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第041話:中堅『白銀の轍』の覚醒 〜スキルゼロで中層ボス群を完封せよ〜

――ズシン、ズシン、ズシンッ!!

 中層・第27層『魔力無効化の呪い回廊』の最奥にある減圧バルブ室の前。

 バルブを開門して高圧蒸気を逃がした直後、シャフトの亀裂から黒煙とともに這い出してきたのは、通常の『重甲殻虫』よりも一回り以上巨大で、甲殻が赤黒く熱せられた中層ボス級の変異種――【紅蓮重甲殻虫(クリムゾン・ビートル)】十二体の大群だった!


「ひ、ひいいっ!? 通常の重甲殻虫でもB級パーティーが苦戦するのに、熱脈の魔力を吸ってボス級に変異した個体が十二体も同時になだれ込んできたぞ!!」

「しかもここは第27層の呪い回廊のど真ん中だ! 剣技スキルも攻撃魔法も、付与武器の炎すら一切使えねぇ! 後続のC級部隊が退避し終わるまで、こんな化け物の群れを生身で止められるわけが――!」


 応援に来ていた他クランのB級・C級探索者たちが、スキルが使えない絶望感に顔を引きつらせて後ずさった、その時だった。


 ――カツン。

 先頭に立つ中堅B級パーティー『白銀の轍』のリーダー・ガレスが、ガンツ親方に打ってもらったばかりの無骨な鉄剣の柄を握り、一歩前へと踏み出した。

 彼の口元には湿らせた『消臭炭袋』が巻かれ、奥歯では『苦いハッカ樹皮のガム』が噛み締められている。


「慌てるな、お前たち! ここは俺たち『白銀の轍』の三人が一歩も通さずに食い止める! 他クランの者は、第5講の『三点歩法』を守って落ち着いて回廊の外まで下がれ!」


「な、なにを無茶なことを言っているんだガレス!? お前たちだって四日前、第24層で普通の重甲殻虫三匹に剣を折られて惨敗したばかりじゃないか! スキルも魔剣も使わずに、どうやって十二体のボス級を止める気だ!?」


 仲間の探索者の悲鳴のような問いかけに、ガレス、ハーフエルフの弓使いエレン、そして大柄な槍使いボルクの三人は、マスクの下で不敵に笑った。


「四日前の俺たちは、スキルの光と魔剣の火力に目が眩んで、自分の足の裏も呼吸も忘れていたただの素人だった」


 ガレスは左手の丸盾を構え、鼻から「スゥ、スゥ」と二拍で息を吸い、口から「ハァーッ」と四拍で吐き出しながら、肩の力をストンと抜いた。


「だが今の俺たちには、ロウ先生に叩き直していただいた『本物の基礎』がある! 行くぞ、ボルク、エレン! スキルはゼロだ、先生の教え通りに捌き切る!!」


「おうっ!」「ええ、任せて!」


 次の瞬間、先頭の『紅蓮重甲殻虫』二体が、合計二トンを超える質量を乗せた超音速の体当たり(タックル)を、ガレスとボルクへ向かって同時に放った!

 かつての彼らなら、《剛力防御(パワー・ガード)》で正面から受け止めようとして、腕の骨ごと吹き飛ばされていた一撃である。


 だが――

 ガレスとボルクは、突進が盾と槍に触れるコンマ一秒前、右足の踵を軸にして半歩だけ斜め後ろへ引き、丸盾と大槍の柄の表面を『わずか3ミリ(角度にして3度)』だけ内側へ傾けた!


 ――カァァァンッ!! シャリィィィンッ!!

 激突の轟音ではなく、まるで氷の上を石が滑ったかのような軽快な金属音が響いた。

 二トンの突進エネルギーは、ガレスの盾とボルクの槍を1ミリも凹ませることなく、3ミリの傾斜面に沿って綺麗に左右の壁へと受け流され、紅蓮重甲殻虫の巨体が自分の勢い余って無防備な脇腹を晒しながら宙に浮いた!


「今よ、ガレス、ボルク!!」


 その後方から、エレンの弓が閃いた。

 魔法の矢ではない。ガンツ親方が第5層の古代鉄片を混ぜて鍛えた、ただの細身の鉄矢である。

 エレンは弦を親指の付け根に引っ掛けて薬指と小指を折り畳む『東方式・無音射法(ロウ直伝)』で、羽音すら立てずに三本の矢を同時発射した!


 ――ヒュンッ! ドス、ドス、ドスッ!!

