招待
「13日の金曜日に発売しよう」
それはギークのアイデアだった。
アメリカでマスクをつけた怪人が、
暴れまわる記念日になる前の話だ。
ちなみにギークは実家を出た。
1人暮らしする余裕などない。
彼の家は敬虔なクリスチャン一家。
「もし親父に、このアルバムを見られたら…即殺されると思ったんだ」
それで逃げたのか。
親父は怖いらしい。
アルバムは発売初日に5000枚売れた。
月曜日には50万枚に達した。英国チャートの4位にランクインした。
翌月にはアメリカで発売されたが、爆発的な売れ行きだと聞かされた。
一刻も早く。
ツアーに出なくては。
やることはひとつだ。
英国のマーケットは小さなものだ。
次に俺たちが目指すべきはアメリカ。アメリカツアーをしなくては。
アルバムレビューが、英国のローリング・ストーン誌に掲載された。
目まぐるしく過ぎて行く日々。
それはすでに始まっていた。
それでも、俺達はまだ、廃屋のリハーサル場を根城にしていた。
皆で集まって、買ったばかりのローリング・ストーン誌のレビューが載っているページを開いた。
『タイタニック号楽団の船出』
レビューはそれだけだった。
帆船の追い風にもならない。
むしろ逆風だし氷壁だった。
「英国のマスコミは…とりあえず、何でも貶すものだから」
ギークは大人だった。
でもお父さんは怖い。
「貶して、皮肉を言う、それが格好いいと思ってるんだよね!」
ビルも。
「アルバムは売れてるんだし、まあそう気にする事は…」
「記事を書いたやつの名前は覚えたからな!」
トニーは拳を震わせながら言った。
ビートルズのアルバムだって。彼らは褒めた事はないんだよ、トニー。
あのクイーンのアルバムレビューに彼らが何と書いたか。
バケツ一杯の小便。
こんなバンドが売れたら。
俺は帽子を食ってやる。
帽子のフルコースが必要だ。
「タイタニックに乗った楽団か…洒落た事を言うよな。俺達の音に合ってるよ!」
俺が言うとギークが。
「確かに的を得ている」
「これ褒めてんだ」
トニーも顔を上げて笑いだした。
「だが記者の名前は忘れん」
レッド・ツェッペリンは、デビュー以来、マスコミの取材には一切応じなかった。シングルのリリースさえしないから。テレビにも出ない。
イギリスのマスコミに。
「マスコミを無視する事で、結局はマスコミを利用しているのでは?」
そう批判された。彼らは段ボールにくるまれた、バンド名も、タイトルすら書かれていないアルバムをリリースした。
解散するまで発売したアルバムは、その作品も含め、全てが全英全米チャートで1位を獲得している。
彼らとビートルズだけだ。
トニーはロンドンで記事を書いた記者に会うなり。殴りかかっていた。
アルバムが発売されて8ヶ月が経った頃。
俺たちは、ロンドンに向かうロールスロイスの中にいた。生まれて初めてだ。ロールスロイスに乗った。
新しいアルバムの準備も出来ていた。しかし、アメリカでもアルバムがよく売れていた。発売を遅らせなくてはならなかった。
アメリカツアーは未だに実現していない。
ビル・シンプソンが契約の解消を申し出て来た。
彼にとって俺たちはの存在は既に、ストレスの種となっていたからだ。
アルバムを100万売るバンドの、マネージメントなど想定外だった。手掛けた事がなかった。
友好的な別れだった。
何の問題もなかった。
俺たちは、次のアルバムをリリースして。アメリカ・ツアーをブッキング出来る。新しいマネージメントを選らばなければならなかった。
靴底を減らし探すのではなく。
選べる存在にはなっていた。
今日、俺たちは現在俺達のアルバムを発売している、ジェット・レコードの社長である。ドン・アーデンという人物に会いにロンドンまで行く。
ロールスロイスも彼が手配した。
ジム・シンプソンは、最後に俺達に有難い忠告をしてくれた。
「金の支払いの件だけ伝えるだけでいい。今後は彼に関わるな!」
音楽業界に疎い。かけ出し俺達の耳にさえ。ドンの悪い噂は届いていた。彼の渾名はミスター・ビッグ。
アーティストを酷い契約で縛りつけ。その上に金を払わない。
交渉に来た人間の額に火のついた葉巻を押しつけた。
足を縛り、オフィスの窓から放りだして逆さに吊るした。
にわかには信じ難い話ばかりだが、
それは事実らしい。
ジムが、ドンの会社から俺達のレコードを出したのは苦肉の策だった。
俺達は、ドンと正式に契約を交わした訳ではない。それが救いだった。
依頼したのはアルバムの販売委託だけ。彼のオフィスには手数料しか入らない。
そんな僅かな金にも飛びつく男だった。
しかし、俺達のアルバムが万単位で売れ始めると。ジムを通じて性急に契約を迫って来た。
未だに俺達がアルバムを売った金、ドンから受け取っていないのに。
新たな契約交渉などする気など、
俺たちには更々なかった。
ただ払うべき金を支払わなければ、交渉の席にも着けないのだと。
.
やつのオフィスに行って。
伝えさえすればよかった。
今回に限って言えば俺達が上位だ。
優雅なるかなその車体と賓客。
タイヤが火を吹くこともない。
運転手がロールスロイスを停めた。
カーナビー・ストリートにある。
彼のオフィスビルの前に着いた。




