28 紫の石
第三騎士団のブルノは、騎士団の合同演習の帰り、第二魔法騎士団の女性団員に呼び止められた。
「こんにちは、ブルノさん」
「あなたがあの子を狙ってるの、知ってるわよ」
ブルノは、名も知らない他団の女達に冷やかされ、怪訝な顔を見せた。
「あの子」と視線で指されたルーチェは、第二魔法騎士団の副団長であるヴァレリオと笑顔を見せて話しており、二人が親密な仲だということなど、周知の事実だった。
「何をしょうもないことを…」
否定はしてみたが、実のところ、ルーチェとの関係を何とかしたいとは思っていた。
ルーチェが同期の自分や後輩を軽蔑し、事務的な話以外はしてこないことを苦々しく思っていた。自分たちがルーチェに仕事を押しつけていたことが関係を悪化させたことは判ってはいたが、ブルノは自分が振った雑用をルーチェが易々とこなしていたと思い込んでいた。同期なのだから、助け合って当然、討伐先でルーチェが持てない重い荷物を持つことだってあるのだ。針仕事のようなものは女がして当然、得意ならむしろ率先してするべきであり、今のルーチェはグレゴリオやヴァレリオに甘やかされ、生意気な態度が助長されていると憤りを覚えていた。
全く忌々しい。それなのにもどかしい。
「あなたとの方がずっとお似合いだと思ってるのよ? …私達もちょっと目障りなのよねー。大した魔法もないくせに、魔法騎士団の団員を名乗って、ヴァレリオ副団長の周りをうろついて」
女の一人がにやりと笑いながらブルノの前で指をパチンとはじくと、ブルノの目はその指先に捕らえられていた。
「これ、使ってみない? 試してみる価値はあると思うんだけど…」
女の指先には、紫色の小さな石があった。
「この石をあの子に持たせると、あなたの思いが通じるようになるのよ。そしたら、あなたの頼みなら何でも聞いてくれるようになるんじゃないかしら。特別な、あなたになら…」
どう聞いても、怪しい話だ。しかし、篭絡の魔法をかけられ、好奇心を沸き立たせる物をちらつかされたブルノは、ためらうことなくそれを手にした。
見た目は、どこにでもあるような紫の石がついたネックレス。
これを使えばルーチェとの関係は改善、あわよくばよりよい関係になれる。
魔法の後押しを受け、ブルノは迷わず実行に移すことにした。
翌日、ブルノは話がある、と終業直後にルーチェを呼び出した。
ルーチェはその日はヴァレリオと会う約束をしていたが、
「少しの時間なら…」
と応じ、第三騎士団の門のすぐそばにある小さな庭園に移動した。
ブルノはすこしそわそわしていて、なかなか話を切り出さなかった。
「悪いけど、今日はこの後用事があって…」
ルーチェにせかされて、ブルノは重い口を開いた。
「今まで、…悪かったな、こきつかって」
半分は本心であり、半分はとり繕った言葉だった。
ルーチェは、ブルノが少しは自分と対等に接する気になってくれたのかと思ったが、それでも半信半疑で、
「らしくないね、そんなこと言うなんて」
と返した。
ブルノは、自分の手の中にある紫の石を早くルーチェに渡したかった。石につけられた魔法が本当なら、どんな効き目があるのか、目の前でルーチェが変わる姿を見てみたい。
しかし、今のこの関係で急にプレゼントと言っても怪しまれてしまうだろう。受け取ってもらえない可能性も高い。そこで、
「これ、拾ったんだけど、おまえのじゃないか? うちに女子はおまえだけだし」
そう言うと、紫の石を掌の上に置き、軽くくぼませた手をルーチェの目の前に差し出した。
よく見えないので、ルーチェが首を傾けると、ブルノは突然ルーチェに向かって石を投げた。
ルーチェは宝石など持っていないので、自分の物ではないのは判っていたが、落としてはいけないと思い、とっさに石をつかんだ。
ルーチェの手が石に触れると、石は突然光を放った。
◇
その日、ルーチェと会う約束をしていたヴァレリオは、待ち合わせ場所に向かうため執務室を出たが、途中で団の三人の女に呼び止められた。
「ヴァレリオ副団長、ちょっといいですか?」
「悪い、今日は…」
ヴァレリオはそのまま通り過ぎようとしたが、
「ルーチェさんのことで」
と言われ、足を止めて振り返った。
「あの子の本性、知りたくないですか?」
声をかけてきたカーラが、ヴァレリオに怪しげな笑みを見せた。
ヴァレリオは、カーラの妙に自信に満ちた態度と、そのそばにいるリタとセレーナの少しおどおどした態度が気になった。ルーチェに関わる何かを自分に示そうとしている。しかし、
「…別に」
ヴァレリオはさらりと言い放つと、そのまま外へ出た。
慌ててカーラ達が追いかけてきた。
「副団長は騙されてます。あの子は副団長と別の男と二股をかけてるんですから」
「へえ」
