ビル クレイ
「1つだけ、いいかな」
トニーがビルの顔を見て言った。
「ビル、いいか?」
「ああ」
ビルはそう言ったきり黙った。
彼の少年らしさは影をひそめ、
ただ黙って俯く青年の横顔。
「ビルの事なんだが」
「ビルがどうかしたのか?」
トニーの話によると。
ビル•クレイは生まれた時から。
心臓に重大な欠陥があった。
「俺は、この年になるまで、3回手術してるんだ。生まれた時は、10まで。10になった時は、15までしか生きられないと言われたよ」
「ドラムなんて叩いて大丈夫なのかよ!?」
「難しい手術はもうしなくていい。だけど、医者や両親には、心臓に負担をかけるなと言われてるんだ」
「だったら…」
トニーが言った。
「ビルは小さい頃から、自宅のガレージにある、親父さんのドラムキットで練習してたんだ」
「やめないんで。最後には、親父がドラムキットを俺が叩かないように、分解してしまったけどね」
ビルはスティックだけ持って。何処でもドラムを叩く練習をしてた。
「両親は、俺をプレイヤーじゃなくて、音楽の教師か何かにしたくて。音大に行く事を進めたんだ。どこのバンドにも入れなかったよ」
子供の頃のビルは、父親の影響で、セロニアス・モンクや、アート・ブレイキーといった、ジャズのレコードを聞いていた。聞き狂っていた。
「その頃学校で、トニーと知り合って。一緒にジャムみたいな事をしてたんだ」
「ビルは昔から上手かったよ。タイム感がとにかく抜群で、何時間演奏しても、テンポが崩れない。常にスイングしてた」
ドラマーとしては、最もそれが重要な才能なのだと。トニーは言う。
「俺とトニーは、将来バンドを組んで、ツアーに出る約束をしてたんだ!」
「だからトニーが「ペンタグラムに入らないか?」と電話をくれた時、本当に嬉しかったな」
「ステージで死ねたら本望だ」
「ビルは俺にそう言ったんだ」
「トニーのせいさ!彼が、昔俺に貸してくれた、ザ・フーのキース・ムーンやビル・ブラッドフォードのドラムを…俺は聞いてしまったんだ」
「あれ聞いちまったらな」
ギークがビルに笑いかけた。
「俺は変人だし、マッドマンはいるし…でもビル!お前が一番クレイジーな男だって認めるよ!」
「ビル、前にも言ったが…俺は、お前を病人扱いなんてしない。バンドや、お前のドラムに影響が出るようなら。すぐに追い出す。自分で自分の体は管理するんだ!少しでも体に異変を感じたら…」
「ありがとうトニー」
「感謝するよ!」
「ビルがステージの上で死ねるように、ステージに棺桶を用意して。それを燃やすパフォーマンスはどうだろう?」
「ありがとうマッド。君は本当にろくでなしだ」
「ビル、曲の途中で死ぬなよ。必ず全曲完奏してからにしてくれ!」
「トニー!君の場合もう清々しいよ」
「それと…ビルは大酒飲みだ。ビールのケースなんて、根こそぎ飲まれちまうから、気をつけろ。車のバンドルも握らせるな…死ぬぞ!」
「典型的なドラム野郎だ」
「以上だ。いや…あと1つ」
「まだあるのか!」
「バンドやろうぜ!」
トニーは髭を取り外し。
ビルの鼻の下につけた。
「これは偽物だ」
「なんでだよ」
「なめられないようにだ」
トニーは穏やかな声で言った。
「だがもう必要ない」
言うまでもないことだが。
ビルはドラムを叩きまくり。
バンドに多大な貢献をした。
彼は昔も今も変わらない。
常に献身的にドラムを叩く。
しかし彼のドラムを聞く度思った。
リハ以外で何気なく叩くビート,
何か倦怠的なムードがあって。
ルーズ、それともレイドバック。
ジャズドラマーの特徴なのか。
それが彼の個性だった。
それが俺たちを不安にさせた。
ビルが仲間の中で一番死に近い。
彼は常にその意識があったのか。
死の影はいつも彼の側を離れず。
子犬のように寄り添っていた。
それを音楽用語で説明出来ない。
トニーはそれを指摘した事はない。ビルの個性と考え、バンドに活かそうとしていたのだと。俺は思う。
トニーのお祈りが効いたか。
俺の子供にブタの蹄はなく。
ビルは結局死ななかった。
それが何より大切なことだ。




