第十五話 「元パーティ、帰還する」
「ふざけるな! こんな依頼、聞いていないぞ!」
ギルドの表側から響いた怒鳴り声に、レインは思わず足を止めた。
聞き覚えがありすぎる声だった。
クラウス。
元パーティ《黎明の剣》のリーダー。
「……戻ってきたみたいですね」
エマが困った顔で呟く。
レインは報酬袋を腰にしまい、シエルと一緒にギルドの表へ向かった。
カウンター前は騒然としていた。
冒険者たちが輪を作り、その中心に《黎明の剣》がいる。
だが、いつものような堂々とした姿ではなかった。
クラウスの鎧は泥まみれ。
リリカのローブは破れ、髪も乱れている。
ガルドは腕を押さえ、苦々しい顔をしていた。
そしてミリアは、青ざめた顔で治癒杖を握りしめている。
一目で分かった。
失敗したのだ。
視界にログが浮かぶ。
⸻
イベント発生。
『元パーティ、調査失敗』
ざまぁ進行度:
12% → 21%
⸻
「……ざまぁ進行度ってなんだよ」
レインは小さく呟いた。
シエルが不思議そうに見上げる。
「ざまぁ……?」
「いや、忘れてくれ」
ログがどんどん妙な方向に賢くなっている気がする。
だが、ギルド内の空気は笑えないほど張り詰めていた。
クラウスが受付カウンターを叩く。
「聞いていた話と違う! あれはただの調査依頼じゃなかったのか!」
受付嬢が怯えたように言う。
「で、ですが、ハズレ森は変異種発生の可能性ありと説明が……」
「変異種どころじゃない! ホブゴブリン変異種が出たんだぞ!」
ギルド内がざわめく。
「ホブゴブリン変異種?」
「レインが言ってたやつか?」
「本当にいたのかよ……」
その声に、クラウスの顔が歪んだ。
「おい」
クラウスはレインに気づき、ギロリと睨んだ。
「お前、最初から知ってたんだろ」
「報告はした」
レインは淡々と答える。
「ホブゴブリン変異種らしきものを見たって、ギルドマスターにも言ったはずだ」
「だったらもっと詳しく言えよ!」
「俺は逃げたんだ。詳しく観察してる余裕なんてない」
それは本当だった。
あの時は生き延びるだけで精一杯だった。
だが、クラウスは納得しない。
「ふざけるな……! お前がもっと正確に――」
「そこまでだ」
低い声が響いた。
奥から出てきたグラントが、クラウスを鋭く睨む。
ギルド内が一瞬で静まり返った。
「クラウス。調査前に渡した注意書きを読んだか」
「……読みましたよ」
「なら、ホブゴブリン変異種の可能性も記載されていたはずだ」
クラウスの口元が引きつる。
リリカが気まずそうに視線を逸らした。
ガルドも何も言わない。
グラントは続ける。
「レインは情報提供者として、十分な報告をした。危険区域も示した。お前たちがそれを軽視しただけだ」
「軽視なんて――」
「しただろう」
グラントの声がさらに低くなる。
「北東部には不用意に近づくなと伝えた。お前たちはどうした」
クラウスが黙った。
その沈黙で、答えは十分だった。
周囲の冒険者たちがざわつく。
「北東行ったのかよ」
「危険区域じゃねぇか」
「B級なのに注意無視?」
レインの視界に、クラウスたちのログが浮かぶ。
⸻
《黎明の剣》
パーティ安定率:
76% → 64%
内部信頼崩壊度:
12% → 19%
⸻
リリカがクラウスを睨む。
「……だから言ったじゃない。北東は避けようって」
クラウスが苛立ったように振り返る。
「結果論だろ!」
「結果論じゃないわよ。ギルドから言われてたでしょ」
「うるさい! B級パーティがE級の報告にビビってられるか!」
その一言で、ギルド内の空気が変わった。
周囲の冒険者たちの視線が、冷たくなる。
「いや、情報は情報だろ」
「等級関係なくね?」
「レインの報告、当たってたわけだしな」
クラウスの顔が赤くなる。
レインは何も言わなかった。
何か言えば、余計に火に油を注ぐだけだ。
だがログは容赦なく表示される。
⸻
クラウス
評価変動:
周囲からの信頼 低下中
発言成功率:
28%
⸻
低い。
今のクラウスは、何を言っても空回りする状態だ。
ミリアが小さく口を開いた。
「クラウス……もうやめよう」
「ミリアまで何だよ」
「レインの報告は正しかった。私たちが、ちゃんと聞かなかっただけだよ」
クラウスは信じられないという顔でミリアを見た。
「お前、こいつの味方するのか?」
「味方とかじゃなくて……」
ミリアは一瞬だけレインを見る。
その目には、困惑と後悔が混じっていた。
レインの視界に、ミリアの評価ログが浮かぶ。
⸻
ミリア
レインへの評価:
困惑/後悔/疑問
⸻
クラウスは舌打ちした。
「くだらねぇ」
その時、グラントが冷たく言った。
「今回の調査失敗については、正式に報告書を出してもらう」
「失敗扱いですか?」
「当然だ」
グラントは一歩前に出る。
「指定範囲を外れ、危険区域へ接近。変異種と遭遇し、十分な情報も持ち帰れず撤退。負傷者も出している。成功扱いにする理由がない」
クラウスが拳を握る。
「……報酬は」
「減額だ」
「なっ……!」
「むしろ違約金を取られないだけ感謝しろ」
ざわめきが広がる。
B級パーティ《黎明の剣》が、E級依頼から派生した調査で失敗扱い。
それはかなり目立つ。
リリカの顔色が悪くなる。
ガルドは苛立ちを隠せない。
クラウスは悔しそうに歯を食いしばった。
その視線が、再びレインへ向く。
「……お前のせいだ」
