刑務所暮らしと砂漠の薔薇
俺は喧嘩なんて全然強くない。
人を殴るのだって好きじゃない。
動物を殺す事だって。
有名になる前も有名になった後も、
世間から色々言われたり、叩かれもした。
実際そんな行為をしてきた。
自業自得だが。
後で必ず後悔するんだ。
誰かと路上やパブで、少しおかしな雰囲気になる事があって、ボクシングに発展する事はよくある話だが。
俺の場合、きれるタイミングが、他のやつと違うんだと思う。
だから相手は対処出来ず。口の中で折れた自分の前歯を飲み込むはめになる。
でもそんなのは二十歳になる前に卒業した。
俺がバンドを始めた時、パブで因縁をつけて来たヒッピー野郎がいて。
当時は【花のサンフランシスコ】が流行ってた。
確か1969年だ。
頭に花を飾ろう…俺は、ああいうハッピーな連中がとにかく嫌いでね。
「ああいう音楽にカウンターを食らわせる音楽を俺は書くべきだ!」
ジョン・メイオールのアルバムジャケットに描かれてたブルースマン。
俺は憧れた。
左手にギターケース。右手に犬を繋いだリードを握りしめた。
ブルースマン。
俺も!ロック・スターが身につけてるみたいなクールな、クロームやシルバーのアクセサリーを身につけ、街を歩きたかった。
でも金がなかった。
だから、ゴミ捨て場で水道の蛇口を拾った。同じく、ゴミ捨て場で拾った、子供用の長靴を調達した。
蛇口はアクセサリーの代わりに首からぶら下げた。
長靴はリードを着けて。
犬の代わりにした。
ギターケースを抱えていたが。
中身は空っぽだった。
大概俺は裸足だったんで近所の人からは「いよいよ頭がおかしくなった」と陰口を叩かれたよ。
だからか、まぬけな顔をぶら下げた、どこかのヒッピー野郎が、俺に絡んで来た時。俺はやつの首根っこを掴んで、バーのカウンターの中に放り投げたんだ。
勢い余って俺もカウンターの中に落ちた。
洗いかけのシンクのグラスに腕を突っ込んで。ガラスケースの棚に突っ込んだ。
あちこち切れて血が止まらないまま、警察に連れて行かれた。
罰金は安くて済んだし。
刑務所にも入らなかった。
あれ以来、表でのボクシングは止めようと思った。
妻のジュライザが、かつて俺に言った言葉がある。
「あなたは生まれついての道化師よ」
彼女は俺を侮辱したくて言ったんじゃない。
それが俺の本質だと子供の頃から分かっていた。
学校でも、刑務所の中でも、一番強くてヤバそうなやつを見つけては、自分から近づいて行った。
彼らに面白いやつだと思われたら、
.酷い目に合わなくて済むからな。
ポール・ニューマンの映画【クールバンド・ルーク】みたいなナイスガイな囚人は刑務所にはいなかった。
ウィンソン・グリーン刑務所は想像通りの場所だった。
想像したよりまし…なんて事はなかったよ。
何処かしらの扉は、常に誰かが.ガチャガチャ耳障りな音をたてていた。
どの場所も小便臭い匂いが充満していた。
フロアは囚人の種類によって別けられていた。
どのフロアにも、中央のエリアを見下ろすように、バルコニーが設けれていた。
俺が収監されたのはYPウイングエリア。
YPは青少年犯罪者の略だ。
俺たちの上のフロアには大人の収監者たちがいた。
殺人犯やレイプ犯や強盗ー新聞や、ニュースで耳にするような。
ありとあらゆる凶悪犯が法の裁きを待っていた。
彼らは酒もタバコも刑務所に持ち込んでいた。
中でもタバコには凄い高値がつけられていた。
刑務所の中で、長く時間を潰せるもの。それが一番価値があるんだ。
濡れた吸殻でさえ高値で取り引きされていた。
暇潰しにボールペンで腕に自分の名前のタトゥーを入れた。
囚人の1人に教えてもらったんだ。
マッチを4つに割いて使う。
それも刑務所で覚えた。
マッチも希少品だったから。
ここに来て一番印象深かったのは、イアンが入って来た事だ。
イアンは当時かなり世間を騒がせた子供専門の性犯罪者だった。
性的暴行被害にあった18人の子供。その中には、やつの子供も含まれていた。
イアンは大人のエリアの独房ではなく。俺たちYPのエリアの独房に放り込まれた。
独房の扉には【ルール24】と書かれた札がかけられていた。
24時間独房の前に看守がつくという意味だ。
そうでないと、囚人たちは、ありとあらゆる手段でイアンを殺すからだ。
明らかに、看守たちもイアンを嫌っていたが、自分たちの勤務中に、囚人が殺されるのは、さすがにマズイと思ったのだろう。
頭にでっかい蜘蛛の刺青をした囚人が、彼を殴っているのを見た。
近くには看守がいたが。
見て見ぬふりをしていた。
何発か拳で顔を殴られ。
彼の鼻は折れたに違いない。
