第十二話 「呪われた倉庫」
翌日。
レインは朝から冒険者ギルドへ向かっていた。
隣には、フードを深く被ったシエルがいる。
昨日の報酬で、まずは最低限の服と靴を買った。
まだ高価なものではない。
それでも、ボロ布のような服を着ていた昨日までと比べれば、かなりマシになっている。
「歩きにくくないか?」
「……大丈夫」
シエルは小さく頷く。
だが、その足取りは少しだけぎこちなかった。
新しい靴に慣れていないのだろう。
レインの視界にログが浮かぶ。
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【シエル】
状態:回復傾向
栄養状態:改善中
信頼度:34
【星読】発現率:51%
⸻
順調に回復している。
それだけで、昨日の報酬を使った価値はあったと思えた。
「今日は危ない依頼じゃない……はずだ」
「はず?」
「倉庫の鑑定依頼らしい」
「鑑定……?」
シエルが首を傾げる。
レインも正直よく分かっていない。
ただ、昨日のログにはこう表示されていた。
⸻
『呪われた倉庫の鑑定依頼』
推奨受注。
報酬:
【鑑定補助】解放条件
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“呪われた”という部分だけが猛烈に不安だった。
◇
ギルドへ入ると、昨日とは空気が違っていた。
レインに向けられる視線。
昨日までは嘲笑や軽蔑が多かった。
だが今日は違う。
好奇心。
疑い。
少しの期待。
その全部が混ざっている。
⸻
【注目】
【疑念】
【興味】
⸻
ログがあちこちに浮かぶ。
「おい、昨日のE級だ」
「月光花を持ち帰ったって本当か?」
「ハズレ森の異常を見つけたらしいぞ」
「元《黎明の剣》の雑用係だろ?」
レインは居心地悪く肩をすくめる。
有名になりたいわけではない。
だが、無能扱いされるよりはずっといい。
受付に行くと、エマが少し嬉しそうに手を振った。
「レイン君、来たね」
「昨日言われた依頼の件で」
「うん。ギルドマスターが待ってるよ」
エマは奥の廊下を指差した。
そのまま案内される。
だが会議室ではなかった。
連れていかれたのは、ギルドの裏手。
普段、冒険者が入ることのない古い倉庫だった。
木製の大扉には鎖が巻かれている。
扉の前には、ギルドマスターのグラントと、査定員のボルドが立っていた。
「来たか」
グラントが低い声で言う。
ボルドは無言で頷いた。
レインは倉庫を見る。
その瞬間、視界にログが浮かんだ。
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【封印倉庫】
危険度:中
状態:
【呪物混入】
【魔力滞留】
【誤鑑定多数】
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「……」
めちゃくちゃ嫌な表示だった。
「なあ、ギルドマスター」
「なんだ」
「これ、本当に俺向きの依頼ですか?」
「昨日のお前の素材選別、罠作成、報告内容を見る限り、適性がある」
「戦闘依頼じゃないですよね?」
「戦闘はない」
レインは少し安心しかけた。
だが、グラントは続けた。
「たぶん」
「たぶんって言いました?」
ボルドが静かに説明を始める。
「この倉庫には、長年放置された未鑑定品が入っている」
「未鑑定品?」
「依頼失敗で回収された物。持ち主不明の遺品。処分に困った魔道具。価値不明の素材。そういったものだ」
レインは嫌な予感が強まる。
「なんで放置してたんですか」
「鑑定士が三人倒れた」
「帰っていいですか?」
即答だった。
エマが慌てて言う。
「だ、大丈夫! 倒れたって言っても命に別状はなくて!」
「そういう問題ですかね」
シエルがレインの袖を掴む。
「……危ないなら、やめた方が」
その声には不安が滲んでいた。
レインもそう思う。
だがログが表示される。
⸻
クエスト:
『呪われた倉庫を整理せよ』
成功報酬:
【鑑定補助】解放
【危険物判別】解放条件
推奨受注
⸻
推奨。
ログは受けろと言っている。
レインは小さく息を吐いた。
「……内容は?」
グラントが答える。
「倉庫内の品を、危険物、売却可能品、保管品、処分品に分ける」
「俺、鑑定士じゃないんですけど」
「だからボルドが付く。お前は昨日見せた“違和感を拾う力”で補助しろ」
なるほど。
表向きはそういうことか。
レインは自分の能力を“勘”として扱われているらしい。
それなら都合がいい。
ログ能力を隠したまま使える。
「報酬は?」
グラントが指を一本立てる。
「基本報酬、銀貨四十枚。危険物発見ごとに追加。価値ある物を見つけた場合は、査定額の一割を支払う」
