ああ、それならまあ……銀貨三枚で台を貸してやる。ノル、手伝ってやれ」
ノルと呼ばれた青年がびくっとする。
「ぼ、僕ですか?」
「そうだ。客の調合を見てやれ」
「は、はい」
ノルは慌てて近づいてきた。
眼鏡の奥の目は落ち着きがない。
だが、薬草を扱う手だけは妙に安定していた。
「よろしくお願いします」
レインが言うと、ノルは深く頭を下げた。
「こ、こちらこそ」
ログが浮かぶ。
⸻
調合補助者を確保。
成功率:
42% → 64%
月光花微量使用時:
64% → 82%
⸻
いける。
レインは店の窓を見る。
監視用魔道具はまだ外にいる。
ここで月光花を大きく出すのは危険だ。
だが、微量なら隠せる。
「シエル」
「うん」
「外を少し見ていてくれ」
シエルはすぐに察したように頷いた。
「分かった」
シエルが窓際へ移動し、外を眺めるふりをする。
レインは鞄の中で月光花の花弁の端をほんの少しだけ削った。
ログが反応する。
⸻
月光花使用量:
微量
残存影響:
ほぼなし
⸻
よし。
レインはそれを調合素材に混ぜる。
ノルが目を丸くした。
「今、何か……」
「安定補助の素材です。細かいことは秘密で」
「は、はい」
ノルはそれ以上聞かなかった。
だが、目は真剣だった。
調合が始まる。
静魔草を刻む。
清水晶粉を少量ずつ混ぜる。
薄月草を乾燥させて粉にする。
火加減。
混ぜる順番。
冷ます時間。
ログが細かく指示を出し、ノルが実際の手元を補助する。
⸻
温度:高すぎます
火を弱めてください
⸻
「少し火を弱めてください」
「え、あ、本当だ。焦げる寸前でした」
⸻
清水晶粉を追加
量:小さじ半分
⸻
「粉をもう少し」
「はい」
ノルの手際は確かだった。
口は頼りないが、調合中の集中力は高い。
やがて、小さな青白い液体が瓶に満たされた。
ログが表示される。
⸻
簡易魔力安定薬
品質:良好
リナへの適合率:
86%
⸻
「できた」
レインは息を吐いた。
ノルが信じられないという顔で瓶を見る。
「すごい……この配合、普通の安定剤より刺激が少ないです」
「分かるんですか?」
「は、はい。薬草の反応が柔らかいので……」
店主も近づいてきて、瓶を覗く。
「ほう。見習いのくせに、まともに仕上げたな」
ノルは慌てて首を振る。
「ぼ、僕じゃなくて、この方の指示が……」
レインはすぐに言った。
「ノルさんの補助が良かったんです」
ノルが驚いたようにこちらを見る。
「え……」
ログが浮かぶ。
⸻
ノル
レインへの評価:
驚き
感謝
興味
⸻
レインは瓶を受け取る。
「また調合をお願いするかもしれません」
「ぼ、僕でよければ」
「助かります」
その瞬間、クエスト表示が更新された。
⸻
リナ治療素材:
簡易魔力安定薬を入手
達成度:1/3
⸻
まだ一つ目。
だが大きな前進だ。
店を出ると、シエルが小さく言った。
「鳥、見てた」
「だろうな」
「でも、月光花は見えてないと思う」
「助かった」
シエルは少しだけ得意げに頷いた。
⸻
シエル
信頼度:61 → 62
【星読】発現率:70% → 71%
⸻
少しずつ上がっている。
レインは通りを歩きながら、次の行き先を考えた。
ギルドマスターへ相談するべきか。
それとも監視者を誘導するべきか。
その時。
ログが赤く光った。
⸻
監視者の反応に変化。
監視用魔道具が一羽、離脱しました。
追跡推奨:
いいえ
移動先予測:
グレイス奴隷商会
⸻
「報告に戻ったか」
シエルが不安そうに見上げる。
「どうする?」
レインは少し考えた。
ここで商会へ直接行くのは危険だ。
相手の拠点に飛び込むことになる。
なら、次にすべきは。
「ギルドに行く」
「グラント?」
「ああ。監視されてることと、リナのことを相談する」
「うん」
レインは歩き出す。
その途中で、ログが表示された。
⸻
クエスト進行。
『監視網を逆利用せよ』
第一段階達成。
監視者は以下の情報を取得しました。
・レインはリナの治療薬を探している
・素材屋を利用した
・月光花使用は未検知
・シエルの能力詳細は未検知
次段階:
監視者の報告先を特定してください。
⸻
「悪くない」
完全に隠せたわけではない。
だが、肝心な情報は守れた。
月光花。
シエルの力。
リナの本当の価値。
この三つは、まだ知られていない。
少なくとも今は。
その時、通りの向こうから見覚えのある顔が現れた。
リリカだった。
《黎明の剣》の魔導士。
彼女は一人だった。
クラウスも、ガルドもいない。
リリカはレインを見ると、少し気まずそうに立ち止まった。
「……レイン」
「何か用か?」
レインが警戒して答えると、リリカは唇を噛んだ。
いつもの棘のある表情ではない。
どこか焦っている。
ログが浮かぶ。
⸻
リリカ
状態:
焦燥
睡眠不足
後悔未満
レインへの評価:
疑念
焦り
助けを求めたい
⸻
助けを求めたい。
レインは眉をひそめた。
リリカは周囲を気にしながら、小さな声で言った。
「少し、話があるの」
「クラウスの件か?」
リリカの顔が強張る。
「……このままだと、《黎明の剣》は本当に壊れるかもしれない」
その瞬間、レインの視界に新しいログが浮かび上がった。
⸻
イベント発生。
『元パーティからの相談』
ざまぁ進行度:
49% → 53%
対応次第で分岐します。
⸻
レインは小さく息を吐いた。
「……今日は本当に忙しいな」




