episode6「鐘の鳴らない教会」
真っ暗な都市を、巨大化したピコが駆け抜けていく。
「ピコ!急いで!!」
「ピコッ!!」
セリアの声に応えるように、ピコは砂を蹴って速度を上げた。
「わ、わ、わ!!速い速い!!落ちるー!!」
アーニャはピコの背中にしがみつきながら叫ぶ。
「クロム!なんにも見えないんだけど!!本当にこっちで合ってる!?」
「うん。見えてる。」
「いいなあ!!アーニャにもその目ほしい!!」
「いる?」
「え!?くれるの!?」
「冗談。」
「クロムが冗談言った!!」
「二人とも……ごめん、今は急いで……!」
前に座るセリアの声が震えていた。
「……ごめんね!」
アーニャもそれ以上は何も言わず、セリアの背中を見つめる。
クロムは暗闇の中、流れていく街並みに目を向けた。
さっきまで人で賑わっていた通りには、もう誰もいない。
店も閉まり、街は嘘みたいに静まり返っている。
「本当にみんな寝るんだ。」
「うん……。暗くなったら、みんな家に帰るの。」
「でも今日は鐘が鳴ってないんだよね?」
「……うん。」
セリアは唇を噛んだ。
「ノアが鐘を鳴らさなかったことなんて、一度もないの。」
ピコがさらに速度を上げる。
街の中心へ近づくにつれて、建物は少しずつ大きくなっていった。
そしてその先。
暗闇の中に、ひときわ大きな建物が浮かび上がる。
「あそこ!!」
セリアが指を差した。
「教会!!」
石造りの大きな教会。
街のどこからでも見えるほど高い鐘楼が伸び、その頂上には巨大な鐘が吊るされている。
だが。
「……炎がない。」
クロムが呟いた。
教会の前には、大きな鉄の器が置かれていた。
本来なら、そこには地下都市を照らすための大きな炎が灯っているらしい。
けれど今は完全に消えている。
黒い煤だけが残り、辺りは真っ暗だった。
「そんな……。」
セリアがピコの背中から飛び降りる。
「ここはいつも灯ってるの。昼の間は絶対に消えないのに……!」
アーニャも慌てて降りた。
「ノアちゃんがここの炎を管理してるの?」
「鐘はノアが鳴らしてる。でも、炎は教会の仕組みでついてるの。ノアはずっとここに住んでて、毎日決まった時間に鐘を鳴らすの。」
「セリアンはここに住んでないの?」
「……私は、住んでない。」
セリアは一瞬だけ教会を見上げた。
「昔はいたけど……今はピコと街の外れに住んでる。」
「そうなんだ。」
アーニャはそれ以上聞かなかった。
セリアの顔が、ほんの少しだけ強張っていたから。
巨大な教会の入口は、半分開いたままだった。
人の気配はない。
ただ。
キィ……。
キィ……。
鐘楼へ続く一本の縄だけが、誰も触れていないのに小さく揺れていた。
「ノア!!」
セリアが突然、教会の中へ駆け込んだ。
「ノア!!どこ!?」
「セリアン!待って!!」
アーニャも後を追う。
クロムは一瞬だけ、揺れる鐘の縄を見上げてから二人を追った。
教会の中は、外よりさらに暗かった。
長い礼拝堂。
左右には木製の椅子が何列も並び、その先には大きな祭壇がある。
誰もいない。
「ノア!!」
セリアの声だけが、広い教会に響く。
「ノアー!!」
返事はない。
セリアは椅子の間を走り抜け、祭壇へ向かった。
「……!」
突然、足を止める。
「ノア……?」
祭壇の脇。
床の上に、小さな女の子が倒れていた。
水色の髪。
セリアによく似ている。
けれど、その顔にはほとんど表情がない。
そして右手には、小さな鍵が強く握られていた。
「ノア!!!」
セリアが駆け寄る。
「ノア!ノア!!起きて!!」
身体を抱き起こし、必死に名前を呼ぶ。
「ねぇ!ノア!!」
クロムもすぐそばにしゃがみ込んだ。
「……息はしてる。」
「本当!?」
「うん。」
セリアは大きく息を吐いた。
「よかった……。」
震える手でノアの頬に触れる。
「ノア、聞こえる?お姉ちゃんだよ。」
「…………。」
ゆっくりと。
ノアのまぶたが開いた。
「ノア!!」
セリアの顔が一気に明るくなる。
「よかった……!本当に、よかった……!!」
そのまま強くノアを抱きしめた。
「びっくりしたんだから……!鐘も鳴らないし、灯りも消えるし……ノアに何かあったのかと思って……!」
「…………。」
ノアは動かなかった。
セリアに抱きしめられたまま、ただ前を見つめている。
腕を回すことも。
笑うことも。
泣くこともない。
しばらくして、小さく口を開いた。
「……お姉ちゃん、来たんだ。」
「……うん。」
セリアが少しだけ身体を離す。
「来たよ。ノアが心配だったから。」
「そう。」
「……ノア?」
セリアの笑顔が少しだけ曇る。
アーニャも離れたところから二人を見つめていた。
姉を見つけた妹。
妹を必死で探していた姉。
なのに。
二人の間には、妙な温度差があった。
「ノア。どうしてここで倒れてたの?」
「…………。」
「鐘は?今日、鳴らしてないよね?」
「……うん。」
「何があったの?」
ノアは手の中の小さな鍵を見つめた。
「今日は……。」
一瞬。
ノアの眼が、礼拝堂の床へ向く。
「今日は、灯りを止めなきゃいけなかったから。」
「……え?」
セリアの表情が固まった。
「どういうこと?」
「…………。」
「ノア?」
「何でもない。」
「何でもないって……。」
セリアが妹の肩に触れる。
「何かあったなら、お姉ちゃんに話して。」
「…………。」
「ノア。」
「何でもない。」
同じ言葉。
同じ声。
同じ表情。
セリアは何も言えなくなった。
もう一度、妹を抱きしめる。
今度は先ほどよりも、少しだけ弱く。
それでも。
ノアの腕がセリアの背中に回ることはなかった。
「…………。」
アーニャも珍しく黙っていた。
その時。
クロムがゆっくりと立ち上がった。
「……クロム?」
床を見つめている。
「どうしたの?」
クロムは答えない。
教会の中には、誰の声もない。
外の街も静まり返っている。
それなのに。
耳を澄ますと——
カチ。
……カチ。
……カチ。
一定の間隔で、小さな音がする。
「何……この音。」
アーニャがクロムのそばへ寄る。
「時計?」
「違う。」
クロムはしゃがみ込み、床に手を当てた。
カチ。
……カチ。
……カチ。
音だけではない。
微かに。
床そのものが震えている。
クロムの眼が細くなった。
「……この下。」
「え?」
「何か動いてる。」
その瞬間。
今までほとんど表情を変えなかったノアが、初めて大きく目を見開いた。
「…………。」
セリアも、その変化を見逃さなかった。
「ノア……?」
カチ。
カチ。
カチ。
礼拝堂の床下から。
規則正しい機械音が、暗闇の中で鳴り続けていた。
ブクマ、コメント一言でももらえると、クロムもアーニャもよろこびます♡
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