第021話:ギルド前屋台のヒット商品! 燻製ジャーキーと消臭炭袋の普及
翌朝、冒険者ギルド本部前の石畳広場には、いつもとは違う香ばしい燻製の匂いと、爽やかなハッカの香りが立ち込めていた。
「いらっしゃいませーっ! 地下資料室・ロウ先生監修! 『第2講』の【岩毒トカゲの無毒化燻製ジャーキー】と、『第3講』の【魔石灰と消し炭の消臭・防毒炭袋】、それに【苦いハッカ樹皮ガム】の三点セット、ひと袋たったの銅貨三十枚ですよーっ!!」
朝日に照らされた広場の一角で、元気いっぱいに声を張り上げていたのは、初級パーティー『灯火』のミアとピノ、そしてきのう第5層の古代避難室でカイたちに命を救われた同期パーティー『紅蓮の翼』のダンたちだった。
屋台の横には、首席査定官ヴェロニカ・クロフォードが公式に発行した『【ギルド監査部&学術院・クラリス教授推奨】迷宮内での生存率・継戦能力を向上させる特認サバイバル物資』というお墨付きの看板が堂々と掲げられている。
「おっ、これが昨日の伝言黒板で話題になってた『トカゲの燻製ジャーキー』と『炭袋』か!」
「俺、昨日は『第2講』と『第3講』の映像だけ見たんだけど、自分でトカゲのリンパ管を抜いたり炭を混ぜたりする時間がなくてさ。銅貨三十枚で買えるならめちゃくちゃありがたいぜ!」
「おい、こっちに三セットくれ! 今日これから第18層の毒沼区画へ行くんだ!」
これから迷宮へ潜る探索者たちが、次から次へと屋台の前に列を作った。
なにしろ昨日の今日で、ギルド1階の『実戦検証・伝言黒板』には、ロウのアーカイブを実践した探索者たちからの驚愕の報告がさらに何十件も書き足されていたのである。
『【B級・白銀の轍】報告する。昨日まで我がパーティーが苦戦していた第24層〜第25層の「魔力減衰領域」にて、ロウ先生の「三拍子の呼吸」「三点歩法」「3ミリ傾斜盾」を実践したところ、スキルを一度も使わずに双頭魔狼6頭と重甲殻虫3匹を3分未満・無傷で完全制圧した。中層で壁にぶつかっているすべての探索者に、地下資料室の受講を強く推奨する!』
『【学術院・クラリス教授】第2講のおまけの「岩毒トカゲの燻製ジャーキー」を成分分析した結果、加熱熟成によって「経口抗瘴気ワクチン」に変化していることが判明したわ! 一袋食べておけば、銀貨20枚の高級抗毒ポーションと同等以上の瘴気酔い防止効果があるわよ!』
あのプライドの塊だったB級のガレスと、学術院の権威であるクラリス教授が連名で大絶賛したことで、これまで「どうせF級の新米向け講座だろう」と斜に構えていたC級・B級の中堅探索者たちまでが、雪崩を打ってロウのサバイバル術と物資に飛びついたのだ。
「す、すごいわカイくん、ピノちゃん! 孤児院のみんなにも手伝ってもらって昨日の夜に二百セット作ったのに、もうあと二十セットしか残ってないわ!」
ミアが嬉しそうに前掛けのポケットへ銅貨と銀貨をしまい込む横で、山猫耳のピノも「うんっ! 孤児院の小さい子たちも、消し炭と魔石灰を麻袋に詰めるお仕事でお小遣いがもらえるって大喜びだったよ! それに私、ミアちゃんが端切れ肉で作ってくれた『燻製ジャーキーと塩苔の朝スープ』を飲んだおかげで、今朝は耳も鼻もいつもの二倍くらい冴えてるよ!」と尻尾をふわふわと揺らした。
実際、屋台の横では小さな寸胴鍋で「岩毒トカゲの燻製ジャーキーをほぐして煮出した生姜入りの試飲スープ」も振る舞われており、それを一口飲んだ夜明け帰りのC級探索者たちが「う、うめえええっ!! なんだこの黄金色のスープは!? 徹夜探索で冷え切った胃袋に染み渡って、目の奥の魔力疲れが一発で吹き飛んだぞ!」「おいミアちゃん、追加でジャーキーを五袋くれ! うちのクランの常備食にする!」と次々に銀貨を置いていった。
