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第二十話 「奴隷商会へ」

翌朝。


レインはいつもより早く目を覚ました。


窓の外はまだ薄暗い。


王都の朝は静かで、昨夜まで屋根の上にいた赤い目の鳥も、今はもう姿を消していた。


ただ、安心はできない。



周辺警戒中……


監視反応:なし



「今はいない、か」


小さく呟き、レインは右手の黒い指輪を見る。


無価値の指輪。


昨日、この指輪を得てから状況は一気に動いた。


聖剣の浄化。


貴族令嬢からの報酬。


クラウスたちの没落。


そして、監視者。


目立てば目立つほど、面倒も増える。


だが今日は、それでも避けられない場所へ行く必要があった。


奴隷商会。


シエルの首輪を外すために。


「……レイン」


ベッドの方から小さな声がした。


振り返ると、シエルが毛布を握ったまま起き上がっていた。


銀色の髪が少し乱れている。


まだ眠そうな目で、けれど不安そうにこちらを見ていた。


「起こしたか?」


「ううん。目が覚めた」


「体調は?」


レインがそう聞くと、ログが表示される。



シエル


状態:回復傾向

栄養状態:改善

精神状態:やや緊張


【星読】発現率:61%



悪くない。


昨日ちゃんと食べて眠ったのが効いている。


ただし、緊張は高い。


当然だ。


「今日は奴隷商会へ行く」


レインが言うと、シエルの指が首輪に触れた。


「……うん」


「嫌なら、俺だけで先に話を聞いてくることもできる」


シエルは少しだけ首を振った。


「行く」


声は小さい。


でも、はっきりしていた。


「私のことだから」


レインは頷いた。


「分かった。一緒に行こう」


シエルは毛布をぎゅっと握ったあと、ゆっくりベッドから降りた。



朝食を済ませてから、二人は《銀鈴亭》を出た。


シエルは昨日買った外套を深く被っている。


首輪は布で隠しているが、奴隷商会へ行けば見せる必要があるだろう。


レインは歩きながら、何度も周囲を確認した。



不審対象:なし



今のところ監視はない。


だが、油断はしない。


「レイン」


「ん?」


「奴隷商会って……怖いところ?」


シエルがぽつりと聞いた。


レインは少し言葉に迷う。


「正直、俺も詳しくは知らない」


「そうなの?」


「ああ。でも、人を商品として扱う場所だ。気分のいい場所ではないと思う」


シエルは黙った。


それから、小さく頷く。


「……うん」


レインは少しだけ歩幅を緩める。


「今日は首輪を外すのが目的だ。それ以外のことは、無理にしなくていい」


「うん」


「怖くなったら、俺の後ろにいればいい」


シエルはレインの袖を軽く掴む。


「もういる」


「早いな」


「うん」


そのやり取りに、少しだけ緊張が薄れた気がした。



奴隷商会は、王都の南区にあった。


大通りから少し外れた場所。


建物は想像よりも立派だった。


黒い石造りの壁。


重そうな扉。


入口には護衛らしき男が二人立っている。


看板には、金の文字でこう書かれていた。


《グレイス奴隷商会》


レインが近づくと、護衛の一人がじろりとこちらを見る。


「何の用だ」


「奴隷首輪の解除手続きについて相談したい」


護衛の目がシエルへ向く。


シエルの身体が小さく強張った。


レインは一歩前に出る。


「正式な手続きで外したい」


「……中へ」


護衛は短く言い、扉を開けた。


中に入った瞬間、空気が変わった。


甘い香の匂い。


磨かれた床。


静かすぎる廊下。


表向きは高級商会のように整っている。


だが、奥の方からかすかに鎖の音が聞こえた。


シエルの手が、レインの袖を強く握る。



シエル


精神状態:緊張上昇



「大丈夫だ」


レインは小さく言った。


「今日は外すために来た」


「……うん」


受付にいた男が、作り物のような笑顔で頭を下げた。


「ようこそ、グレイス奴隷商会へ。本日はご購入でしょうか?」


「違います。奴隷首輪の解除について」


「解除、でございますか」


男の笑顔が少しだけ変わった。


商売の匂いを嗅ぎつけた顔だった。


「そちらのお嬢様の首輪ですね?」


シエルがびくっとする。


レインは頷いた。


「正式に解除したい。所有者登録も確認したい」


「承知しました。では確認料として銀貨十枚、解除手続きに金貨一枚からとなります」


「高いな」


「奴隷首輪は安物ではございませんので」


男はにこにこ笑っている。


レインはログを見る。



提示価格:


確認料 銀貨10枚

解除手続き 金貨1枚〜


相場評価:


高額


適正価格:


