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33 グイドとヴァレリオ

 ヴァレリオとルーチェの退団届が出され、一月後にはそろって辺境領モンテヴェルディに向かうことになった。

「惜しいなあ、ヴァレもルチェリアも」

 第二魔法騎士団長執務室で、二人の退団届を手にフィデンツィオは軽く溜息をついた。

「ルチェリアだけでも慰留しとけばよかったかなあ」

「やっぱりその気はあったんだ」

 グイドはヴァレリオの退団届をフィデンツィオから受け取ると、承認のサインをした。ルーチェの退団届には、既にグレゴリオのサインが入っていた。

「…相手がヴァレじゃなかったら、ここで国の守りの刺繍をさせたかったなあ。王妃は無理でも第二夫人くらいならなんとかなったと思うんだけど…」

「そんなことヴァレに聞かれてみろ。王太子だろうと雷撃食らわされるよ」

 フィデンツィオの言葉を鼻で笑いながら、グイドは壁に掛かっている団の紋章の刺繍に目をやった。

 実に見事な刺繍だった。常にある魔法はささやかながらも守りを与えて安心感をもたらし、糸に込められた魔力は豊かでありながら静かに秘められている。

「あの子の魔力が満ちるのは、心が満たされている時だ。無理に繕わされた物か、繕い歌を歌いながら繕った物か、それだけでも守りの力は雲泥の差だ」

「おまえ、そこまで判ってたのか?」

 グイドはあえてフィデンツィオの言葉に頷かず、知らんぷりをした。

「言ってくれればいいのに」

「言ったところで、おまえが強欲になるだけだ。王都はモンテヴェルディにはなり得ず、おまえはヴァレリオにはなり得ない。西の地を守護し、時々でも上等な繕い魔法を手に入れられるならそれでいいと、そう思ったからこそ、おまえも二人の邪魔をしなかったんだろ?」

 フィデンツィオは、軽く溜息をついた。

「ヴァレには、迷惑をかけたからな。 …おまえにも」



 グイドは、かつてはグラートと言う名だった。

 グラートの役目はフィデンツィオの友にして護衛。同い年のフィデンツィオとは三歳の時からそばで過ごし、五歳の頃には何かあればフィデンツィオのために命を落とすことも臆するなと言われて育った。


 グラートが十三歳の時、隣国エストリアからの帰り、フィデンツィオの供をして乗っていた馬車が襲撃された。

 グラートは加勢が来るまでの間、防御の魔法でフィデンツィオを守りきったが、自身はひどい怪我を負い、生死の境をさまよった。

 世間では第一王子は死んだと言う噂が広められた。今生きているふりをしているのは影武者で、本当のフィデンツィオではない、と。それは、第二王子である弟フランチェスコを王にしようと企む者達の策略だった。

 異様な早さで国の内外に広まる悪意ある噂に対抗するため、噂は情報の誤りであり「死んだのは護衛」と言う「事実」が作られ、護衛の葬儀が行われた。

 瀕死の重傷だったグラート・アガッツィは死んだことにされ、アガッツィ家に戻ることは許されなかった。


 五ヶ月後、グラートはグイド・ノヴェッリとして再びフィデンツィオの護衛になった。

 友は生きている。名前が変わっただけで何も変わってはいない。フィデンツィオはグイドとしての友の復帰を喜んだ。

 グイドはあまり笑わなくなっていた。常に一歩下がって周囲に気を配り、友としても遠慮がちになり、常に敬語を使った。それがフィデンツィオには面白くなかった。それでも信頼できる者がそばにいてくれることは、何より心強かった。

