第029話:初級・中級・S級の合同模擬戦 〜受け継がれていた師匠の癖〜
「――クラリス教授。では、私が第55層から持ち帰ったこの『蒸気火傷の鱗』と、ガレスたちが第24層の虫から見つけた『蒼い星砂』、そして第27層の『逆さまの塔と排気縦坑の壁画』の精密分析には、どのくらい時間がかかりますの?」
「そうね、ノエルちゃんの記録水晶の波長解析も借りて、今から三時間ほど集中して計算させてもらえれば、この迷宮の北側で何が起きているのか完全な結論を出せるわ!」
クラリス教授とノエルが机の上で猛烈な解析作業に入ったのを見て、ロウは立ち上がり、カイたち『灯火』の三人と、ガレスたち『白銀の轍』の三人、そしてセリアを見渡した。
「よし、二人が解析をしてくれている間、俺たちはギルド裏の第3訓練場へ行って、少し身体を動かしておこうか。……これからもし迷宮で大きな換気作業(ひと仕事)が必要になるなら、初級と中級、そしてセリアたちS級がお互いの呼吸と間合いを知っておく必要があるからな」
「まあ! 先生の御前で、私が弟弟子・妹弟子たちの実力を直々に見てあげられるのですわね! 望むところですわ、先生!」
セリアは嬉しそうに胸を張り、一行はギルド本部の裏手にある屋外の『第3訓練場』へと移動した。
すぐに『《氷華の剣姫》セリア様が、最近話題のB級『白銀の轍』とE級『灯火』を相手に合同模擬戦をするらしいぞ!』という噂が広まり、訓練場の柵の周りには、何百人もの探索者やギルド職員が見物に押し寄せた。
「では、まずは前衛の動きを見せてもらおうか。カイくん、ピノくん、ガレスくん、ボルクくんの四人で、同時にセリアへ打ち込んでごらん。武器は木刀と木槍、スキルは一切禁止だ」
ロウの合図で、訓練場の中央に一本の練習用木刀を手にしたセリアが立ち、その周囲をカイ、ピノ、ガレス、ボルクの四人が囲んだ。
見物していた探索者たちは「おいおい、いくら相手がS級のセリア様だからって、B級のガレスたちと組んで四対一かよ」「いや、それよりカイとガレスの構えを見ろ……二人とも重心がピタリと沈んで、足音がまったくしねぇぞ!」とざわめき立つ。
「――行くぞ、カイ! ボルク! 『三拍子の呼吸』、合わせろ!」
「はいっ、ガレスさん!」
四人は同時に鼻から一拍で息を吸い、二拍目で丹田へ重心を沈め――三拍目で細く息を吐きながら、砂粒ひとつ舞い上げない『三点荷重の歩法』で四方からセリアへと滑り込んだ!
先陣を切ったボルクが3ミリ傾斜の大盾でセリアの視界を塞ぎつつ体当たりを仕掛け、その背後からガレスが握り拳ひとつ分短くした木槍で神速の四十五度刺突を繰り出す。さらに左右の死角から、カイとピノが木刀の柄頭(石突)を逆手に構え、セリアの鎖骨と膝の関節へ向かって完璧な『斜め四十五度打撃』を同時に打ち込んだ!
(……っ、凄いわ!!)
迎え撃つセリアの蒼い瞳が、驚嘆に大きく見開かれた。
たった三日前までF級の落ちこぼれだったはずのカイとピノの踏み込みに、一ミリの予備動作もない。そしてB級のガレスとボルクの連携は、もはや王都のA級近衛騎士団すら凌駕するほど無駄が削ぎ落とされていた。
「――お見事ですわ、あなたたち! でも、一番弟子はまだ譲れませんことよ!」
セリアはスキル《氷帝姫の剣》を一切使わず、ロウから十年間受け継いだ究極の『三点歩法』と『手首を半ミリ引く木刀の受け流し』だけで、ボルクの盾の表面を蝶のように滑り抜け、ガレスの槍の側面をコンと弾いて軌道を逸らし、カイとピノの石突を木刀の鍔と柄尻で同時に「カタン!」と受け止めてみせた!