「やります」
即答だった。
シエルが目を丸くする。
「レイン……」
「生活費は大事だ」
それに、銀貨四十枚は大きい。
昨日の報酬と合わせれば、かなり余裕ができる。
シエルの治療、食事、装備。
やりたいことはいくらでもある。
グラントは口元を少しだけ緩めた。
「いい返事だ」
◇
鎖が外され、倉庫の扉が開く。
ギィィ、と重い音。
中から、冷たい空気が流れ出した。
埃っぽい。
それなのに、どこか甘い匂いが混ざっている。
シエルが小さく咳き込んだ。
「大丈夫か?」
「うん……でも、変な匂い」
レインも感じていた。
その瞬間、ログが表示される。
⸻
空気中に微弱な魔力毒を検出。
長時間滞在非推奨。
推奨滞在時間:
43分
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「……時間制限ありか」
「何か言ったか?」
グラントが聞く。
「いえ。あまり長く入らない方がいい気がします」
ボルドが眉を上げた。
「なぜそう思う」
「匂いが変なので」
ボルドは少しだけ目を細める。
「鋭いな。過去に倒れた鑑定士も、最初に匂いを訴えた」
ログ通りだ。
レインは倉庫の中へ足を踏み入れる。
棚が並んでいる。
木箱。
布袋。
壊れた剣。
錆びた盾。
黒ずんだ瓶。
どれも古く、雑多に積まれていた。
そして。
視界のあちこちにログが浮かび上がる。
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【劣化品】
【低価値】
【危険】
【魔力残留】
【未開封推奨】
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「うわ……」
情報量が多い。
だが、ハズレ森の戦闘と違い、落ち着いて見れば使えそうだった。
まず目に入ったのは、棚の上に置かれた銀色の小箱。
ログが赤い。
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【呪物】
接触非推奨
開封時:
精神汚染率 38%
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「それ、触らない方がいいです」
レインが即座に言うと、エマが伸ばしかけていた手を止めた。
「えっ?」
「なんか……嫌な感じがするので」
ボルドが慎重に小箱へ鑑定用の棒を近づける。
棒の先端に付けられた魔石が、黒く濁った。
ボルドの表情が変わる。
「呪物反応だ」
エマが青ざめる。
「触るところだった……」
グラントがレインを見る。
「一つ目だな」
ログが表示される。
⸻
危険物発見。
追加報酬:銀貨5枚
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「おお……」
これはかなり稼げるかもしれない。
次に、レインは床に転がっていた汚れた布袋を見た。
ログは黄色い。
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【素材袋】
中身:
火蜥蜴の鱗
状態:良好
推定価値:銀貨22枚
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「この袋、中身は売れると思います」
「ほう?」
ボルドが袋を開ける。
中から赤みがかった鱗が出てきた。
「火蜥蜴の鱗だ。状態も悪くない」
エマが驚いた声を出す。
「なんで分かったの?」
「匂い……ですかね」
苦しい。
だがボルドは納得したように頷いた。
「火蜥蜴の鱗は微かに硫黄臭がする。経験があれば分からなくもない」
助かった。
ログがまた表示される。
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価値品発見。
査定額の一割:
銀貨2枚相当
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地味に増える。
レインは少し楽しくなってきた。
「次は……」
そう言いかけた時。
倉庫の奥から、カタリと音がした。
全員が動きを止める。
エマが小さく言う。
「今、何か……」
「ネズミか?」
グラントが剣の柄に手をかける。
レインの視界に、赤いログが浮かぶ。
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警告。
倉庫内に活動反応。
分類:
【擬態魔道具】
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「……擬態魔道具?」
「何?」
ボルドが聞き返す。
