第十六話 「貴族令嬢の鑑定依頼」
第十六話 「貴族令嬢の鑑定依頼」
ギルドに入ってきた少女は、場違いなほど整っていた。
金色の髪は絹糸のように艶やかで、白い外套には王立学院の紋章。
腰には細身の剣。
姿勢も、歩き方も、声の出し方も、明らかに普通の冒険者とは違う。
貴族。
それも、かなり位の高い家の令嬢。
ギルド内の冒険者たちが自然と道を開ける。
少女は受付カウンターの前で足を止め、凛とした声で言った。
「こちらに、価値の分からない品を見抜ける冒険者がいると聞きました」
その瞬間、何人もの視線がレインへ向いた。
「……いや、早くないか?」
レインは思わず呟いた。
ついさっきまで、元雑用係だの無能だの言われていたのに。
月光花を見つけ、呪われた倉庫を整理し、元パーティの調査失敗が明らかになった途端、今度は貴族令嬢からの依頼。
展開が速すぎる。
シエルがレインの袖をぎゅっと掴んだ。
「……あの人、綺麗」
「そうだな」
「……レイン、見るの長い」
「え?」
レインがシエルを見ると、彼女はフードの下で少しだけ頬を膨らませていた。
その頭上にログが浮かぶ。
⸻
シエル
感情:
警戒
不安
少しだけ不機嫌
⸻
「……少しだけ不機嫌って」
「何?」
「いや、なんでもない」
ログは便利だ。
便利だが、見えてはいけないものまで見える。
レインは軽く咳払いした。
その間に、受付嬢のエマが少女へ対応していた。
「えっと、鑑定依頼でしょうか?」
「はい。正式な依頼として受けていただきたいのです」
「依頼品は?」
少女は一瞬だけ周囲を見た。
そして、静かに言う。
「ここでは出せません」
ギルド内がざわつく。
「出せない?」
「危険物か?」
「貴族の持ち込み品だろ?」
エマも少し困った顔になる。
「危険性があるものですか?」
「……あります」
少女は短く答えた。
そして、さらに続ける。
「ですが、このまま放置する方が危険です」
その言葉に、奥から出てきたグラントの表情が変わった。
「詳しく聞こう」
少女はグラントを見ると、丁寧に礼をした。
「アリシア・フォン・レイヴェルと申します」
その名を聞いた瞬間、ギルド内が一段とざわついた。
「レイヴェル家?」
「王国南部の名門じゃないか」
「騎士家系の?」
レインにも名前くらいは聞き覚えがあった。
レイヴェル家。
代々、王国騎士団に多くの人材を出してきた名門貴族。
魔法より剣を重んじる家で、特に聖剣伝承と関わりが深いとされている。
その令嬢が、なぜ冒険者ギルドへ?
レインの視界にログが浮かぶ。
⸻
対象:
アリシア・フォン・レイヴェル
身分:
伯爵令嬢
状態:
焦燥
睡眠不足
魔力乱れ
隠し才能:
【聖剣適性】
現在危険度:
中
⸻
「……聖剣適性」
小さく呟いた瞬間、アリシアの目がこちらへ向いた。
「あなたが、レイン様ですか?」
「様はやめてください。レインでいいです」
「では、レインさん」
アリシアは真っ直ぐレインを見る。
青い瞳。
気品がある。
だがその奥には、はっきりと焦りがあった。
「あなたに、見ていただきたい物があります」
レインは反射的に断ろうとした。
貴族。
危険物。
聖剣。
どう考えても面倒事だ。
だが、その前にログが表示される。
⸻
新規クエスト:
『呪われた聖剣を鑑定せよ』
依頼者:
アリシア・フォン・レイヴェル
難易度:中
推奨受注
成功報酬:
【装備適性表示】解放条件
追加報酬:
金貨3枚以上
⸻
「金貨三枚……」
レインの心が揺れた。
いや、金に釣られるわけではない。
シエルの食費。
薬。
装備。
安全な宿。
将来の拠点。
すべてに金がいるだけだ。
つまり金は大事だ。
ものすごく大事だ。
シエルがレインを見上げる。
「受けるの?」
「……話だけ聞く」
「それ、受ける時の顔」
「そんな顔してるか?」
シエルはこくりと頷いた。
グラントは腕を組み、アリシアへ言う。
「奥の部屋を使う。レイン、シエル、お前たちも来い」
「シエルも?」
「お前の仲間なんだろう」
その言い方に、シエルが少しだけ目を丸くした。
レインは頷く。
「はい」
⸻
会議室には、レイン、シエル、アリシア、グラント、エマ、ボルドが集まった。
扉が閉まる。
外のざわめきが遠ざかった。
アリシアは深く息を吐き、持っていた長い布包みを机の上に置いた。
その瞬間、レインの指輪が熱を持つ。
黒い指輪。
【無価値の指輪】が反応していた。
⸻
危険物反応を確認。
対象:
布包みの内部
分類:
呪装備
⸻
「……本当に危ないやつだ」
レインは思わず言った。
アリシアの表情が動く。
「やはり、分かるのですね」
「いや、なんとなくです」
