1stアルバム
俺たちのバンド名はMID。
たとえBがDに変わっても。
ジムは納得しなかった。
しかし、俺達がDA丁から録音した新曲。その何曲か録音したテープを聞かせると。イギリス中のレコード会社に売り込みをかけてくれた。
世間では凄惨な事件が起きていた。
映画監督ロマン・ポランスキー。
妻は女優のシャロン・テイト。
チャールズ・マンスン率いる、カルト教団の連中に、自宅で友人たちと居るところを襲われ。惨殺された。
ポランスキー監督は、ハリウッドでアイラ・レビンの「ローズ・マリーの赤ちゃん」を撮影中だった。
シャロン・テイトは妊娠していた。
連日そのニュースが報道された。。
「ビートルズの、ヘルタースケルターを聞いて啓示を受けた」
マンソンはそう供述したらしい。
その曲の歌詞は意味不明だった。
俺は本は読まないが、デニス・ウィトリーという作家の本が、立て続けにベストセラーリストに名を連ねていた。
ハマープロのホラーが映画界を席巻していた。
暗い世相の中で、人々は自分たちをけして傷つけない。恐怖を求めていた。これはトニーの受売りだけど。
だからなのかジム・シンプソンは、俺達の音楽にも理解を示した。
必ず需要があると言ったんだ。
俺達は音楽の力だけで。
成功出来ると信じていた。
でも世の中の流れに上手く合わず。契約を逃してしまうバンドもいた。
俺達がプロとしてデビューするタイミング。今をおいて他になかった。
ジムは、当時イギリスにあった、13の大小様々なレコード会社に自ら出向き。俺達のデモを売り込んでくれた。
音楽関係の有力者を招いて。
俺達のライブを彼らに見せた。
結果は惨敗。
「興味深いバンドだ」
皆がそう言ってくれた。
レコード契約になると。
どこも二の足を踏んだ。
俺達の音楽はそれくらい極端で、
まったくもって妥協がなかった。
「ラジオ向けの曲がない」
それも大きな妨げになった。
「しかしまだ手はあるさ」
ジムは俺達に言った。
「自分たちでレコードを作るんだ。レコーディングして、ジャケットもこちらで作ればいい…レコード会社に一切負担はかからない」
「これは強力な宣材になるぞ!」
費用はジムのマネージメントで負担してくれる。
「それならば販売してもいい」
そう言ってくれた会社があるらしい。
ジェット・レコードという会社が最近立ち上げた。アンダーグラウンド専門のレーベルで、名前はバーティゴ。そこからならという話だ。
レコード会社の配給が見込めれば、最悪ジムが投資した分くらいなら、
その売り上げから回収出来る。
願ってもない話だった。
ロンドンのスタジオに出向いて。アルバム用に用意した8曲を演奏した。
24時間でレコーディングは終了。
そのまま慌ただしくスタジオを出て。夕方にはライブをやっていた。
俺達にはレコーディングの経験はなかった。
だけどライブの数だけは何処のバンドにも負けない。
ヨーロッパ・ツアーの最後には、ドイツのハンブルグにある。スタークラブで演奏したんだ。
8年前にビートルズも、アマチュア時代にそこで演奏した。
彼らと同じように、ステージの上にある、ハンモックを吊るしたネズミの巣になってる部屋に、俺たちは寝泊まりした。
ただで泊めてもらえる代わりに、11時から夜中の2時まで、短い休憩を挟んで、7公演を2ヶ月続けたんだ。スタークラブはもうその時は、外観も経営も傾きかけていたけど。
俺達が帰国した翌年に焼失した。
俺達は、ピンク・フロイドやジェネシスみたいに、スタジオに半年も籠るようなバンドではなかった。
あのディープ・パープルだって、全盛期に出したアルバムは、スタジオの廊下で録音したんだ。
他のバンドがスタジオを使用してて、彼らは忙しかった。
だから廊下に機材を並べて。一発録りでレコーディングを済ませた。
俺達もそんなかんじ…金がないので。プロデューサーと助手にかかる人件費を安く済ませたかった。それが1番の理由だ。
しばらくしてジムに呼ばれて。完成したアルバムのジャケットを見せられた。
アルバムタイトルやバンド名だけ書かれた。ごくシンプルなものを想像していた。
アルバムのジャケットには、写真が使われていて。全体的に薄い煉瓦色の色調で統一されている。
痩せたフードを被った女性が1人。
ただ佇んている。
どこか魔女を連想させるその女性。背後には小さな黒い教会があった。
「エジンバラの山間部にある、廃墟らしい。誰が、何時の時代に建てたものかは…分からないらしいね」
ジムは俺たちに説明した。
「教会の十字架はこちらでつけた」
「この女性の表情!」
「素晴らしいだろ?撮影は夕方だったんで、彼女本気で怖かったらしい。背後の建物のドアが…今にも開くんじゃないかって思ってたらしいよ」
見開きのジャケットを開くと。真黒な中に白い逆さ十字が描かれていた。
ヨブ記の黙示録的な言葉。
十字架に書かれていた。
俺達はアルバムのアート・ワークについて。何1つ口を挟んでいない。
逆さ十字にしろ黒い教会にしろ。
誰にどんな影響を及ぼすか。
そんな事についてもだった。
こういったものが、悪魔主義を象徴するものであると。深くは理解はしていなかった。
エジンバラの建物を建てた。
そうした人々は実在する。
ロンドンは昔からサバトの街と呼ばれていた。
俺達みたいな若者でさえ。魔法や魔術に対する受容体みたいなのはある。
イギリスのミュージシャンは、音楽で錬金術めいた事をするのが好きだ。ドラッグだけでなく。
そうした儀式も、ミュージシャンの間で流行した。ロックの蜿蜒とした蜿り。黒魔術や呪詛に委ねたのか。
正直俺には理解出来ない。
この時代本気で黒魔術に傾倒する、ミュージシャンは確かにいた。
ドラッグや黒魔術が音楽に某かの力をもたらす。そう信じている人は確かにいた。それは別に大したことじゃない。個人の問題と流行だ。
しかし時代が進み、ビルが建ち並ぶ世の中になっても。
見えない場所で、中世の時代の儀式を続ける連中がいて。彼らは俺達をお気に召さなかった。
それはまた後の話だ。
俺達がこのアルバムのアート・ワークを気に入らなかった。なんて言えばそれは嘘になる。
圧倒されたし。何より初めて発売されるアルバムを目にした喜び。何物にも代えがたいものだった。
俺達は、ジムからアルバムを1枚ずつ受け取ると。自宅に持ち帰った。
「聞いてくれ!」
「俺たちレコードを出せたんだ!」
家族の前でレコードをかけた。
「マッド」
黙ってアルバムに耳を傾けていた、親父が言った。
「レコードの回転数がおかしい」
「父さん、これでいいんだ」
「プリントミスがあるぞ」
「どこに?」
「十字架が逆さまだ」




