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第047話:満員御礼の地下資料室と、流れ着いた『二番弟子の金属筒』

全階層同時・大換気オペレーションの完全勝利から、五日が経った。

 かつては「一日に一人も利用者が来ない閉鎖寸前の墓場」「無天賦のロートルの左遷先」と蔑まれていたギルド本部・地下3階の『安全講習・映像資料室』は今――迷宮都市アーク・バベルで最も熱気と活気に満ちあふれた【聖地(最高司令部)】へと変貌を遂げていた。


「――はい、後ろの列の新人さんも見えますかー? これからロウ先生の最新アーカイブ『第6講:迷宮の湧き水の見分け方と、靴擦れを絶対に作らない羊毛靴下の重ね履き講座』の上映を始めますよー!」


 増設された大型立体投影盤の前で、補佐官のノエル・クラウゼンが誇らしげに声を張り上げる。

 かつては空席ばかりだった木製のベンチには、F級・E級の若手探索者だけでなく、中堅のC級・B級、さらには非番のA級冒険者までもがぎっしりと詰めかけ、手元のメモ帳にノエルの図解字幕を一字一句漏らさず書き留めていた。


 そして、部屋の奥の大きな樫(オーク)の机の周りには、もはやこの部屋の「準レギュラー」となった面々が、我が家のようにくつろぎながら情報交換を行っていた。


「ご覧くださいまし、ヴァルハイト先生!」


 首席査定官のヴェロニカ・クロフォードが、以前のような冷たい仮面ではなく、花の咲くような微笑みを浮かべて最新の統計帳簿を広げた。


「先生のアーカイブ視聴をギルドの推奨カリキュラムにしてからわずか十日間で、浅層・中層の探索者の生還率は驚異の【99.8%(死亡者ゼロ)】を維持しております! さらに、ミアさんたちの屋台と商業ギルドが提携して量産している『無毒化燻製ジャーキー』『苦いハッカ樹皮ガム』『魔石灰の消臭炭袋』の三点セットは、今や王都や隣国の迷宮都市からも注文が殺到する大ヒット商品となり、ギルドの財政は過去最高の黒字を達成いたしましたわ!」


「おうっ、うちの工房の『3ミリ傾斜ガード付き量産鉄剣』と『逆棘・照明弾固定金具』も、中堅パーティーから予約が三ヶ月待ちの大繁盛だぜ!」と鍛冶親方のガンツも豪快に笑い、ロウのマグカップに最高級の珈琲豆を補充した。「これも全部、大将が俺たちに『道具と基礎の本当の生かし方』を思い出させてくれたおかげだ!」


 その隣では、先日の第27層での活躍によって正式に【A級パーティー】への昇格を果たした『白銀の轍』のガレス、エレン、ボルクの三人と、深層第55層の防衛を終えたS級『蒼穹の旅団』の団長セリア・アークライトが、ロウを挟んでお茶を飲んでいた。


「ガレス、あなたたちもA級に上がったのだから、これからは第30層より下の階層へ入る機会が増えるわ。私の『一番弟子』の名に恥じないよう、毎日欠かさず三拍子の呼吸と半ミリの引き斬りを続けなさいね」

「ははは、分かっているさセリア姉弟子! 俺たちも来月には第40層まで到達して、先生に新しい深層のサンプルを持ち帰ってみせるぞ!」


 かつてはすれ違うことすらなかった初級・中級・S級、そして査定官・学者・鍛冶職人が、一人の穏やかな老教官を中心にひとつの大きな家族のように笑い合う。

 そんな温かな光景を、ロウ・ヴァルハイトが「みんな、本当に頼もしくなったなぁ」と目尻の皺を深くして眺めていた――その時だった。


 ――ダダダダダッ!! バンッ!!

 地下階段を駆け降りてきた足音とともに、本日付で正式に【D級パーティー】へと昇格し、中層入り口の第25層へ初探索に出かけていたはずの『灯火』のカイ、ピノ、ミアの三人が、ずぶ濡れになったマント姿で資料室へと飛び込んできた!