 だから、油断もあったのだろう。

 事件から二年以上も経っていたのに、公の場でグイドのことを「グラート」と呼んでしまったのだ。

 軽い間違いだと思った。

 しかし、グイドはすぐにかしこまり、ひざまずいて謝った。

「大変申し訳ありません。私が至らぬばかりに、殿下が亡きグラート殿をお忘れになることができないのでしょう。私の不徳の致すところです。何とぞ、お許しください」

 謝罪するグイドの目には、涙が浮かんでいた。

 その翌日、グイドはフィデンツィオの護衛を辞した。

  いつまでも、殿下をお支えする覚悟は揺るぎません。どうか、お元気で。

 残された書き付けを見ても、フィデンツィオは友に裏切られた、グラートは嘘つきだ、としか思えなかった。


 そうしないうちに、第二王子フランチェスコの母、当時の第二王妃が多くの疑惑を残し、不慮の死を遂げた。

 他国との黒いつながり、国内の貴族との癒着、武器供与。二年前のフィデンツィオの襲撃にも関与が疑われていたが、その証拠が見つかった。

 フランチェスコは支持する者の協力を得て他国へ亡命したが、半年も経たぬうちに亡命先で命を落とした。病死と報告された。

 フィデンツィオは王太子となり、国政に積極的に関わるようになった。



 廃爵したノヴェッリ家の名を与えられたグイドは、自らの死を告げられてからは家族と暮らしていた家に戻ることも、父や母、兄や親戚たちに会うことさえ許されなかった。友を見かけても、あくまで見知らぬ他人として接し、話をすることさえ許されない。

 仮の父母もおらず、見知らぬ家令たちの世話を受け、孤独を感じた。髪の色も目の色も変えられ、本当にグラートはこの世からいなくなったのだ、と実感した。

 辺境地で養子になるはずだった弟が自分の代わりに家で暮らしていると聞いた時は、腹立たしくて仕方なかった。ど田舎の辺境地から王都に呼び戻され、父母や兄と共に仲良く暮らしている。かつて自分のものだった場所を、弟にとられたような気がした。

 孤独に耐えながら、国のため、王子のため、そう思いながら続ける護衛に、ふと意義を感じなくなる時があった。

 そんな時、フィデンツィオが自分の名を間違えたのだ。

 死にたかった訳じゃない。だが、覚悟を持って、自分を殺し、グイドとして生きようとしているのに、王子には伝わっていない。

 グイドは、フィデンツィオと距離を置く決意をした。王家に忠実で、家族には厳格なグラートの父、エルガルト・アガッツィでさえ、それを引き止めることはしなかった。


 どう生きていけばいいか迷っていた頃、偶然、弟ヴァレリオに会った。

 通りすがりに取っ組み合いのけんかをしている学生を見つけ、仲裁に入った。

 ずっと離れて暮らしていて、初めはお互い兄弟だとは判らなかった。特にヴァレリオにとっては兄グラードは死人だ。判るはずもない。

 三対一でかなり殴られていたにもかかわらず、全くひるむことなく相手に食ってかかり、引き離しても

「生意気な田舎者のくせに」

と言われて、グイドの手をかいくぐり、

「モンテヴェルディを馬鹿にするな! 王都なんてくそ食らえだ!」

と叫ぶと、体当たりして相手を倒し、馬乗りになって殴りかかった。それでも、時々あふれそうになる魔法を必死に止め、あくまで素手で戦おうとしていたところにプライドを感じた。そういう奴は嫌いではなかった。

 結局三人組は悪態をつきながら逃げ帰り、一人残ったヴァレリオは服についた土埃を払うと、グイドに向かって

「お騒がせしてすみませんでした」

と一礼して、立ち去ろうとした。

「いろいろ苦労してるみたいだな」

 少し話しかければ、ヴァレリオも煮詰まっていたのか、日々の暮らしの愚痴があふれてきた。

 ある日、兄が亡くなり本家に呼び戻されたこと。

 1歳の時に手放され、世話をしてもらった記憶もない親と年の離れた見知らぬ兄と暮らし、何かあれば上の兄や、死んだ兄と比べられ、田舎暮らしの粗雑さを叱られること。

 学校でも表向きはアガッツィ家の坊ちゃんだが、裏では偽物呼ばわりされ、故郷を田舎と馬鹿にされること。

 魔法よりも剣が好きなのに、魔法の習得を望まれ、それが思ったよりうまくいっていないこと。

 不満を抱えながらも、いつか機会があれば王都でないどこかで、できればモンテヴェルディに戻って生きていくことを企む弟を見て、そのたくましさに勇気づけられ、そしてつらいのは自分だけではなかったということに励まされた。