「なんとなくで分かるものではありません」
それはそう。
だが本当のことは言えない。
アリシアは布を解き始めた。
中から現れたのは、一本の剣だった。
細身の剣。
銀色の刀身。
鍔には白い宝石が埋め込まれている。
一見すると、とても美しい剣だった。
だが。
レインには違うものが見えていた。
刀身に絡みつく、黒い靄。
宝石の奥に沈む赤い光。
そして、ログ。
⸻
名称:
白聖剣レイヴァルト
現在状態:
呪詛汚染
本来等級:
聖剣級
現在等級:
呪剣級
所有者適性:
アリシア 94%
レイン 2%
シエル 0%
危険:
装備者の魔力を侵食
⸻
「聖剣じゃなくて、呪剣になってる……?」
レインが呟くと、部屋の空気が凍った。
アリシアが息を呑む。
ボルドの目が鋭くなる。
グラントも剣を見つめた。
「レイン、今なんと言った」
「……呪われていると思います」
アリシアの顔がわずかに青ざめた。
「やはり……」
「知ってたんですか?」
「正確には、疑っていました」
アリシアは剣を見つめる。
「これはレイヴェル家に代々伝わる聖剣です。本来ならば、選ばれた者に加護を与える剣。ですが、半年前から様子がおかしくなりました」
「様子?」
「夜になると、勝手に震えるのです。そして、父がこの剣を握った日から……人が変わったように苛烈になりました」
ログが更新される。
⸻
関連情報:
前所有者
アリシアの父
ガレオン・フォン・レイヴェル
状態:
呪詛侵食進行中
危険度:高
⸻
父親が侵食されている。
レインは眉をひそめる。
「今の所有者は、お父さんですか?」
「いいえ」
アリシアは首を振る。
「父から、私へ継承されました」
「じゃあ、今はアリシアさんが?」
「はい」
その瞬間、レインのログに赤い警告が出た。
⸻
警告。
アリシアへの呪詛移行が進行中。
残り時間:
72時間
完全定着後:
解除困難
⸻
「……三日」
「え?」
アリシアが聞き返す。
レインは一瞬迷った。
どこまで話すべきか。
ログが選択肢を出す。
⸻
選択肢:
【全て話す】
信頼度上昇
警戒度上昇
【一部だけ話す】
信頼度中上昇
安全
【曖昧にする】
信頼度低下
推奨:
【一部だけ話す】
⸻
「たぶん、あまり時間がありません」
レインは慎重に言った。
「このままだと、アリシアさんにも悪影響が出ると思います」
アリシアの手がわずかに震えた。
「やはり……」
シエルが小さく袖を掴む。
「レイン、助けられるの?」
その声は不安そうだった。
レインも分からない。
呪剣の解除なんてしたことがない。
だがログは見えている。
そして、指輪も反応している。
剣の詳細を見る。
⸻
呪詛汚染原因:
【黒血の魔石片】
刀身内部に混入
解除方法:
1.汚染源の特定
2.魔力遮断
3.聖属性魔力による洗浄
4.適性者による再契約
成功率:
現状 22%
⸻
「低い……」
成功率22%。
かなり危険だ。
だが、さらに下を見ると、別のログがあった。
⸻
成功率上昇要素:
・月光花
・魔力吸収布
・星読による未来補助
・無価値の指輪による価値判定
最大成功率:
71%
⸻
月光花。
それは、シエルのために売らずに取っておいた素材だ。
レインは思わずシエルを見る。
シエルも何かを感じたのか、じっとレインを見返した。
「レイン?」
「……シエル。月光花、使うかもしれない」
「いいよ」
即答だった。
「いや、まだ何に使うか説明してないけど」
「レインが必要だと思うなら、いい」
その言葉に、レインは少し詰まった。
信頼が重い。
でも、悪い重さではない。
ログが浮かぶ。
⸻
シエル
信頼度:38 → 40
【星読】発現率:55% → 58%
⸻
アリシアはそのやり取りを見て、少しだけ目を伏せた。
「その月光花は、あなた方の大切な物なのですね」
「大切ではあります」
「であれば、無理に使う必要はありません。報酬なら増やします」
さすが貴族。
だが問題はそこではない。
レインは剣を見る。
この依頼はたぶん、受ける価値がある。
金だけじゃない。
装備適性表示。
聖剣適性。
呪装備解除。
この先、自分たちが成り上がる上で必要な経験になる。
そして何より。
アリシアのログに出ている残り時間。
72時間。
放っておけば、彼女は呪いに侵食される。
「……やります」
レインはそう言った。
アリシアの表情が変わる。
「本当ですか?」
「成功するとは言い切れません。ただ、手順は見えています」
「手順が……?」
「勘です」
ボルドが小さく笑った。
「また勘か」
グラントは真剣な顔で言う。
「必要な物は?」
レインはログを見ながら答える。
