24 魔法じゃない手
ルーチェを抱きしめる手がゆっくりと緩まり、ヴァレリオはルーチェから離れ、腰掛けていたベッドから立ち上がった。
ルーチェにはどうしても気になることがあった。さっき治癒魔法を使ったときのヴァレリオのやり方だ。
「…あの、変なこと聞くけど」
「ん?」
「あの、治癒の魔法使う時って、いつもあんな感じ?」
傷を見るために躊躇することなく服をめくられ、肌に触れられた。
治療のため、というのは理解している。頭では理解しているが、あまりに平然とした態度に、誰にでもあんなことをするんだろうか、とつい変な疑惑が頭をよぎる。
「普段は治癒魔法担当の奴らがやるから、俺が出る幕はない。他に誰もいなければしないこともないが…」
「じ…直に触らないと、…治せない?」
「いや、ひどい傷じゃなければ、服の上からでも手をかざせばある程度はいけるが…」
つまり、直に触ったのはそうしないと治せなかったからで、ルーチェに原因があったのだが、ルーチェが何を聞きたがっているのかを察したヴァレリオは、あきれたように息をついた。
「治癒魔法は医療行為だ。傷を治すのに躊躇はしない。その時できる方法でやるだけだ。必要なら、直接肌に触れることもある。それは、おまえが俺の髪を切ったのと何も変わらない。あの時、おまえは魔犬から俺を守るために迷わず剣を抜いた。俺だってそうだ。目の前で痛がる人を見れば、傷にだって触る。…と言ったところで、あれか…」
ふと言葉を止めると、急に目に力がこもった。
ヴァレリオは座るルーチェの背中に右腕を回し、掌を背中に当てた。
「これが、治癒魔法」
指をまっすぐ伸ばし、しっかりとかざしていた手から温かい力が流れてきたかと思うと、急に力が抜けた。
「そして、これは魔法じゃない」
丸みを持った掌と指でルーチェの体に沿うようにゆっくりと手を動かし、背中を優しく撫でた。
撫でられる心地よさにルーチェはヴァレリオにもたれかかると、ヴァレリオは両手でルーチェを引き寄せ、ルーチェの唇に唇を重ねた。ただ触れていた少し前の口づけとは違い、少しづつ食みながら重なりが深まっていく。背中を撫でる手がルーチェのシャツの裾を軽く引き上げ、地肌に触れた。
驚いたルーチェはピクッと体をわずかに震わせたが、唇は離れることなく、撫でられるままに背中の手はより奥へ、肩に近いところまで入り込み、その手の熱を背中全体に伝えながら、そのまま脇から手前へと動かしかけたところで、ぴたりと手が止まった。
「こんな風に触るのは、下心がある時だ。…他の男がこんなことしたら、殴っていい」
そう言うと、シャツから手を引き抜き、もう一度シャツの上からルーチェを抱きしめた。ルーチェは軽く頷くと、ヴァレリオの背に手を添えた。
「ん…。…ヴァレだけ、ね」
小声でも、確かに耳に届いたその言葉に、
「おまえなあ…」
ヴァレリオは少し困った顔をして、ルーチェの頭頂に軽く唇を落とした。
「…あんまりそそるな。止められなくなる」
傷は癒えたが、まだ疲れの残るルーチェをベッドに横たわらせると、愛しげに前髪に触れながら、ヴァレリオは今の思いをそのまま言葉にした。
「一緒にモンテヴェルディに帰ろう」
ルーチェは、信じられなかった。
ついこの前、故郷に戻る方法の一つにしてもいい、と言ってもらえ、頑なになっていた自分の心を動かしてくれた。あの言葉だけで、どれだけ救われただろう。それなのに、今もまた、自分が一番欲しい言葉を、何のためらいもなく分けてくれる。
断る選択肢など、あり得なかった。
モンテヴェルディに、帰る。ヴァレと一緒に。
「怪我しても、俺が治してやる。俺しか治せないからな」
ルーチェはこくりと頷いた。
「魔法も剣も、もっとうまくなれる。俺が教えてやる」
「…うん」
「他の男の繕い物はしなくていい」
「うん」
「あと一年、第三騎士団で頑張れるか?」
「うん。…頑張る」
「やめたくなったら、やめてもいい。おまえの面倒くらい見てやるから、無理はするな」
「…うん」
あまりに素直に即答するルーチェに、少し不安に思ったヴァレリオは、
「…一応、言っとくけど、友達枠じゃないからな」
その念押しに、ルーチェも思わず笑みがこみ上げた。
「友達枠でも、ついて行く。連れて行ってくれなかったら、押しかけるから」
あえて反抗的にそう答えると、ヴァレリオはにやりと笑って、
「押しかけられるのもいいな」
と言った。




