第二十話 「奴隷商会へ」
翌朝。
レインはいつもより早く目を覚ました。
窓の外はまだ薄暗い。
王都の朝は静かで、昨夜まで屋根の上にいた赤い目の鳥も、今はもう姿を消していた。
ただ、安心はできない。
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周辺警戒中……
監視反応:なし
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「今はいない、か」
小さく呟き、レインは右手の黒い指輪を見る。
無価値の指輪。
昨日、この指輪を得てから状況は一気に動いた。
聖剣の浄化。
貴族令嬢からの報酬。
クラウスたちの没落。
そして、監視者。
目立てば目立つほど、面倒も増える。
だが今日は、それでも避けられない場所へ行く必要があった。
奴隷商会。
シエルの首輪を外すために。
「……レイン」
ベッドの方から小さな声がした。
振り返ると、シエルが毛布を握ったまま起き上がっていた。
銀色の髪が少し乱れている。
まだ眠そうな目で、けれど不安そうにこちらを見ていた。
「起こしたか?」
「ううん。目が覚めた」
「体調は?」
レインがそう聞くと、ログが表示される。
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シエル
状態:回復傾向
栄養状態:改善
精神状態:やや緊張
【星読】発現率:61%
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悪くない。
昨日ちゃんと食べて眠ったのが効いている。
ただし、緊張は高い。
当然だ。
「今日は奴隷商会へ行く」
レインが言うと、シエルの指が首輪に触れた。
「……うん」
「嫌なら、俺だけで先に話を聞いてくることもできる」
シエルは少しだけ首を振った。
「行く」
声は小さい。
でも、はっきりしていた。
「私のことだから」
レインは頷いた。
「分かった。一緒に行こう」
シエルは毛布をぎゅっと握ったあと、ゆっくりベッドから降りた。
◇
朝食を済ませてから、二人は《銀鈴亭》を出た。
シエルは昨日買った外套を深く被っている。
首輪は布で隠しているが、奴隷商会へ行けば見せる必要があるだろう。
レインは歩きながら、何度も周囲を確認した。
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不審対象:なし
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今のところ監視はない。
だが、油断はしない。
「レイン」
「ん?」
「奴隷商会って……怖いところ?」
シエルがぽつりと聞いた。
レインは少し言葉に迷う。
「正直、俺も詳しくは知らない」
「そうなの?」
「ああ。でも、人を商品として扱う場所だ。気分のいい場所ではないと思う」
シエルは黙った。
それから、小さく頷く。
「……うん」
レインは少しだけ歩幅を緩める。
「今日は首輪を外すのが目的だ。それ以外のことは、無理にしなくていい」
「うん」
「怖くなったら、俺の後ろにいればいい」
シエルはレインの袖を軽く掴む。
「もういる」
「早いな」
「うん」
そのやり取りに、少しだけ緊張が薄れた気がした。
◇
奴隷商会は、王都の南区にあった。
大通りから少し外れた場所。
建物は想像よりも立派だった。
黒い石造りの壁。
重そうな扉。
入口には護衛らしき男が二人立っている。
看板には、金の文字でこう書かれていた。
《グレイス奴隷商会》
レインが近づくと、護衛の一人がじろりとこちらを見る。
「何の用だ」
「奴隷首輪の解除手続きについて相談したい」
護衛の目がシエルへ向く。
シエルの身体が小さく強張った。
レインは一歩前に出る。
「正式な手続きで外したい」
「……中へ」
護衛は短く言い、扉を開けた。
中に入った瞬間、空気が変わった。
甘い香の匂い。
磨かれた床。
静かすぎる廊下。
表向きは高級商会のように整っている。
だが、奥の方からかすかに鎖の音が聞こえた。
シエルの手が、レインの袖を強く握る。
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シエル
精神状態:緊張上昇
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「大丈夫だ」
レインは小さく言った。
「今日は外すために来た」
「……うん」
受付にいた男が、作り物のような笑顔で頭を下げた。
「ようこそ、グレイス奴隷商会へ。本日はご購入でしょうか?」
「違います。奴隷首輪の解除について」
「解除、でございますか」
男の笑顔が少しだけ変わった。
商売の匂いを嗅ぎつけた顔だった。
「そちらのお嬢様の首輪ですね?」
シエルがびくっとする。
レインは頷いた。
「正式に解除したい。所有者登録も確認したい」
「承知しました。では確認料として銀貨十枚、解除手続きに金貨一枚からとなります」
「高いな」
「奴隷首輪は安物ではございませんので」
男はにこにこ笑っている。
レインはログを見る。
⸻
提示価格:
確認料 銀貨10枚
解除手続き 金貨1枚〜
相場評価:
高額
適正価格:
確認料 銀貨3枚
解除手続き 銀貨40枚〜金貨0.7枚
交渉余地あり
⸻
やっぱり吹っかけてきた。
レインは表情を変えずに言う。
「確認料は銀貨三枚。解除は首輪の状態を見てからだ」
男の笑顔が一瞬だけ固まった。
