ビールの雨を浴びたかい
豚肉から魔法使いに昇格した俺達。
しかし箒1本買えない貧乏だった。
とにかく食うものがなくて。
「近くの農場の野菜を盗もうか」
本気で会議もした。
もし、トニーの両親が助けてくれなかったら。トニーの家は、町で小さな雑貨屋を営んでいた。
彼の母親は、俺達に店のサンドイッチや、豆の缶詰やタバコ…ガソリン代までくれたんだ。
トニーの親父さんは、使い物にならない中古車を買って。それを修理するのが趣味だった。
だから俺達はバンに困らなかった。
バンがないと、バンドはやっていけないからだ。おかげで、俺達は自分のバンドにだけ集中出来た。
ライブの話さえ来たら。
どんな場所であろうと。
絶対に断らなかった。
たとえ2時間近くプレイして。経費を差し引き。儲けが数ポンドでも。
ギークも仕事を辞めていたし。
俺達には戻る道なんてなかった。
地元に有名なバンドが来る。
大きな会場を満員にする。
「俺達もいつかあんな場所で」
いつもそう話していた。
でもトニーだけは違っていて。
「出来るさ」
確信を持ったように言うんだ。
トニーが考えている事。
大概その時は分からない。
そしてそれが現実になった時。
初めて皆が驚かされるんだ。
でかいバンドが地元でライブをやる時。トニーは会場に必ずバンを停めた。
バンドに何かトラブルが起きて、会場に来れない事態になった時。トニーは、自分たちのバンドを売り込むつもりでいたんだ。
そんな事は万に一つの確率もない。でも、もし実現したら。数千人の客の前で演奏出来るチャンスだ。
俺達は諦めず待ち続けた。
そのチャンスが巡って来た。
その日のでっかいバンド。
ジェスロ・タルだった。
海外での人気は分からない。でも彼らは、横のりブギーひと筋のスティタス・クオーと並ぶ。イギリスの国民的人気バンドだ。
とても変わったバンドで、ギターやキーボードが奏でる主旋律。そこにフルートが入るんだ。
ギターのリフやメロディをフルートが担当している…そう言った方がいいかな。
どこか深い森を感じさせる音。
そんな森くさいところがある。
それが英国で人気の理由なのか。
リーダーはイアン・アンダーソン。フルートとボーカル担当。彼はステージの中央に1本足で立ち。
悪魔のようにフルートを吹く。
フルートロック…ではなくプログレッシブ・フルート・クラッシック・ブルース・アバンギャルド・ジャズバンド。
彼らの凄いところは、それらの音楽の要素を完全に自分たちのバンドの音にして。わずか4・5分の曲にまとめてしまうとこだ。
ラジオでもかかる。
テレビでも流れる。
イギリスではヒット曲も沢山出しているバンドだ。
とにかく、彼らはコンサート会場に現れなかった。
そして、俺達は狩りにでるダルメシアンみたいに。バンの中から飛びだそうとしていた。
トニーが行った。
彼は会場の責任者に会うなり。
丁寧な口調でこう聞いた。
「バンドはもう到着したんですか?」
30分以上開演が遅れている。
それを彼は知っていた。
「うるさい小僧!」
怒気を吐くように。
責任者は怒鳴った。
「ホテルにだって…5回も連絡してるんだ。払い戻しは明日にしてくれ…今夜はもう無理だ!」
「払い戻しじゃないんです」
トニーは一気に捲し立てた。
「たまたま、俺とうちのバンドが、会場の近くを通りかかったんで…ええ、偶然なんですが…もしバンドが来ないなら、俺達で穴埋め出来ますよ。かなりやれるバンドです!」
「穴埋めだって?」
「はい」
「ジェスロ・タルの?」
「問題ありません」
「お前のバンドの名前は?」
「バーミンガム・ウィザード」
「聞いた事あるぞ!イカレたシンガーのいる…ブルースのカバーをやるバンドだろ?」
「オリジナルもあります!タルの曲だって出来ますよ!」
「機材は?」
「表のバンの中に」
「準備がいいな」
「たまたまです」
「15分でステージに上がってくれ。10ポンド支払おう。…ビールのボトルに気をつけろよ。客は腹を立ててる。お前らがタルじゃないと知ったら…一斉に投げて来るぞ!」
イギリスでは、フェスに出た新人バンドは、間違いなく客席からの酒瓶の雨にさらされる。伝統なんだ。
「サッカーやってて良かったな」
そう思うはずだ。
ブーツの先やヒールを上手く使い。瓶を捌きながら演奏するんだ。
もしステージを去るまで。瓶の雨が降ってくるようなら。そのバンドに未来はない。
親でも仲間でもなく観客が教えてくれるんだ。それが伝統だった。
トニーは満面の笑みで。
バンに駆け戻って来た。
あんな素敵な笑顔を見た事がない。
彼はハンサムだし。フリンジのついた黒のシャツは女の子に大好評だ。
俺達は彼に見惚れてしまう。
今夜いちハンサムなトニー。俺達に両手の親指を突き上げて見せた。
ガッツポースとか他にあるだろう。
はっきり言ってかなりダサいが。
「15分後にライブだ!」
彼はにやけた顔のまま叫んだ。
「さっさと準備にかかれ!」
「このウスノロども!!!」
アドレナリンが吹き出し過ぎて。
死ぬんじゃないかと思った。
俺達は、観客から投げられるビール瓶の雨を、数分間蹴り返した。
後は完全に勝利を収めた。
観客を全員夢中にさせる。
そのことに成功したんだ。
本当に嬉しかったことはまだある。
ツアーバスのトラブルで、会場入りが遅れていた。イアン・アンダーソンが、ステージの袖に立っていた。
俺達の演奏を心から楽しむように、
聞いてくれているのが見えた。
彼のような一流のミュージシャンが…信じられない夜になった。
会場の責任者は最初の態度を忘れ、
俺達全員を拍手で出迎えてくれた。
コンサートの出演者を決める連中。ブッカー達。俺達のバンドは、彼らのリストに載ることになった。
あの夜以来全てが変わった。