確認料 銀貨3枚

解除手続き 銀貨40枚〜金貨0.7枚


交渉余地あり



やっぱり吹っかけてきた。


レインは表情を変えずに言う。


「確認料は銀貨三枚。解除は首輪の状態を見てからだ」


男の笑顔が一瞬だけ固まった。


「……お詳しいのですね」


「少しだけ」


「ですが、当商会では――」


レインの視界にログが浮かぶ。



相手発言:


価格維持を試行


成功率:64%


交渉推奨:


首輪が所有者未登録であることを指摘



「その前に確認したい」


レインはシエルの首輪を指差した。


「この首輪、所有者未登録だろう?」


男の笑顔が完全に止まった。


シエルも驚いたようにレインを見る。


「……なぜ、それを?」


「見れば分かる」


もちろん嘘だ。


ログで見えているだけだ。


男の目が細くなる。


作り笑いの奥に、警戒が混じる。



商会員


レインへの評価:


若い客

金を持っている



知識あり

警戒



「確認いたします」


男は奥から小さな鑑定板を持ってきた。


シエルは少し震えながら、首輪を見せる。


鑑定板が淡く光り、やがて文字が浮かんだ。


男の眉が動く。


「……確かに、所有者未登録です」


「なら解除費用は下がるはずだ」


「銀貨六十枚で承りましょう」


ログが表示される。



提示価格:


銀貨60枚


相場評価:


やや高額


許容範囲


追加交渉可能



もう少し下げられる。


だが、ここで揉めるより安全に済ませる方がいい。


レインは短く頷いた。


「それでいい」


シエルが小さくレインを見る。


「いいの?」


「いい。今日はこれが一番大事だ」


その言葉に、シエルは目を伏せた。


「……ありがとう」



手続きは奥の小部屋で行われることになった。


部屋には、魔法陣が刻まれた椅子と、小さな作業台がある。


シエルは椅子に座った。


手が膝の上で震えている。


商会員が首輪に細い器具を近づける。


「痛みはほとんどありません。ただ、魔力抑制が解ける時に少し気分が悪くなることがあります」


レインはログを確認する。



解除手続き


危険度:低


成功率:96%


注意:


魔力抑制解除後、一時的な魔力揺れあり



大丈夫そうだ。


それでも、レインはシエルの横に立った。


「ここにいる」


シエルは小さく頷く。


「うん」


器具が首輪に触れる。


カチリ。


小さな音がした。


魔法陣が淡く光る。


シエルの身体が少し震えた。


「っ……」


「痛いか?」


「大丈夫……」


レインは無意識に拳を握る。


ログの成功率は高い。


それでも、見ているだけなのは落ち着かなかった。


やがて、首輪に刻まれていた紋様が薄れていく。


カチャン。


乾いた音と共に、首輪が外れた。


シエルの首元が、初めて何にも縛られていない状態になる。


彼女はしばらく動かなかった。


ただ、自分の首にそっと触れる。


何もないことを確かめるように。


「……外れた」


小さな声だった。


レインは息を吐く。


「外れたな」


シエルはもう一度、首に触れた。


そして、ゆっくり目を伏せる。


涙が一粒だけ、頬を伝った。


「……軽い」


その一言に、レインは何も言えなかった。


視界にログが浮かぶ。



クエスト達成。


『シエルを自由にせよ』


達成評価:A


シエルの状態が更新されました。


奴隷 → 自由民


信頼度:49 → 58


【星読】発現率:61% → 68%



シエルは涙を拭わず、レインを見上げた。


「レイン」


「ん?」


「私、自由?」


「ああ」


「どこにいてもいい?」


「ああ」


「じゃあ……」


シエルは椅子から立ち上がり、レインの袖を掴んだ。


「レインのそばにいる」


レインは少しだけ困ったように笑う。


「昨日も聞いた」


「今日も言う」


「そうか」


「うん」


シエルの表情はまだ不安定だった。


でも、その目には昨日よりも確かな光があった。


首輪が外れたからといって、すべてが終わるわけではない。


心に残ったものは、すぐには消えない。


それでも、これは大きな一歩だった。


その時だった。


部屋の外から、小さな声が聞こえた。


「……お願いします。せめて、この子だけでも」


女の声。


レインは扉の方を見る。


商会員が少し顔をしかめた。


「お客様には関係のないことでございます」


だが、レインの視界にログが浮かんだ。



イベント発生。


『奴隷商会の掘り出し物』


対象:


未確認


隠し価値:



推奨:


確認



レインは小さく息を吐いた。


「……やっぱり出るのか」


シエルが首輪の外れた首元を押さえながら、不安そうに聞く。


「レイン?」


レインは扉の向こうを見る。


「少しだけ、様子を見よう」


自由になったばかりのシエルを連れて、また奴隷商会の奥へ踏み込む。


本当なら避けたい。


でも。


ログに出た“隠し価値”。


そして、女の声。


見なかったことには、できなかった。

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