第031話:クラリス教授の徹夜解析 〜『蒼い星砂』と『3号機の看破レンズ』〜
「――ああっ、ちょうど良かったわ室長、みんな! 大変なことが二つ同時に分かったわよ!!」
地下資料室へ戻ってきたロウたちを見るなり、クラリス教授は白衣の裾を翻して立ち上がった。
彼女の手には、まず一つ目の発見――ノエルの片羽根が曲がった古い浮遊カメラ『3号機』が抱えられていた。
「まず一つ目! さっき『蒼い星砂』の波長を計測するために、ノエルちゃんのこの一番古い浮遊カメラ『3号機』のレンズを借りて分解清掃してみたの。ノエルちゃんはこれまで、この3号機が撮影中に『ピピッ!』って勝手に暗い天井や死角を二秒間だけ映すのを、初期型のセンサーのバグだと思っていたわよね?」
「は、はい! 第1講の時も第5講の時も、室長を映さずに何もない暗い壁ばかり向くので、ポンコツになっちゃったのかなって……」
ノエルが頷くと、クラリスはレンズの中央に刻まれた『古い十字の紋様』を拡大ルーペで照らし出して叫んだ。
「ポンコツなんかじゃないわ!! ノエルちゃん、あなたのお父様があなたに遺したというこの3号機の中心レンズ……これ、現代のガラス水晶じゃないわよ! 三百年前の初代迷宮守が使っていた失われた超古代遺産――【光学迷彩および隠蔽殺気のみに反応して自動追尾する、真実看破の水晶】がそのままはめ込まれているわ!!」
「「「な……っ、なんだってぇぇっ!?」」」
ノエルが「えっ!? お、お父さんの形見の3号機が、超古代の看破レンズ!?」と目を丸くする横で、エレンとセリアはハッとして顔を見合わせた。
「やっぱり……! だから第1講の時も第5講の時も、3号機はバグってよそ見をしたんじゃなくて、光学迷彩で天井の死角に潜んでいた深層の魔物を正確にロックオンしていたのね……! そして、3号機がそっちを向いた二秒間のうちに、ロウ先生がカメラの死角から小指の指弾一発でその魔物を処理していたから、殺気が消えてすぐに正面へ戻っていたんだわ……!」
「ちょっと待てセリア団長、それにエレン!」とボルクが目を剥いて叫んだ。「第5講の時の第22層だけじゃなくて、『第1講』の撮影の時も3号機が天井を向いたって……第1講を撮ったのは、新米が一番最初に入る『浅層の第1層』だぞ!? まさか四日前の第1層の天井にも、深層第45層の光学迷彩魔物が潜んでいたって言うのか!?」
「ええ、その通りよボルクさん!」
クラリス教授は興奮冷めやらぬまま、3号機の看破レンズの奥の記憶回路に残されていた「第1講(第1層)」と「第5講(第22層)」の透明魔物の残留魔力データを空中に投影した。
そこには、第1講でロウが「松明は腰の斜め後ろに掲げようね」と微笑んでいたまさにその頭上の通気孔で、体長二メートルの『迷彩潜み蜥蜴』がロウの左手の小指が弾いた小石一発で眉間を撃ち抜かれ、音もなく気絶してダクトの奥へ滑り落ちていく決定的な瞬間が、赤外線のような魔力輪郭としてクッキリと記録されていたのである!
