第十四話 「封印箱の中身」
コツン。
古い布に覆われた箱の中から、確かに音がした。
倉庫内の空気が、一瞬で冷える。
エマが息を呑み、シエルがレインの袖を掴んだ。
グラントは剣の柄に手をかけたまま、低い声で言う。
「……生き物か?」
ボルドが険しい顔で箱を見つめる。
「いや、この倉庫に生物を入れた記録はない」
「なら、なんで音がする」
「分からん」
分からない。
その言葉が一番怖かった。
レインは黒い指輪をはめた右手を握る。
視界には、封印箱のログが浮かび続けていた。
⸻
【封印品】
表面価値:不明
隠し価値:
測定不能
警告:
開封非推奨
⸻
開けるな。
ログはそう言っている。
だが同時に、別の表示も出ていた。
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所有者適性:
レイン 82%
シエル 4%
グラント 11%
ボルド 19%
エマ 0%
⸻
「……また俺か」
思わず声が漏れた。
シエルが不安そうに見上げる。
「レイン……?」
「いや、なんでもない」
そう誤魔化しながらも、レインは箱から目を離せなかった。
無価値の指輪。
価値のないものの本当の価値を見抜く指輪。
その指輪をはめた途端、この箱が見つかった。
つまり。
これも自分に関係している可能性がある。
だが、開封非推奨。
危険なのは間違いない。
グラントが一歩前に出る。
「ボルド、封印の状態は分かるか」
「待て」
ボルドは慎重に鑑定道具を取り出した。
今度は先ほど割れた棒とは違い、厚い革手袋と小さな水晶板を使っている。
箱へ近づける。
水晶板が淡く光った。
次の瞬間。
ピシッ。
水晶板に亀裂が入った。
ボルドが即座に手を引く。
「……強いな」
「呪いか?」
「呪いではない。もっと古い。封印術式だ」
「危険度は」
「不用意に開ければ、この倉庫ごと吹き飛ぶ可能性がある」
エマの顔が青ざめる。
「吹き飛ぶ!?」
レインも思わず一歩下がった。
やっぱり開けるべきじゃない。
そう判断した瞬間、ログが更新された。
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選択肢:
【開封する】
危険度:極高
報酬:不明
【封印維持】
危険度:低
報酬:なし
【一部鑑定のみ行う】
危険度:中
報酬:情報
推奨:
【一部鑑定のみ行う】
⸻
「一部鑑定……」
「何か言ったか?」
グラントが聞く。
レインは少し考え、慎重に言った。
「開けるのは危ないと思います。でも、中身が何か分からないまま放置するのも危険です」
「つまり?」
「外から分かる範囲だけ調べるべきかと」
ボルドが目を細める。
「妥当だ」
グラントも頷いた。
「やれるか?」
「俺がですか?」
「お前が一番早く違和感を拾っている」
そう言われると逃げづらい。
だがログも推奨している。
レインは深く息を吸った。
「やってみます。ただ、全員少し下がってください」
グラントはすぐに指示を出した。
「エマ、シエルを連れて入口側へ下がれ。ボルドは補助。俺は何かあれば封印ごと斬る」
「斬って大丈夫なんですか?」
「大丈夫じゃない時は諦めろ」
「怖いこと言わないでください」
シエルが離れ際、レインの袖をぎゅっと握った。
「……無理しないで」
「分かってる」
「ほんとに?」
「たぶん」
「たぶんは嫌」
シエルの声は小さかったが、真剣だった。
レインは少しだけ笑う。
「じゃあ、ちゃんと無理しない」
シエルはようやく手を離した。
その瞬間。
⸻
信頼度:37 → 38
⸻
たった一つだけ上がった数字に、少しだけ気持ちが落ち着く。
レインは箱の前に立った。
箱は古い木製に見える。
だが、よく見ると木ではない。
黒い金属のような筋が混じっている。
表面には、細かい文字のような刻印が刻まれていた。
その文字を見た瞬間、右手の指輪がわずかに熱を持つ。
⸻
【無価値の指輪】が反応しています。
隠し価値表示を拡張。
⸻
封印箱のログが変化する。
⸻
名称:
旧式封印箱
封印対象:
未確定
封印劣化率:
62%
内部魔力反応:
極小
生命反応:
なし
音の原因:
内部機構の誤作動
⸻
「……生き物じゃない」
レインは小さく呟いた。
グラントが反応する。
「分かるのか」
「たぶん。中で何かの仕掛けが動いているだけです」
ボルドが驚いた顔をする。
「内部機構だと? 封印箱に?」
「はい」
ログはさらに続く。
⸻
外部鑑定可能範囲:
31%
追加解析には接触が必要です。
接触しますか?
