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学生時代とトニーワイズマン


世界中何処でもそうかも知れない。

目の前に姉が3人揃うと大変だ。


四六時中ぎゃあぎゃあ騒いで。

喧嘩ばかりしている。


俺は、ああいう事に巻き込まれるのは嫌なんで、大概は表で過ごした。


近所の子供たちと農園に忍び込んで、林檎を盗んで食べたりした。


バーミンガムは、俺が生まれる前、

ドイツ軍の大規模な空爆に晒された。


70年代くらいまで空爆の痕はいたる所で見られた。


イングランド中部のこの地方では、昔から工業地帯で、アストンにはスピッド・ファイヤの製造工場があったりしたんだ。


破壊された、ビクトリア時代の3階建てとか、4階建ての廃墟。そこが俺たちの隠れ家だった。


ウッド・バインとかパーク・ドライブとかの銘柄の安い紙巻きタバコを買った。


破壊されつくした客間のソファーに座って。友達とそれを吸っていた。


外の世界では、昼間工場でこき使われた大人たちが、労働者階級の誇りを持って。自分の家の壁や、道路を偽物のビクトリア調の外壁や、石畳で飾りつけようとしていた。


あちこちいびつで不完全だった。



学校がとにかく嫌いだった。

もちろん教会も嫌いだった。


母親はカソリックだったが。

教会にまったく関心がなかった。


イギリス国教会の日曜学校にはしばらく通った。紅茶とクッキーが貰えるからだ。


食えるという事。


それが何より大切な事だった。


イエス・キリストの若い頃の話とか、歴史とか、すごく退屈だった。


何1つためにならないし。

身についてもいない。


学校は義務教育までの10年間。

それだけ通い続けただけだ。


給食が出たから。


理由はそれだけ。


母親の作る料理は、スープに金束子が入っていたり…たまに作ってくれる卵サンドには、殻やタバコの灰が混じっていた。


デザートまでついて来る給食。俺にとってこの世で最高の食事だった。


しかし学校に上がったとたん。

俺には友達がいなくなった。


学校には必ず授業の時間というものがあり…結果として俺は「学校始まって以来のばか」というレッテルを貼られた。


実際その通りだった。


俺は、教科書に書いてある事を理解する以前に、文字すらろくに読めなかった。


授業中に恥をかいて涙や鼻水を垂らした。


「勉強しよう」


そう思っても何1つ頭に入らない。卒業するまで何1つ学べなかった。


30になった時、俺を診察した医師は。


「貴方は難読症ですよ。ピータークロスさん。おそらくADHD(注意力欠損運動過剰障害)の可能性もあります」


要するに学習障害なのだが。

それでも医師は俺に言った。


「だからといって…貴方が他の人より劣るという意味ではないのです。学習障害の人の脳というのは、とても創造性に富んでいます。そうでない人の脳と、仕組みが始めから違うので…普通の人が到底及びもつかない能力や、成果をもたらす事が多いのです!」


アインシュタインとかエジソンとか…現代でも、難読症でも大学で教鞭をとる人はいると。教えられた。


しかし、子供時代そんな事は誰も知らなくて、ただ俺は4時の終礼の時間を待ちわびていた。


学校に通っていた時、最も印象深く記憶に残っているのは、トニー・ワイズマンの事だ。


トニー・ワイズマン。


トニーワイズマンは、俺より学年が1つ上で…ハンサムな少年だった。


多民族化が進んだ現代と違い。

当時の英国では少ない黒髪。

どこかエキゾチックな風貌。

少年ながら神秘的な佇まい。


英国人で自然な黒髪を持つ割合は約8%程度らしい…ウェールズ、コーンウォール、アイルランド南西部などで比較的多く見られるとか。


ご先祖がそっちの人なのだろうか。しかし、彼と両親の生まれ育ちはアストン。バーミンガム出身だった。


言葉を交わした事は。

多分そんなになかった。


彼は背が高かったし無口。

俺は彼が怖かったんだ。


クリスマスの日に、彼は学校にギターケースを持って来た。


中からぴかぴかの赤いギター。


さっそうと取り出して。

皆の前で弾き始めた。


クリフ・リチャードでも、ロカビリーでも、クリスマスソングでも。


彼は大人顔負けに弾いてみせた。


俺は.ぽかんと口を開けて。

皆と一緒にそれを見ていた。


先生たちも顔を見合せて


「信じられない!?」


といった顔で見ていた。


彼は皆のリクエストを聞いて。

どんな曲でも弾きこなした。


俺と1つしか違わない彼が。ギターを持っている事も驚きだった。


彼は、その頃からプロのミュージシャンを目指していたんだ。


当時の俺にとって最も才能豊かで、輝かしい未来ある少年。


それがトニーワイズマンだったんだ。


彼は女の子にすごく人気があった。


俺は全然もてなかった。


アストンの小学校バーチフィールド校には制服があった。それを着ると皆それなりに見えた。


けれど俺は好きではなかったので、いつも私服だった。個性は大切だ。


夏でも冬のセーターに長靴…それしか持ってなかった。下着も一着だけ。


とても臭かったと思う。


中等部にあたるセカンダリーモダンに進級した時。彼女が出来たんだ。


俺にとって人生で初めての彼女。


別の女子校に通う女の子。

俺はもう夢中だった。


砂漠に薔薇を見つけた気分だ。


学校が終わって、彼女に会いに行く時、少しでも身綺麗にしたくて。


学校のトイレにある手洗い用の石鹸で頭をめちゃくちゃ洗ったんだ。


校門の前で彼女を待つ間に雨が降って来た。工場街の煙突の上にはいつもスモッグのどん曇りの空。


雨雲と見分けがつかない。


結構な量と勢いの雨粒だった。

ロンドン市民は傘をささない。


少々の雨では慌てふためかない。

急な雨天に慣れているせいだ。

アストン市民の俺もそうだ。


傘なんて高尚もの買う金がない。


俺は彼女に会うとすこく嬉しくて。

ついつい照れ隠しに頭をかいた。


マンガみたいに頭からバブルが出た。俺の頭は泡だらけになった。


そこにいたみんなが笑ってた。


そんな俺を見て彼女は言った。


「さっさと消えて!」


砂漠の薔薇は泡と消えた。


その後も他の女の子と色々あった。


けれどデートの約束した女の子が、翌日別の男と楽しそうに歩いてるのを見るのは。切ないものだった。


俺がトミーワイズマンなら…そんな事にはならないんだろうな…なんて考えたりしたよ。


学校では、勉強がどれだけ出来なくても。お構いなしに授業は進んだ。仕事の世話もしてくれない。


広告を見て仕事を探すしかなかった。


最初の仕事で防毒マスクをつけ忘れて。らりったあげく。死にかけた。


俺は刑務所に入った。


当時の俺の選択肢は、何処かの工場の製造ラインに入り込んで。死ぬまで働く。その1つしか無かった。


「もし俺がトニーワイズマンみたいだったら」


学校にいた頃いつも思っていた。


ようやく刑務所を出られた後も、

半ダースの仕事をクビになった。

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