 グイドは、「グイド」としてヴァレリオを励まし、時々声をかけているうちに、友に近い存在になった。


 グイドは第二魔法騎士団に入団し、得意とする防御だけでなく、攻撃の魔法も鍛えた。

 友としてそばにいて、フィデンツィオだけを守る生き方は違う、と思っていた。本当に友なら、国を守る者として力を貸せる立場の人間にならなければ。

 討伐にも率先して出かけ、次々に功績を挙げ、周囲の者にその力を認めさせた。


 やがて、第二魔法騎士団で名をはせるようになると、フィデンツィオと話す機会も出てきた。

「いつでも殿下の、いえ、この国の守りになりましょう」

 フィデンツィオがグイドの本心に気がついたのは、この頃だった。

 フィデンツィオは、改めて「グイド」と友になり、困った時には力を借りるようになった。

 そして気がつけば、公の場以外では敬語で話すこともなくなった。

 フィデンツィオだけではない。旧友のうち何人かは「グイド」として新たに友になった。家族とは、かつてのような付き合いはできないまでも、仕事上知り合ったことを名目に、交流を持つことはできるようになった。

 時間をかけ、ようやくグイドが自分になった。


 同じ第二魔法騎士団に入団したヴァレリオは、グイド以上の魔力を持ち、危なっかしいまでにぎりぎりで魔法を制御していた。

 その頃にはグイドは副団長になっていたが、自分以上に無理をし、昇進を目指しながらも、弟は自分とは違い権力を求めているようには見えなかった。

 やがて、父親がヴァレリオをけしかけ、取引をしていたことを知った。魔法騎士団でそれなりの地位を得、実力を示せば、モンテヴェルディに戻り、伯母の家を継いでも良い、と。

 父からすれば、出世すれば王都にしがらみもでき、少しは居着くようになるのではないか、と思ったらしい。しかし、ヴァレリオはこのチャンスを逃さないために必死だった。家を出、王都を出、故郷に戻るために。

 グイドは、ただ見守るしかなかった。心を縛り付ける謎の力を身にまとい、本当は熱い心を持ち、情が深い気質なのに、「冷静」と呼ばれ、感情をなくしていく弟を。


 フィデンツィオは、グイドの実の弟であるヴァレリオが第二魔法騎士団で頭角を現すのを見て関心を持ったが、やはり不自然な頑張りようが気になった。

 そして、ヴァレリオがあの事件のために意に沿わずこの王都に呼び寄せられ、その運命を変えようとあがいているところだとグイドから聞かされた。

 そして単に名前が変わっただけだと思っていたグイドもまた、意に沿わず家を追われながらも懸命に孤独に耐え、自分の死を乗り越えていたのだと察し、フィデンツィオはいつかこのアガッツィ家の二人には借りを返さなければいけないと思っていた。



 そんなヴァレリオが人としての感情を取り戻し、ずっと願っていた故郷に愛する者を連れて帰るのだ。

 国益を考えようと、ヴァレリオの愛する者を奪えば借りを返すどころか仇をなすことになってしまう。

 それでもなお、惜しいと思えるほどの力を、ルーチェは秘めていた。


「ああ、そう言えば、ルーチェの守りの力に気付いてどうにも諦めの悪い奴がいたら、これを伝えてくれって頼まれていたんだった」

 グイドは、ヴァレリオに聞いていた脅し文句を、諦めの悪い王太子に突きつけた。

「治癒の効かないルーチェをあいつが治せたのは知ってるよね。どうやら、ルーチェの魔力は唯一ヴァレの魔法だけ受け入れるようになったらしい。…つまり、ルーチェの守りの力があっても、ヴァレが魔法を放てば通り抜けてしまう。それどころか、ヴァレの魔法を止めようとする他の力を遮ってしまうかもしれない、てね。…こんな脅しをかけてくるなんて、あいつもよっぽど手放したくないんだろうな。いいなあ、それほどまで愛しいと思える人に巡り会えるなんて。全く、うらやましいよ」

 フィデンツィオは王太子を脅す不届きな副団長に思わず声を上げて笑い、

「全くだ。そういう出会いが…、あるといいな」

と、グイドの感想に同意しただけで、それ以上はもう何も言わなかった。


 次の副団長候補もまだ決まらず、引っ越しの準備や引き継ぎを優先し、たまった書類の処理をなかなか引き受けてくれなくなったヴァレリオに少し不満を抱きつつも、これまで十分に団長を補佐してくれた優秀な副団長に、グイドは心から感謝した。



(フィデンツィオがルチェリアというのは誤字ではありません。)

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