snow blind
彼のオフィスはビルの4階にある。
俺達は正直かなりびびっていた。
ユーストン駅から、迎えのロールスロイスに乗って。ここまで来た。
それ以前の俺は、刑務所で性犯罪の世話をしたり。処理場で、動物の血や汚物にまみれていた。
ドンは、人を世界に名の知れた存在にする事が出来る。そんな人物だ。
それと同時に、彼はその人から金を盗む。悪評高い人物でもある。
犯罪の歴史に名を残すような。
そんな大した詐欺師じゃない。
彼はただ金を払わない。
それだけの男だった。
しかし、彼の元に1人で金を払ってもらいに出向いたなら。帰りは救急車に乗る確率が高い。
ただ、俺達は彼に世界的に有名にしてもらう。そんな必要がなかった。
既にそこそこ有名にはなったし。
アルバムを作って売るにしても。
彼の手など一切借りていない。
受付で俺達を迎えてくれた。
ブラウン色の巻き髪の女性。
美人だがかなり若く見えた。
大学生か、高校を出たばかりにしか見えない。地味なスーツを着ていたが。可愛らしい印象を与える。
俺達はオフィスに通され。
ソファに腰を下ろした。
そこで彼の話に耳を傾け。
ビジネスの話をしたんだ。
彼は長身でがっしりとしていて。顔は、怒りに燃えるロットワイラー犬に似ていた。
何時如何なる時も唸り声を上げて。
怒鳴りつけるような喋り方をした。
受付に通じる電話の受話器を持ち上げ。噛みつくように怒鳴りちらす。
彼が話している言葉は。
「お客様がお帰りだ」
別に、俺たちは彼を激怒させたりはしていない。これが普通なんだ。
彼が常に怒鳴るもんだから。世界中が震えているような気さえした。
ミーティングが終わり。俺達は皆立ち上がり。「お会い出来て光栄でした」とか何とか言いはしたが。
ギークは彼にぴしゃりと言った。
「まず、そちらからの入金が確認出来ましたら。私達は、再び交渉のテーブルに着きたいと思ってますよ」
「アーデンさん」
うちバンドには元会計士がいる。
なりそこねだが頼りになる男だ。
入金が確認されても。今後これ以上、彼と関わるつもりはなかった。
俺達と彼を結ぶ契約。今のところ何もなく。もし金を払わなければ。
裁判所が彼を呼び出すだろう。
俺達が暇を告げる。彼は電話越しにずっと怒鳴りつけていた、あの女の子を俺達に紹介した。
「ジュライザだ」
「私の娘だよ!」
彼は吠えた。
娘を紹介する口調も野犬。
「ジュライザ、彼らを車まで送って差し上げろ!」
俺は彼女に微笑みかけた。
けれど、彼女は用心深げな視線を返しただけだった。
無理もない。
俺はパジャマの上着を着て。靴も履かず。首から紐を通した湯たんぽをぶら下げていたのだから。
頭がおかしいと思ったに違いない。
それでも、ドンがぶりぶり何か喚きながら。オフィスから出て行くと。
彼女は俺の冗談に笑ってくれた。
その笑顔に卒倒しそうになった。
それは今まで見た事がない。
奇妙で美しい笑顔だった。
彼女の笑い声を聞いていると。
俺はとてもいい気分になった。
何度でも彼女を笑わせたい。
俺は心からそう思ったんだ。