――パァンッ!!
四人の渾身の基礎連撃と、セリアの完璧な基礎防御が交錯し、見物席の探索者たちから「「「おおおおおっ!! なんだ今の動きは!? 魔法もスキルも光ってないのに、目にも留まらない神速の攻防だぞ!!」」」と割れんばかりの大歓声が上がった。
「はぁ、はぁ……っ、す、すごい……! 僕たちの斜め四十五度の石突を、手首を半ミリ引くだけで完全に殺された……!」
カイが目を輝かせると、木刀を下ろしたセリアも、満足そうにプラチナブロンドの髪を揺らして微笑んだ。
「合格よ、カイくん、ガレス! あなたたちの『三点歩法』と『四十五度の石突』、本当に先生の教えを忠実に守っているのが剣筋から伝わってきたわ。……さて、次は後衛のエレンとミアちゃんの番ね」
セリアは訓練場の端にある的に向かって構えたハーフエルフの弓使いエレンと、その後ろで野戦衛生用の薬草を刻んでいたミアの方へと歩み寄った。
エレンが一拍で吸い、二拍で沈み、三拍目で左手の弓を2ミリ押し出しながら、親指の弽を使って――「ッ、トン」と完全な無音で五十メートル先の的の中心を射抜く。
そしてその横では、ミアが小刀を逆手に持ち、手首のスナップを使って薬草の茎を「トントン、シャッ」と独特の斜め三十度の角度で素早く刻み、傷薬の軟膏を練り上げていた。
その二人の手元を見た瞬間――
セリア・アークライトの足が、ピタリと止まった。
「……え? ちょ、ちょっと待ちなさい、エレン、ミアちゃん!」
セリアは目を丸くして二人の手元へ駆け寄り、エレンの右手の『親指の鹿革の弽』と、ミアが胸ポケットから覗かせている『古い手書きの薬草絵本』を交互に見つめた。
「エレン! 今の『親指の付け根の骨に弦を乗せて、右の肩甲骨を2ミリ寄せる無音射法』……それは先生のアーカイブの『第1講』から『第5講』にはまだ収録されていなかったはずよ!? それにミアちゃん、あなたのその『薬草の繊維を潰さないように、小刀の峰を親指で押して斜め三十度に引く刻み方』……それ、十年前、北部辺境の訓練所でロウ先生が毎朝お薬を作る時にやっていた手つきと、1ミリも違わずそっくりじゃない!! ……あなたたち、いったいいつどこで先生にそれを教わったの!?」
「えっ……!? わ、私のこの薬草の刻み方は、孤児院に十年前から毎月届いていた、この差出人不明の『手書き薬草絵本』に書いてあった通りなんですけど……」
ミアが驚いて胸ポケットから古い絵本を取り出し、エレンも「私は八年前、北の『霧哭きの森』で片目に包帯を巻いた旅のお方に――あっ、そういえばさっき、それがロウ先生ご本人だったと分かったばかりで……」と頬を染めた。
さらにカイまでが、自分の首から下げている『半分に折れた真鍮の警笛』に手を当てて、「……えっ? 北の辺境と、孤児院への仕送り……? ま、まさか、十年前の表層崩落で俺を瓦礫の下から掘り出して、この半分に折れた真鍮の笛をくれた『灰色の救難兵』のおじさんも……!?」と声を震わせた。
全員の視線が、訓練場のベンチで穏やかに日向ぼっこをしながらお茶を飲んでいたロウ・ヴァルハイトへと一斉に集中した。
だが、その核心に触れようとしたまさにその瞬間――
「――ヴァルハイト室長っ!! セリア団長っ!! 大変です、緊急事態が発生しましたわ!!」
ギルド本部の校舎から、青い顔をした首席査定官ヴェロニカと、煤だらけの鍛冶親方ガンツの二人が、息を切らして訓練場へと駆け込んできたのである!