「魔力を遮断できる布。聖属性魔力を持つ人。あと、月光花」
「聖属性ならミリアが使えます」
エマが言った。
レインは固まった。
「ミリアって……《黎明の剣》の?」
「うん。彼女、僧侶だから」
最悪だ。
いや、能力的には最適かもしれない。
だが、このタイミングで元パーティのミリアを呼ぶのは面倒すぎる。
ログが表示される。
⸻
候補者:
ミリア
聖属性適性:A
協力成功率:
63%
注意:
クラウスが妨害する可能性あり
⸻
「クラウスが妨害する可能性あり……」
「何ですか?」
アリシアが首を傾げる。
「いえ、こっちの話です」
グラントが腕を組む。
「ミリアだけを呼ぶ。クラウスは入れん」
「できますか?」
「ここはギルドだ。俺が許可しない者は入れん」
頼もしい。
レインは少し安心した。
だが、呪剣のログはさらに不穏な表示を出していた。
⸻
警告。
呪詛が活性化しています。
原因:
鑑定行為への反応
⸻
「まずい」
レインが言った直後。
剣が震えた。
カタカタ。
机の上で、白聖剣が震える。
そして刀身から黒い靄が噴き出した。
エマが悲鳴を上げる。
グラントが剣を抜く。
アリシアは顔を青ざめさせたまま、剣を見つめている。
「また……!」
レインの視界が赤く染まる。
⸻
呪詛暴走。
対象:
アリシア
精神侵食開始。
⸻
黒い靄が蛇のように伸び、アリシアへ向かう。
「アリシアさん、下がって!」
しかしアリシアは動けない。
呪いに足を縫い止められたように固まっていた。
その時。
シエルが小さく叫ぶ。
「レイン、右手!」
「っ!」
レインは反射的に右手を出した。
黒い指輪が熱を持つ。
靄がアリシアへ届く寸前、レインの指輪へ吸い寄せられるように曲がった。
バチッ!
黒い火花が散る。
激痛。
「ぐっ……!」
右手が焼けるように痛い。
だがログが表示された。
⸻
【無価値の指輪】効果発動。
低価値化補正。
呪詛の侵食価値を一時低下。
⸻
「低価値化って、そんなこともできるのかよ……!」
黒い靄が弱まる。
だが完全には消えない。
グラントが叫ぶ。
「離れろ!」
「まだです!」
レインは歯を食いしばる。
ここで離れたら、呪いがアリシアに戻る。
ログが高速で流れる。
⸻
応急処置可能。
月光花の花弁を一枚使用してください。
成功率:
22% → 46%
⸻
「シエル、月光花!」
「うん!」
シエルが鞄から月光花を取り出す。
青白い花。
その花弁を一枚だけ摘み、レインへ渡す。
レインはそれを剣の刀身へ押し当てた。
花弁が光る。
黒い靄が一瞬だけ薄くなった。
⸻
応急封印成功。
完全解除には追加手順が必要です。
残り時間:
72時間 → 96時間
⸻
剣の震えが止まった。
部屋に静寂が戻る。
レインは荒く息を吐く。
右手はまだ痛む。
シエルが慌てて駆け寄った。
「レイン、手……!」
「大丈夫。たぶん火傷くらい」
ログを見る。
⸻
状態:
軽度呪詛痕
悪化率:低
⸻
大丈夫そうだ。
たぶん。
アリシアは震える手で胸を押さえ、レインを見ていた。
「今……あなたは、私を庇って……」
「たまたまです」
「たまたまで呪いを受け止める人はいません」
それはそう。
アリシアの評価ログが変化する。
⸻
アリシア
レインへの評価:
警戒/期待
↓
恩義/強い関心
⸻
シエルがその横で、さらにレインの袖を強く掴んだ。
ログが浮かぶ。
⸻
シエル
感情:
心配
不安
少しだけ対抗心
⸻
「……対抗心」
「レイン?」
「いや、ほんとなんでもない」
グラントは剣を見つめ、重々しく言った。
「これは正式に緊急依頼として扱う」
ボルドも頷く。
「聖剣級の呪詛汚染など、放置すれば大問題だ」
アリシアは深く頭を下げた。
「レインさん。改めてお願いします。この剣を……そして、私の家を助けてください」
レインは静かに頷いた。
「できる限りやります」
その瞬間、ログが表示された。
⸻
クエスト更新。
『呪われた聖剣を浄化せよ』
期限:
96時間
必要協力者:
聖属性適性者
推奨:
ミリアを説得してください。
⸻
レインは、思わず天井を仰いだ。
「……やっぱり、そうなるのか」
面倒なことになった。
だが同時に。
これはきっと、大きな転機になる。
無能な雑用係だった自分が、貴族の聖剣を救う。
そんな未来は、昨日まで想像すらしていなかった。
そして会議室の外。
扉の向こうから、聞き覚えのある声が響いた。
「ミリアだけ呼ぶって、どういうことだよ」
クラウスの声だった。
レインの視界に、赤いログが浮かぶ。
⸻
妨害イベント発生。
対象:
クラウス
発言成功率:
48%
介入推奨。
⸻