さらにそこへ、昨日の夜通し炉を叩き続けていた鍛冶親方のガンツが、大きな木箱を担いでドカドカと屋台の前へやってきた。
「おうっ、カイ坊主にミア嬢ちゃん、朝から繁盛してるじゃねぇか! ほらよ、昨夜のうちに俺が打っておいた『地下資料室・推奨モデル』のサービス品だ!」
ガンツ親方が木箱を開けると、中には黒光りする鋼で鍛えられた『後付け用の石突スパイク金具(四十五度打撃用)』と、バックラーの表面に取り付ける『3ミリ湾曲のアタッチメント鉄板』がズラリと並んでいた。
「大将の『第1講』と『第3講』を見た若い連中が、手持ちの安物剣や丸盾ですぐに四十五度打撃と受け流しができるようにと思ってな、一晩で五十個打ってきたぜ! 重心のブレを殺すための溝も、大将の教え通りきっちり彫り込んである。お前たちの屋台の炭袋セットと一緒に、原価の銅貨二十枚で並べておきな!」
「わあっ、ありがとうございますガンツ親方! これがあれば、他の新人パーティーのみんなも絶対に武器を折らずに戦えます!」
そして、一緒に屋台の売り子を手伝っていた『紅蓮の翼』のダンも、昨日までの傲慢さが嘘のように爽やかな汗を拭いながらカイに頭を下げた。
「カイ、本当にありがとな。昨日お前たちに助けられて、夕方に地下資料室で『第1講』から『第3講』まで全部見させてもらったよ。……俺、自分の火球スキルばっかりに頼って、靴紐の結び方ひとつ知らなかった自分が本当に恥ずかしくなった。足の怪我が治るまでの数日間、俺たちにもこの炭袋作りと屋台を手伝わせてくれ!」
「ああ、こちらこそ助かるよ、ダン! 怪我人が出なくなって、しかも都市のみんなが安全に迷宮から帰ってこられるなら、ロウ先生もきっと喜んでくれるはずだ!」
カイが笑顔で頷いたその時、広場の向こうから、クリップボードを抱えた首席査定官ヴェロニカが颯爽と歩み寄ってきた。
彼女の目の下には昨夜の計算に熱中しすぎたのか少しだけ隈があったが、その眼鏡の奥の瞳は恍惚とした知的な輝きに満ちていた。
「素晴らしいわ、あなたたち! 聞いてちょうだい、昨日一日でギルド全体の救護室搬送件数が前月比で42%も減少し、逆に無傷の魔石の買取総額が過去最高記録を更新したのよ! しかもこの屋台の炭袋とジャーキーが普及すれば、中層の毒沼区画での瘴気中毒者も激減するわ……! ヴァルハイト室長のおまけ動画は、冒険者の命だけでなく、ギルドの健全な財政をも劇的に立て直す奇跡のサバイバル術ですわ!」
ギルド本部ビルから広場を見下ろす地下資料室の窓辺では、当のロウが湯呑みのお茶を静かに啜りながら、若い探索者たちが笑い合い、助け合う姿を温かい眼差しで見守っていた。
「……道具も知識も、生かすのは使う人間の心だ。みんな、いい顔で迷宮へ向かうようになったな」
ヴェロニカが興奮気味に帳簿を弾く中、屋台で買ったばかりの『消臭炭袋』を腰に下げ、『トカゲの燻製ジャーキー』と『苦いハッカ樹皮ガム』をポーチに入れた何百人もの初級・中級探索者たちが、今日も元気に迷宮の大階段へと降りていった。
この時、屋台のミアたちも、買っていく探索者たちも、そしてヴェロニカですらも思っていなかった。
彼らが「靴擦れ防止と、ちょっとした瘴気酔い止めになる安くて便利なグッズ」として都市中の探索者の標準装備に広めたこの『魔石灰の消臭炭袋』と『ハッカ樹皮ガム』こそが――わずか数日後、迷宮全体を襲う未従有の大災害において、ギルドの高級防毒マスクすら溶け落ちる中で、何千人もの探索者の命を100%救う唯一の切り札になろうとは。




