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雛の声

ピピピピピ!!ピピピピピ!

何十回と聞き慣れた目覚ましが、再び私を現世へと連れ戻す。横を見ても、奈々華はいない。いつも私は夜、不安で寝れない。寝ると、夢の中で思い出してしまう。

私があいつの首を絞めて、あいつの顔が青ざめ、助けを呼ぼうと手は空を切り、口がぱくぱくと開いたらする姿。

…そして、その手がパタリと地面に落ちる音。

あいつはくそ野郎だ。私達にセクハラばっかして、ヤられるのも時間の問題だった。

でも、クズ野郎だとしても、殺してしまった事実は本物で、寝られるわけが無い。いっつも、怖かった。事件は狙い通り自殺と処理されたけど、不安でいっぱいだった。

何かあればバレるんじゃないかって。情状酌量の余地はあれど殺人だ。重い刑罰を科せられる。

手が震える。あの子が握ってくれていない時の手は、まだ首を絞めた感触が残っている。

早く、会いたい。そんな想いは日に日に強まって行って、家ですら落ち着かない日々だ。

学校に着くと、特別な事情がない限りは、私達は校門前で待ち合わせをしている。奈々華の姿を発見した私は、パタパタと足早に彼女に近づく。

「おはよ、奈々華。」

「おはやいまーす。そんじゃ行こっかー。」

教室に向かうまでのこの時間、ほんとうにひとときの安らぎだが、奈々華がちゃんと居てくれる大切な時間。

私と奈々華は教室が違う。私はA組で奈々華はD組。

階段を共に上がり、奈々華は一足先に教室に入り込もうとしてしまう。

「あっ、そういえばなんだけどさ。」

「何?」

「今日、美雪とカラオケ行く予定だから、家行くの遅くなる。ほら、事件があったとて、ずっと浅川と関わって、他の人と全く関わらないのも変じゃん?」

「…分かってる。普段通りでいこうって決めたのは私だし。どれくらいに終わりそう?」

「んー、5時…いや、6時かな。」

「分かった。それじゃ。」

「うーい。」

彼女と別れ、私は少し奥のA組の教室に入る。

意識するのは、いつも通り。

それを徹底すれば、徐々に何事もないような空気感になるはずだから。

「ね、ねえ、亜由美ちゃん。」

席に着くなり、雛が私の元に駆け寄ってくる。この教室に吹奏楽部で顔馴染みなのは、雛一人だけ。他はみんな別のクラスだから、前はちょっと寂しいと思ってたけど、今は根掘り葉掘り聞かれることがないということから、結果的に良かったと思ってる。

「何?雛。」

「その…一週間前のことなんだけどさ…」

あの事件のことを聞かれても、既に対策はしてある。

気休め程度の励ましに対する回答は既に用意してあるし、何か不審なことがなかったかと言われても平然と乗り越えた。警察からも何も疑われず、今更この事件に関することと言えば、残念だったね、怖かったね程度の中身の無い会話である。

だが、今回の雛の話はどれにも属さなかった。

「亜由美ちゃん。その日って何してたのかなって。」

「なんでそんなこと聞くの?」

「ああ、いや、その…、その日の亜由美ちゃん。なんだか凄い怖い顔してたから、ちょっと気になって。」

怖い顔…。意識など当然して無かったが、第三者が言うならそうなのだろう。決行した日の私は確かに、全てのことが心配で、側から見てどう思われるかなど考える余裕はなかった。

兎にも角にも、今は適当に誤魔化せば、どうとでも有耶無耶にできる。そう思い、私は機械的にセリフを喋る。

「その日は確か、遅くまで自主練してたし、それでも一向に照に近づいてる感覚がなかったから焦ってたのかな。ごめん、変な心配かけて。」

「い、いや、謝らないで!こっちこそ変なこと聞いてごめんね?また事件のこと掘り返したりして…」

「ううん、気遣ってくれてありがとう。」

そう言い終わると、チャイムが鳴る。それと同時に雛は自分の席に戻って授業が始まる。

大丈夫。私は隠し通せてる。

…奈々華。大丈夫。あなたならきっと…。



「でね!浅川が言ったのよ!私には分かってる…。何も分かっていないことが!!って!」

「あはは!なんか強がりキャラが迷走してない?それじゃただのおふざけ要因だよー!」

カラオケの小さな個室。箱庭に押し込められているような窮屈感を、友達の森下美雪と笑い合うことで吹き飛ばす。美雪も一応吹奏楽部なのだが、いかんせん部員数が多くて、練習の時はいつも教室が別々なのである。