 放たれた三本の矢は、硬い甲殻ではなく、宙に浮いて無防備になった紅蓮重甲殻虫の『脚の付け根の白い関節膜(わずか五ミリの隙間)』へと吸い込まれるように突き刺さり、一撃で三体の移動能力を完全に奪い去った!


「おおおおおっ!! スゥ、スゥ……ハァーッ!!」


 仕上げはガレスとボルクだ。

 二人は力任せに大振りするのではなく、三拍子の3拍目の吐く息に合わせて、足の裏の三点から腰、背中、肩へと連動させた体重を乗せ、鉄剣と大槍の穂先が甲殻の継ぎ目(鎖骨にあたる急所)に触れた瞬間――小指をキュッと締めて、手首を半ミリだけ手前に引いた!


 ――スパンッ!! ズバァァァンッ!!

 魔力スキルなど一滴も使っていないにもかかわらず、ただの量産鉄剣と鉄槍が、まるで熱いナイフでバターを切り裂くかのように、ボス級の紅蓮重甲殻虫の首の継ぎ目を音もなく一刀両断してみせたのである!


「「「な……っ、なんだあの神業みたいな連携はぁぁっ!?」」」


 回廊の入り口まで下がって見ていた他クランの探索者たちも、そして地下3階の司令室でスクリーンを見つめていたギルドマスターや将軍たちも、全員が度肝を抜かれて立ち尽くした。


 盾を3ミリ傾けて二トンの突進を受け流し、無音射法で関節を縫い止め、三拍子の呼吸と半ミリの引き斬りで硬い甲殻の継ぎ目を一撃で断ち切る。

 予備動作も無駄な魔力消費も一切ないため、ガレスたち三人は息ひとつ切らすことなく、次々と押し寄せる残り九体の紅蓮重甲殻虫を、わずか三分足らずのうちに【被弾ゼロ・魔力消費ゼロ】で全滅させてしまったのだ!


「……ふぅーーーっ」


 最後の十二体目を無音の引き斬りで両断したガレスは、三拍子の呼吸で静かに息を整えると、血や脂すらほとんど付着していない量産鉄剣の刀身を掲げて見つめた。

 スキルに頼って大振りしていた頃は、三匹倒しただけで肩で息をし、剣の刃はボロボロに欠けていた。

 だが今、ロウに教わった『基礎』の通りに身体を使っただけで、その剣には傷ひとつなく、自分の掌には亡き兄・クライヴが昔見せてくれたのと同じ、温かく力強い手応えだけが残っていた。


(……兄貴。やっと分かったよ。兄貴がなぜ最期までロウ隊長を誇りに思い、『本物の強さはスキルの外にある』と言っていたのか……! 先生の基礎は、俺たち凡人が化け物に勝つための、最高の魔法だったんだな!)


 ガレスが胸の奥で亡き兄に報告し、鉄剣を「チャリン」と澄んだ音で鞘に収めると、回廊の入り口で呆然と見ていた他クランのB級・C級探索者たちから、地鳴りのような大歓声が沸き起こった!


「す、すげぇぇぇっ!! なんだよ今の『白銀の轍』の戦い方は! スキルを一個も使わずに、ただの鉄剣と弓と槍だけで中層ボスの群れを三分で完封しちまったぞ!!」

「お、俺たちも今朝から先生の『第3講』と『第4講』を見たじゃないか! 盾を3ミリ傾けて、三拍子で息を吐きながら手首を半ミリ引く……本当にあれだけで、こんな圧倒的な強さになれるのかよ!?」

「よし、後続の小型の魔物は俺たちが先生の基礎で片付けるぞ! 『白銀の轍』に続けぇぇっ!!」


 ガレスたち三人のあまりにも鮮やかな実証を目の当たりにしたことで、中層の探索者たちの中にあった「スキル至上主義の呪縛」が完全に打ち砕かれ、第27層全体の士気が爆発的に跳ね上がった。


「す、凄まじい……っ!」


 地下3階の司令室で、ギルドマスターのバルドが震える手でガレスたちの査定記録をめくった。


「スキル無効化の呪い回廊で、中層ボス級の変異種十二体をたった三人で無傷完封だと……!? ヴェロニカ、これはもはやB級の領域ではない! 作戦終了後、『白銀の轍』は文句なしの【A級昇格】だ! わずか四日間の地下資料室での基礎指導が、伸び悩んでいた中堅パーティーをここまで化けさせるとは……!!」


 そして、中層の第27層が完全に制圧されたその瞬間――右側のスクリーンに映し出されていた深層・第55層の氷結渓谷でも、大陸最強の『一番弟子』がその真価を発揮しようとしていた。

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