▶ YES / NO
⸻
また接触。
最近、この流れが多すぎる。
レインは右手を見る。
黒い指輪は静かに光っていた。
「触る必要があるみたいです」
「危険か?」
グラントが問う。
レインはログを見る。
⸻
接触時危険度:
中
予測負傷:
軽度魔力酔い
⸻
「たぶん、少し気分が悪くなる程度です」
「その“たぶん”はどこから来る」
「勘です」
便利な言葉だった。
ボルドが静かに言う。
「レインの勘は、今のところ外れていない」
グラントは数秒考えたあと、短く頷いた。
「許可する。ただし異常が出たら即中止だ」
「はい」
レインはゆっくり手を伸ばした。
封印箱の表面に触れる。
冷たい。
次の瞬間。
指輪が黒く光った。
視界に大量のログが流れ込む。
⸻
封印術式に接続。
解析開始。
⸻
「っ……!」
軽い頭痛。
だが耐えられないほどではない。
ログが箱の周囲に浮かび上がる。
⸻
封印対象:
【欠けた鍵】
分類:
特殊魔道具
表面価値:
廃棄品
隠し価値:
封印区域への接続権限
警告:
現在使用不可
⸻
「鍵……?」
レインは眉をひそめた。
箱の中身は、鍵らしい。
しかも“欠けた鍵”。
名前だけ聞けばガラクタだ。
だが隠し価値が妙だった。
封印区域への接続権限。
つまり、どこかへ入るための鍵。
その時、さらにログが開いた。
⸻
関連地点を検索中……
一致:
《魔喰いの穴》
適合率:91%
⸻
レインの心臓が跳ねた。
魔喰いの穴。
ハズレ森の隠しダンジョン。
そこに繋がっている?
なぜギルドの倉庫に、あのダンジョンと関係する鍵がある?
「レイン?」
グラントの声で我に返る。
「顔色が悪いぞ」
「……この箱、中身は鍵だと思います」
ボルドの表情が変わる。
「鍵?」
「はい。たぶん、どこかの封印を開けるためのものです」
ボルドはしばらく黙り込んだ。
やがて、低い声で言う。
「……まさか」
「何か知ってるんですか?」
ボルドはグラントを見る。
グラントも表情を険しくしていた。
「ボルド」
「ああ。可能性はある」
エマが不安そうに二人を見る。
「何の話ですか?」
ボルドはゆっくり口を開いた。
「二十年前、ハズレ森の近くで小規模なダンジョン災害があった」
「二十年前……?」
「当時の記録では、災害は鎮圧されたことになっている。だが、その時に回収された品の一部が、この倉庫に保管された」
レインは封印箱を見る。
「それが、この箱?」
「可能性が高い」
グラントが腕を組む。
「当時の調査隊はほぼ壊滅。生き残った者も多くを語らなかった。記録も不自然に欠けている」
レインの視界にログが浮かぶ。
⸻
関連情報:
二十年前のダンジョン災害
記録欠落あり
原因:
閲覧権限不足
⸻
閲覧権限不足。
まただ。
今はまだ見えない情報がある。
レインは箱から手を離した。
同時に、頭痛が消える。
「開けない方がいいです」
「理由は?」
「中の鍵は、今使える状態じゃありません。たぶん欠けてます」
ボルドが驚いた顔をする。
「そこまで分かるのか」
「……なんとなく」
そろそろ“なんとなく”が万能すぎる。
だが今はそれで押し通すしかない。
グラントは考え込んだあと、短く言った。
「封印は維持する」
レインは少し安心した。
だがグラントは続ける。
「ただし、これはもう倉庫には置いておけん。ギルドの地下封印庫へ移す」
ボルドも頷く。
「妥当だな」
その瞬間、ログが表示された。
⸻
クエスト進行。
『呪われた倉庫を整理せよ』
重要封印品を発見。
達成評価上昇。
⸻
レインは小さく息を吐いた。
とりあえず危機は去った。
そう思った時だった。
箱の表面に、淡い文字が浮かび上がる。
レインのログではない。
箱そのものに刻まれた文字だ。
古い文字。
だが、なぜか読めた。
⸻
価値なき者よ。
欠けた鍵を集めよ。
⸻
「……」
レインは固まった。
ボルドも目を見開いている。
「今、文字が……」
グラントが剣を抜く。
「何と書いてある」
レインはゆっくり答えた。
「価値なき者よ。欠けた鍵を集めよ……って」
倉庫内が静まり返った。
シエルが小さく呟く。
「価値なき者……」
レインは無意識に自分の指輪を見る。
【無価値の指輪】。
そして封印箱の言葉。
価値なき者。
明らかに関係している。
