今日は随分疲れたな
――過去――
「なあ、シェドそろそろ休憩しようぜ」
「はあ?」
息を切らせてそんなことを提案するベアリオに、シェドは、呆れたような目を向ける。
「おい、ベアリオ。お前が俺に稽古をつけてくれってお願いしてきたんじゃねぇか。それでもお前は全く成長できてねぇだろ。それなのに、いいのか? こんなところで立ち止まってて」
「いや、でも1時間も撃ち合ってるんだぜ。それなのになんでシェドは息切れひとつしてねぇんだよ。ちょっとは凡人のペースも考えてくれよ」
「わかったよ。全く相変わらずお前は、武闘派の父親とは大違いだな」
「ほっといてくれよ。いいだろ。父さんのことは」
そうして、ベアリオとシェドは2人でよく来る野原に腰をかける。そしてベアリオは、シェドに対して和やかな笑顔で声をかける。
「いやぁ、でもありがとな。毎日軍の修練でつかれてるだろうに、俺のためにこうやって時間を作ってくれて。シェドには本当に感謝してるよ」
「感謝してるならとっとと結果を出せ。お前の父ベアルガが死んだら、お前が王位を継ぐことになるんだ。その時は意外と早く来るかもしれないんだぞ」
「縁起悪いこと言うなよ。大丈夫だって。あの野心溢れる父さんが、簡単に死ぬわけないだろ」
「まあ、そうだろうけどな。まだまだ全然元気だし、やけに怖いし、あの人が少なくとも病気に負けることはないだろうけどな」
軽口を叩き合いながら、そのまま野原に寝そべるシェドとベアリオ。吹き抜ける風や草がざわめく音を全身で感じながら、ベアリオはシェドに言葉をかける。
「いやぁ、ほんと父さん怖いよなぁ。だからこそ驚いたよ。シェドが軍の新しい規則としてあんなことを提案した時は」
「あんなってなんのことだよ。確かに最近の会議では、いくつかの無駄を解消するために意見させてもらったけどな」
「自分でもわかってるだろ。あの、民間人に不要な暴行や殺害を禁じるやつだよ。シェドがあんな敵を思いやるようなルールを作るなんて思わなかった」
「ああ、あれか」
シェドは、夜空を見ながらぼんやりとあの日のことを思い出す。急に現れた男が自分の母親を惨殺した、あの日のことを。
彼はゴロリと体の向きを変え、ベアリオに背を向けながら続ける。
「別に、ベアルガ王が望んでるのは、この世界全土の統一だ。だったら復讐の因子はなるべく残さない方がいいだろ。それにこういう規則で規定されていれば、カニバルにも復讐に人生を売るような馬鹿はいなくなるじゃないか」
「……そうか」
――自分と同じような人間を少しでも減らしたいだけだろうに。
ベアリオは内心でそう呟きながらじっとシェドの背中を眺める。小さな背中だった。自分よりも5歳ほど離れた小さな背中。彼は、その小さな背中に、どれほどのものを背負ってしまっているのだろう。
シェドがカニバル城に来た時、彼の生い立ちについてベアリオはヴォルファから聞かされていた。そして、そんな彼の考え方に影響を与えられるように友達になって欲しい、とも。
しかし、実際ベアリオはシェドにとってそんな友人になることはできなかった。彼も、色々な闇を背負いながらも、復讐という歪な形で前に進みながらも、確固たる自分を持っている彼に、魅せられてしまっていたから。
自分も彼のように確固たる信念を持ちたいなぁ。そんなことを考えながら、ベアリオは、シェドの背中に対して呟く。
「……そうだよなぁ。ネクはきっとそんなお前だから、あんな目をしてお前を見るんだろうな」
「は? 何言ってるんだよ?」
「そうだ、シェド! 今度は恋バナでもしよう! お前ネクのことどう思ってるんだよ?」
「馬鹿か。そんな楽しそうに話をする元気があるなら、訓練を再開するぞ。ほら、早く立て」
「なんだよ、シェドはケチだなぁ」
こうして、ベアリオとシェドは再び、訓練を始めた。ちなみにこの数ヶ月後、ベアリオの父ベアルガは、レプタリアからカニバルの国土を守る戦いの中で命を落とすことになる。
しかし、この2人は、そんな残酷な未来の存在など知ることなく、ただ、純粋に互いを高め合うのだった。