レインは眉をひそめた。
「俺?」
「お前が抜けてから、妙に噛み合わない。採取も失敗する。野営でも不備が出る。今回だって――」
そこまで言って、クラウスは言葉を止めた。
自分で気づいたのだろう。
それはつまり、レインが必要だったと認めるようなものだ。
ギルド内の空気がまた変わる。
「え、レインが抜けてから?」
「雑用係って言ってたけど、裏方全部やってたんじゃないのか?」
「B級が回ってたの、そいつのおかげだったりしてな」
クラウスの表情が歪む。
「違う!」
叫びは虚しく響いた。
レインの視界にログが表示される。
⸻
イベント進行。
『元パーティの不調』
原因分析:
・物資管理の低下
・装備整備不足
・ルート判断精度低下
・野営品質低下
・採取補正消失
総合成功率:
レイン所属時:87%
現在:52%
⸻
「……」
数字で見ると、思った以上に落ちていた。
自分がいた頃は、そんなに支えていたのか。
正直、少しだけ複雑だった。
嬉しいというより、虚しい。
三年間。
自分の働きは確かにあった。
でも、誰も見ようとしなかった。
シエルがそっとレインの袖を掴む。
「レイン……大丈夫?」
「ああ」
レインは小さく頷いた。
その様子を、ミリアがじっと見ていた。
彼女はゆっくり口を開く。
「レイン」
「何?」
「あなたがいた時……私たち、守られてたの?」
静かな問いだった。
クラウスが不快そうに顔を歪める。
「ミリア!」
だがミリアは目を逸らさない。
レインは少し迷った。
守っていた。
そう言うのは違う気がした。
自分はただ、できることをやっていただけだ。
荷物を整えた。
ポーションを補充した。
野営地を選んだ。
武器を磨いた。
地図を読んだ。
雨が降りそうなら予定を変えた。
誰も褒めなかった。
誰も戦果に数えなかった。
でも、それがパーティの成功率を上げていた。
「……俺は、自分の仕事をしてただけだよ」
レインはそう答えた。
ミリアの表情が揺れる。
ログが浮かぶ。
⸻
ミリア
レインへの評価:
後悔 上昇
⸻
クラウスは苛立ちをぶつけるように踵を返した。
「行くぞ」
リリカは黙って従う。
ガルドも舌打ちして歩き出す。
ミリアだけが、最後まで少し振り返っていた。
《黎明の剣》がギルドを出ていくと、空気が少し緩む。
冒険者たちが次々と話し始めた。
「レイン、結構やるじゃん」
「裏方って大事なんだな」
「あいつ、今フリーなのか?」
「鑑定もできるって話だろ?」
急に向けられる視線が変わった。
昨日までの嘲笑ではない。
興味。
評価。
少しの期待。
レインは落ち着かない気分になる。
グラントが近づいてきた。
「見ての通りだ」
「何がですか」
「お前の報告は正しかった。調査隊の再編が必要だ」
「俺は行きませんよ」
即答した。
グラントは少しだけ笑った。
「分かっている。今のお前を無理に危険地帯へ連れていくつもりはない」
「助かります」
「だが、別件で頼みたいことがある」
またか。
レインは嫌な予感を覚える。
ログが表示された。
⸻
新規依頼候補。
『調査隊用の装備選定を手伝え』
推奨受注。
難易度:低
報酬:中
成長効果:
【価値判定】熟練度上昇
⸻
「装備選定……?」
グラントが頷く。
「ハズレ森の再調査に向けて、必要な装備を見直す。お前の目利きと判断力を借りたい」
戦闘ではない。
ギルド内でできる仕事。
しかも報酬あり。
今のレインにはかなりありがたい。
「それなら、やります」
「よし」
グラントは満足そうに頷いた。
その時、エマが小走りで近づいてきた。
「レイン君、報酬の追加処理もしておくね。今回のハズレ森情報、正式に有効情報として認められたから」
「追加報酬ですか?」
「うん。まだ仮だけど、銀貨二十枚は出ると思う」
「助かります」
本当に助かる。
昨日まで金がなかったのが嘘みたいだ。
シエルの食事。
薬。
装備。
宿。
少しずつ整えられる。
レインは報酬袋の重みを感じながら、ふと思った。
無能だと追い出された自分が、今はギルドから頼られている。
まだ戦闘では弱い。
強敵には勝てない。
でも、自分には自分の戦い方がある。
ログが静かに表示された。
⸻
称号効果発動。
【価値を見抜く者】
周囲評価の変化を確認。
新規評価:
【便利な雑用係】 → 【頼れる目利き】
⸻
「便利な雑用係って……」
レインは小さく苦笑した。
まだ雑用係の名残があるのが少し腹立たしい。
でも。
悪くない。
頼れる。
そう見られるのは、初めてだった。
その時だった。
ギルドの扉が開き、一人の少女が入ってきた。
金色の髪。
白い上質な外套。
腰には細身の剣。
冒険者というより、貴族の令嬢に見える。
ギルド内の空気が一瞬で変わった。
「あれ……」
「王立学院の制服じゃないか?」
「なんで学院生がギルドに?」
少女は真っ直ぐ受付へ向かう。
そして、凛とした声で言った。
「こちらに、価値の分からない品を見抜ける冒険者がいると聞きました」
レインの視界にログが浮かぶ。
⸻
新規イベント発生。
『貴族令嬢の鑑定依頼』
対象:
アリシア・フォン・レイヴェル
隠し才能:
【聖剣適性】
依頼品:
呪われた聖剣
推奨受注。
⸻
レインは無言でログを見つめた。
「……次から次へと、忙しすぎるだろ」
シエルが少しだけむっとした顔で、レインの袖を掴む力を強めた。




