25 事件の顛末
今回の事件は、スドヴェストで現体制に反対する勢力が王の暗殺をもくろんだもので、政権の交代と、あわよくば隣国ノルドに責任を押しつけ、対外的な優位を得ようとしたと推察された。
以前から王弟であるシルヴァーノに次期王となる事を進言し、現王排除の協力を求める者がいた。シルヴァーノは、あえて協力する振りをして王に仕向けられる暗殺計画を把握し、事前に阻止すると共に、反対派を一掃することにした。
ノルド国内のあちこちで魔犬騒ぎを起こしていたのは、元々はスドヴェストとは無関係の者だった。
例のペンダントを使って魔犬を操り、意のままに動かして領地を襲わせ、それを助けるという名目で領主から金を巻き上げていた一団がいたが、今回の暗殺計画を企む者の目にとまり、組織の援助と引き換えに魔犬をコントロールする方法が伝授された。
ノルドの第二騎士団員にもスドヴェストの反対勢力に通じる者がおり、呪術師に瓶に封じ込めた魔犬を騎士団本部に保管させた。それを御前試合の会場に持ち込んだ男は、スドヴェストの反対勢力に雇われた下級貴族だった。こちらは直接的なつながりはなく、金に困っての犯行だった。
ペンダントはシルヴァーノの手に渡ってから分析が進められていたが、瘴気が込められているのはわかったものの、どういう仕組みで何をするためのものかは結局当日まで判らなかった。
シルヴァーノはあのペンダントを会場に持ち込み、王の観覧席に投げ込む役割が与えられていた。立ち昇る瘴気が危険なものだと示しており、そのまま投げ込めば両国の王を害することは明白だった。
シルヴァーノは瘴気を押さえ、投げる意思がないことを見せた。しかし、シルヴァーノが裏切ったところで計画を止めるには至らず、瘴気を抑えつけることはできないまま、あの御前試合での騒ぎに発展してしまった。
魔犬をペンダントや瓶に封じ込めた呪術師も捕縛されたが、第三国の者だった。スドヴェストとは金銭のつながりがあったと思われたが、真の目的は不明で、この者の処遇はかなりもめたが、最終的にノルド側が処罰することで合意し、情報は共有することになった。
瓶の中の魔犬やイーヴォに瘴気の術をかけたのもこの呪術師だったが、魔犬の入った瓶を魔法で操り、闘技場に投げ入れた者、イーヴォに自害を強いた者の正体はつかめていない。
今回スドヴェスト王に同行した騎士団員には、イーヴォの他にも反対勢力の者が数名含まれていたが、既に拘束され、国に帰り次第処罰されることになっている。国に戻ればさらに多くの者があぶり出されるだろう。黒幕までたどり着けるかどうかは、今後の捜査次第だ。
前日にシルヴァーノに事情を打ち明けられ、ノルドの王家も騎士団も警戒していたとはいえ、想定以上の大事になってしまった。後ほど改めて使者を立て、国家間の賠償を含め、話し合うことになった。
他国のゴタゴタに巻き込まれたノルド王国側は迷惑極まりなかったが、国に潜む他国の諜報員を一掃することができ、ここしばらく国を騒がせていた魔犬騒ぎも一段落した。スドヴェストに借りを作ったことで、今後の国家間の交渉にも多少は有利に動けるだろう。
元魔犬だった子犬二匹は、その後飼いたいと申し出る者が何人かいた。二匹を一緒に育てられる者、そして万が一魔犬に戻るようなことがあっても押さえつけられるだけの魔力を持つ者に譲渡されることになった。犬たちは恨みも忘れ、元気に過ごしているらしい。
魔犬をただの犬にしたルーチェについては、王太子フィデンツィオが大いに関心を示していたが、本人がどうしてそんなことができたのかさっぱり判っておらず、小型の魔物を使った実験でも再現できなかった。記憶も曖昧で、正常な判断を下せる状況になかったことから、それ以上の追求はされなかった。
イーヴォの放った瘴気を中和したはじけるような不思議な音についても、結局謎が解けないままだった。
今回も繕われた糸が焦げていた者が何人かいて、瘴気の影響をほぼ受けていなかった。音の出所と関係があると思われたが、その対象は第三騎士団だけでなく、第二騎士団、第二魔法騎士団の中にもいたことから、ルーチェの繕いの他に原因があると考えられた。糸の出所など、目線を変えて調査は進められているが、今のところ何の手がかりも得られていない。
シルヴァーノもあの魔犬達をただの犬に戻した魔法について調べたい、と帰国前にルーチェを訪ねて第二魔法騎士団長執務室にやって来た。手に触れてルーチェの魔力を確認し、時々魔法を流して観察したが、魔力はあっても魔法の力はほとんど感じられず、結論は得られなかった。
魔力を調べている間に、シルヴァーノはルーチェの髪を縛っている髪紐に気がついた。
その日はルーチェ自身が繕い魔法を刺したものを使っていたが、見せて欲しいと乞われるまま、外して手渡すと、
「これは繕い魔法ですね。…譲っていただくことはできませんか?」
と聞いてきた。
「そんな、使いかけのものなんて…。お時間をいただけましたら、何かご希望のものを刺繍しますが…」
「いえ、特別にご用意いただかなくても、これで。…実に見事な刺繍ですね。実は私もかつて繕い魔法を学んだことがありますが、こんなに凪いだ、安定した魔力を初めて見ました。魔法は薄いようですが、素晴らしい作品です」
褒められたことに気を良くして、ルーチェは髪紐を譲ることを了承した。
シルヴァーノはしばらく髪紐を眺めた後、
「もし良ければ、我が国に来て、一緒に魔法の研究をしませんか?」
とスドヴェスト行きを促してきたが、ルーチェは
「いえ、私、魔法は下手な、ただの騎士ですから」
と、断りを入れた。
ルーチェの横で一連のやりとりを見ていたヴァレリオは、不機嫌な顔を隠そうともせず、来客に向かって
「用が終わったのなら、さっさとお帰りを」
と言い放ち、その場に同席していたフィデンツィオとグイドを吹き出させた。
察したシルヴァーノもただ笑っただけで、咎めることはなかった。