「おーし!ここで一曲、歌姫冨山奈々華さんがカツカレーに決めてやるぜー!」

「うっしゃー!いったれー!」

美雪は私のおふざけに全力で応答してくれる。こういうのは反応されず軽くあしらわれるのが一番きついから、ノリがいいのは本当に助かってる。

時々、茶々が過ぎるのは考えものだが…

「ねーねー、今のラブソング、誰向けなの〜?」

こんなふうに。

「誰向けとかないっしょ。最近の歌はラブソング多すぎた玄白だし。」

「いや〜いるっしょー?例えば、浅川だったり〜。最近ずぅ〜っと一緒に居るからさー。」

「全く…。嫉妬されるとは…。私も罪な女になってしまったものよのう。」

「あー!論点ずらしだー!」

そこからは何度かイタチごっこのような問答を繰り返し、お互いにポテトをクロスカウンターで喰らわせてやって終着した。

ちらりと、時計を見る。5時30分。予約は45分までなので、延長をする予定の無い私達が歌えるのも僅かである。そのことを美雪に伝えると、彼女はふざけた顔から一転して真面目な顔をしだした。

「…奈々華、今日は私、確かに奈々華を遊びに誘った。

でも、それは言いたいことがあったからなの。」

「言いたいことって?」

「一週間前の自殺事件。私はあれを他殺のものだと思ってる。」

…すぐには、応答できなかった。それは私がそのことを事実だと知っていたからに他ならない。

脳内で、浅川の言葉が反芻する。

"いつも通りに"

そうだ。なら私ができることは、なるべくオーバーに反応してあげることだ。

「ほほう…。それはなぜゆえ…?」

「一つ目の根拠は、彼が自殺するような精神状態には見えなかったこと。だけどこれは側から見た印象に過ぎないから、今日は奈々華に証言して貰おうと思って呼んだ。

…いい?奈々華、あの日、あの人に何か不審な点はあった?」

壁際に追い込まれる。…何?この緊迫感。まさか…本当に…。

…助けて、浅川…。

"いつも通りに"

「…….私はあの日、先輩に会っていないからわからない。」

「……そう。まあ、これはただの捜査のきっかけ。

確信を持ったのはこっち。」

「それは…どういう?」

「これは多分もう、警察も分かってる。市民には公表していない事実。それはね…」

…空気がこわばる。ついつい息が早まってしまう。手汗が滲んで、震えを必死に隠そうとする。

お願い、私達を逃してよ。私達だって…こんな…。

「何も分かっていないということだぁーー!!」

「………ああ、そう。」

「ちょっとお!?奈々華に対しての最大級のボケだと思ったのにぃー!なんでそんな軽くあしらうのーー!!」

「い、いやーごめんごめん。あまりにも演技がうますぎてボケだと思わなかったから。ほら、ポテトをどうぞ。女優さん。」

拗ねた美雪にポテトをあーんしてあげる。その手はもう震えておらず、手汗は少し残っているが、それよりも安心感が強かった。そして浮かれた私は、つい余計なことを聞いてしまう。

「じゃあ、他殺ってのも冗談?」

「いや?それはマジ。ついでに自分なりに捜査してるってのも。なんでかって言われたら答えれないんだけど、やっぱり自殺ってのはなんか腑に落ちなくてさ。」

彼女の顔色は本気だった。本気と言っても、ちょっと笑っていて、それは好奇心から来る遊び心のようなもの。彼女は真面目な顔を演じることはあっても、その顔を演じることはない。だからこそ、彼女の言葉は、私の心に鉄の錘を結びつけることになる。

「いやー、自殺と判定された事件を高校女子学生が解決!なんてのはまじチョベリグっしょ!探偵事務所に対するガクチカとしてはこの上ないよ!一発内定かもねー!」

ガハハハハ!と豪快に笑う彼女に、私も出来るだけの笑顔で質問する。

「それで、もし犯人が見つかったらどうするの?」

「ん?そんなの警察に突き出すに決まってるじゃん。

だって人殺しだよ?のうのうと生きてちゃ…。

奈々華?」

「…えっ?あっ、いや…これは…」

ダメ。なんで涙なんか…。引っ込んでてよ…。お願い。

私も、浅川もバレたら…私達は生きてちゃダメだなんて…。そんなの…。

「…ごめんね。私がノンデリだった。一応身内…だもんね。死んでショックだろうし、事件が掘り返されるのも気分が良いわけないよね。

安心して、自殺って警察が決めたんだもん。

それ以上は何もないはず。私も試験近づいたら適当に見切りをつけるよ。だから、心配しないで。

私は味方でいとくから。」

背中を優しくさすられて、耳元でそんなセリフを囁かれる。

味方で居てくれる。そんな言葉は私にとって呪いだ。

ただ一人、浅川を除いて。

カラオケから外に出て、美雪と別れた後、私はすぐにスマホを起動させて、浅川に連絡する。既読は一瞬でついた。

"浅川。今日自主練だよね。私が学校まで行くから待ってて欲しい。ちょっと忘れ物があったのも思い出したから。待ち合わせは屋上で。"



夜風が吹き抜ける屋上。そこには小さな菜園があったり、街の眺めが一望できる絶景があったりで、長く居ても飽きはしない。ただ、その風景に身を委ねて、小さく溜まっていく不安を誤魔化しているうちに、ガチャっとドアが開く音がする。

