slaughterhouse B
俺はディグベスの食肉工場に職を求めた。
ディグベスは、バーミンガム地方でも最も古い歴史のある地域だ。
俺の最初の仕事。
胃袋の中身を取り出す事だった。
仕事の初日から、俺の目の前には、羊の胃袋が山のように積まれていた。
俺は1つずつその胃袋を切り裂いては中身を全部取り出すんだ。
初日はずっと吐き通しだった。
4週間の間、1時間に1度は吐いていた。
自分の胃もぼろぼろになった。
誰かに不良品の胃を渡され。
からかわれたりした。
病気とか年老いて食肉にならない胃袋とか。
奇妙なかたちの胃袋が手の中で破裂した事もあった。
あれは火薬か何か仕込んであったのか。
中身も血も全部顔にかかって…それを見て皆笑うんだ。
その仕事にも酷い匂いにも慣れた。俺は職場で生まれて初めて昇進した。
「牛の息の根を止める係を明日からやれ」
上司に言われた時は素直に嬉しかった。
初めて職場で認められ。
給料も少しだけ上がった。
作業は5、6人のチームで行われた。
牛に縄をかけて。
処理専門の部屋に連れて行く。
牛はスロープを上がって。
台の上に連れて行かれる。
俺は、高圧でボルトを打ち込むタイプの銃を持って。牛の反対側に立つ。
銃の中には、空洞のカートリッジが入っていて、これが大きなボルトを牛の脳まで打ち込む圧力を生み出すんだ。
頭にボルトが打ち込まれる瞬間以外は、動物が痛みを感じない。そんな設計になっているらしい。
この銃の問題点は1撃で、牛の命を奪えない事と、至近距離で使わないといけない事だった。
牛を怒らせたり怯えさせたら。
それはもう手がつけられない。
ボルト1発で済む訳がない。
誰がやっても牛は大暴れした。
それでも何とか牛が倒れると、今度は足を縛って。移動用のレールに引っ掛ける。
逆さまに吊るされた牛は、処理用のラインに流れて行く。
誰かが途中で牛の喉を切り裂いて、下に空いた穴の中に血を流す。
それで牛はようやく失血死を遂げる。
ある時足を縛って、レールにかけても意識がある牛がいた。
牛は突然目を開け。
目の前で暴れだした。
俺は牛に蹴り飛ばされ。頭から血溜まりの穴の中に落とされた。
服も靴も髪も血にまみれた。
口の中も血で一杯になった。
穴の中には牛のありとあらゆるものがあった。
俺はバス通勤で…数週間は悪臭が取れず。誰も俺の隣に座らなかった。
18ヶ月。
俺はディグベスで働いた。
1通りの仕事は問題なくこなせるようになった。
羊だけでなく牛の胃袋も処理した。
牛の蹄を抜いたり…
牛の蹄をどうやって食べるのか。
未だに見当もつかないが。
豚の処理は牛より簡単だ。
片側にスポンジがついた、鋏状の電極を水に浸けて。豚の頭にのせボタンを押すだけ。
それで豚は気を失うのだが。牛同様気を失わない事も度々あった。
ここで働いてる人たちは誰も気にも止めなかった。
彼らは時々豚をおもちゃにして遊んだ。
まだ気を失っていない豚を煮えたぎる湯の中に放りこんだり。
処理した豚の毛を焼くためのバーナーに、生きたままの豚を放り込んだり。
随分酷い事をしていた。
それでもディグベスの仕事は嫌いじゃなかった。
仕事をしている人たちは皆楽しげで。互いに冗談を言い合う仲だった。
常に楽しい事を探している人たちだった。
仕事が終われば。
何時でも早く家に帰れた。
給料は毎週木曜日。
手渡しで支払われた。
俺は家に帰らず。
真っ直ぐパブに向かった。
パブには閉店時間までいて。その後はソウルを流しているクラブに行って。デキセドリンという覚醒剤を買って。
朝まで踊ってから。
また仕事に戻った。
気取ったいけすかない女がいれば。
女がトイレに立った隙に、カクテルのオリーブと、ポケットに入れた牛の目玉をすり替えたりしたんだ。
あれは楽しかった。
週末にだけ家に帰る。親父も母親も、俺の仕事が続いてる事にほっとした様子で。喜んで迎えてくれた。
その日も俺は牛の処理場にいた。
この牛1頭処理して、後は網脂を干す仕事を終えたら…今日の仕事は10時で終わるはずだった。
いつもと違う事があるとすれば。
処理場に誰かが持ち込んだ。
ラジオがある事だった。
ラジオはBBCの音楽番組を流していた。
ビートルズのハロー・グッバイが流れていた。
牛は大暴れしていた。
俺は銃を構えて牛の目の前に立つ。
牛は唸り。
涎を垂らし。
ひどく怒り。
ただ悲しみと怒りに混乱した瞳が、
俺の顔を真直に睨みつけていた。
ハロー ハロー
「何してんだ!?ピーター!!早くこいつの頭にそいつをぶち込め!!!」
ハロー ハロー
「そっちの縄しっかりつかんどけ!玉を蹴られるぞ!」
ハロー ハロー
僕はハローって…
君はさよなら…
狙いをそれたボルトが牛の片目を潰す。牛の顔を奇妙に変えて行く。
「なにしてる!このばか!!」
もっとボリュームを上げてくれないか。
顔に体に帰り血を浴びて。
仲間の罵声が響く中で。
俺は思った。
もっとボリュームを上げてくれ!
俺はこれを聞きたいんだ!
これしか聞きたくない。
牛の悲鳴なんか聞きたくない。
俺はその時思い出した。
ビートルズが好きだ。