俺は食堂で配膳の係をしていたが、看守は列にならんだイアンを見て。
「やつには少ししか入れるなよ」
そんな風に耳もとで囁いた。
2週間近く、ろくに食事にありつけなかったイアンは、ある日スープを少しだけよそられると
「すまないが、もう少しだけ…」
俺の隣で、イアンにスープをよそっていた囚人は、無言で巨大な杓子で彼の顔をただ殴りつけた。
まだイアンの鼻は折れたままだった。
看守は泣き叫んで床を転げ回る彼の側に立ち
「さっさと列に並べ」
そう言っただけだった。
被害者の子供の事を思う気持ちとか、正義感とか…俺は囚人たちにあるとは思えない。
もっと、種の存続を妨げる者に対する、とても動物的な嫌悪と制裁。そんな気がした。もっとも、動物は自分の子供をレイプしたりしないだろう。
イアンは、その後食事も入浴も拒否して。独房に閉じ籠るようになった。
俺は看守に言われて、やつの独房に行き、体を洗ってやらなければならなかった。
独房にはトイレがなく。用をたすためのバケツが置いてあるのだが。それもひっくり返っていて。
そへは酷い匂いがした。
俺はその仕事が評価されて。3ヶ月の刑期が2月で出所を許された。
親父の言った通りだ。俺は「2度と刑務所には入りたくない」とそう心に誓った。
イアンがその後刑務所でどうなったか。俺は知らない。
刑務所から出られて嬉しいはずが。
惨さと悲しさで。
俺の気持ちはいっぱいだった。
アストンでの暮らし。
楽しい事なんて何もなかった。
バーミンガムの男たちは皆短命だ。
工場の中で、1日の大半を塗料や、薬品や、鋳造所の砂を肺に吸い込み続けて過ごす。
そして50を過ぎた頃。仕事場の床にばったりと倒れて死ぬんだ。
町にはパブと工場しかない。空は工場の煙突から吐き出されるスモッグでいつも曇っていた。
ロッジロードの15番外にある家。
今はもう俺の家族は誰も住んでいない。
俺はそこで生まれた。
俺は両親の4人目の子供で。初めての男の子だった。やがて下に弟が2人生まれた。
当時は家の屋内にはトイレもなく、子供部屋に、1番上の姉以外、5入の子供たちが全部放り込まれた。
ロッジロード15番外。
それは大変な騒ぎだった。
子供部屋には、刑務所の独房みたいに、小便用のバケツが1つ置かれていた。
親父の夜勤があけると、今度は母が自動車工場に仕事に行く。
なのに、クロス一家の暮らし向きは楽じゃなかった。屋外トイレのペーパーだって、四角に切った新聞紙だったんだ。
家にはもう1人、母方の祖母ギボン婆さんがいて、子供たちの世話をやいてた。
うちの一族の人間は昔から近所で、
頭がおかしい人や、変わり者ばかりの一族と言われて来た。
俺の家族に俺以外そんな人はいなかったが…ギボン婆さんはその1人だった。
婆さんの姉や弟は、理由も分からないまま運河に落ちて死んだり。精神病院に入ってりして亡くなった。
婆さんは突然理由もなく。
俺を叩いたりした。
それでも夜俺を寝かしつける時は、
優しく頭を撫でてくれた。
けれど、暗闇の中で見る婆さんの服の袖から覗く腕は、刺青だらけだった。タトゥードミリオネってやつさ。
蛇や蝙蝠や剣や盾。
A.Uというのは、亡くなった彼女の旦那のイニシャルと分かった。
他にもイニシャルはあった。
一体どんな人生を祖母が送って来たのか。想像もつかないが。
婆さんの二の腕の内側には、一際大きな黒い薔薇の刺青があった。
俺の頭を撫でる度、それは暗闇の中で影絵のように揺れた。
「この花は何?」
「ゴースト・ローズさ」
「ゴースト・ローズ」
「昔結ばれなかった恋人がいて…娘は薔薇に姿を変えたのさ」
私は失われたた貴方の魂。
枯れ果てた砂漠の薔薇に姿を変え。
いつまでも貴方を待ちます。
他の人にけして摘まれぬように。
雨の夜にだけひっそりと咲く。
砂漠の薔薇になります。
どうか私を見つけて。
私は失われた貴方の魂のかけら。
いつもそんな話を聞きながら眠った。砂漠に薔薇なんか咲かない。
雨になると咲く砂漠の薔薇はジェリコの薔薇っていう。薔薇とは似ても似つかないシダ化の植物で。
イエス・キリストが奇跡と称して、皆を薬づけにして。ペテンにかけるのに使ったんだ。
後は…花崗岩が固まって花の形になった…石だよ。石!エジプトなんかの土産物にあるのさ!
友人の物知りのギーク。
彼が俺に教えてくれた。
ギークの話はまた後でする。
砂漠に薔薇なんか咲きはしないんだ。
子供の時婆さんの刺青は恐ろしかった。
でも、大人になった自分の両腕を見ると…ギボン婆さんがしていたのと同じような刺青だらけだ。
婆さんは96まで生きた。
俺は父親より母親よりもずっと。
婆さんに似ているのかも知れない。
ふと思ったりするんだ。