――現在――
「へっへっへ、これを隠しておけばしばらく食料にこまりゃしねぇなぁ」
薄汚い笑い声が、街角に響く。厚着している布が擦れる音がする。
ここはスラム街の廃棄場であり、ここではカナハを襲った厚着の男たち、ラトラとキツナがいた。
背の高い獣人ラトラは、ソワソワしている背の低い獣人キツナを見て続ける。
「おい、キツナ。どうしたんだよ? 早くお互いの取り分取って隠そうぜ」
「いやぁ、俺も、そうしたいんだけどよ……。どうもナイフ置いてきちまったのがさ。怖くて仕方なくてさ」
「なんだよ、そんなことかよ。大丈夫だよ。バレやしねぇよ、それにバレたからなんだっていうんだよ」
「いや、だって俺らがガキに絡んだ時遠くに、シェド隊のネクさんがいた気がしたからさ。噂だとシェド隊のシェドさんは軍の規則破ったらボコボコにしてくるらしいじゃねぇか。俺もう怖くて怖くて」
「なんだそんなことかよ。大丈夫だって。それに民間人に手を加えるなっていう規則お前に言われるまで忘れてたぜ。こんな戦争を甘く見た規則守ってるやつなんていやしねぇよ。それよりも早くお前も手伝え」
「……ああ、わかったよ」
そう言って一つの袋にまとめた食料を2つの袋に分けていく2人、そんな彼らの後ろから、低くよく通る声が響く。
「チータマ隊のラトラとキツナだな? こんなところで何をしている?」
声をかけられた途端、自分達にかけられているあまりのプレッシャーに2人の背筋に寒気が走る。恐る恐る、後ろを振り向く2人。そこには、まさに噂をしていた黒獅子、シェドの姿があった。
やばい。民間人に手を加えたのがバレたのだろうか。いや、まだ大丈夫なはず。
危機を覚えたキツナは、咄嗟に眼前の隊長に兎にも角にもへりくだる決断をする。
「あ、お疲れ様です! シェド隊長!! 何してるって、嫌だなぁ。見回りに決まっているじゃないですか。レプタリアの奴らが不審な行動をしないか見張ってたんですよ! チータマ隊長に命じられて」
「はぁ、規則違反が目立ち、減給されているお前たちにか?」
「……つっ。いや、そうなんですよ! 僕たち心を入れ替えるって、チータマ隊長に言ったら重要任務を与えてくれたんですよ」
――カランカラン。
シェドは、倉庫で拾ったナイフを、ラトラとキツナの間に投げる。そして、冷たい目で彼らに言い放つ。
「そうか、その重要任務の結果がこれなんだな」
キツナの顔が真っ青になる。バレていた。やばい。それに今回のシェド隊長。何故だか知らないが相当にキレている。これはきっと減給だけでは済まない。
「いや、それは、その、あれですよ! その施設の小娘、南の峠に報復を考えていたんです! もう燃やしたんですが、計画書が見つかってまして、それで……」
「どっちが、殺した?」
「……はい?」
シェドの頭に、施設の子どもたちの泣く姿がよぎる。
「貴様の言い訳などどうだっていい! どちらが彼女を刺したかと俺は聞いている!」
そのあまりの怒りのオーラに、キツナは思わず閉口する。そんな中で、ラトラは、真っ直ぐにシェドを見据えて、シェドに応える。
「それは、俺です。俺がやりました」
「……お前か」
――グシャァァァ。
その瞬間、キツナは思わず自身の目を開く。確かにシェド隊長が来てから、ある程度の懲罰は覚悟していた。だがまさか、相方の右耳が一瞬で飛ぶことになるとは思わなかった。
「――いっつ!! 何を!?」
「何をだと! 民間人に不要な怒りを買わないようにするのは、カニバル軍が拡大した時に無用な反乱を防ぐためだ! それを違反したお前が、その身を持って、罪を償うのは当然だろう?」
もちろん、カニバル軍の規則に、違反した者の耳を飛ばしていいなどというものは存在しない。この懲罰には、シェドの怒りが十二分に含まれていた。また誰かが自分と同じ、残されたものになってしまった。そのことへの彼の怒り。散々彼がサンに対して罵り、必要のないものと語った無意味な正義感。
ラトラは、ダラダラと血を流しながら、シェドの不当な罰に意義を申したてる。
