全弦3音ギブソンSG
「俺はこれから寄るところがある」
「早くもソロ活動か?」
ギークが笑って言った。
「悪いが先に帰っていてくれ」
トニーは俺たちにバンのキーを渡すと、1人でロンドンの街に消えた。
次の日リハーサル場所に行くと、トニーと他の2人は既にそこにいた。
「トニー、ギター代えたのか!?」
俺は、トニーが抱えている幅の薄いギターを見て言った。日頃から見慣れた、彼のストラトキャスターや、トニーのテレキャスターと比べると、随分コンパクトだ。
クワガタみたいな形をしている。
「59年のギブソン・レスポール・スペシャルだ」
後のギブソンSG。開発者のレスポールが離婚する際に、妻とレスポール名義のギターに関する権利を共有していたため。1959年以降はレスポールのサインが消え。現在のSGの名称に変更された。
SGは、ソリッド・ギターの略で、その名の通り、非常に金属的な音色が特長的なギターだ。
特殊な音色と、軽量化のためにマホガニー材を使用している。だからとても壊れ易い。
「こいつ音のレンジも狭く、調整も年中必要。パーマネントに使用するには、扱いが難しいギターなんだ」
そんな風にトニーが説明してくれた事を、今でも覚えている。
トニーが昨日まで大切にしていたギターはどうしたんだろう?
彼のギターは1954年製のストラト・キャスターだ。
工場で働くようになって貯めた金で買ったギターだ。
ジェフ・ベックの演奏を初めて生で見た時に、ステージで彼が弾いていたギブソンに一目惚れした。
テレビで観たブラック・モアも、彼の好きなギタリストで、彼もギブソンのギターを弾いていた。
尊敬するピーター・グリーンも。
「根拠はなかったが、彼らみたいな優れたギタリストが使っているのだから。ギブソンは素晴らしいギターに違いないと確信したんだ。実際その通りなんだが」
彼は半年間働いて貯めた金を手に、ショッピング・モールに向かった。
勿論目的はギブソンのレスポールを買うためだ。
「でも、店に行って試し弾きをさせてもらった時に『何か違う』と思ったんだ。ギブソンの独特の金属的な音は…自分に合わない気がした」
彼は、その当時ブルースに傾倒していたから。ギブソンより、ストラトのやわらかい音色の方がよかった。自分に合うと思った。
「俺は、結局ストラト・キャスターを選んだ。で、しばらくしてベックやブラック・モアをテレビで観たら。ストラトを弾いていた。ベックも、ブラックモア以前からストラトを使用していて、1時的にギブソンに代えただけだった。ギブソンのギターは個性が強い。ギブソンの音が必要な時以外で使うと、弾き手の個性を奪ってしまうんだ」
トニーはストラト・キャスターの最新モデルを購入しようと決めた。
レジに向かう途中ふと見ると。段ボールの箱に立て掛けられて、投げ売りされてるギターを見つけたんだ。
トニーは頷きながら語る。
ギターの話になると饒舌。
「その中の1本のストラト、それが左利き用だったんだ」
興味を持ったトニーは、そのギターを手に取り。試し弾き用に設置されたアンプに繋いでみた。
「最新型のストラトよりも深みがあって、良い音がしたんだ。売れなくて、店の倉庫にずっと眠っていたらしい」
エレキ・ギターにも、ヴィンテージとしての価値があると、言われ始めたのは80年代に入ってからだ。
要するにバイオリンと同じ理屈で、ギターも木材を使用して作られている。
経年の時を潜り抜けて来たギターなら。状態さえ良ければ、新品には出せない。深い音色を奏でるんだ。
でも当時は、エレキ・ギターは家電製品と同じで。最新モデルにばかり価値があると思われていたんだ。
その価値に気がついたのは1人。
ここにいるトニーだけだった。
「ただ同然の値段だった」
彼はその素晴らしいギターを手に入れた。そして、それをすごく大切にしていたんだ。
「俺の知り合いに、ギターのコレクターがいて。俺の使ってるギターを見せると『これはストラト・キャスターの初期モデルで、俺は持ってない。探しても中々見つからないし、譲って貰えないかな?』そう前から言われてはいた」
「それで譲ったのか?」
トニーは頷いた。
「このレスポールの左利き用と、交換したんだ」
なんてもったいない話だ!