「ごめん浅川。お待たせ。」

「別に。私としても、奈々華が居ないと嫌だし。」

「へ〜。私のこと好きなんだー。」

「…うん。絶対に離したくない。」

「………私も。でさ、今日美雪がさ、あの事件のことを自分で調べてるって言うんだ。それで、なんだか不安になっちゃって。」

奈々華が自身のスカートをギュッと握りしめる。俯いた目は焦点があっておらず、ビクビクと肩を震わせていて、それが夜風に震えていることでは無いのは明白だ。

「大丈夫に決まってる。警察が調べて何も出なかったんだ。今更森下一人が調べたって、何も出やしない。

私達が下手に動けば、それこそ怪しまれる。」

「分かってる。でも、やっぱり不安で…。最低でも美雪の動向くらいは確認しとくべきだと思うの。

バレたら私達、刑務所行き…。

浅川とはもう、一緒に居られない…。」

夜の暗闇は、私達が生んだ沈黙を更に重苦しいものに変化させ、ゆらゆらと感情がネガティブなものに蝕まれる。

そうだよね…。バレたらもう、奈々華とは…。

「分かった。私も色々とケアはしとく。遺留品とかから私達に繋がるものがないかを調べとくから、奈々華は美雪のことを…」


「…二人とも、何の話……?」

…公演の前とかに、よく血が逆流するような感覚に陥ることがある。それは気持ちの良いものでは全く無く、心臓が捩れるように脈を打ち、腹痛に頭を悩ませることも結構ある。

…でも、今回はそれの比じゃない。体全てが凍りつき、

臓器全てがぐちゃぐちゃに飛び出してしまいそうな程の恐怖。

「……雛…」

掠れた声で、奈々華が雛の名前を呼ぶ。その目からは、到底光を感じない。この夜の暗がりと同化する程の闇で染まっていた。

「今の話、先輩の事件のことだよね…?遺留品から私達に繋がるとか…バレたら刑務所とか…。自殺じゃ…ないの?本当は…二人が…」

「雛!!」

自分でも驚くほどの、風向きを変えたと思うくらいの大声が出た。無我夢中で、雛を見つめる。

ここで逃すわけにはいかない。

「…いい?あの事件は自殺ってことで解決したの。

私達は何も話してないし、あなたは何も聞いちゃいない。それで、終わり…。終わりなの!」

「でも…ダメだよ…。そんなの。どんな理由があろうと人を殺しちゃ…」

「分かってるよ!!そんなこと…分かってる。

…でも、私達だって、好き好んでこんなこと…」

涙があふれて止まらない。もうこの調子じゃ、これ以上喋ることも叶わない。これで伝わらなければ、あとはもう…

「ごめん。亜由美ちゃん。分かってるなら、ちゃんと罪は償わないと。私もそれを知った以上、目を背けるわけにはいかない。」

そう言って、彼女は扉を開けて、私達に背を向ける。

ダメ…。待って。お願い、行かないで!!


トンッ。

グラッ。

ドタドタドタ。

バタン。


………………………………

ああ…あ…ああ…。


殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した殺した


階段。押し飛ばした。動かない。死体。私が。殺した。二人。


…嫌だ。もう、私は…

「浅川。しっかりして。」

ぐらついた視界に、彼女が割って入る。彼女の顔は冷静で、でもやっぱり光は纏ってはいない。

「しっかりって…もう…」

「うっ…うう…」

「……雛?」

うめき声。生きてる?雛が、まだ。

再び、奈々華を見る。彼女は微笑みかけてくれたりはしなかったが、優しく私の背中を撫でてこう言った。

「私はどこまでもついていく。奈々華が地獄に行くなら私も一緒。大丈夫。ずっと一緒だから。」

「…分かってる。奈々華。下から助けを呼んできて。

まだ吹部の人が自主練で何人か残ってるはず。

私達は階段で転んだ雛を発見した体でいく。

…大丈夫。私を信じて。」

「…もちろん。一蓮托生、だよ。」

私は奈々華が階段を下っていく背を見送って、動けずにいる雛に、一枚のメモを見せながら話しかける。

「ごめんね。雛。こんなことして。でも、ちゃんと聞いて欲しい。一応メモも残しておくから、しっかり確認して。

いくよ?

今日聞いたことは、全部黙って。

あなたは階段から足を滑らせた。

私達はそれの第一発見者。

もし、約束を破ったら…



今度こそ殺す。



あなたじゃなくて、雷奈を。」


程なくして、ドタドタと騒がしく階段を駆け上がる人が大勢現れた。私も必死に慌てたふりをして、状況を説明する。

そんな中、人だかりを押し除けて、一人の少女が雛に寄り添う。

「雛!雛!ダメ…死んじゃ嫌!!雛!!」

「雷奈…ちゃ…」

その日の夜は、悲哀の声で満たされた。

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