ギーク チェスター
俺の知るギーク。
けして汚い言葉など使わない男。
いつも、古代ギリシャ、中国の詩なんかを静かに読んでいる。
酒を飲むと、人間の意識下に潜む、宇宙ワームについて延々話した。
俺はそんな時、道化のボリュームをマックスにして。彼を笑わせるんだ。
俺たちはパブで何時間も笑っていた。
彼の知識や語彙はすごく豊富だ。
歌詞を書く才能は傑出していた。
戦争とかSFとか黒魔術とか…
とにかくすごく衝撃的だった。
「ギーク!俺たちはオリジナルの曲を書くべきだ。そしたら…お前の凄い歌詞も活きるってもんだ!」
ギークと俺はすぐ意気投合したが、問題はバンドだった。
ダウンジング・ボーイズは、ライブで、ストロボライトや、幻覚的な演出をするバンドだった。
ピンクフロイドみたいな。
ああいうバンドを目指すのも一向に構わない。けれどあの手のバンド。
金持ちの、カレッジの学生たちが好んで聴く音楽で。俺たちが演るには相当無理があった。
加えて、メインギター担当のブリックは、ヒッピー文化にどっぷり嵌まっていた。
「ピーター!カリフォルニア・ドリーミング聞いたか?ママス&パパスだ!!!」
「まあね」
「俺たちも、ああいう曲をやるべきだ!」
サンフランシスコの次はカリフォルニアかよ。勘弁してくれ。
こっちは薄汚い酒場で、ビールとタバコと酢漬けの卵と…アスベストを吸い込み過ぎて、今にも死にそうな連中に囲まれた中でだぜ。
ハイト・アシュベリー?
愛の集会?
そんな寝惚けた歌。
聞いてられるか。
嫌いだ。本当に嫌いだ。
「まあね」
なんて、ちょっと気を許したら。リハーサルの時床に芝を敷き詰め始め。
壁には鹿の剥製を飾り。
「そら!ユニフォームだ!」
メンバー全員にオーバーオールを配り始めた。
ギークに俺は耳打ちした。
「ブリックは最低だ」
「まあ待て」
「追い出せ」
「落ち着け。マッド」
ギークはいつもの思慮深い眼差しで、ブリックに話しかけた。
「この間、俺とジャムった曲、もう出来たんだろ?」
「ああバッチリだ。歌詞も出来た」
ギークは俺に言った。
「この間、フリート・ウッドマック風のリフを思いついたんだ」
「ギークが?」
ギークは嬉しそうに微笑んだ。
「ピーター、今からギークと演ってみせるから。歌詞を覚えてくれ」
「ああ楽しみだ!」
俺はギークが書いた曲を初めて聴く。
「タイトルはなんだ」
「俺のバイブレーション!」
何が起きたのか。俺には分からなかった。
ブリックのかき鳴らすギターの音色は…古い特撮映画のピアノの線がついた。そうUFOが飛来する音。
ぽわわわん。
怪人の目から放たれる催眠音波。
ぽよよよよん。…という音だった。
やめてくれ。
俺を笑い死にさせるつもりか。
ブリックはきんたまが震えるような声で歌い始めた。
カリフォルニア・ドリーミングの、まんまパクリ。
ギークを見ると、ナザレのイエスの慈悲深い微笑みは消え失せていた。
目に涙さえ溜めて。
ブリックを睨みつけている。
ギークは、ブーツの踵を床で3回鳴らすと。猛烈なスピードでリズムギターを弾いた。
背後でドラムスが口笛を吹いて。
音を合わせる。
おもしれー!俺は、すぐにブリックからマイクを奪う。でたらめな歌詞で、夢のカリフォルニアを歌った。
カリフォルニアなんて行きたかねえ
あそこは今や世も末海岸
ヤクの売人
フリーセックス
世も末海岸
夢のカリフォルニア
ヒッピー共の巣窟
ぼんくら発信基地
夢のカリフォルニア
夢でも見てやがれ!
ギークのリズムギター。
20年は未来にかっとんでたな。
カッティングといい.エッジといい、とにかく最高だった。
ギタリストの性というべきか。
ブリックは必死で追いすがるが。
無理だった。
ギターの残響音が響くなか。
俺はマイクを投げ捨てた。
「ギーク走り過ぎだよ!」
「ブリック」
「リズムギターなんだからさ〜」
「お前はクビだ!」
左手で弦を押さえながら。
はっきり聞こえる声で。
ギークはそう言った。