ばかな俺でも出来る銭勘定。
ストラト・キャスターの初期モデル。今手に入れようとしたら。屋敷が1つ建つぐらいの金が必要だ。
「いいギターだったのに」
俺なら売らない。
「そうだな」
トニーはキッパリとした口調で言った。そう彼は決断迅速の男だ。
「あのギターでは…今から俺たちがやる曲のサウンドには出せないんだ」
「今からやる曲って?」
「決まってる。お前たちが3人で歌詞を書いたNIBだ!」
「曲が出来たのか?」
「歌詞を見た時に曲は浮かんでた。でも、頭の中で今使ってるギターの音色じゃ駄目だって分かってた。楽器屋で、片っ端から鳴らして。音を辿るうちに、こいつだ!レスポールのスペシャルならって思えたんだ」
「トニー準備できたぜ」
ギークは友人に借金して買った。リッケン・バッカーのベースを手にしていた。
「でもトニー、本当にこのチューニングでやるのか?無茶だと思うぜ」
「大丈夫だよ。ギーク」
「トニーがそう言うなら…信用するけどさ。これ聞けるのか?下手したら、ギター逝っちまうぜ!」
「そんな無茶なチューニングしたのか?」
「全弦3音だ」
全弦3音。
トニーが、俺たちの曲に持ち込もうとしていた音階。中世では3全音と呼ばれていた。
通称「悪魔の音階」である。この音階。人々に恐怖を与えるものとして。中世では、教会が宗教音楽以外に使用する事を固く禁じていた。
オルガニストがこの音階で曲を弾くと、教会から人々が逃げ出した。そんな逸話さえ残ってている。
ギターでこの音階を弾くには、非常に楽器にストレスがかかる。ギークが、買ったばかりのベースを心配するのも無理はない。
トニーはギターだけでなく。ギークのベースにも、そのチューニングをしていた。
「俺のチューニングなら大丈夫だ」
「何度も試してみたから」
「何度もって…そのギターでか?」
「いや、もう1本の方だ」
「もう1本…お前が子供の時から使ってた、あの赤いギターか!?」
「あれと、これしか、俺はギターは持ってないからな」
俺が子供だった頃。トニーワイズマンが皆の前で弾いて見せた。
あの赤いギター。
子供の頃トニーはシャドウズに憧れ。ギターを始めたいと思った。
親父さんに頼んでみたが。
昔も今もギターは高価な代物だ。
子供に、おいそれと買い与えられるほど、トニーの家も裕福ではない。
トニーは、店の品出しや、届いた商品の箱を倉庫に運ぶ、店の手伝いをして。必死で小遣いを貯めた。
駄賃程度ではたかが知れていた。使わくなった暖炉の木を鋸で切って。
サンド・ペーパーで磨いて。
ギターを作ろうとした。
配線もかなりいい加減だったが。
それなりのものに仕上がった。
「でも、俺のギターにはコンセントがついていたんだ」
「コンセント?」
アンプとギターを繋ぐプラグなんて分からなかった。知らなかった。
とりあえず電気を通そう。
コンセントをつけた。
コンセントを差した瞬間。
針金の弦から感電した。
親父さんはそんな息子を見て。
「ふびんに思ったのだろう」
ギターを手に入れてやろうとした。
質屋とか古物屋の知り合いに頼んで。探してもらったんだ。届いたギターは右利き用だったけど。
トニー少年は毎日毎日ギターを引き続けた。それこそ毎日抱いて寝た。
弦はすごく重くて。
上達しなかった。
大人でも弾けない代物だった。
店のウィンドウに飾ってある。見本のマスコット・ギターだった。
「一応アンプを繋いだら音はちゃんと出たよ。感電もしなかった!」
俺が学校で見た輝ける少年こそが。
本物だった。
通常の3倍の重さの弦のギターを、右利き用を左利きで弾くために。
上下逆さまにして弾いていたんだ。
その時の俺は、ただぽかんと口を開けて見ているだけだった。
何1つ学校で身につかず。
理解も出来ずにいた俺だが。
あの時の俺は、トニーワイズマンはとにかく最高で、素晴らしいギタリストになると思った。
それだけは間違っていなかった。
「あのチューニングなら大丈夫だ!他のでやったらネックが折れた」
「分かった」
ギークの指先がベースの弦を弾く。
「レッドツェッペリンなんかに負けはしない」
トニーは確信を持って言った。
「そんな曲が出来たんだ!」
「やってやろうぜ」
全員で持ち場に散った。




