アイアンマンと魔術師たち
最高のライブだった。
バンドは素晴らしかった。
観客も盛り上がっていた。
俺は大勢の客の前で初めて歌い。
ずっと緊張しっぱなしだった。
バンドが演奏中、トニーはギターを弾きながら。俺の耳元で囁くんだ。
「お前…正面の席の娘どうだ?」
「3列目の…右から2番目はどうだ?あの娘とやれそうか?」
いつもステージで、トニーはそんな事ばかり俺に言うんだぜ。
演奏が終わり客に手を振る。俺達の目の前に、突然体のやたらでかい、ニキビ面の男が現れた。そいつは、いきなりステージに上がって来た。
刑務所で、子供専門の性犯罪者をぼこぼこにしてた囚人と同じくらい、でかいやつだった。
「ずっと俺の女を見てたよな」
男が指したステージには、あまりに可愛くない女がいて、迷惑せんばんと言った顔で俺を睨んでる。
「俺は…お前の彼女なんて見てないぜ!」
男のツバが俺の顔にかかる。
「嘘つくな!俺はこの目で!しっかり見てたぞ!お前、彼女とやりてえのかよ!ええ!?このバーミンガムのくそ野郎!」
「お前の女は好きじゃないです」
そう言えば。
「俺の彼女がブスだっていうのか!.バーミンガムのくそ野郎!」
「やりたいです」
そう言えば。
「やっぱりそうか!バーミンガムの…」
どっちにしろ同じ事だ。
とっさに俺はトニーの声色を真似て。
「ギーク、お前ならどうだ?あの娘とやりたいか?」
「ええ!?俺?」
ギークに責任を擦りつけた。
「てめえか髭野郎!」
「待ってくれ!ビルお前ならどうする?」
「ええ!?」
「ちびすけ!」
ビルのところに向かおうとした。
男の前にトニーが立ち塞がる。
無言で男の胸を押した。
男はトニーの胸ぐらを掴むと、
顔にパンチを2・3発入れた。
ジャブのような軽いパンチだ。
トニーは男の胸ぐらを掴み返し。
男の顔に左の拳を叩き込んだ。
男は膝から崩れ落ちた。
際限無く拳が降り下ろされ。
まったく容赦がなかった。
男は床に倒れ込んだ。
トニーは男の尻を蹴り上げた。
「失せろ」
トニーの左手は指抜きが外れて。
それはえらい事になっていた。
「溶接してくる」
手袋をはめていたので。前列の客は、トニーがひどい骨折したと。
皆がそう思ったに違いない。
「つないでてくれ」
トニーは俺達に背中を向けて。
すたすたと歩き出した。
「マッド…何か曲を!」
ギークが俺に言った。
俺は客席に向かってマイクで叫んだ。
「鋼の男だ!トニーワイズマン!彼を称える曲を!えっと…そうだな…サバスのアイアンマンだ!」
「弾いた事ねえ!」
ビルがトニーのギターを手にする。そしてギークに耳うちした。
「ギーク…俺がギター弾くよ!合わせてくれ!」
よれよれのディズニーのテーマみたいな。アイアンマンが始まった。
ビルは超下手だった。
話にならないくらい。
下手くそなギター。
律儀にも曲が始まるまで待って。
トニーはステージから退場した。
皆に見えないように背中を向けて。
トニーは爆笑していた。
客席は大いに沸いた。
「バンド名なんだが」
リハーサルの休憩の時。
トニーが皆に言った。
「最低だと思う」
「どこがだよ」
俺は抗議した。
「最低は最低だ」
「理由などない」
「それじゃお前ら何か考えろよ!」
ビルが言った。
「ずっと考えてたんだけど…バーミンガムの魔術師ってどうかな?」
くそ野郎じゃなくてか。
「サッカーチームみたいな名前だ。それにそんな名前じゃ音楽性が見えて…」
「豚肉よりはましだ」
トニーが頷いた。
「確かに!豚肉より魔法使いの方がいい!」
ギークも同意した。
俺は反対した。
しかしステージの件では借りがあった。しぶしぶ同意した。
Birmingham Wizzard
バンド名が決まった。