その時、さらにログが表示された。
⸻
隠し連続クエスト発生。
『欠けた鍵を集めよ』
現在進行度:
1 / 5
報酬:
不明
推奨:
長期保留
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「長期保留……」
今すぐ進めるな、ということだろう。
レインとしてもそのつもりだった。
まだ自分は弱い。
ホブゴブリン変異種から逃げるので精一杯だったのだ。
ダンジョン災害に関わるような代物へ踏み込むには早すぎる。
グラントは重々しく言った。
「この件はギルド預かりにする。他言無用だ」
「分かりました」
エマも真剣な顔で頷く。
ボルドは封印箱を見ながら、少し興奮を隠せない様子だった。
「まさか、こんなものが眠っていたとはな」
グラントがレインを見る。
「レイン」
「はい」
「お前の勘は異常だ」
「……褒めてます?」
「半分はな」
もう半分は警戒だろう。
ログにもそう出ていた。
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グラント
評価:一定評価 → 強い関心/警戒
ボルド
評価:興味 → 研究対象としての興味
エマ
評価:心配 → 信頼寄りの心配
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研究対象としての興味。
ボルドの評価が少し怖い。
だがその時、シエルの評価が目に入った。
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シエル
評価:信頼/心配/そばにいたい
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レインは少しだけ目を逸らした。
なんとなく、見てはいけないものを見た気がした。
その後、封印箱はグラントとボルドの指示で厳重に包まれ、地下封印庫へ運ばれることになった。
レインたちはそのまま倉庫整理を続けた。
黒い指輪のおかげで、作業は驚くほど進んだ。
捨てられるはずだった短剣。
劣化した魔石。
破れた外套。
価値なしと判断されていたものの中から、次々と“使える物”を見つけていく。
ボルドはそのたびに目を輝かせ、エマは計算板を忙しそうに動かした。
そして二時間後。
倉庫の整理は一区切りついた。
エマが報酬袋を持ってくる。
「レイン君、今回の基本報酬と追加報酬ね」
袋が重い。
明らかに昨日より重い。
「基本報酬、銀貨四十枚。危険物発見で銀貨十五枚。価値品発見報酬が……金貨一枚と銀貨十二枚」
「……金貨」
レインは固まった。
金貨一枚。
昨日の月光花を売っていないのに、それに近い報酬が入ってきた。
「合計、金貨一枚と銀貨六十七枚です」
エマがにこりと笑う。
「おめでとう。E級依頼としては破格だよ」
周囲にいた職員たちも、驚いたようにこちらを見ている。
レインは報酬袋の重みを感じながら、胸の奥が熱くなるのを感じた。
昨日まで、宿代すら心配していた。
追放されて、終わったと思っていた。
けれど。
終わりではなかった。
むしろ、ここから始まったのかもしれない。
その時、ログが表示される。
⸻
クエスト達成。
『呪われた倉庫を整理せよ』
達成評価:A
報酬:
【鑑定補助】解放
【危険物判別】一部解放
称号獲得:
【価値を見抜く者】
⸻
さらに。
⸻
新規派生依頼が発生しました。
『見習い鑑定士としてギルドに協力せよ』
受注可能。
⸻
レインはログを見ながら、思わず苦笑する。
「雑用係の次は、見習い鑑定士か」
シエルが隣で小さく首を傾げる。
「嫌?」
レインは報酬袋を握りしめた。
「いや」
少しだけ笑う。
「悪くない」
その時。
ギルドの表側から、大きな怒鳴り声が聞こえた。
「ふざけるな! こんな依頼、聞いていないぞ!」
聞き覚えのある声。
クラウスだった。
エマが困った顔をする。
「……《黎明の剣》、ハズレ森の調査から戻ってきたみたい」
レインの視界に、新しいログが浮かぶ。
⸻
イベント発生。
『元パーティ、調査失敗』
ざまぁ進行度:
12%
⸻
レインは思わず目を細めた。
どうやら今日も、まだ終わらないらしい。