浅い反応ですたすたと歩くヴァレリオを追いかけながら、やがて第三騎士団の門の近くまで来ると、カーラは急にヴァレリオの腕を引っ張り、残る二人もヴァレリオの背を押してすぐそばにある庭園の木陰へと導いた。
その先には、もう一人、同じ団のクローエがいて、カーラ達を手招きした。
木の向こうにはルーチェと、以前ルーチェに大量の繕い物を持ってきたブルノがいた。
カーラはヴァレリオがルーチェに視線を向けたのに気づき、うまくいった、とほくそ笑んだ。
ルーチェは何かをブルノに見せられ、それを投げられて慌てて受け止めた。
ヴァレリオはセッティングされたこの場で何が起こるのか、周りの様子を慎重に探りながら静観することにした。
◇
ルーチェが紫の石を受け止めると、石が発した光がルーチェの目をくらませた。
時が止まったかのように動きを止めたルーチェが、深い瞬きの後、前屈みになっていた体をゆっくりと起こした。
ブルノと目が合うと、ルーチェは今までブルノには向けたことのない、喜びに満ちた笑みを見せ、ブルノの元に自ら近寄ってきた。
あと二、三歩、手を伸ばせば届くところで急に足がピタリと止まった。何度も大きく瞬きし、目をこすりながら首をかしげ、
「…ブルノ、よね?」
そう聞いたルーチェの顔には、笑顔は消えていた。
ブルノはルーチェが術にかかったと思い込んで手を伸ばしていた。しかし、あと少しのところでいつものルーチェに戻ってしまい、渡された怪しい魔道具がほんのわずかな時間しか効かなかったことを知った。
しかし、ブルノは諦めきれず、ルーチェの両腕を握り、自分の元へと引き寄せた。
途端にルーチェは
「いやっ!」
と叫んで、ブルノから逃れようと必死に抵抗した。
◇
「まさか…、効いてない?」
カーラがつぶやくその後ろで、ヴァレリオは目の前の二人と、そしてその向こうの林の中に潜む人影を黙って見ていた。
◇
「ルーチェ、暴れるな、このっ、…うあっ」
ルーチェの激しい抵抗に倒れそうになったブルノが体勢を立て直すと、突然腰にあった剣を抜いた。
「ち、違う、駄目だ、…違うんだ。やめろっ」
ブルノは慌て、懸命に何かに抗おうとしながらも、剣の先はルーチェに向いていた。
ルーチェは剣を受ける物を何も持っていなかった。
ブルノは必死に自分自身の動きを抑えようとしているように見えた。しかし、剣の動きは鈍いが、明らかにルーチェを狙い、振り上げられた。
「逃げろっ、」
剣を向けながら逃げろというブルノに、ルーチェは何が何だか判らないまま剣をよけるために右に転がった。と同時に、
パンッ
何かがはじける音がして、ブルノが後方に吹き飛ばされた。
しりもちをつき、一瞬我に返ったブルノが、ルーチェの無事な姿を見て、安堵の表情を見せた。
「よ、…よかった」
だが、ルーチェを引き起こし、その前に立った人を見て、ブルノはさっきまで抑えようとしていた殺意を激しくした。
「くそおっ、」
今度はためらわず剣を振り下ろしたが、鋭い金属音がして剣ははじかれた。何度か刃先を向けたが全く通じず、軽くいなされた後、背中に剣の柄が突き立てられた。
ブルノは剣を手放し、地面にひっくり返っていた。
ブルノと対峙したのはヴァレリオだった。
ヴァレリオは、さらにその奥の林に目を向けると、ルーチェに手を差し出した。
「それをよこせ」
ルーチェは何を求められているのか判らず、キョロキョロしていたが、
「その手の中の石だ」
まだ手に持ったままだった紫色の石をヴァレリオに渡すと、ヴァレリオは手刀でその石を切った。すると石の中から瘴気が吹き上がり、ぐるぐると渦を巻いた。広がろうとする瘴気にヴァレリオが呪文をかけると、瘴気は縮こまり、逃げるように林の中の人影に向かって飛んでいった。
「うわっ」
ヴァレリオが人影にまとわりついた瘴気に向けて容赦なく雷撃を落とし込むと、瘴気はちりぢりになって消え、人影は膝をついたが、体にまとわりつく雷電の余波を投げ返してきた。
ヴァレリオは迎え撃つ準備をしていたが、それが届く手前で雷は吸い込まれるように消えた。
「…さすがだな」
ルーチェを見てヴァレリオはにやりと笑ったが、ルーチェは何に感心しているのか判らなかった。
隙を見て逃げようとした人影に、ヴァレリオはブルノの落とした剣を拾うと、風の魔法をまとわせ、真っ直ぐ人影へと投げつけた。剣は肩に突き刺さり、人影はバタリと倒れた。
さらに刺さった剣にためらいなく氷の魔法を落とし込むと、剣から氷の結晶が広がり、凍った人影は動かなくなった。
すぐさまルーチェは倒れた人影の確保に向かった。
「おまえら、そいつを見てやれ」
ヴァレリオは、木陰で呆けている第二魔法騎士団の四人に声をかけると、ルーチェを追って林の中に走って行った。