「……お詳しいのですね」
「少しだけ」
「ですが、当商会では――」
レインの視界にログが浮かぶ。
⸻
相手発言:
価格維持を試行
成功率:64%
交渉推奨:
首輪が所有者未登録であることを指摘
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「その前に確認したい」
レインはシエルの首輪を指差した。
「この首輪、所有者未登録だろう?」
男の笑顔が完全に止まった。
シエルも驚いたようにレインを見る。
「……なぜ、それを?」
「見れば分かる」
もちろん嘘だ。
ログで見えているだけだ。
男の目が細くなる。
作り笑いの奥に、警戒が混じる。
⸻
商会員
レインへの評価:
若い客
金を持っている
↓
知識あり
警戒
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「確認いたします」
男は奥から小さな鑑定板を持ってきた。
シエルは少し震えながら、首輪を見せる。
鑑定板が淡く光り、やがて文字が浮かんだ。
男の眉が動く。
「……確かに、所有者未登録です」
「なら解除費用は下がるはずだ」
「銀貨六十枚で承りましょう」
ログが表示される。
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提示価格:
銀貨60枚
相場評価:
やや高額
許容範囲
追加交渉可能
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もう少し下げられる。
だが、ここで揉めるより安全に済ませる方がいい。
レインは短く頷いた。
「それでいい」
シエルが小さくレインを見る。
「いいの?」
「いい。今日はこれが一番大事だ」
その言葉に、シエルは目を伏せた。
「……ありがとう」
◇
手続きは奥の小部屋で行われることになった。
部屋には、魔法陣が刻まれた椅子と、小さな作業台がある。
シエルは椅子に座った。
手が膝の上で震えている。
商会員が首輪に細い器具を近づける。
「痛みはほとんどありません。ただ、魔力抑制が解ける時に少し気分が悪くなることがあります」
レインはログを確認する。
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解除手続き
危険度:低
成功率:96%
注意:
魔力抑制解除後、一時的な魔力揺れあり
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大丈夫そうだ。
それでも、レインはシエルの横に立った。
「ここにいる」
シエルは小さく頷く。
「うん」
器具が首輪に触れる。
カチリ。
小さな音がした。
魔法陣が淡く光る。
シエルの身体が少し震えた。
「っ……」
「痛いか?」
「大丈夫……」
レインは無意識に拳を握る。
ログの成功率は高い。
それでも、見ているだけなのは落ち着かなかった。
やがて、首輪に刻まれていた紋様が薄れていく。
カチャン。
乾いた音と共に、首輪が外れた。
シエルの首元が、初めて何にも縛られていない状態になる。
彼女はしばらく動かなかった。
ただ、自分の首にそっと触れる。
何もないことを確かめるように。
「……外れた」
小さな声だった。
レインは息を吐く。
「外れたな」
シエルはもう一度、首に触れた。
そして、ゆっくり目を伏せる。
涙が一粒だけ、頬を伝った。
「……軽い」
その一言に、レインは何も言えなかった。
視界にログが浮かぶ。
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クエスト達成。
『シエルを自由にせよ』
達成評価:A
シエルの状態が更新されました。
奴隷 → 自由民
信頼度:49 → 58
【星読】発現率:61% → 68%
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シエルは涙を拭わず、レインを見上げた。
「レイン」
「ん?」
「私、自由?」
「ああ」
「どこにいてもいい?」
「ああ」
「じゃあ……」
シエルは椅子から立ち上がり、レインの袖を掴んだ。
「レインのそばにいる」
レインは少しだけ困ったように笑う。
「昨日も聞いた」
「今日も言う」
「そうか」
「うん」
シエルの表情はまだ不安定だった。
でも、その目には昨日よりも確かな光があった。
首輪が外れたからといって、すべてが終わるわけではない。
心に残ったものは、すぐには消えない。
それでも、これは大きな一歩だった。
その時だった。
部屋の外から、小さな声が聞こえた。
「……お願いします。せめて、この子だけでも」
女の声。
レインは扉の方を見る。
商会員が少し顔をしかめた。
「お客様には関係のないことでございます」
だが、レインの視界にログが浮かんだ。
⸻
イベント発生。
『奴隷商会の掘り出し物』
対象:
未確認
隠し価値:
高
推奨:
確認
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レインは小さく息を吐いた。
「……やっぱり出るのか」
シエルが首輪の外れた首元を押さえながら、不安そうに聞く。
「レイン?」
レインは扉の向こうを見る。
「少しだけ、様子を見よう」
自由になったばかりのシエルを連れて、また奴隷商会の奥へ踏み込む。
本当なら避けたい。
でも。
ログに出た“隠し価値”。
そして、女の声。
見なかったことには、できなかった。