それを見たカイやヴェロニカ、ガンツ親方は「し、初心者講座をニコニコ喋りながら、第1層の天井にいた深層魔物を小指一発で弾き飛ばしてたのかよ……!? もし先生がいなかったら、第1層に入った新米が初日に透明な魔物に喰われてたじゃねぇか!!」と改めてロウの底知れなさに戦慄した。
「しかもよ!」とクラリスはさらに声を張り上げた。
「なぜ本来は第45層より下にしかいないはずの光学迷彩魔物が、第22層や第1層の北側坑道なんかに迷い込んでいたのか……その理由が、二つ目の解析結果と完全に繋がったの! これを見て!!」
クラリスは机の上に置かれた三つのサンプル――
① 初級『灯火』が第3層北水路で採った【ぬるま湯と赤い鉄喰い苔】
② 中級『白銀の轍』が第24層北壁の逆走虫から取り出した【第60層の温かい蒼い星砂】
③ S級『蒼穹の旅団』のセリアが第55層北渓谷から持ち帰った【高温の蒸気火傷を負った氷竜の鱗】
――の魔力波形グラフを、一斉に空中で重ね合わせた。
「この三つのサンプルに付着していた火属性水蒸気の成分、そして第3層・第24層・第45層に漏れていたS級即死毒『夢喰い胞子』の粒子……これらすべてが、同じ一つの発生源――深層第65層の『地底大熱脈』から、秒速五十メートルを超える超高圧の水蒸気気流に乗って、真っ直ぐ上層へと吹き上げられたものだと判明したわ!!」
室内が静まり返った。
そこへヴェロニカが一歩進み出て、先ほど訓練場で報告したばかりの『第4のピース』を机の上に置いた。
「クラリス教授。そこへさらに、たった今判明した『第1層〜第30層の北側区画だけでの火魔石の純度5倍暴騰』と、ガンツ親方の工房がある『北街の古井戸の水位が十メートル急降下して硫黄臭が噴き出している現象』を加えてちょうだい」
「なんですって……!? 北街の地下水が迷宮の底へ吸い込まれて、北側区画の火魔石が5倍に膨れ上がっている……!?」
クラリスは顔色を変え、ガレスたちが第27層から持ち帰った『三百年前の壁画の拓本』へと視線を走らせた。
その隣では、ノエルが自分の胸に『3号機』をギュッと抱きしめながら、丸眼鏡の奥の瞳を潤ませてロウを見上げていた。
「……あの、室長。私、この3号機が勝手に横を向くたびに『ポンコツでごめんなさい』って謝っていたんですけど……室長は最初から、お父さんが遺してくれたこの3号機に『真実看破の水晶』が入っていることに気づいておられたんですか?」
ノエルがおずおずと尋ねると、ロウは目尻の皺を深くして優しく頷いた。
「ああ。初日に君がその3号機を起動した時、レンズの奥の十字紋様が俺の腰の解体小刀と、天井の暗がりにいた気配にすぐ反応したからね。……君のお父さん、いい仕事をする魔導技師だったんだな。普通のカメラなら魔物の殺気に当てられて回路が焼き切れるところだが、君が毎日丁寧に魔力回路を磨いて手入れしていたおかげで、三百年前の看破レンズが今日まで一度も曇らずに動いていたんだ。胸を張るといい、ノエル」
「し、室長……っ! はいっ、お父さんもチビも、きっと喜んでいます……っ!」
ノエルが袖で目元を拭い、ピピッ! と嬉しそうに羽根を揺らす3号機の頭を撫でた。
すると、その3号機のレンズから投影された立体ホログラムが、机の上に並べられたサンプルと第27層の壁画の拓本を青白い光でスキャンし、ノエルの《高速映像編集》スキルと連動して自動的に整理された一覧表を空中に浮かび上がらせた。
『【解析完了:北側区画・全異常データの共通項】』
『・第03層(北側旧水路):水温30℃上昇/赤い鉄喰い苔/夢喰い胞子(微量)』
『・第24層(北壁亀裂):重甲殻虫の異常逆走/第60層産の蒼い星砂(高温付着)』
『・第27層(北防衛回廊):古代壁画「北側・中央排気縦坑の閉塞による大蒸気爆発」の警告』
『・第35〜48層(北ルート):夢喰い胞子による探索者14名の睡眠窒息死』
『・第55層(北氷結渓谷):氷嵐竜の腹部に150℃以上の超高圧・火属性蒸気火傷』
『・地上北街&浅層全域:古井戸の水位10m急降下/北側火魔石の純度500%暴騰』
空中に浮かび上がったその不気味なまでの共通データに、部屋の中の誰もが息を呑んだ。
地下資料室の大きな木机の上に、ついに浅層・中層・深層・そして地上の専門職たちが別々に集めてきた「すべての点」が並んだのである。