「ろ、ロウ先生っ! クラリス教授、ガレスさん、セリア様! た、大変ですっ!!」


「おや、カイくんたちにピノちゃん、ミアちゃんまで。そんなに濡れてどうしたんだい? まずはこの乾いたタオルで頭を拭きなさい」


 ロウがすぐに棚から清潔な麻タオルを取って三人の頭に掛けてやると、カイは「あ、ありがとうございます!」と息を整えながら、背中の革袋から『青い発光苔が絡みついた、長さ三十センチほどの重厚なミスリル製の防水金属筒』を取り出して机の上に置いた。


「俺たち、今日初めて中層の第25層に入ったんです! そうしたら、五日前に北側の排気シャフトが開通して地下の水脈が動いた影響で、第25層の南側にある『三百年前の古代水路門』の封印がひとりでに開いていて……その奥の【第26層〜第35層・古代水没都市エリア】から、見たこともないくらい大量の澄んだ地下水と、水棲魔物の群れが溢れ出してきていたんです!」


「なんですって!? 閉ざされていた中層中部の『古代水没都市セイレネス』の水門が開いたの!?」とクラリス教授がソファから飛び起きた。


「はい!」と山猫獣人のピノが耳をピンと立てて続けた。「そこで水流に巻かれて溺れかけていた他クランの斥候の人を、先生に教わった『二重猟師結びの命綱』で引っ張り上げて助けたんですけど……その時、水没都市のさらに奥の暗い渦潮の中から、この『キラキラ光る金属の筒』がぷかぷか流れてきて、ボクの足元にコツンって当たったんです!」


 ミアが眼鏡を拭いながら、そのミスリル製の防水金属筒の表面を指差した。


「先生、この筒の表面を見てください! 王国の宮廷魔導師団の紋章と一緒に、普通の文字ではなく……『斜め四十五度の傷跡が三本、八の字の刻印が三つ』という、先生の基礎講座とそっくりな合図がナイフで彫り込まれているんです!」


「「「っ!!」」」


 それを聞いた瞬間、セリアとロウの表情が同時に変わった。

 ロウが金属筒を手に取り、底のキャップを『三拍子のリズム(右に二回、左に一回)』でカチリと回すと、厳重な魔導ロックが解除され、中から一枚の防水羊皮紙が滑り出てきた。

 そこに記されていたのは、震える筆跡で書かれた緊急の救援要請だった。


『――この筒が水流に乗って上層へ届くことを祈る。私は王国筆頭宮廷魔導師にして、ロウ・ヴァルハイト先生の二番弟子、レオンハルト・フォン・シルフィード。現在、王命により第35層・古代水没都市の最奥を調査中、神話時代の「渦潮の結界」と深海魔獣の群れに退路を断たれ、調査団三十名とともに水底の聖堂に孤立している。魔力はすでに尽きかけたが、先生に教わった「空気袋の確保」と「火起こし」で全員生存中だ。……もし誰かこの筒を拾ったら、地下のロウ先生に届けてくれ!』


「れ、レオンハルトの奴……っ!」


 セリアが立ち上がり、細剣の柄を握りしめた。


「普段は王都で偉そうにしているくせに、第35層の水没都市で孤立して、先生に助けを求めているなんて……! 先生、すぐに私たちが救出へ向かいましょう!」


 室内が一気に緊張感に包まれる中、ロウ・ヴァルハイトは羊皮紙を丁寧に折りたたむと、黒板の前へと静かに歩み出た。

 そして、片手に新しい白チョークを拾い上げ、いつものように穏やかで頼もしい、生存率100%を約束する師匠の笑顔で全員を振り返った。


「――よし。レオンハルトの奴、ちゃんと俺の言いつけ通りに空気と火を確保して待っているみたいだな。あいつを助けに行くには、浅層から中層の水没エリアを抜ける全員が、水の中でも絶対にパニックにならない技術が必要だ」


 カツン、と黒板にチョークが当たる音が響く。


「ノエル、カメラを回してくれ。今日から【特別実戦講義:水没迷宮対策】の講義を始めるぞ! 記念すべき第7講のテーマは――『重い鎧を着たままでも絶対に溺れない浮き身の取り方と、水中での無音ロープワークの基礎』だ!!」


「「「はいっ、ロウ先生!!」」」


 地下3階の小さな資料室から始まった無冠の老教官の『迷宮サバイバル術』は、こうしてさらなる深淵と、新たな仲間たちの救出へと向けて、再び力強く回り始めたのだった。



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