その瞬間。
奥に積まれていた木箱の一つが、ギョロリと目を開いた。
「ひっ!?」
エマが悲鳴を上げる。
木箱に、目がある。
いや、木箱そのものが魔物のように動いていた。
ガタガタと震え、金属製の脚を生やす。
そして蓋の隙間から、鋭い歯のようなものが並んだ。
「ミミックか!?」
グラントが剣を抜く。
だが、レインのログには別の表示が出ていた。
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擬態収納具
状態:暴走
危険度:低〜中
弱点:
右側面の制御刻印
破壊非推奨。
制御可能。
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「壊さないでください!」
レインは咄嗟に叫んだ。
グラントの剣が止まる。
「なぜだ!」
「たぶん、これ魔物じゃなくて魔道具です! 右側面に刻印があるはず!」
ボルドが目を見開く。
「右側面だと?」
擬態収納具が飛びかかってくる。
レインは反射的に横へ転がった。
木箱の牙が空を噛む。
ログが流れる。
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推奨行動:
背後へ回避
成功率:88%
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レインは言われるまま動く。
敵の攻撃は速くない。
だが見た目が怖い。
シエルが震えながらも叫ぶ。
「レイン、次、上!」
レインは即座にしゃがむ。
蓋が頭上を通過した。
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【星読】
発現率:51% → 55%
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「助かった!」
「うん……!」
その一瞬で、レインは右側面へ回り込む。
確かに、小さな刻印があった。
黒く汚れて見えにくい。
だがログが示している。
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制御刻印
状態:汚染
推奨処置:
魔力遮断
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魔力遮断?
どうする。
レインの視線が、さっきの魔喰い苔付着皮に向かう。
いや、今は持っていない。
だが倉庫の棚に、似た反応の素材がある。
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魔力吸収布
劣化品
一時使用可能
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「あれだ!」
レインは棚から黒い布を引っ掴む。
擬態収納具が再び飛びかかる。
「シエル!」
「右に避けて、すぐ前!」
「分かった!」
レインは右へ回避し、そのまま前へ踏み込む。
そして黒い布を、右側面の刻印へ押し当てた。
バチッ!
青白い火花が散る。
擬態収納具が激しく震えた。
「うおっ!?」
数秒後。
箱はぴたりと動きを止めた。
蓋が閉じ、脚が引っ込み、ただの古い木箱に戻る。
静寂。
エマがへなへなと座り込んだ。
「こ、怖かった……」
グラントは剣を下ろし、レインを見た。
「お前、本当に何者だ」
「元雑用係です」
自分で言っていて、そろそろ苦しくなってきた。
ボルドが擬態収納具を慎重に調べる。
「……本物だ。古代式の擬態収納具。壊さず制御できた個体など、私は初めて見る」
「高いんですか?」
レインが思わず聞くと、ボルドが真顔で言った。
「金貨五枚は下らん」
「ご……」
金貨五枚。
レインは一瞬、意識が飛びかけた。
ログが浮かぶ。
⸻
価値品発見。
査定額の一割:
金貨0.5枚相当
⸻
「……すごい」
シエルが小さく呟く。
レインも同じ気持ちだった。
これだけで昨日の月光花に匹敵する報酬だ。
だが、その直後。
倉庫のさらに奥。
一番古い棚の下から、黒い光が漏れた。
レインの視界に、今までとは違うログが表示される。
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【隠しアイテム】
発見条件達成。
名称:
未鑑定
危険度:不明
所有者適性:
レイン 97%
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「……俺?」
レインは息を呑む。
奥にある小さな黒い指輪。
埃に埋もれていたそれが、まるでレインを呼ぶように淡く光っていた。




