episode7「祈りの下にあるもの」
カチ。
カチ。
カチ。
礼拝堂の床下から、規則正しい機械音が鳴り続けている。
クロムは床に手をついたまま、音の位置を探るように目を閉じた。
「……この下。」
「地下があるの?」
アーニャが覗き込む。
「たぶん。」
「教会の下に?」
「うん。」
「でも、この星って機械とかほとんどないんじゃなかったっけ?」
アーニャがセリアを見る。
「うん……。」
セリアも不安そうに床を見つめた。
「街にはほとんどないよ。私も、こんな音……聞いたことない。」
「じゃあ、やっぱり変じゃん!」
アーニャが声を上げる。
「教会の地下だけ機械があるってことでしょ?」
「…………。」
ノアの顔が、ほんの少しだけ強張った。
「地下には入っちゃだめ。」
静かな声だった。
けれど、今までより少しだけ強い。
「え?」
「入っちゃだめ。」
ノアは繰り返した。
「どうして?」
クロムが聞く。
「……決まりだから。」
「誰が決めたの?」
「…………。」
ノアは答えなかった。
「ノア?」
セリアが妹の顔を覗き込む。
「私も地下のこと知らないよ。教会にいた時も、入っちゃだめって言われてたけど……。」
「お姉ちゃんも入っちゃだめ。」
「でも……。」
「だめ。」
ノアの声には怒りも焦りもない。
ただ、決められた言葉をそのまま繰り返しているようだった。
クロムは立ち上がる。
そして礼拝堂の奥へ視線を向けた。
「音、あっちから強くなってる。」
「クロム!」
アーニャが慌てて後を追う。
「ノアちゃん、入っちゃだめって言ってるよ!?」
「まだ入らない。」
「まだなら大丈夫か♪!」
礼拝堂の奥。
祭壇の裏には、細い通路が続いていた。
クロムたちが進むと、小さな部屋がいくつか並んでいる。
どれも簡素な造りで、机と棚が置かれているだけだった。
「ここは?」
「教会の人たちが使う部屋。」
ノアが後ろから答えた。
クロムは一つの机の前で足を止める。
机の上に、分厚い冊子が置かれていた。
「……これ。」
「なにそれ?」
アーニャが横から覗き込む。
クロムが表紙を開いた。
中には、びっしりと文字が並んでいた。
名前。
数字。
記号。
また名前。
また数字。
一頁ごとに、何十人もの住民の名前が記されている。
「住民名簿?」
セリアも近づいてくる。
「これ……街の人たちの名前だ。」
その横には、意味の分からない文字がいくつも書かれていた。
『祈り済』
『安定』
『再確認』
『増量』
『経過良好』
「……増量?」
アーニャが首を傾げる。
「何を増やすの?」
「…………。」
セリアにも分からない。
クロムは頁をめくっていく。
「番号もある。」
「ほんとだ……。」
「名前の横に、全員違う番号がついてる。」
アーニャが顔をしかめる。
「なんか……名簿っていうより、管理表みたい。」
その瞬間。
バッ。
ノアが冊子を奪い取った。
「これは見ちゃだめ。」
「ノア?」
セリアが驚いて妹を見る。
ノアは冊子を胸に抱えている。
「これは、みんなが眠れるようにするためのもの。」
「眠れるように?」
アーニャが聞き返す。
「うん。」
「祈り済って書いてあるけど?」
「教会で祈ると、みんな落ち着くから。」
「増量って?」
「…………。」
ノアは少しだけ黙った。
「必要な人は、たくさん祈るの。」
「……。」
クロムがノアを見つめる。
嘘をついているようには見えなかった。
少なくとも。
ノア自身は、それを本当に正しいことだと思っている。
「ノア。」
セリアが優しく声をかける。
「それ、誰に教えてもらったの?」
「教会の人。」
「博士?」
ノアの指が一瞬だけ動いた。
けれど。
「…………。」
また、口を閉ざした。
その時。
コツ。
コツ。
コツ。
廊下の向こうから足音が聞こえた。
「誰か来る。」
クロムが振り返る。
数人の大人たちが、暗い通路の奥から姿を現した。
教会の世話役らしい。
白っぽい長衣を着た男と女。
三人。
その全員が、ほとんど同じ表情をしている。
怒っているわけでもない。
驚いているわけでもない。
ただ、静かにこちらを見ていた。
「外部者。」
一人の男が口を開く。
「教会内部への立ち入りは許可されていません。」
「え、あ、ごめんなさい!」
アーニャが反射的に頭を下げる。
「でもノアちゃんが倒れてたんだよ!それで……。」
「確認しました。」
「え?」
「ノアは問題ありません。」
「いや、倒れてたんだけど……。」
「問題ありません。」
同じ言葉。
同じ声色。
アーニャが少しだけ後ずさる。
怒鳴られたわけでもない。
追い出されたわけでもない。
なのに。
何故か、怖い。
「外部者は出てください。」
「……分かった。」
クロムがあっさり答えた。
「クロム?」
「行こう。」
セリアはまだノアを見ていた。
「ノア……。」
「お姉ちゃん。」
ノアがセリアを見る。
「帰っていいよ。」
「……。」
「私は大丈夫だから。」
「本当に?」
「うん。」
セリアは少しだけ俯いた。
「……じゃあ、また来るね。」
「うん。」
セリアが微笑む。
でも。
ノアは笑わなかった。
それでもセリアは、最後にもう一度だけ妹の頭を撫でた。
「おやすみ、ノア。」
「……おやすみ。」
セリアたちは教会を出る。
真っ暗な街へ戻る直前。
クロムは一度だけ、後ろを振り返った。
誰も見ていない。
その一瞬。
服の袖の中に、小さく折り畳んだ紙を滑り込ませる。
さっき帳簿を見た時に、密かに抜き取っていた一頁。
教会から少し離れたところまで来てから、クロムは立ち止まった。
「なあに?」
アーニャが聞く。
クロムは袖から紙を取り出した。
「これ。」
「え!?すごい!!いつ盗ったの!?」
「さっき。」
セリアも紙を覗き込む。
「……これ、さっきの帳簿?」
「うん。」
暗闇の中でも、クロムには文字が読める。
クロムは上から順番に目を走らせていく。
「……あった。」
「何が?」
「セリア。」
「私?」
そこには確かに、セリアの名前があった。
その横には。
『長期不在』
『投与履歴欠損』
「……とうよ?」
セリアが首を傾げる。
「なに、それ。」
「分からない。」
クロムはさらに下を見る。
そして。
「ノアもある。」
「え?」
ノアの名前。
その横には、他の住民とは違う記載があった。
『灯守』
『直接管理』
「……直接、管理?」
アーニャの声が小さくなる。
その時。
遠く離れた教会の地下から。
カチ。
カチ。
カチ。
あの規則正しい機械音が。
暗い街の中まで、微かに響いていた。
ブクマ、コメント一言でももらえると、クロムもアーニャもよろこびます♡
#SF #ダークファンタジー #宇宙 #海賊 #少女 #グルメ #ファンタジー #ヒューマンドラマ