「は、なんですか、これ? 納得できません! そもそもどうしてあんたが敵であるレプタリアの女を庇うんですか! そっちの方が、カニバル軍に、反しているじゃないですか?」
「なるほど、どうやら片耳じゃ足りないらしいな!!」
「待ってください!!」
ラトラに向かって、再び手を振りかざそうとするシェド。しかし、そんな2人の間に、キツナが、両手を広げ割って入る。咄嗟のキツナの行動にシェドは自身の手を止める。キツナは、彼へ、言葉を続ける。
「ラトラは、怒りが抑え切れなかったんです! こいつ、南の峠でレプタリアの兵士に妹が殺されていて、だからこいつ、その怒りで周りが見えなくなるんだ。こいつは、本当は妹思いのいいやつなんです。だからもう、これ以上は……」
それを聞いてシェドの手が微かに震えた。キツナの向こう、片耳を抑えながらこちらを睨み付けるラトラの姿をシェドは、目に入れる。その姿と纏っている雰囲気は、確かに、あの頃の自分とそっくりだった。
「――――――っつ」
シェドは、ゆっくりと自らの手を下ろす。そして、何かを吐き出すように、彼らに向かって言葉を発していった。
「……わかった。今回はこのキツナに免じて見逃してやる。だがお前らの処罰が国外追放には変わりはない。貴様らは今すぐカニバルに戻り、俺に二度と顔を合わすことなく、どこかへ消えてしまえ」
「はい! ほら、ラトラ、早くいくぞ!」
「――チッ」
少しでも早く居なくなろうと、大急ぎで準備をし、食料を置いて去っていく2人。
シェドは、子どもたちに返すためにその食料をまとめていると、ふいに思い立ち彼のことを呼び止める。
「おい待て、ラトラ」
ラトラは気だるそうにシェドの方を向く。
「なんですか? まだなんか足りないんですか?」
「いや、お前は今回妹への怒りから、ひとりのレプタリアの民間人を殺したんだよな? どうだ? 多少なりとも怒りは晴れたのか?」
「……………」
シェドの質問を受け、ラトラはじっと自身の手を見つめていた。別に反抗的な態度をとっているわけではない。彼は純粋に、その時はシェドへの質問に対する答えを考えていた。
そして、彼はゆっくりと口を開く。
「別にただ虚しいだけでしたよ。こんなことをしても妹が帰ってくるわけじゃあるまいし」
「……そうか」
その言葉を最後に、キツナとラトラは去っていった。
シェドは食料をまとめ、静かに腰をかけた。そして、彼はじっとして夜空を見上げる。そして彼は心の中で呟く。
――随分私情を混ぜた処罰をしてしまったな。
軍の規則である『理由なく民間人を殺害及び暴行を加えてはならない』というものの処罰は、最高刑としても国外追放で足りる。だからこそ、本来なら耳など落とす必要なんてありはしない。
先述した通り、先程の行為は、シェドの頭にあの子どもたちの姿がよぎり、怒りが暴発してしまった結果だった。彼らを無意識に過去の自分と重ね、代わりに仇を打とうとしてしまった。全く、これではどちらが規則違反なのか分からない。
そしてさらに苛立ちが募るのはその仇さえも自分は取り切れなかったということだ。別に殺すまでは考えては居なかったが、施設の彼らのことを考えれば、もう殺しなど考えない程度には痛みつけてもよかった。でも、それは彼には、彼にだけはできなかった。なぜなら、あのラトラという男もまた、母を殺された後の自分に他ならないからだ。
わかってはいた。自分が今しようとしていることは、自分のような存在を次々と作り出すことだと。あの子どもたちもまた、ラトラのようにカニバルの誰かを襲うのかもしれない。そして、その誰かはまた、その子どもたちのように、レプタリアの誰かを襲うのだろう。自分がこれから数多く起こそうとしている戦争は、そうした螺旋を数多く生産する行為なのだ。
しかし、わかってはいたが、シェドは、はじめてこれほど鮮やかに、その現実を実感した。
シェドは膝に手をつき、大きく息を吐き出した。そして、全身の体から、彼の心の声が、そのまま外気に放出される。
「――はあ、今日はずいぶん、疲れたな」




